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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
222/346

世流、記憶回帰




 懐かしい夢を見た……。

 夢の中でも彼女は怒っていて……思えばあまり笑いかけられた事が無かったなぁと思い出した。

 でも、怒ったその顔も好きだったなぁ……。




 そんな事を思いながら鈴太郎は意識を浮上させた。

 視界がぼんやりとしていてはっきりとしない。

 でも、近くに女性がいる事が分かった。


 大地のような茶色の髪と萌黄色の瞳の……。


「…………は、づきさ…………?」


 思わず手を伸ばすと、その手が握られた。


「鈴太郎さん?」


 そして、思っていた人とは違う声を聞いた瞬間、鈴太郎は一気に覚醒した。

 見れば、手を握っていたのは紅玉だった。


「……えっ、あっ、あれっ?」

「良かったです。目を覚まされて」

「えっと、そのっ!」


 ほっと安心する紅玉の顔を見て、罪悪感と申し訳なさと恥ずかしさが込み上げてくる。

 主に勘違いをしてしまった方で。


「わたくし、幽吾さんと世流ちゃん達を呼んできますわね」

「わかった」


 パタパタと出ていく紅玉を見送ると、蘇芳は鈴太郎の傍までやってくる。


「鈴太郎殿、具合はいかがだ?」

「はい。神力の量は問題ありませんから安心してください」

「……あまり無茶をされないでくだされ」

「あはは……ご心配おかけしました」

「まったくです!!」


 大きな声とともに覗き込んだのは時告だ。


「駄主ごときが倒れて、皆様慌てふためいていらっしゃったのですよ!?」

「あはは……逆に迷惑をかけてしまいましたね」

「……ですが、主のおかげで、凪沙嬢、野薔薇嬢、亜季乃嬢、一果嬢の記憶が完全に戻りましたよ」


 時告の言葉に鈴太郎はハッとする。


他者(世流)の記憶が混じっていた事で噛み合わなかった記憶の歯車が正常に戻り、誘拐事件の間の事を全て思い出せたようです」

「あ、あの……! 皆さん、大丈夫なんですか……!?」


 鈴太郎のその問いに答えたのは蘇芳だ。


「初めは混乱して泣いていたが、徐々に落ち着きを取り戻して……それでやっと思い出せたようだ。悪夢のような日々の中で、身体を汚されるような事は一度もされていなかっと……世流殿が身を呈して守ってくれていたと」

