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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
235/346

夏の恋人達

五章開始です!

よろしくお願いします。

この後、二回目の投稿もあります。

読む順番にご注意ください。




 よく晴れた夏の日のこと、神域の艮区参道街を並んで歩く男女がいた。


 男は神域警備部が愛用する軍服を見事に着こなし、女は神子管理部が愛用する着物と袴が良く似合う。

 二人は時折見つめ合いながら微笑み、そしてその手は決して離れないように繋がれている。

 互いを想い合っているのが一目瞭然で、愛する人と出会えた事に幸せいっぱいの恋人達だ。




 そんな恋人達を木の影から見つめていた「何か」がひらりと風に乗って飛ぶ――……。




 ひらりと風に舞い、降り立ったのは紙人形――術者の掌の上へと舞い戻る。

 真珠の如く艶めく美しい乳白色の長く真っ直ぐな髪と撫子色の瞳を持つ美女だ。纏う真っ白な服は西洋の神官を思わせ、まるで聖女のようである。


 この者は、この神域で聖女と呼ばれる七の神子補佐役――名を真珠(しんじゅ)という。


 真珠は掌の上に乗る紙人形の記憶辿る――見えたのは、仲良く手を繋いで歩く恋人達の姿だ……。


(……どうやら、間違いないようですね……)


