戯れの夜
お砂糖たっぷりのお話です。
その日の夜――。
入浴を終えた蘇芳が寝る支度を整えようとした時だった。
部屋の扉を叩く者が現われたのは――。
「はい?」
扉を開けるとそこにいたのは寝間着姿の紅玉だった。
「こんばんは。えっと、もう寝るところでした?」
「いや。何か用か?」
「…………あの…………」
紅玉は言い辛そうに視線をうろつかせるので、とりあえず一旦蘇芳は紅玉を部屋の中に招く事にした。
長椅子に紅玉を座らせると、自分もその隣に座る。
「どうした?」
「……あの、ね……蘇芳様……」
「ん」
蘇芳は柔らかく微笑みながら紅玉の言葉を待つ。
すると、紅玉は視線をうろつかせた後、頭を下げた。
「……ごめんなさい……」
「えっ?」
「酷い事を言って、ごめんなさい……嘘吐きとか、浮気者とか……」
「ああ……」
その言葉で蘇芳は何の事かようやっと思い出す。
「どうしても謝りたくて……でも、謝りタイミングが見つからなくて……物凄く今更な謝罪になってしまい、申し訳ありません」
思い出せば、あの事件以降いろいろ忙しかったと思い出す。
遊戯管理部女性陣の記憶修正の件や世流の記憶回帰の件もあったし、「祈りの儀」もあったし、「十六夜の会」は……あれは主に蘇芳の暴走のせいだが。
とにかく今更な謝罪になったところで、蘇芳は全く気にしていなかった。
「むしろ俺の方こそすまなかった。貴女に責められるような事をした俺に非がある」
「いいえっ……! わたくしが一方的に意地を張って、それで……っ!」
「紅、紅」
蘇芳は片手で紅玉を抱き寄せ、その手で頭を撫でる。
「俺が貴女に嘘吐いたのは紛れもない事実だ。だから、貴女は怒って当然なんだ」
「……っ……そ、それでも、貴方に酷い事を言ってしまいました……っ……傷付けてしまいました……っ」
「俺は傷付いてなどいない。むしろ貴女にそんな事を言わせてしまった俺自身に腹が立ったくらいだ」
「~~~~っ、狡いっ! 蘇芳様は狡いっ! どうしてそんなにお優しいのっ!?」
抱き寄せていた腕から離れ、自分を見つめてくる漆黒の瞳を見つめて蘇芳はキョトンとしてしまう。
「貴女を愛しているから」
「っ!!」
「言っただろう? 貴女の全てを俺は受け止めたい。いつも一人で頑張り過ぎているところも、意地を張って無茶をしようとするところも、全て愛おしくて守りたい。ただそれだけだ」
「~~~~~~~~っ!!」
顔が真っ赤に熱くなっていくのを自覚する。
一方で蘇芳は楽しそうにふわふわと笑うだけだ。
ああ、その余裕のある笑みが憎たらしくて、憎たらしくて……愛おしい。
紅玉は蘇芳の胸に顔を埋める。
「……好きです……」
「俺も愛している」
嬉しそうな蘇芳の声が響いたと思ったら、蘇芳がぎゅうぎゅうと嬉しそうに抱き締めてくる。
紅玉もそっと背中に手を回し、そのぬくもりに頬を擦り寄せた。
だけど、このまま甘えるわけにはいかない。
紅玉は蘇芳の胸をそっと押し、身体を離す。
そして、蘇芳の金色の瞳を真剣な眼差しで見つめた。
その瞬間、蘇芳もまた真剣な表情となった。
「蘇芳様、どうか教えて……」
「…………」
その先の言葉を蘇芳は予想できてしまっていた。
「貴方はわたくしに何を隠していらっしゃるの?」
賢い紅玉が放っておく事なんてないのだから……。
「一人で抱え込まないで、わたくしに隠し事をしないでって……お願いしても、だめ?」
「弱ったな……」
潤んだ瞳で見上げてくる紅玉の姿に、蘇芳は諸手を上げるしかなかった。
「……分かった。話そう。俺が貴女に隠している事全て」
「ほ、ほんと?」
「ああ、約束する」
蘇芳は紅玉の頭をふわふわと撫でる。
「ただ……明後日まで待ってくれないか?」
「明後日、です?」
「ああ」
「わかりました。待ちます」
「ありがとう」
蘇芳は頭を撫でていた手を頬へと持っていく。
やわやわと撫でながら柔らかな頬の感触を楽しんでいると、紅玉がくすくすと笑う。
「ふふっ、くすぐったいですっ」
「すまん。心地良くて、つい」
撫でている頬とは反対側の頬に唇を寄せると、ふわりと甘い香りがした。
