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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
221/346

深爪の鷹




 怒涛の事件の翌々日――遊戯街の「夢幻ノ夜」。


 時刻はまだ昼前で、「夢幻ノ夜」は絶賛開店準備中だ。

 その店内に集められたのは、世流、凪沙、野薔薇、亜季乃、そして一果――誘拐事件の被害者達五人である。

 付き添いで一果の夫の水森も来ていた。


 そうして聞かされた幽吾からの説明に被害者関係者達は目を剥いてしまった。


「鷹臣の話では、世流君以外の誘拐事件の被害者達は誘拐事件加害者達からの暴行は一切受けていなかったらしい」

「ほ、本当なのっ……!?」

「だけど……私達には、間違いなくその記憶があるのだけれど……」


 凪沙と野薔薇の尤もな疑問に頷きながら幽吾は答える。


「だから、丑村が彼女達の記憶を操作したんだ。逃げる意思を奪う為に、世流君の暴行されている記憶を植え付けたらしい」

「……っ、どこまで卑劣な事をすれば気が済むんだ……っ!?」


 怒りを隠さない水森に幽吾は頭を下げる。


「それについては……申し訳ありません。こちらが真っ先に気付くべきでしたのに、今まで気付く事ができなくて……」


 幽吾を責めても、何も解決しないのは水森自身もよく分かっている。一果にも袖を引かれ、水森はそれ以上何も言わなかった。


「そういう訳で、真っ先に皆さんの記憶の修正をしなくてはならないのですが……三年前皆さんの記憶を直した神子である葉月様は残念ながらもうこの世にいません」

「そう、ね……」


 世流の脳裏に、萌黄色の瞳が印象的な眼鏡をかけた若き女性神子の姿が蘇る。


「ですが、ご安心ください。葉月様と一緒に『記憶復元』の神術を作った協力者の方に来て頂きました」


 幽吾がそう言うと現れたのは、縦横無尽に跳ねまくった焦げ茶の髪と眼鏡の奥に覗く鮮やかな花萌葱の瞳を持つ細身で背の高い男性――二十二の神子、鈴太郎だ。

 三年前、葉月とともに「記憶復元」の神術を生み出した人物である。


「もおおおしわけございませんでしたああああ!!!!」


 気付けば鈴太郎は世流達の前へ滑り込むようにして土下座をしていた。

 あまりもの勢いに世流達はギョッとしてしまう。


「まさか他人の記憶を植え付けられているとは露考えず、長年苦しいまま放置してしまったこと、心より! お詫び! 申し上げます! もおおおしわけございませんんんん!!!!」


