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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
237/346

それは青年ではなく、少年であった




 突如鳴り響いたのは扉を叩く音。


「失礼しま~す! ケーキが上手く焼けたから鈴太郎くんと時告様にも持ってきましたよ~!」


 現れたのは、前髪の一部が紫色に染まるさらさらの髪と艶やかな紫水晶の如く煌めきを放つ切れ長の瞳を持つ美男。名を(ゆかり)といい、十の御社内の家事を担う生活管理部である。


「あらあらあらまあ紫様。なぁんてタイミングバッチリなのでしょう! わたくし、拍手喝采を贈りたいですわぁっ!」

「ひぃっ! 何でいきなり絶対零度の微笑みぃっ!?」


 確信犯(わざと)ではないかと疑う程の絶妙な間に入ってきた紫に、紅玉は怒り心頭だ。


「ぼ、僕……何かした……?」

「紫殿、とりあえずお客様にお菓子を」


 蘇芳は紅玉の背中を撫でて宥めつつ、紫に入室を促した。


「えっと……神様達からのリクエストが多かったから初めて作ったんだけど、上手く作れたから嬉しくてつい」

「ほう! 新作ですか!」


 以前、紫の手製菓子を食べて以来すっかり気に入っている時告は嬉々としながら皿を受け取った。


「わあ、美味しそう~! パウンドケーキですか?」


 鈴太郎が皿を受け取った次に蘇芳も皿を受け取るが、漂ってきたほのかな香りに蘇芳はハッとなる。


「紅、貴女はこれを食べない方がいい」

「あら、何故です?」

「少し洋酒の香りが強い。貴女は酒に弱いだろう」


 紅玉は以前、誤って酒を飲んで酷く酔っ払った事があるのだ。

 そんな心配する蘇芳に紫が安心させるように言う。


「大丈夫! 神子ちゃん達用にちゃんと洋酒の入っていないパウンドケーキも作っていて、紅ちゃんの分はそっち」

「まあ、わざわざありがとうございます」


 しかし――。


「え、洋酒……!?」


 焦った声を上げたのは鈴太郎だ。

 何事かと鈴太郎に視線を向けたその時だった。


「時告君! それ食べちゃダメ!!」


 瞬間、部屋全体が爆発したような強い神力に包まれる――!

 眩い光に思わず目を瞑った紅玉だが、光が収まったのが分かるとゆっくりと目を開けた……。


 なんと時告が倒れていた。


「とっ、時告様……!?」


 慌てて駆け寄る紅玉だったが、よろよろと起き上がった鈴太郎が言う。


「だ、大丈夫ですよ……実は、時告君は下戸でお酒にとっても弱くて……」

「そうだったのですか……!」


 焼き菓子の洋酒で昏倒してしまうのだからよっぽど弱いのだろう。


「う、げぇ……神力酔いした……」

「紫様、大丈夫ですか?」


 神の強い神力の圧に中てられたのだ。

 神子である鈴太郎だってへろへろなのだから紫なんて影響がもっと大きかっただろう。未だに床に突っ伏している。


「紅玉さんこそ大丈夫ですか?」

「ええ……わたくしはなんとも……」


 紅玉はこの時程己が神力を持たない〈能無し〉で良かったと思ってしまう。

 神力を持たない代わりに神術や神力の圧が効かないのだから。


 紅玉はハッとする。先程から一人、声を全く発していない存在に。


「蘇芳様! 大丈夫で――……」


 紅玉は振り返った瞬間、声を失った。


 確かに蘇芳はそこにいた。否、正確に言えば蘇芳らしき青年がいた。

 蘇芳と言えば、仁王かと思う程の筋骨隆々の身体を持つ厳つい大男である。しかし、そこにいたのは、確かに体格は良いが、蘇芳より断然に細い身体を持つ、男性というより青年といった表現の方が似合う若さの人物であった。

