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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
239/346

梅五郎の夢、紅玉の夢




 確か昼食中だったと梅五郎(うめごろう)は記憶している。

 昼食を食べ始めた瞬間、毒が仕込まれている事に気付き、吐き出そうとしたが、祖父や使用人達に口を押さえ込まれた。

 もがき苦しみ薄れゆく意識の中で「毒に慣れる為だ」という祖父の声だけが聞こえていた……。







 ハッとなって目を覚ました。

 そこは全く知らない部屋で、周囲にいるのも全く知らない人達ばかり。

 目をぱちくりとさせていると自分を見た女性が「蘇芳様?」と呼んで戸惑いの表情を見せていた。


 綺麗な漆黒の髪と瞳が印象的な綺麗な人だと梅五郎はぼんやりと思った。




 梅五郎は自分の置かれている状況が良く分かっていなかった。

 大人達が何か話しているが、頭がぼんやりしているせいで話の内容がよく理解ができなかったが、「かみさまのぼうそうでじかんがまきもどった」という事だけは聞こえた。


 眼鏡をかけた男の人がぐったりとしている男の人を抱えた男の人二人と一緒に出ていくと、先程の漆黒の髪の綺麗な女の人が自分に近づいてきた。


「おんなのひとのなまえは、べにさん」

「ここは、しんいき」

「しんいきではほんみょうをなのってはならない」

「すおうとなのること」


 教えられた情報を一気に頭の中に叩き込んでいく。

 普段から修行の一環で勉学もやらされているから別に苦ではなかった。


 不思議と「べにさん」と名を口にした瞬間、胸がふわりと温かくなった気がした。


 自分が「ななさい」だと伝えると、随分と驚かれてしまった。

 学校でも「おかしい」とか「ヘンだ」と言われ続けてきたから慣れてしまったが、「べにさん」に「ヘンだ」と思われたくなくて……。


(こんなからだ……もういやだ……)


 と思ってしまう。


 身体に見合う服もなくて、知らない人達が必死に服を探してきてくれて、申し訳なさが増していく……。




 しかし――。


「蘇芳様、わたくしとお出掛けをしましょう。とりあえずお洋服屋さんに。何でも買って差し上げますわ」


 「べにさん」がそんな事を言い出して、梅五郎は驚いてしまう。

 断ろうとしても、「べにさん」は両手をぎゅっと握り、漆黒の瞳を真っ直ぐ自分に向けて言うのだ。


「わたくしが買いたいのです。買ってあげたいのです。どうかお付き合いくださいまし。どうかお願いです。わたくしの我儘を聞いていただけませんか?」


 そんな風にお願いされてしまっては、梅五郎に断る術なんてなくて……手を引かれて一緒に出かける事になった。




 服を買ってくれて、良く似合うと褒められて、頭を撫でられて……一瞬で「べにさん」に恋に落ちた。

 手を繋いでくれて、いろんなものを見せてくれて、いろんなところに連れて行ってくれて……全てが新鮮そのものだった。


 生まれて初めて食べた甘い食べ物。

 ずっと食べたかった砂糖いっぱいの食べ物。

 厳し過ぎる修行の一環でそれらを口にする事は決して許されなかった。


「『初代盾様の再来』であるこやつに食わせるのは、その身体をもっと鍛える為の食事だけにせよ! 余計なモノは食わせるな! 身体の元になる必要な栄養源を三倍は食わせろ! とにかく身体を大きくさせるのだ!」


 祖父の命令で、内容がほぼ同じものを毎日毎食胃が破裂する寸前まで大量に食べさせられた。

 しかし、それでも梅五郎にとって食事は唯一許された休息の時間だった。

 それ以外の時間は地獄のような修行の時間だったから……。

 寝る間も惜しんで身も心もボロボロになるまで鍛えさせられた。

 命の危機に脅かされた事も何度もある。


 そしてまさかその食事に毒が仕込まれているとは思っていなかった……。




 だから、梅五郎はある事を思い始めていた。


(ここは、てんごくかな……)


 ゆったりと湯に浸かりながら今日の事を思い返す。


 修行もしなくていいし、好きなものを好きなだけ食べていいというし、自分にとってあまりに都合の良過ぎる展開だ。


(きっとここはどくをのんでしんだおれがみているゆめなんだ……)


 そうでなければ辻褄が合わないと梅五郎は思っていた。


「お~い、蘇芳くん。あんまりお湯に浸かっているとのぼせちゃうよ?」

「……だめっす。もうすでにぼんやりさんっす」

「よしっ。強制連行だね」


 自分の世話をしてくれる男の人達が腕を引っ張って脱衣所まで連れてってくれた。

 挙句、身体を拭いてくれて着替えまで手伝ってくれる。

 しかし、その間も梅五郎の頭はぼんやりとしていた。

 そして、ぼんやりと思う事は……。


(べにさんが……おれのこいびと……)


