少年、お出掛けする
身長が百九十を越える蘇芳の軍服は、流石に七歳の蘇芳でもぶかぶかであった。
そこで身長がほぼ同じの紫の服を着せる事にしたのだが……。
「うわぁ……胸周りがすでに僕より大きいってどういう事? シャツのボタンがパッツンパッツンだよ。ダメだこりゃ。作務衣にしよう。あ~、でも、作務衣も入るかなぁ……」
紫は慌てて箪笥の中を探り出す。
「ズボンはいっそ蘇芳さんのを穿かせた方がいいかもしれないっすね。紫さんのじゃ太腿が入らねぇっす。紫さん、蘇芳さんのズボン詰めていいっすかね?」
「仮留めくらいにしておけば後で糸外せばいいからやっちゃって~」
「おっす!」
空は早速針と糸を取ると、裾詰めを始める。
慌ただしく駆け回りながら着付けをしてくれる男性と少年の姿をぼんやりと見ながら、蘇芳はされるがまま大人しくしていた。
一方で紅玉と鞠は勤務体制について話し合っていた。
「恐らく、今日明日……見積もって明後日も蘇芳様は働けないと考えましょう。幸い、『祈りの儀』も終わりましたし、特別お茶会などの予定もありません。書類関係はわたくしがやります。晶ちゃんには思う存分引き籠ってもらってこの数日を蘇芳様抜きで乗り切りましょう」
「Yes sir!」
二人の会話を聞いていた水晶はにんまりと笑う。
「うみゅうみゅ。引き籠り万歳なのだよ~」
「仕事はきっちりみっちりして頂きますからね?」
「うみゅーーーーーーっ!!」
話し合った内容を参考に勤務表の書き換えをしていると、鞠が言った。
「ソレにしてもSeven years oldのスオーさん、Very veryオトナしかったデース」
「うみゅ、晶ちゃんもそれ思った。ちっさいのにエライって思った」
その事は紅玉も思っていた事だ。
(身体が大きいせいで年齢不相応に見えるのも確かですが、あの大人しいというか落ち着いているというか、言動も随分と年齢不相応でしたわね。七歳なのに……)
七歳――この年齢に紅玉は、はたと気付く。
(七歳って、確か……っ!)
紅玉は今更になって気付いた自分を殴りつけたくなった。
蘇芳から過去の話を聞いていたはずなのに――……。
(……いえ……今からでも間に合います)
紅玉はある決意をした。
「あの、鞠ちゃん、晶ちゃん」
「「??」」
やがて着替えを終えた蘇芳が紫と空に連れられてやって来た。
「蘇芳くんの着替え終わったよ~」
「なんとかなったっす!」
紫の作務衣に詰めた下衣を穿いて蘇芳は黙ったまま大人しくしている。
「ありがとうございます、紫様、空さん」
なんとか形になった蘇芳の姿に頷きつつ、紅玉は驚くべき事を言い放った。
「蘇芳様、わたくしとお出掛けをしましょう」
「ど、どこに?」
「とりあえずお洋服屋さんに」
「え?」
「え?」と声を上げたのは蘇芳だけでなく、紫と空も、だった。
一方で紅玉はにこにこと笑っている。
「何でも買って差し上げますわ」
「あの……だいじょうぶです……これも、きれるから……」
「いけません」
紅玉は蘇芳の両手をぎゅっと握ると、金色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
透き通る漆黒の瞳に蘇芳は思わず頬を赤く染めてしまう。
「わたくしが買いたいのです。買ってあげたいのです。どうかお付き合いくださいまし」
「いっ、いいです! だいじょぶです! じぶんなんかにそんなこうかなものはひつようありません……!」
「どうかお願いです。わたくしの我儘を聞いていただけませんか?」
小首を傾げて懇願する紅玉に蘇芳は更に真っ赤になって戸惑うばかりだ。
紅玉は蘇芳の手を握って引くときっぱりと言った。
「というわけで、蘇芳様とお出掛けしてきますので、後の事をお願いしますわね」
「「いってらっしゃ~い」」
手を振るのは水晶と鞠だ。置いてけぼりの紫と空はポカンとするばかりである。
「さあ、参りましょう」
「あ、あの……!」
結局蘇芳は逆らえず、紅玉に手を引かれ出ていってしまった。
「一体何がどうしたの?」
「……っす」
二人を見送る後、置いてけぼり二人組が言う。