 その細い身体の何処からそんな大声が出るのだろうかと思う程の謝罪に世流達は逆に恐縮してしまう。


「り、鈴太郎君、頭を上げて頂戴。いくらなんでもそこまで見通すのは無理な話よ」

「そ、そうよっ。あなたは恩人なのっ。感謝しかないわっ。だから、謝らないでっ」

「うっ、うぅ……遊戯街の皆さんは本当に心お優しい……」


 はらはらと涙を零しながら立ち上がろうとした鈴太郎だったが、頭を掴まれ「へばあっ!?」と変な叫び声を上げて、再び顔を地面に沈めていた。

 鈴太郎を地面に沈めたのは、彼に仕える男神の時告だった。


「この度は! 我が駄目主こと駄主が! 大! 変! ご迷惑をおかけしました! 誠に! 申し訳ございません!!」

「時告さん、人の話を聞いて。もう謝罪はいらないから」

「この駄主! 余計な謝罪をしてしまったことを謝罪なさい!!」

「しゅ、しゅみましぇん……!」

「結局謝罪の塗り重ね!」


 店内に響き渡る時告の大声にうんざりとしながら幽吾が言う。


「あ~~も~~、話進まないから時告さん出ていって! まったく……誰だよ、彼を連れてきたのは……」

「あ、僕ですけど」


 おずおずと手を挙げたのは他でもない鈴太郎。

 幽吾は鈴太郎に人差し指を向けて見下ろした。


「はい、謝罪しろ。地面に額を擦り付けて謝罪しろ」

「謝罪上塗りの強要!?」

「おいてめぇら! 直す気あんのかないのかどっちだ!? ああっ!?」


 ついには世流が低い声で怒鳴ってしまう。


「す、すみませんでした……!」

「も~~、鈴太郎君のせいで、おっさん世流君に怒られたじゃ~ん」

「いいからさっさとしろぉっ!!」


 すると、「カランカランッ」と扉の鐘が鳴り響いた。


「世流ちゃん……!」

「! 紅ちゃん!」


 やってきたのは紅玉だった。

 あの事件以来会えていなかった恩人で友人の無事な姿を見て世流はほっとしてしまう。


「世流ちゃん、ごめんなさい……ご心配おかけしてしまって……」

「ワタシこそ本当にごめんなさい! 酷い目に遭わせる事になってしまって……! 紅ちゃん、もう大丈夫なの……?」


 紅玉はふわりと微笑む。


「わたくしは皆様のお世話係ですもの。ちゃんと最後まで見守りたいです。それに……えっと、ご心配なく……」


 紅玉の後ろからやって来たのは、仁王の如く身体の大きなその人、蘇芳だ。

 蘇芳は紅玉の隣に立つと、肩を優しく抱き寄せた。

 瞬間、紅玉の頬が赤く染まった。


 そんな紅玉の姿に世流達はニマニマと顔がにやついてしまう。


「えっと……その……蘇芳様が傍にいてくださるから……大丈夫、です」

「「「「「おめでとおおおお!!」」」」」


 世流を筆頭に遊戯街女性軍団が祝福の声を上げたと同時に、紅玉が奪われてしまい、蘇芳は困ったように苦笑いを浮かべてしまう。

 そんな蘇芳の元にやって来たのは水森だった。


「……やっとか」

「はい。いろいろ気にかけて頂き」

「いやいや」

「ず、ずおーざん、よっ、よがっだでずねっ……!」


 やって来た鈴太郎に至っては感涙で顔が凄い事になっている。時告が黙って手拭いを差し出していた。


「おっ、おめでどうございまずっ……!」

「おめでとう。蘇芳」

「ありがとうございます」


 己の恋の成就に、こんなに祝福してくれる存在がいる事、何より愛する人と心を通わせる事ができたという奇跡に、蘇芳は嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。


「自分は幸せです」


 瞬間、水森は固まった。

 鈴太郎も固まった。

 時告も固まった。


「……? お三方、いかがされた?」

「い、いや……」

「ちょ、ちょっと心臓が……」

「恋した女性は美しくなると聞きますが! 男性もまた同様だと!」

「はあ……?」

((いや、それもそうだけど……!))


 首を傾げる蘇芳の顔を見つめながら、水森と鈴太郎の心は同じだった。


(蘇芳が実は凄く整った顔しているって事を忘れていた!)

(どうしよう! 下手したら蘇芳さんのモテ期来ちゃうかも……!)