 恋に落ちた「べにさん」の事ばかり。

 すでにのぼせ気味の頭がますますのぼせそうになる。


「はいっ! お着替え終了!」

「はい、蘇芳さん。先輩が待っているっすよ」


 背中を押されて大浴場を出ると、そこには湯上りの「べにさん」が待っていた。

 ほんのりと頬を赤く染め、襟刳りの開いた寝間着を纏う「べにさん」はまるで女神のように綺麗で、花のような良い香りがした。


「蘇芳様、おかえりなさいませ。紫様、空さん、ありがとうございます。今日は一足先にお休みさせて頂きますね」

「は~い、おやすみ~」

「おやすみなさいっす~! 先輩、蘇芳さん!」


 紅玉に手を引かれ、屋敷の二階へと上がっていく。

 そうして連れてこられた部屋に入った瞬間、梅五郎はハッとなってしまった。


(べっ、べにさんのかおりがする……っ!)


 ふわりと香る花の香りに梅五郎はドキドキと胸が高鳴っていく。


「蘇芳様、こちらにどうぞ」

「う、うん」


 「べにさん」にいわれるがまま長椅子に腰掛けると、「べにさん」の香りがより一層強くなって、頭がくらくらしそうになる。

 そんな梅五郎を余所に「べにさん」は梅五郎の髪を拭いていく。


「神域にはドライヤーといった機械類がないものですから……」

「そ、うなんだ」

「神術が使えたら良かったのですが……わたくしは使えませんので」

「ううん、ありがとう」


 優しく撫でるように拭いてくれる「べにさん」の手付きが心地好くて、梅五郎はどんどん眠たくなってくる……。


「眠いですか?」

「うん……」

「じゃあ、寝ましょうか」

「……ねて、いいの?」


 いつもならば夜も修行の時間だから……。


 一瞬、「べにさん」の手が止まった気がした。


「ええ、勿論です」


 そうして、「べにさん」は梅五郎の手を引いて、寝台へと誘導する。

 ふかふかの寝台はとても良い香りだ……。


(あ……べにさんのかおり……)


 すると、隣に気配を感じて梅五郎はハッとする。


「よいしょっと……」

「えっ! えっ!? ええっ!?」


 梅五郎は思わず驚いて眠気が吹き飛んでいた。

 何故ならば然も当たり前のように「べにさん」が梅五郎の隣に入り込んできていたから。


「べ、べにさん……!」

「あら、どうかなさいました?」

「あ、いや、なんで……?」


 戸惑う梅五郎に「べにさん」は微笑みかける。


「蘇芳様は今おいくつですか?」

「な、ななさい……」

「でしたら、一人で寝かせるのはまだ心配ですわ。うちの妹なんて十四歳になっても一緒に寝たいってせがんでくる甘えん坊なのですよ」


 妹と自分は違うという事だけは梅五郎にだって分かる。


「おっ、おれはだいじょうぶです……!」

「それに……これはわたくしの夢でもあるのです」

「……べにさんの、ゆめ……?」


 「べにさん」は小さく頷くと、梅五郎の腕を引いて、その胸に梅五郎を抱き寄せていた。

 顔に当たる胸の柔らかさとか、甘い花の香りや温もりに、梅五郎は頭の中が爆発寸前であった。

 しかし、「べにさん」はそんな事も気にせず梅五郎の頭をふわりふわりと撫でる。


「……こうして、幼い頃の蘇芳様を抱き締めてあげたかったの……毎日の修行を頑張っていて偉いですね。立派ですねって……」


 柔らかい声に乗せて紡がれた言葉に、梅五郎は驚いてしまう。


「甘やかしてあげたかったの……辛い修行に耐え続けている貴方を……たっくさん……」


 今までどんなに頑張っても、褒められた事も甘やかされた事も無かったから……。


「過去に飛べるのならそうしてあげたい……だけどそうすると、今の蘇芳様は存在しないから……」


 「べにさん」の声が震えていて、梅五郎は心配になってしまう。


「結局、独り善がりの我が儘なのかもしれませんけど……」

「そんなことない!」


 梅五郎は「べにさん」の両手を握り、漆黒の透き通った瞳を見つめた

 綺麗な瞳だと思った。


 そして、思う……これが「夢」なんかではなくて、「未来」の事だったら……。


 だから、梅五郎は決意する。


「おれ……きょうのこと、わすれない……! それで、これからもしゅぎょう、がんばる……! どんなにつらくても、きょうのことがあればがんばれるから……それで……それで……」