そんな二人はにんまりと見つめると水晶が言った。
「お姉ちゃんの夢なんだってさ」
「デスデース」
水晶の説明でも理解できず、置いてけぼり二人組は首を傾げたままだった。
*****
ここは艮区の神域参道町にある服屋――。
着替えを終えた蘇芳が更衣室からひょっこりと顔を覗かせた。
「あの、べにさん、きがえました……」
「まあ! 良くお似合いですわ!」
蘇芳が着ているのは今の体格にしっかり合った着物と袴だ。
「流石は蘇芳様、幼少期の頃からお顔立ちが整っていらっしゃって、とても素敵ですわ」
「あ、ありがとう、ございます……」
「では、これ一式全て購入で」
紅玉は有無言わさずあっという間に会計を済ませてしまう。
これに焦ったのは蘇芳だ。
「あ、あの……! ほんとうに……! ほんとうに、じぶんなんかにはもったいないから……!」
「なんか――なんて言わないでくださいまし!」
紅玉はいつもより低い位置にある蘇芳の頬を撫でる。
蘇芳は驚いて金色の瞳を見開いていた。
「今日くらいは思う存分わたくしに甘えてくださいまし。ね?」
蘇芳の顔がみるみる赤く染まっていく。
それが可愛くて紅玉は思わずころころと笑う。
「さあ、一緒にお出掛けをしましょう」
紅玉は蘇芳の手をそっと引いた。
神域参道町を蘇芳と手を繋いで歩く。
蘇芳をよく観察していると、やはり七歳の子どもらしいところはあるようで、あちらこちらへと視線をウロウロさせていた興味津々のようだ。
金色の瞳もキラキラと輝いており、なんと可愛い事か……と、紅玉は思う。
「楽しいですか?」
「うんっ……! こんなにぎやかなところ、くるのはじめてで……ずっとまいにち、しゅぎょうをしていたから……」
「…………」
紅玉は思い出してしまう……この頃の蘇芳は「初代盾の再来」として虐待紛いの修行を毎日受けさせられていた事を……。
すると、立ち止まった蘇芳が何かをじっと見つめていた。
視線の先を辿ってみれば「くりぃむあんみつはじめました」の幟が。
蘇芳の金色の瞳がキラキラと輝いている上に「くりぃむあんみつ……」と物欲しげに呟いたのを紅玉は聞き逃さなかった。
「ちょっと休憩しましょうか」
「えっ?」
蘇芳の返事を聞く前に紅玉は手を引いて店の中へと入っていく――茶屋よもぎという店へ。
「いらっしゃいませ~……って、紅じゃん!」
「ごきげんよう、雛ちゃん」
出迎えたのは、金糸雀色ふわふわの髪と橙色のくりくりとした瞳を持つ小さいく愛くるしい女性の雛菊だ。
この茶屋よもぎの手伝いに入っている店員で、紅玉の友人でもある。
雛菊は紅玉と手を繋いでいる青年の存在にギョッとする。見知らぬ青年に、というよりも紅玉と手を繋いでいるという事実の方に。
「えっ!? 誰!?」
「えっと……話せば長くなるのですが、この子は蘇芳様です」
「ええええっ!?」
しかし、言われてみれば蘇芳の面影はあった。
「後で説明しますので、今はご容赦を」
「わ、わかった……」
雛菊は空気を読める女なのである。
とりあえず紅玉と蘇芳を座席へと案内した。
「ご注文は?」
「くりぃむあんみつ一つとお抹茶二つお願いします」
「はーい、かしこまりでーす!」
パタパタと店の奥に入っていく雛菊の代わりにやって来たのは、少し癖のある黒が入り混じる杏色の髪と新緑と黒を混ぜた瞳を持つ男性にしては可愛らしい顔の人物だ。
この茶屋よもぎの店員であり、紅玉の幼馴染である文である。
「へえ~、これが蘇芳さんね~」
文はじっと蘇芳を見ながら、持ってきた茶道具一式を卓の上に乗せる。そして、抹茶を目の前で立てていく。
「……で、どういうわけ?」
「神様の神力の暴走に巻き込まれ、身体と記憶の時が遡ってしまったのです」
「なるほどね」
それだけで察したようで、文は立て終えた抹茶を紅玉と蘇芳に出す。
「はい、抹茶二つ」
「文! 接客が最悪! 挙句、話しながら茶を立てない!」
ガミガミと怒鳴りながら現れた雛菊の盆に載せられているのは、大きな甘味の乗った器だった。
「は~い、くりぃむあんみつです!」
目の前に置かれた大きな甘味に蘇芳は頬を赤く染めた。
(ふふふっ、なんて可愛い……!)
