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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
223/346

鈴太郎が無茶をした理由は……




「そっか……世流さん、思い出したんですね……本当に自分を助けてくれた人を」

「はい……」


 突然、幽吾と一緒に部屋を飛び出してしまった世流を案じていた鈴太郎だったが、紅玉からの説明に納得できた。


「公的には当時神子管理部坤区の主任をなさっていた真珠様ということになっていますが……これは中央本部からの命令があり、捻じ曲げられた真実です」


 その事は鈴太郎も薄々勘付いていた。

 世流達の看病及び世話をしたのもその真珠だと聞かされてきたのだから。

 当然、その真実は違うと鈴太郎は知っている。鈴太郎は己の目で誰が世流達の世話をしてきたのを見ているのだから。


「世流さんを助けた本当の人って誰なんです?」

「当時、十九の神子だった焔ちゃんです」

「えっ!? 焔さん!?」


 予想外の名前に鈴太郎は驚いてしまった。


「……はい……ご存知のように、焔ちゃんは誘拐事件の犯人である丑村を怒りのあまり異能を暴走させ殺害してしまいました。故に中央本部より命令が下ったのです。誘拐事件被害者である世流ちゃんを助けたのは焔ちゃんではなく、真珠様にせよと」

「どうして真珠さんが?」

「真珠様は丑村が怪しいといち早く気付いて行動しておられたようです。あの日も丑村を追って事件現場である十の御社に居合わせておりましたので、それで……」

「そうだったんですか」


 紅玉も当時誘拐事件の捜査に当たっていたが、丑村という存在に辿り着く事すらできなかった。

 もっと早く丑村の存在に気付いていれば、未来は変わっていたのだろうか……などと考えてしまう。


「……焔ちゃんは一目見て世流ちゃんが惨い目に遭っていた事に気付いたはずです。そして、自ら丑村に接触してしまい……」


 そこからは鈴太郎も報告書を読んだ事があるので知っている。

 丑村はよりにもよって神子であった焔に異能を使い、記憶の一部を消してしまったのだ。

 そのせいで焔は混乱の中、真実を知り怒りを爆発させ、火焔の異能を暴走させてしまった。

 その火焔は丑村だけでなく、十の御社と前十の神子の海をも焼き尽くした……。


「……神子が誘拐事件の被害者と容疑者に接触した挙句、殺人など……神域管理庁の過失です。なんとしてでも隠し通したかったのでしょう」


 結果、公には、焔が()()()事件に巻き込まれ、怒りのあまり異能を暴走させて丑村を焼き殺したという事になっている。

 その為、情状酌量の余地があるとされ、焔に下された処分は殺人を犯したというのに随分と軽いものであった。

 そして、神域管理庁への批判も最小限で済ませる事ができた。


 相変わらずそう言った事への対応は速い中央本部だと……紅玉は内心毒づいてしまう。


「紅玉さんは全部知っていたんですね」

「……わたくしは……あの時現場にいて、事件の後いろいろ捜査にも協力しましたから……」


 鈴太郎はハッとなって思い出す。

 紅玉が目の前で幼馴染である海の死も見ていたのだと……。


「ご、ごめんなさい……!」

「ああ、お気になさらないでください。でも……良かったです。世流ちゃんがきちんと真実を思い出してくださって。これで焔ちゃんも少し重荷を下ろすことができればいいのですが……」


