人と神の間に生まれた子ども達
朝日が昇る頃、世流は珍しく早起きをした。
ぐっと伸びをすれば、目覚めもスッキリであった。
ここしばらくは碌に眠れていなかったから……。
世流は着替える為に寝台から降りた。
*****
着替えて階下へ降りると、そこには驚くべき人物がいた。
「よっ、はよ~、世流」
「えっ!? 轟君!?」
轟が朝食の御結びを齧っている横で、右京と左京がお茶と味噌汁を出していた。
「何でここにいるのよ?」
「ふぁ、ほふぁはひほほはひひふんは」
御結びを一気に詰め込むと、轟は世流の頬を横にびよーんと引っ張った。
「いひゃひゃひゃっ!」
「うん、まあまあ顔色はいいんじゃね?」
そして、轟は味噌汁と茶を一気に飲み干す。
「んじゃな、双子。ごっそーさん。世流、あんま無理すんなよ」
そう言って、轟はあっという間に去っていってしまった。
「…………な、んだったの?」
「本日は夜勤でしたので、世流様の様子を見に来られたそうですよ」
「轟様、世流様の事を心配していらしてくれたのですよ」
「っ!?」
轟が人の見た目の変化に気付かない程鈍感なくせに、心の変化に関しては敏感に察知してくれる不器用な優しさを持つ男である事を、世流は知っている。
鷹臣の件を心配してくれたのだろう……あの不器用な鬼の先祖返りは。
「まったく……轟君ったら……」
涙がじわりと溢れそうになる。
「「世流様」」
揃った双子の声に振り向けば、右京と左京が優しく微笑みながら立っていた。
「世流様、僕らにはあなた様の苦しみと悲しみを理解するにはまだ若過ぎるのかもしれません。ですがせめて、あなた様の心を癒して差し上げたい。それだけはどうかお許しください」
「此度の件、世流様のお力になれず大変心苦しかったです。ですが、いつか、世流様が真っ先に僕らを頼りにしてくださるよう強くなります。ですからどうか待っていてください」
ああ、なんと情けない事か……。
必死に隠していた事を勘づかれてしまっていたなんて……。
知られたくないから黙っていた。
自分の身に降りかかったあの出来事を、こんな優しい子達に聞かせたくなかったし、自分の身体が酷く汚されているという事も知られたくなかった。
だけど、そんな自分の我儘がこの優しい子達をこんなにも思い詰めてしまっていたなんて……。
「ごめんねっ……! ごめんなさいっ!」
世流は右京と左京に抱き付いた。
右京と左京は泣きじゃくる世流の背中を撫でながら言った。
「世流様、僕らにとって世流様は恩人であり師匠でございます」
「どんな事があっても、世流様は僕らの憧れの人でございます」
「「大好きです」」
「……っ、ワタシもよっ! 大好きよっ! うっちゃん、さっちゃん」
昔のように頭を撫でてやれば、右京と左京は嬉しそうに可愛く笑った。
*****
「ん~~っ! おいひいっ!」
「良かったです。おかわりもありますからね」
「お茶もお淹れ致しますね」
「ありがとう~~」
のんびりと朝食を摂っていた時の事だ。
カランカランッ――扉の鐘が鳴り響いた。
この時間「夢幻ノ夜」は営業時間外である。
「どちら様ですか?」
右京がそう声をかけて現れたのは――……。
「朝早くにごめんなさいね~」
「アナタは!!」
あざみの姿を見て、世流は驚いてしまった。
「世流様、お知り合いですか?」
「……新しい神子管理部の部長さんよ」
そして、紅玉を陥れようとした張本人……。
世流の中で印象は最悪だ。
「あっ、残念だけど、もう部長じゃないんで」
「えっ?」
「神子管理部長は正式な職員の配属が決まって、そっちに引き継ぎをしたから。そして、アタシは今日が神域管理庁出勤最終日」
「えっ!?」
明らかになっていく事実に世流は驚きを隠せない。
一方であざみの興味はすでに別方向へと向いていた。
「あっ、やっと会えたわ! 噂のイケメン双子君達!」
あざみの声に右京と左京はキョトンとした。
「アタシ、君達に会いたかったのよ~!」
「やめてっ!」
あざみの前に世流が立ち阻む。
「うっちゃんとさっちゃんに手出しはさせないわ!」
「「世流様……!」」
あざみはニッと笑う。
「あら~? アタシ、相当警戒されているぅ~?」
「当たり前でしょ。自分がした事を胸に手を当てて良く考えてみなさい」
「はいはい、わるぅございましたよ。アタシが」
適当な発言に、世流は思わず苛々してしまう。
しかし、あざみは気にした様子もなく、双子に話しかける。
「ねえねえ、君達~! 聞きたい事があるの~!」