 真珠は神妙な面持ちで屋敷の中へと入っていった。




 豪華絢爛な調度品が並べてある廊下を進み辿り着いたのは、桜の木で造られた繊細な飾り彫りが施してある扉だ。

 軽く叩き中に入れば、そこには美しき神子が机に向かって座っていた。


 桜色の柔らかそうな長い髪に、桜色のまつ毛で縁取られた愛らしく大きな苺色の瞳。肌は非常に瑞々しく、頬はほんのりと赤く染まり、桜の花弁のような艶やかな唇。

 この世の美しさと愛らしさを詰め込んだ非常に可憐な七の神子であり大和皇国の皇女――桜姫(さくらひめ)である。


 桜姫は真珠を待ち構えていたのか、真珠を見た瞬間立ち上がった。


「どう? 真実がわかって?」

「はい、姫神子様……」


 真珠は少し躊躇いつつも、紙人形を差し出した。


「こちらを……」


 真珠から紙人形を受け取ると、桜姫は迷わず紙人形の記憶を辿る……そして、仲睦まじい男女の姿が見えた瞬間――。


 紙人形は突如炎をあげて燃えた。

 紙人形が灰となって燃え尽きると、桜姫は感情のまま机に手を叩きつける。


 存在そのものが可憐と謳われる桜姫の荒々しい姿に真珠は目を剥いてしまう。

 ギリギリと音が鳴る程歯を食い縛り、掌に爪が食い込む程握り締めている。


「姫神子様、どうか気を鎮めて……っ!」

「……ねえ、真珠、私はどこで誤ってしまったのかしら……? 私は……桜色の神力を有する皇族の姫よね?」


 桜姫の言葉に真珠は大きく頷く。


「はい。桜色の神力はこの大和皇国にとって大変尊き力。あなた様は歴代を見ても大変特別な姫様でございます」

「ええ、そう……私は桜色の姫。選ばれし者。間違いなどあってはいけない。完璧な神子であらねばならないのに…………何故?」


 桜姫の瞳からはらはらと涙が零れ落ちていく。


「何故、私がこんな惨めな思いをしなくてはならないの……?」

「……っ!」


 真珠は皇族神子の間に伝わる桜の神力の言い伝えを思い出していた。




 桜色の神力を持つ神子は完璧でなければならない。

 誰からも愛されるべき存在であらねばならない。

 誰もが尊ぶ存在であらねばならない。

 まさに満開に咲く桜の如く笑顔を咲かせ続けなければならない。

 決して桜色の神力を枯らしてはならない。

 桜は大和皇国にとって特別な存在なのだから。




 真珠は焦りを隠しつつ、泣き崩れる桜姫を支える。


「姫神子様、どうか泣かないで。私まで悲しくなってしまいます」

「真珠……っ! 私っ……私っ! どうすればいいの……!?」


 己に縋り付いて泣く桜姫の頬に零れ落ちる涙を拭う。

 しかし、涙は一向に止まる事が無い。




 そして、真珠は決意する。




「姫神子様、あなた様は誰よりも幸せであらねばなりません。あなた様の憂いを、この真珠が晴らしてみせましょう」

「!」


 苺色の大きな瞳に希望の光が宿った気がした。


「でも……どうするの……?」

「私に考えがございます」


 真珠は美しい微笑みを湛えて桜姫の頬を撫でた。

 その様子はまさに聖女であった。




**********




 ここは、神域の艮区にある十の御社――。

 たった今買い出しから戻ってきた二人の男女は敷地内に足を踏み入れる。


「日差しが強いですわねぇ」


 日を仰ぎ見ながら言ったのは、紅玉(こうぎょく)という、この十の御社に勤める神子補佐役だ。

 癖一つない真っ直ぐな漆黒の髪を高い位置で括ったいつもの髪型。以前、前髪は眉の下で真っ直ぐに切り揃えられていたが、少し伸びてきた事もあり、右前で二つに分けている。漆黒の丸い瞳に、左目の端に泣き黒子。

 本日は淡い黄色の着物に深緑色の袴。髪に括る飾り紐は鮮やかな黄色だ。


「すっかり夏らしくなってきて、気温も大分暑くなってしまいましたね」


 長い間、日差しの下を歩いたせいか、頬がほんのりと紅潮しており、パタパタと手で顔を扇いでいる。


「この時期になると日傘は必需品だろう」


 紅玉の頬に触れながらそう言ったのは、仁王か軍神かといった筋骨隆々の男性。鮮やかな蘇芳色の短い髪に、太く凛々しい眉、キリリと勇ましい金色の瞳を持っている。名を蘇芳(すおう)といい、紅玉と同じくこの御社に勤める神子護衛役だ。


「何故持たなかった? 熱中症になったら大変だろう」


 掌に冷気の神力を込めながら、紅玉の頬が大分熱くなっている事に蘇芳は顔を顰める。

 見た目は仁王のような厳つい男にもかかわらず、紅玉に関すると必要以上に心配症になってしまうのだ。


 そんな蘇芳の顔を見て思わず困ったように笑いながら、紅玉は心地良い冷たさを放つ蘇芳の掌に頬を擦り寄せる。


「ちょっと……欲張りになってしまって……」

「欲張り?」

「日傘を持たなかったら……蘇芳様と手を繋いで歩けるかしらって」


 瞬間、蘇芳は固まった。

 そして、夏の日差しよりも頬が熱くなっていくのを感じる。

 「ふふふっ」と照れた笑みを浮かべる紅玉を抱き締めたいという衝動に駆られそうになってしまう。


「貴女って人は……っ!」

「ごめんなさい。やっぱりこんなの身勝手ですよね?」

「……この程度、身勝手ではない。それに俺も貴女と手を繋ぎたいからむしろ大歓迎だ」


 優しく蕩けるように微笑んだ蘇芳に今度は紅玉が頬を熱くさせる番だった。

 せっかく冷ましてもらったというのに……。


「……もうっ……狡い人……」

「それはこちらの台詞なんだが」


 どちらからともなく、額と額を合わせる。

 そして、くすぐったそうに微笑み合う。


 ほんの少しの酸っぱさとたっぷり甘い雰囲気。

 先日恋人同士になったばかりの初々しい二人の可愛い戯れの時間。


 改めて思うことは――。


((ずっと、この人と一緒にいたい))


 ともに同じだった。





<おまけ:日傘が駄目なら帽子を被ればいいじゃない>


「次からは日傘を持って歩いていいから」

「でも、手を繋ぐと日傘が邪魔でしょう?」

「日傘は俺が持つから問題ない」


 蘇芳のような仁王か軍神かの筋骨隆々の男に、白地に透かし模様が美しい日傘を持つ……。


 一瞬、想像してしまった紅玉はあまりもの違和感にジワジワ笑いが……。


「じゃなくて! 自分の荷物を人に運んでもらうなんて駄目ですわ!」

「俺は構わないのに……」


 このままでは蘇芳は紅玉の荷物を全て持ち運ぶ恋人になってしまうと懸念した紅玉は思う。


(そうです。帽子を買いましょう。そうすれば問題ありませんわ)


 そして、荷物は絶対に自分が持つと強く決意する紅玉は気が付かなかった。


(そうだ。帽子を買おう。紅にはどういうのが似合うだろうか……)


 過保護で甘やかしたがりの蘇芳がまさかそんな事を考えているなんて……。


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