 ほっとしたような、心配するような、少し複雑な表情を見せる紅玉の背中を蘇芳はそっと撫でた。


「鈴太郎さん、本当にありがとうございました」

「い、いえ、僕はそんな」

「……ですが、あんな無茶をなさらないでくださいまし。鈴太郎さんの身に何かあったらわたくし、実善さんと慧ちゃん、葉月ちゃんにも顔向けできませんわ」


 葉月の名前が出た瞬間、鈴太郎の瞳が揺れた。


「あ、あははは……心配かけてごめんなさい……」

「…………」


 少し俯いて、何かを誤魔化すように笑う鈴太郎を見て――紅玉は察した。


「ちょっと凪沙ちゃん達のお手伝いをしてきますね。蘇芳様、鈴太郎さんをお願いします」

「わかった」

「えっ……」


 戸惑う鈴太郎を余所に紅玉は席を立って去っていく。


「鈴太郎さんが元気になれるように美味しいものを作ってきますわ」


 そう言い残して襖を閉めて紅玉は出ていった。

 紅玉を見送ると、時告が大きく溜め息を吐く。


「女性に気遣わせるとは! あなたもまだ! まだ! ですな!」

「す、すみま…………」


 鈴太郎の言葉はそれ以上続かなかった。

 我慢していたものが溢れていくように涙が次から次へと零れ落ちる。


「うっ……ふっ……っ!」


 両手で顔面を覆って身体を震わせ泣いてしまう鈴太郎を、蘇芳は何も言わず背中を擦る。


「まったく! 夢に見る程恋しい人ならばさっさと想いを告げるべきでしたのに! 何故そうしなかったのです!?」

「だっ、だって……! こっ、こんなに早くいなくなっちゃうなんて、おっ、思わなかったんですぅっ……!」


 ボロボロと泣きじゃくる鈴太郎の頭を時告は撫でる。言葉は厳しいながらも、彼なりに労わっているのだろう。


 亡き葉月を想って泣く鈴太郎を見て、蘇芳は胸が締め付けられる。

 それが自分の立場となった時……果たして自分は泣くだけで気が済むのだろうかと思ってしまう。


 だからこそ、紅玉と恋人になれた事は本当に奇跡のように感じる。

 幸せで堪らない。


 だからこそ、そんな自分から何か言うのは気が引けたが、蘇芳は言わずにいられなかった。


「能ある鷹は爪を隠しすぎて深爪――貴方を形容する時によく使われるこの言葉は葉月殿が言い出したと紅が教えてくれた」


 その声に鈴太郎は涙で濡れた瞳で蘇芳を見た。


「紅が言っていた。葉月殿は鈴太郎殿の能力を大変評価していて、その反面いつも悔しそうにしていたと。でも、どことなく楽しげだったと」


 鈴太郎はまた顔を歪めてボロボロと涙を零す。


「またいつも繰り広げられる喧嘩のような貴方と葉月殿のやり取りは実に微笑ましかったと。葉月殿も満更ではないと、笑って言っていた」


 鈴太郎は更に泣いてしまう。両手で顔を覆って震える程に。


「……俺は思うんだ。きっと葉月殿も……鈴太郎殿と同じ気持ちだったのではないかと」


 そんな蘇芳の言葉に時告がニヤッと笑って、鈴太郎の頭をポンポンと叩く。

 鈴太郎はしゃっくりをあげながら、涙を拭う。そして、ようやっとへらりと笑うと言った。


「どう、でしょう? いつも、怒られていましたから……鈴太郎のくせにって」

「そこは素直に受け取りなさい!」

「うええええっ……!? す、すみましぇん……」


 ベシッと頭をはたく時告に平謝りの鈴太郎。

 いつもの調子の二人の様子に蘇芳はほっとする。


 しかし、蘇芳は真剣な表情になると鈴太郎に言う。


「……鈴太郎殿……どうしてあのような無茶をした?」

「え……」


 戸惑い揺れる花萌葱の瞳を蘇芳は真っ直ぐ見つめる。


「貴方は『術式解読』の異能を持っているだろう? 以前、雛菊殿の呪いの種を除去した時にはその異能を発動させていたはずだからな。だが今回は術式をわざわざ書いて『術式解読』を行った。四つの神術を発動させるという無茶をしてでも」


 蘇芳の言葉に鈴太郎は硬直した。


「多分、以前は雛菊殿だったから……また神域の知識に浅い彼女だったから『それ』ができた。だが、今回は凪沙殿達が相手だったから『それ』をしなかった……」


 花萌葱の瞳がより一層揺れる。


「何故か……と、それを考えた時に、ふと思い出した。かつて『術式解読』の異能を持っていた人がもう一人いた事を……それは、紅の幼馴染であり、前四十六の神子の葉月殿」


 鈴太郎はどんどん青褪めていく。


「葉月殿に凪沙殿達は会った事があるが、雛菊殿は会った事が無い……つまり、()()殿()()()()殿()()()()()()()()()()()