「っ!!」

「……だが……それでも、失われた時間を取り戻す事は永遠にできない」

「……そう、です、よね……」


 誘拐され身体を汚されたと思い込み、命を絶とうとまで思い悩み苦しみ、立ち直るまでどれ程の時間を要したか。

 順風満帆に違いなかった人生をめちゃくちゃにされ、再び社会に戻るまでどれ程の苦労を要したか。


 蘇芳も鈴太郎も間近で見てきたからこそ知っている。


「だが! 彼女達は強かったです!」


 時告はハッキリと告げる。


「これでもっと胸を張って歩けると! 前向きにおっしゃっていた! 彼女達の目には! 希望しかありませんでした!」

「……っ!」

「あなたはよくやりました、主! 前四十六の神子の遺志を受け継ぎ、よくやり遂げました!」


 鈴太郎の瞳から決壊したように涙がボロボロと零れ落ちる。


「はっ、葉月さんもっ……これで浮かばれますかね? ずっと、気にしていましたから……っ!」

「ええ、間違いなく! ですからあなたも泣くのではありません! 胸を張りなさい!」

「うっ、うぅ……ごっ、めんなひゃい……っ!」


 一向に泣き止まない鈴太郎の涙を時告は手拭いで黙って拭う。

 そんな二人の様子を温かく見守っていた蘇芳だったが、背後で襖が「バンッ!」開き、思わず振り返る。


「「「「「鈴太郎くぅぅううううん!!」」」」」

「うわああああああっ!?」


 瞬間、突撃してきた軍団に鈴太郎が押し潰されてしまったので、蘇芳はギョッとしてしまう。

 見れば、世流と凪沙と亜季乃と野薔薇が寝ている鈴太郎の上に圧し掛かっていた。


「鈴太郎君! 本当に! ほんっとうにありがとう!」

「私達の記憶を戻してくれて本当にありがとうっ!」

「わっ、私達、これからも頑張れます! 頑張れますぅっ!」


 亜季乃に至っては号泣しており、鈴太郎は思わずもらい泣きをしてまた泣いてしまう。


「よ、よがっだ……っ! よがっだでずぅ……っ!」

「鈴太郎君、ホントにあ・り・が・と」


 野薔薇はそう言って鈴太郎の頬に唇を寄せた。

 当然鈴太郎は驚いてしまう。


「ええええっ!?」

「あら、野薔薇ちゃん、ずるい、じゃあ、オネエチャンも」

「じゃあ、私もっ」

「私もお礼しますぅ~!」

「ちょっ! ちょちょちょっ! そういうのはいいですからっ!大事な人の為にとっておいてください!」


 遊戯管理部軍団に揉みくちゃにされているその時だった。


「鈴太郎さん」


 そう声をかけた紅玉が連れて来たのは、水森と一果の夫婦だった。

 二人とも手を繋ぎ合い、ボロボロと涙を零している。


「ありがとうっ……! 本当にっ……ありがとうっ……! 一果の苦しみを……っ! 俺達夫婦の苦しみを取り除いてくれて……っ! 本当にっ、ありがとうっ!!」


 頭を深々と下げる夫妻の姿に、やっぱり鈴太郎はもらい泣きをしてしまう。


「よ、がっだ、でずっ……! よがっだでずぅ……っ! おぢがらになれでっ……!」


 奪われた時間は決して戻ってこない。

 それでも偽りの記憶に苦しめられ、悪夢に苛まれる日々は終わりを告げたのだ。

 彼女達は三年もかかって、ようやっと真実を手にする事ができた。


 必死に彼女達を支え続けてきた日々は決して無駄などではなかった。

 彼女達を最期まで案じていた葉月もきっと報われる。


 そう思った紅玉の目にも思わず涙が浮かぶ。

 そんな紅玉の涙を拭いながら、蘇芳は肩を抱き寄せていた。




*****




 落ち着いたところで、幽吾が世流に告げる。鈴太郎が取り出した一斤染の石を見せながら。


「さて……あとは世流君のこの記憶をどうするか、だね」


 十中八九、世流にとっては悍しい記憶の欠片だろう。思い出したくもない程の。


「僕が責任をもって厳重に処分するよ?」


 そう進言した幽吾に世流は首を横に振る。


「ワタシ、全ての記憶を自分に戻すわ」

「世流ちゃん……!?」

「そうしなければ、いけない気がするの」

「……本気のようだね」

「ええ、本気よ」


 世流の決意は変わらないようだ。

 幽吾は黙って頷き、紅玉も戸惑いはあるものの世流の意思を尊重する事にした。


「途中でもう嫌だって思ったらすぐに言ってくださいまし。全力で止めますから」

「ありがとう」