「出ていって!」
「君達が神子と神の間に生まれた子どもって本当~?」
「出ていきなさいよ!」
すると右京と左京は世流を宥めて、あざみの前へ進み出た。
「「……本当でございます」」
「うんうん。見た目は間違いなく神の子どもって感じね~~」
あざみはまじまじと双子を観察し、二人の手も触って確認をする。
「触った感覚は人と変わりないわね……ねえ、身体の感覚とかどっちに近い? 人? それとも神?」
「「人ですね」」
「即答ね……理由を聞いても?」
「神は基本的に食事を摂らずとも自然から神力を摂取する事で自分達の存在を保つ事ができます。神が人の形を成しているのは、一番都合が良いからだと昔聞いた事があります」
「一方で人と神の間に生まれた子は限りなく人に近い存在となります。人同様、食事を摂らねば生きてゆけず成長もせず餓死します。特に僕らは神力を奪われておりますので、多めに食事を摂る必要があります」
「なるほどね。納得だわ」
あざみは二人の手を離した。
「本当は今神域にいる人と神の間に生まれた子達から話を聞きたかったんだけど、どの親も過保護でさ~……面談を口実に会わせてもらえるかな~って思ったのに、結局会わせてもらえなかったのよね~。だから、助かったわ。ありがとうね」
「「いえ」」
双子とあざみのやり取りをハラハラとしながら見ていた世流だったが、知らなかった事実に自分もつい聞き入ってしまっていた。
(……っていうか、面談を口実って何?)
「ついでにもう一個聞いてもいい?」
世流の疑問が解決されるより先に、あざみが発言をしていた。
「普通の人間と、人と神の間に生まれた子ども……見分ける手立てはある?」
「正直言って……」
「無いと思います」
「僕らは昔、それなりの神力を持っていましたが、神には到底及びません」
「この身体には血も流れておりますので、ほとんど人と考えても過言ではないかと……」
「あっ、血が流れているんだ。じゃあさ、血のサンプルをちょっと分けて――」
目の前に迫った何かをあざみは咄嗟に避けた。
見れば、世流が鞭を手に鬼の形相であざみを睨んでいた。
「帰って!!」
「「世流様……!」」
「帰ってちょうだい!!」
あざみはニッと笑うと、手をひらひらと振る。
「じゃあね、双子君。貴重な話をありがと~」
そして、あざみは店を出ていった。
あざみが立ち去ると、世流はどっと疲れが押し寄せ、椅子に座り込んだ。
「な、何だったの? あの人……」
「世流様、お気を確かに……!」
「僕らの為にすみません……!」
「いいのよ、いいのよ。アナタ達を守るのはワタシの役目だもの」
双子の頭を撫でながら、世流はふと思う。
(あの人……人と神の間に生まれた子達についてやたら調べたがっていたみたいだけど……何が狙いなのかしら……?)
とりあえずあざみを侮ってはいけない……次会う事があれば更に警戒をしようと、世流は心に決めるのだった。
早朝の誰もいない遊戯街の街をあざみは一人で歩いていく。
「人と神の間に生まれた子どもは限りなく人に近い、ねぇ…………」
あざみは立ち止まる。
そこは遊戯街で違反を犯した人間が連れていかれる地下牢のある場所。
そして、その場所はかつて惨劇が繰り広げられた場所でもあった。
「『神の殺戮事件』……」
血塗られた歴史が残るその場所を見つめながらあざみは呟く。
「アンタの子どもは今何処で何をしているんでしょうね…………」
<おまけ:遊戯管理部の可愛い子ども達>
「こんにちはぁ~!」
背の高い綺麗な人だと、右京も左京も思った。
「あらヤダ! めちゃくちゃ食べちゃいたいくらいかっわいい~~っ!!」
「世流君、食べちゃダメだからね~」
「わかっているわよ! 言葉の綾よ! 綾!」
背の高い綺麗な人こと世流は、しゃがみ込むと自分達と目を合わせてくれた。
「初めまして~。ワタシは遊戯管理部主任の世流よ」
「右京です……」
「左京です……」
「今日からアナタ達は遊戯管理部の可愛い子ども達よ!」
右京と左京は思わず目を見開いた。
てっきり中央本部に身柄を移されると思っていたから。昨日来た嫌な感じの男性もそんな事を言っていたから……。
「あ、昨日の事は気にしなくていいからね。あの男の事は綺麗さっぱり忘れよう~」
人事課の職員だと名乗った幽吾がそう言った。
目をぱちくりとさせながら、右京と左京はもう一度世流を見る。
「これからよろしくね! うっちゃん、さっちゃん!」
差し出された掌を、右京と左京は恐る恐る取った。