 身体も震え出していた。


「鈴太郎殿……貴方の『術式解読』の異能は、本当に貴方のものか?」


 鈴太郎が息を呑んだ瞬間、瞬時に時告が動く――服の袖から針のような短剣を取り出し、蘇芳の首元に突き付けた。


「それ以上は口を慎んでもらおうか。我が主に害為す存在は誰であろうと滅する」


 しかし、蘇芳は冷静だった。


「…………すまない。説明不足だった。俺は鈴太郎殿を追い詰めようとしているわけではない。ただ確認しておきたくて」

「……確認?」


 蘇芳は静かに瞼を閉じると、ゆっくりと開ける……。

 開かれたその瞳の色を見た瞬間、鈴太郎は驚いてしまった。


「……鈴太郎殿、貴方は……()()()……継承されているのではないか? 彼女達の思いを」


 静かにそう告げた蘇芳の言葉に、鈴太郎は思い出していた。葉月との最後の思い出を……。







 葉月が書いた術式はあっという間に自分の中に吸い込まれてしまい、鈴太郎はギョッとした。

 思わずぺたぺたと身体の異常を確認するが、特に何も無さそうだ。


「は、葉月さん、何をしたんです……?」


 恐る恐るそう聞けば、葉月はニヤッと笑った。


「まあ……体の良い押し付け」

「押し付け!?」

「こんなこと、あんた以外に託せないからね」


 笑っているのに少し憂いのある葉月の顔に鈴太郎は違和感を覚えた……。




 この時にもっと追及すれば良かったのだと、後悔する事になった。




 突如受けた知らせを聞き、慌てて駆け付けた夜の四十六の御社――。

 そこにいたのは、土色の顔をして浅い呼吸を繰り返して横たわっている葉月だった。


 そして、治療に当たっていた医務部から聞かされたのは、葉月の身体は大分前から手遅れであったという衝撃的な事実。

 別れはもうすぐそこまで迫ってきている。


 それであるはずなのに、葉月は笑う。


「みか……ん……なきすぎ……もっと、つよく……なって……」


 葉月に縋りついて蜜柑色の瞳からボロボロと大粒の涙を零す三十二の神子に――。


「さやか……ごめん……」


 葉月の手を握り締めて静かに薄浅葱の瞳から涙を零す三十五の神子に――。


「ふじ……あと……たのんだわ……」


 葉月のその言葉に藤紫の長い髪を揺らして頷く二十七の神子に――葉月は笑う。ただひたすら笑う。


 そして――。


「わたしは……こうかいなんて、ない……」


 瞳にいっぱい涙を湛えて必死に気丈に振る舞う漆黒の髪を持つ自分の同期に、葉月は言う。


「むねはって……あなたはわたしのほこりよ……」


 そうして、葉月は笑った……心から。


 葉月の笑顔を見ている内に、いつの間にか鈴太郎の目にも涙がいっぱい溢れていた。ハラハラと涙が零れ落ちていく。

 そんな鈴太郎に、葉月は目配せして微笑む。


「やくそく……まもっ……てね……す、ず……」


 大地のような茶色の髪が、萌黄色の瞳が漆黒へ変わっていく――。


「……す…………」


 聞き取れないほど小さな声を最後に、葉月は目を閉じ――やがて静かに息を引き取ったのだった……。





<おまけ:只今「記憶復元」の神術考案中>


葉「『記憶操作』の異能の礎が火の要素だから、それを打ち消す術式として基本は水の紋章を使用するのは問題ないと思う。でも、どうもこの異能、火のくせに水を打ち消す要素もあるっぽいのよね~~……どうすれば……」

鈴「あ、それはきっと土の要素も含んだ混合型の異能ですね。そうしたら木の紋章を重ね合わせればいいんですよ」

葉「……は?」

鈴「幸い水と木は相互作用が働きます。紋章をそれぞれ書いて重ね合わせれば書き換えになりませんし、力の相殺もしません。あ、でも、火主体で土が補助なら、それに合わせて紋章も水を主体にして木を補助にして――」

ゴチンッ!!

鈴「いっだあっ!?」

葉「なぁ~んであんたはそんな事すぐに思い付くわけぇっ!?」

鈴「だからって殴らないでくださいよ~~」

紅「あらあら、仲がよろしい事で」

葉「どこがよっ!?」

鈴「えへへ~~」

葉「笑うなっ!!」

ゴチンッ!!

鈴「理不尽っ!!」


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