 そうして準備はすぐに行なわれた。

 世流に記憶を戻す役目は蘇芳が行なう事になった。鈴太郎から神術の事をしっかりと聞いて、頭の中に叩き込む。

 そして、世流は幽吾から一斤染の記憶の石を全て渡される。小さな木箱いっぱいに入ったそれらを世流は緊張した面持ちで見つめた。


 世流の前に蘇芳が立つ。


「では世流殿、参るぞ」

「ええ」


 蘇芳は右手で術式を書いていく。蘇芳色の紋章があっという間に宙に浮かび上がった。


「【記憶回帰】」


 蘇芳が唱えた瞬間、一斤染の石達が次から次へと世流の身体の中へと吸い込まれていく。




 世流は膨大な記憶の渦に飲み込まれていった――。







 恐怖で震え身を寄せ合う凪沙、野薔薇、亜季乃、一果を見て、下劣な笑みを浮かべる男達から庇うように立ちはだかった。

 下劣な男達はそんな自分に手を伸ばし、抵抗する自分を引き摺るようにして別室へ連れていく。

 そして、数人の男達に手も脚も押さえつけられ、服を派手に引き裂かれ……目を背けたくなる程、酷い暴行を受け続けた。

 耳を塞いでも、下劣な男達の笑い声と自分の悲鳴は永遠に消える事はないだろう。


 一頻り己という「玩具」を堪能すると、男達は自分を屑のように放り捨てた。

 凪沙達が真っ青な顔で自分を覗き込んできたのが見える。

 すると、亜季乃の悲鳴が響き渡った。見れば、亜季乃が男に腕を掴まれ抵抗していた。

 すぐさま立ち上がった自分が亜季乃の腕を掴む男の腕に噛み付く。

 男は痛みに悲鳴を上げた後、怒りに任せて自分を殴り付けたせいで、視界が激しく揺れた。

 ぼやける視界がハッキリして見えてきたのは心配そうにボロボロと涙を零す亜季乃の顔だった。

 そして、その頭に自分は手を伸ばしていた。




 巡り巡る記憶の回帰――気持ち悪さも覚えてくるが、世流は必死に目を見開いた。

 カチリ、カチリ――噛み合っていなかった歯車が合わさって規則正しく動くように、どんどん記憶が戻っていく。




 歪んだ笑みを浮かべて、髪の毛を引っ掴む鷹臣の姿。

 まるで物のように扱われ、乱暴に嬲られる。

 そうしてまた屑のように放り捨てられ、自分は意識を飛ばす。


 そして、泥のように眠っている中で激しい轟音を聞き、ハッと目を開ける。

 覚束無い動きでそちらを見れば、崩壊した壁と見知らぬ女性の姿。

 女性は慌てた様子で逃げるように立ち去って行った。

 一体どういう状況なのか、わからない。

 だが、自分の行動は最早反射的だった。


 崩壊した壁から廊下を出て、さらに建物を出て逃げ出す。

 助けを求める為に。


 しかし、走っても、走っても、人が見つからない。

 そもそもここが何処なのかも分からない。

 暴行を受け続けた身体は最早悲鳴を上げていて、どこもかしこも痛くて堪らない。


 それでも必死に助けを求めて走った。走った。身体を引き摺るようにして走った。


 だけど、身体はもう限界で……地面に倒れ込んでしまう。


 もう駄目だ――そう思ったその時、自分の元へ駆け寄る人の姿が見えた。




 助けて――そう呟いた声がその人に聞こえたか分からないまま、意識を無くしてしまった。




 再び目を開けると、視界がぼんやりとしていてよく見えない。

 誰かが話をしているのは分かる……会話の内容も朧げにしか聞こえないから。


 やがて一人が立ち上がり部屋から出ていく。

 そして、もう一人は自分へと近づき、手を握ってくれる。


「待っていてください」


 強い芯を感じる女性の声だ。


「あなたをこんな目に遭わせた人間を、私は絶対に赦さない」


 その人の顔が見たくて、必死に目を凝らす。だけど、顔がぼんやりとしか見えない……。


「十九の神子の名において、私が成敗します。だから、待っていてください」


 唯一見えたのは燃えるような銀朱の長い髪。


「いってきます」


 そうして、彼女は手を離した――。







 瞬間、世流は息を呑んでしまった。


「――――っ!!??」


 そして、口に手を覆って、ボロボロと泣き出してしまう。


「世流ちゃん!?」

「世流君……! 大丈夫?」


 紅玉と幽吾が心配して駆け寄る中、世流は衝撃から抜け出せないでいた。


「……ワタシを……ワタシを助けたのって……」