ふと、そこが目に入る。
襟刳りの開いた寝間着のせいで露となっている首筋が。
ほんの一瞬、下劣な男の手で乱された紅玉の姿が呼び起こされてしまう……。
「…………」
気付けば蘇芳はそこに唇を寄せていた。
「ひあっ!?」
唇が触れた瞬間、甘さを含んだ紅玉の声が耳元で響き、蘇芳は心地良さのあまり止められなくなってしまう。
軽く食んでみる。
「あっ、んっ……! ま、まってぇ……っ!」
鎖骨から首筋、耳元まで舌を這わせると――。
「ひゃああっ……!?」
気付けば紅玉が自分に縋りついていて、蘇芳は喜びを感じてしまう。
「す、すおうさまっ……!」
戸惑ったような紅玉の震えた声に、蘇芳はハッとする。
「す、すまん……っ!」
蘇芳はそっと掌で紅玉の首筋についた唾液を拭った。
「気持ち、悪かったな……」
「ちっ、違うの……!」
紅玉は真っ赤な顔をして視線をうろつかせると、消え入りそうな声で言った。
「……もっと、し……て……」
「えっ?」
聞き間違いかと思ったその時、潤んだ漆黒の瞳が真っ直ぐ見つめてはっきりと言った。
「嫌な記憶を忘れるくらいに、もっとしてくださいましっ……!」
思わず目を見開いた蘇芳だったが、その後の行動は素早かった。
紅玉を軽々と抱き上げると、そのまま一緒に寝台へと倒れ込んだ。
「紅……っ……」
「蘇芳、様ぁ……っ」
両手を広げる紅玉の首筋に蘇芳は噛み付いた。
「ひあ……っ!」
柔らかい肌に僅かに歯を立てる。傷が残らないように舌を這わせて唾液もたっぷりつけて治療もしていく。
「ああっ……! んんっ……! すおうさまっ……! すおうさまぁっ……!」
肌を優しく撫でる温かな感触がくすぐったくて、紅玉は思わず縋るように蘇芳に抱き付く。
甘い香りがより一層強くなる。柔らかい身体の感触が布越しに密着する。
頭が沸騰しそうで、蘇芳の我慢は最早限界だった。
だけど、なけなしの理性がそれは駄目だと叫ぶ。
でも、身体は紅玉を激しく求めて熱くなる一方で、思わず抱き締める腕に力が入ってしまう。
「すおっ、さま……っ……くるしい……っ」
「すっ、すまん!」
慌てて身体を起こして紅玉を見れば、頬を赤く染めた紅玉が蘇芳を見つめていた。
とろりと潤んだ漆黒の瞳に、蘇芳は思わず唾を飲む。
甘く香る柔らかな身体からドクドクと心臓の鼓動が伝わってくる――。
(……紅も、俺と同じ気持ちなのか……)
真っ赤な顔をした蘇芳の喉仏が大きく動いたのが見えた。
蕩けるような金色の瞳に、紅玉は捕らわれてしまう。
硬い筋肉質の熱い身体からドクドクと心臓の鼓動が伝わってくる。
(……蘇芳様の心臓も、わたくしと同じ……)
額を擦り合わせる。頬に触れ合う。
互いの瞳を見つめ合ったまま、唇が惹かれ合っていき――そっと重なる。
長い片恋を経て、ようやっと許される事になった恋人同士の甘い口付けが、嬉しくて、幸せで……二人はより一層互いを求めて、瞳を閉じて唇を重ねたまま抱き締め合う。
一度酸素を求めて唇を離して、目を開ければ、そこには蕩け切った瞳の愛する人がいて――。
「大好き、蘇芳様」
「俺も愛している、紅」
吐息が触れ合う程の近い距離で想いを伝え合うと、二人はゆっくりと唇を重ねて抱き締め合った。
だけど、真面目な二人が交わしたのは口付けと抱擁のたったそれだけ。
ようやっと恋人同士となった二人の恋路は、まだまだ初々しく可愛らしく、そしてあまりにも歯痒いものだ。
だが、同じ寝台の上で幸せな笑みを浮かべて眠る紅玉と蘇芳は、翌朝目覚めるまで決して互いの手を離さなかった。
四章終了です!
五章もご期待ください!
おまけをどうぞ!
<おまけ:ふたりはウブウブ>
朝日を感じて意識をゆっくりと浮上させる……。
ゆっくりと目を開ければそこには、愛する人がとろんとした顔で自分を見つめていた。
「…………」
「…………」
眠気が一気に吹き飛んだ気がした。そして、顔が熱くなってくる。
同時に目の前の人の顔も赤く染まっていくのが見えた。
「おっ、おはようございます、すおうさま……」
「お、おはよう……べに……」
ちょっぴり気恥かしい朝を二人は迎えたのだった。