 梅五郎は頬を赤く染めながらはっきりと伝える。


「あなたをまもるためにつよくなる」

「っ!!」

「べにさん、ありがとう……おれにちからをあたえてくれて、ありがとう……おれ、がんばるから……あなたのためにがんばるから」


 「べにさん」の頬がみるみる赤くなっていって、「かわいい」と梅五郎は思う。


「べにさん……すき」


 梅五郎は「べにさん」に腕を伸ばしていた。




*****




 幼き蘇芳から伝えられた告白に紅玉は頬を赤く染めてしまう。


「べにさん……すき……だいすき……っ」


 ぎゅうっと抱き締められ、ぐりぐりと頬を擦り寄せてくる愛おしい存在に紅玉は我慢の限界だった。


「ああもう……狡い人っ」


 紅玉は蘇芳の額と頬に口付けを贈り、頭を撫でてぎゅうっと抱き締める。




 たっぷりと甘やかしたかった……厳し過ぎる修行に身を置き、近い将来、眠れる真の力を呼び起こす為に無理矢理傷付けられていく運命にある幼き蘇芳を……。


 独り善がりの我儘で、紅玉の夢。


 それでも蘇芳は喜んでくれた。生きる力になったと言ってくれた。

 「すき」と必死に想いを伝えてくれた……。


 なんて可愛くて愛おしい人なのだろう。




 抱き締める腕から解放すれば、蘇芳の顔は真っ赤になっていた。

 ほんのりと熱い頬を撫でる。


「ふふふっ、可愛い」

「むぅ……かっこいいっていわれたい」


 もう大人の顔立ちをしているというのに子どもっぽく頬を膨らませる蘇芳に、思わずころころと笑ってしまう。


「ごめんなさい。わたくしにとって蘇芳様は何をしても可愛らしいのです」

「……はやくおとなになりたい……」

「ええ、待っていますわ……だから、今日はもう寝ましょう」

「うん……」


 もぞもぞと一緒に横になる。


「紅さん……」

「はい?」

「……あ、あまえてもいい?」

「ええ、勿論です」


 もぞもぞと動いて、蘇芳は紅玉の胸に抱き付いた。

 ふわりふわりと頭を撫でてやれば、金色の瞳がとろんとしてくる。


「おやすみなさい……梅五郎様」


 紅玉が最後に額に口付けを落とせば、蘇芳はそのまま瞳を閉じ、眠りについてしまった。




*****




 蘇芳は夢を視ていた……幼い頃に一度だけ見た夢……。


 内容はもうほとんど覚えていないが、とても幸せな夢だった事は覚えている。

 たくさん愛されて、甘やかされて……たっぷりと蜜のかかった菓子を食べている時のような蕩ける程の幸せな夢。


 夢は夢だが、あの夢があったから蘇芳は辛い修行の日々を耐えられた気がしている。

 その夢の中で誰か約束をしたから……強くなって守ると……。







 蘇芳は意識を浮上させた……。


(……いい香りがする……)


 甘い花のような香りに引き寄せられるように、その温もりに頬擦りする。


(……柔らかい……)


 息を吸い込むと、胸一杯に幸せな香りが満たされていく。

 ふわり……頭を撫でられる感触が心地よい。

 無意識にその手に擦り寄ってしまう。


(……ん……もっと……)


 ぎゅっとそれを抱き寄せ、顔を押し付ける


「……蘇芳様……」

「う、ん……?」

「蘇芳様……ごめんなさい。ちょっと苦しいです」

「………ん?」


 蘇芳は一気に覚醒した。

 そしてバッと顔を上げれば、目の前にあったのは豊満なまろい胸。ゆっくりと視線を上に挙げていけば、襟刳りの開いた寝間着を纏った紅玉が頬を赤く染めて困ったように微笑んでいた。


「おはようございます、蘇芳様……思ったより早く元に戻って何よりです」


 蘇芳は改めて己の状況を確認する。

 紅玉の腰に巻き付けた己の腕に、紅玉の足に絡みつかせた己の足、そして顔は紅玉の豊かな胸に押し付けていて――。


 蘇芳、完全に固まった。







「うわああああああああっ!!??」


 爽やかな朝に叫び声と「どたーん!」と何かが落ちる音が響き渡る。

 何事かと思って駆けつけた夜番の神々が見たのは、床の上で土下座をする蘇芳とそれを必死に諌めようとしている紅玉の姿だった。


 ちなみに双方の顔は林檎よりも真っ赤だったそうな。





<おまけ:見た目は大人、頭脳は子ども>※ほんのり品が無い※


蘇「昨日は……お二人にもいろいろ迷惑をかけた。すまなかった」

空「気にしないでくださいっす! 蘇芳さんには小さい頃からお世話になっているっすから、逆にお世話するのが新鮮だったっす!」

紫「そうそう。蘇芳くん、あれでも一応七歳だったから出来ない事の方が多くてさ。なんか可愛かったよね」

空「お着替えも随分と時間かかっちゃったっすもんね」

蘇「す、すまん……育ちが育ちだったから、幼少期は少し世間知らずの所もあって……」

紫「でも、見た目はもう大人だったよねぇ……まさか子ども蘇芳くんに負けるとは思っていなくて……僕、ちょっと自信失くしたよ」

空「???」

蘇「なにゆえに……?」


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