 世間的には聖女と名高い彼女の名前が挙げられている。そして、世流自身、彼女が恩人だと言われ続けてきた。


 だが――……。


 世流は幽吾に掴み掛っていた。


「ねえっ! 知ってるなら教えて! ワタシを本当に助けてくれた人って!!」


 幽吾は驚きつつも、やがて嬉しそうに笑った。


「…………やっと、思い出してくれたんだね」

「会わせて! 今すぐ連れてってぇっ!!」




*****




 卯の門広場にある神域医務部総合病院。

 その中にある薬草調合室。そこが焔の職場だ。


「焔ちゃーん。幽吾君が来ているわよー?」


 扉を叩いて入ってきた看護師にそう言われて、焔は薬草を磨り潰していた手を止めた。


「は? 仕事中に一体何の用だ? まったく……」


 そう言いつつも、焔は立ち上がって調合室から出る。


「幽吾、新しい薬の開発なら――」


 瞬間、焔は目を剥く事になってしまう。物凄い勢いで抱き付かれたから。そして、抱き付いてきたその人は――。


「よ、世流さん!? どうしたんだ!?」

「ほっ、ほむらちゃ……っ!」


 ボロボロと涙を零す世流を見て、焔はギッと幽吾を睨みつける。


「おい! 幽吾! 世流さんに何をした!? 場合によっては赦さないぞ!?」

「うんうん、人の話は最後まで聞こうね~」

「一体何の……!」

「ほ、むらちゃ……っ」


 泣き崩れそうになる世流を焔は必死に支える。


「世流さん、一体何があったんだ……!?」

「さっ、三年前……っ、ワタシを、本当にワタシを助けてくれたのはっ、ほっ、焔ちゃん、アナタでしょ……っ!?」

「…………え?」

「いっ、行き倒れになっていたワタシを助けてっ、保護してくれたでしょ……っ!?」

「っ!?」

「……世流君、やっと思い出せたんだ。三年前の誘拐事件の記憶を……全部」


 幽吾からの説明に焔は困り果てた。視線をうろつかせ、たじろいでしまう。




 知られるわけにはいかない。

 知られてはいけない。

 人殺しが命の恩人だなんて知れば、きっと衝撃を受けてしまうから。




 ずっとそう命じられてきた……。


「ちっ、違う……! 違います! わっ、私は人を殺した罪人で……っ!」

「焔」


 いつもの声とは違う真っ直ぐな幽吾の声に焔は思わず言葉を詰まらせる。


「いいんだよ、焔……もういいんだ」


 幽吾はそう言いながら、焔の首と耳と髪を飾っていたあの黒曜石を外した。焔が罪人である何よりもの証の黒い飾りを……。


「君は……そろそろ罪から解放されるべきだ」


 柔らかく笑う幽吾を焔は目を見開いて見た。そして、その瞳からボロボロと涙が零れ落ちていく。

 そんな焔の手を世流がきつく握り締める。


「あり、がと、さ、三年前、ワタシを助けてくれて……っ! ごっ、ごめんなさい……! そんな大事な事も忘れて、さっ、三年もあなたに辛い重荷を背負わせてしまった……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 泣き崩れる世流と一緒に焔も床に崩れ落ちる。

 涙が止まらない。止める事ができない。


「……私は……人の命を奪った罪人です……」


 今でも罪の意識は消えない。消えてくれない。


 でも、それでも……。


「でも……あなたを助けた事に、一切の悔いはありません……元気になってくれて……生きていてくれて、良かった……良かったっ……!」


 その言葉に世流は焔を抱き締めて大声を上げて泣き出した。

 焔もまた世流を抱き締めて泣いてしまう。


 しばらく病院の廊下に二人の鳴き声が響き渡っていたが、それを咎める者は誰一人いなかった。

 幽吾もまた、大声で泣く二人をそっと見守っていた。





<おまけ:神域医務部の職員達は、焔の罪を全て知った上で受け入れています>


「よかったねぇっ! よかったねぇっ! 焔ちゃん!」

「ああああ歳取ると涙脆くて仕方ないな……」

「先生、はい、テッシュ」

「おう……ぐすっ……」

「ああああこっちにもテッシュくらはい……鼻水が」

「鼻かんだら手をアルコール消毒しろよ~」

「「「「「うい~っす」」」」」


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