「こ、これが、あんみつ?」
「ええ。黒蜜をかけて頂くのですよ」
紅玉はそう言うと、黒蜜をたっぷりとかけていく。赤豌豆や寒天や求肥に黒蜜がかかってキラキラと輝いていく様を、蘇芳はキラキラと目を輝かせて見つめる。
「た、たべてもいい、ですか?」
「ええ、勿論です。どうぞ召し上がってくださいな」
「い、いただきます」
蘇芳は木の匙で一口掬うとパクリと頬張る。
瞬間、また頬が赤く染まり、目がキラキラと輝く。
「美味しいですか?」
蘇芳はコクコクと何度も頷いた。
「ふふふっ、良かったです。全部食べてくださいね」
蘇芳は嬉しそうに頬を綻ばせると、夢中で餡蜜を頬張っていく。
そんな蘇芳が可愛くて堪らず、紅玉は蘇芳の頭を撫でる。
傍目から見ると、紅玉が見知らぬ若い男と浮気しているように見えてしまい、雛菊は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「文……なんかあたし、イケない現場を目撃している気分……」
「安心しなよ。別人に見えて相手は本当の恋人なんだから」
瞬間、蘇芳がギクリと身体を強張らせた。
「どうかなさいました?」
「え? え……? こ、こいびとって……?」
「あ」
うっかり口を滑らせてしまった事に文は申し訳なさそうに紅玉を見た。
紅玉は困ったように笑うと正直に話す。
「ごめんなさい。ただでさえ見知らぬ土地に放り込まれて、知らない人達に囲まれて戸惑っていると思っていましたから黙っておりましたの。それに、こんなおばさんが恋人だなんて嫌でしょう?」
「いっ、いやじゃない……!」
蘇芳は思わず立ち上がっていた。
「べ、べにさんは、とてもキレイな、ひとです……」
「あらあら、お世辞が上手ですこと」
ころころと笑う紅玉を見て、蘇芳はすっかり真っ赤になってしまう。
「そ、それに……う、れしい……べにさんとこいびとって、すごくうれしい……お、おれも、すきになっていたから……」
「……あらまあ……」
蘇芳の赤さにつられたように紅玉の頬も赤く染まっていく。
そんな紅玉の様子を見て、文は思わず呆れたように溜め息を吐いていた。
「紅さん、子どもに手玉を取られてどうするの?」
「だ、だってっ、蘇芳様が可愛い……っ!」
頬を赤く染めて俯き合う紅玉と若き蘇芳を見て雛菊が思った事はただ一つ。
(あ、大丈夫だ。浮気じゃないわ、コレ。ちゃんとバカップルだわ!)
<おまけ:初めてのお抹茶>
紅「思えば、お抹茶も初めてです?」
蘇「まっちゃ……?」
紅「お茶碗を時計回りに二回回してから飲むのですよ」
蘇「とけいまわり……」
ごくり。
蘇「っ!? に、にがい……っ」
紅「あらあらあら。やっぱり七歳の蘇芳様にはお抹茶は苦すぎましたかね?」
雛・文「「七歳!?!?」」
紅「あ……」
そうなりますよねぇ……。