 だが、髪の色は蘇芳色、瞳の色は金色という、蘇芳が持つ色と全く同じ色を持っている。


「え? 蘇芳様……? え? えっ? どちら様……?」


 混乱する紅玉の一方で、鈴太郎が頭を抱えて青褪める。


「ああああああああっ! やっちゃったぁぁああああっ!!」


 そして、流れるように鈴太郎はその場で土下座した。


「紅玉さん、ごめんなさいっ! 彼は多分蘇芳さんご本人ですっ!!」

「えっ!? ええええっ!?」


 蘇芳らしき青年は驚きもせず黙ったまま紅玉と鈴太郎をじっと見つめるだけだった。




**********




 その後、神力の暴走を感知したのか、応接室に水晶をはじめ空や鞠、他の神々も集まり出した。

 食べかけの洋酒入りの焼き菓子と酔っ払って倒れている時告と、若き姿をした蘇芳を見た瞬間、水晶はいろいろ察した。


「つまり……とっきーの力の暴走で、すーさんの時が巻き戻っちゃって若くなっちゃったってこと?」

「はい、そうです。時告君は懐中時計の神なので、時を操る力を持っているんです」


 鈴太郎の話によれば、以前似たような事が二十二の御社でもあったらしい。

 誤って一口飲酒してしまった時告がやはり神力を暴走させ、二十二の庭園の花々を狂い咲かせてしまったらしいのだ。


「うみゅ……すーさんは戻れるの?」

「時告君が目を覚ませば元に戻れるはずです。以前狂い咲いちゃったお花も時告君が目を覚ましたら元に戻りましたので」

「じゃあ、放っておいても大丈夫なんだね」


 その言葉に誰もが安心するが。


「た、ただ、前の経験からすると……二日くらいは目を覚まさないかもしれないです……」

「どんだけ下戸なのよ、とっきーは」


 酒一口で二日とはなかなかである。


「……では蘇芳様は、二日程はこのままなのですね」

「大変! もおおおおし訳ございません!!」


 紅玉の切なげな声に鈴太郎は土下座せずにはいられなかった。

 鈴太郎の額から「ゴンッ!」と大きな音が響き渡り、紅玉は慌ててしまう。


「うみゅ、とりあえずりんたろーととっきーは一旦自分の御社に帰ろ。その方がとっきーも回復早いっしょ。誰かりんたろー送ってって~~」


 水晶の声に身体の大きな男神二人がすぐさま動き、酔っ払って動けなくなった時告を二人で持ち上げてくれる。


「鈴太郎さん。どうかお気に病まないでくださいね」

「うぅ……紅玉さん、お気遣いありがとうございます……本当にごめんなさい。謝罪はまた蘇芳さんが元に戻ってからしますので……!」


 そうして鈴太郎と時告は男神二人に送られて帰っていった。




「……さてと」


 紅玉は時間が巻き戻ってしまった若き蘇芳と向かい合った。


「えっと……わたくしの事は覚えておりませんよね?」

「……は、い」


 もうすでに低い声ではあるが、また深みの無い若い声だと思った。


「わたくしは紅玉と申します。気軽に紅とお呼びください」

「はい……べにさん」


 身体だけでなく記憶も巻き戻っているのだろう。

 言動から年代をなんとなく察する。


「神域の常識はすでに学んでいらっしゃいますか?」

「いえ……まだ、です」


 首を何度も横に振りながら蘇芳は答える。

 緊張しているのだろうか、言葉がたどたどしい。


「ここは神域なので本名は名乗らないでくださいましね。貴方はここでは『蘇芳』と呼ばれておりますので、今後もそう名乗ってくださいね」

「えっと……はい」


 今の蘇芳が明らかに年下である事は分かるのだが、身体がすでに紫くらいの長身でしっかり鍛えられているせいか、詳しい年齢が想像できない。

 だから、紅玉は素直に聞いた。


「蘇芳様は今おいくつですか?」

「いくつ……?」

「今は何歳でしょうか?」

「えっと……ななさい、です」


 瞬間、皆沈黙した。


「…………はい?」

「え?」

「は?」

「what's?」


 紅玉は聞き間違えかと思い、もう一度訪ねる。


「えっと、ごめんなさい。十七歳ですよね?」

「……ななさい、です。しょうがっこうにねんせい、です」


 その言葉を聞いた瞬間、紅玉はかつて聞いた蘇芳の言葉を思い出す。


 蘇芳は「盾の一族」という四大華族の血を色濃く受け継ぎ生まれ、「盾の一族」の初代当主である「初代盾」と瓜二つであり、幼い頃より子どもとは思えない程の巨大な身体や強靭な筋肉、人離れした身体能力を持っていたのだと――。


 その蘇芳の言葉と目の前の若き蘇芳を見れば、真実は一目瞭然だった。


「……まさか、本当にそういう事……?」

「「「「「嘘ぉぉおおおおっ!?」」」」」


 十の御社の住人達は思わず叫んでしまっていた。





<おまけ:七歳蘇芳のプロフィール>


身長:180cm

体重:90kg

体格:筋肉質。身長がほぼ同じの紫より太い。

年齢:7歳(早生まれ)

職業:小学校2年生

好きな食べ物:わからない

嫌いな食べ物:毒の入った食べ物


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