 水森と鈴太郎は仲良く顔を見合わせて頷き合った。


「蘇芳さん! 悪い女に引っ掛かっちゃダメですよ!」

「ほんっと気を付けろよ!」

「はあ……紅しか見えないし、紅しか愛さないから問題ない」


 さらりとそう言った蘇芳に、水森と鈴太郎は逆に撃ち抜かれて悶えてしまう。


「くそぉっ! イケメンめ!」

「照れる……っ! 恥ずかしい……っ!」

「???」


 すると、そこへ紅玉がおずおずとやって来た。


「あの~……鈴太郎さん、そろそろご準備を……」

「あ、そうですね、すみません……!」


 そして、紅玉はきっと蘇芳を見上げた。その顔は些か赤く染まっている。


「あとっ、蘇芳様……っ!」

「ん? 何だ?」

「……さっ、さっきのっ……!」


 紅玉の耳にも先程の蘇芳の声が届いていたのだ。水森と鈴太郎が悶えてしまう程の恥ずかしい言葉が。

 心を通わせて以来、宣言した通り一切の遠慮を無くした蘇芳はとにかく甘かった。甘甘だった。

 一度叱らなくてはこのままでは甘やかされ過ぎてとろとろに溶かされてしまうと思う程だ。


 だから、一度叱ろうと思った。思った。思ったはずなのだ。

 しかし――。


「……な、んでもありません」

「そうか」


 ニコニコと微笑みながら紅玉の頬を撫でる蘇芳を見ていると、怒る気力を無くしてしまうのだ。

 蘇芳があまりにも幸せそうに笑うから。

 そして、紅玉がそれを壊したくないから、結局蘇芳の好きにさせてしまうのだった。


「想いを溜め込んでいた分、反動が酷いな」


 甘い空気を漂わせている紅玉と蘇芳を見ながら、水森は思わず苦笑いをしてしまう。

 その一方で鈴太郎は羨望の眼差しで見つめていた。


「…………いいな」

「…………」


 そんな鈴太郎の呟きを聞き取ったのは時告だけだった。


「あの~、ホントそろそろ始めてもらってもいい~?」


 幽吾の声に鈴太郎はハッとする。


「あっ、すみません……! やります!」


 鈴太郎が前へ進み出ると、すでに凪沙と野薔薇と亜季乃と一果は準備が整っていた。

 全員、鈴太郎を見つめる。

 他の者達もじっと鈴太郎を見守った。


 目を閉じ、大きく深呼吸をすると、鈴太郎は花萌葱の瞳を開く。

「……始めます」


 瞬間、物凄い速度で術式を書いていく。


「【術式解読】」


 花萌葱の紋章を通して、鈴太郎は凪沙達を視た。


「……なるほど……この術では解読できないわけですね……」


 紋章を左手で固定したまま、右手で更に術式を追加で書いていく。


「【神力識別】」


 書き上げた花萌葱の紋章を重ねていくと、鈴太郎の瞳に一斤染の光が映った。


「これですね……!」


 鈴太郎は更に術式を書いていく。


(同時に神術を三つ発動させるのか!?)


 それは大分離れ業といえよう。神域最強と呼ばれる蘇芳だって一つの術式を発動させるので精一杯なのだ。


「【記憶開示】」


 凪沙達の足元に花萌葱の紋章が浮かび、キラキラとした光が浮かび上がる。その光の一部が一斤染だった。


 息が荒くなっているのが分かる。心臓も凄い速度で脈を打つ。全身汗が吹き出して、ぽたぽたと零れ落ちていくのを自覚しながら、鈴太郎は右手で術式を書いていく。


「あと少し……っ、頑張っていてくださいね……!」


 これには流石に蘇芳も幽吾も焦った。


「鈴太郎君! これ以上はっ!」

「【記憶回収】」


 しかし、鈴太郎は術式を展開した。

 花萌葱の糸が一斤染の光に絡み付いていき、石となっていった。ころりと凪沙達の足元に転がり落ちた石を見て、鈴太郎は大きな息を吐く。


「はあ……はあ……はあ……っ……で、きた……」


 傾いていく身体を鈴太郎は支える事ができない。


「鈴太郎さんっ!!」


 しかし、紅玉が飛び出すより先に鈴太郎を支える存在がいた。

 その者は眉間に皺を寄せながら、己の主を見つめて言い放つ。


「まったく……同時四つの術展開など……無茶をする……」

「……とき、つぐ……く……」

「本当にあなたは、深爪の鷹ですな」


 時告の困ったような微笑みを見たのを最後に、鈴太郎は意識を手離した。




*****




 深爪の鷹――。

 鈴太郎はその言葉を初めて聞いたあの日を思い出していた。


 同じ予備校に通っていて、成績を常に争う存在で、尊敬し憧れでもあり、神子となった彼女と一緒に「記憶復元」の術式を開発していたあの日の事を……。




「ああああホント! ムカつくムカつく! 何でこの超難解な術式を一発で解読するわけぇっ!? この深爪の鷹めっ!」

「えっ? ええっ!? ど、どういう意味ですか?」


 眼鏡の奥に覗く萌黄色の瞳でキッと睨みつけると葉月は言った。


「能ある鷹は爪を隠すっていうけど、あなたの場合は深爪よ! 深爪! 能ある鷹は爪を隠しすぎて、超深爪!」

「な、なんかカッコ悪いです……」

「ああっ! ムカつく! ホント昔っから鈴木はムカつく!」

「こ、ここで真名を呼ばないでくださいよ……! 葉月さん……!」


 そうして葉月は人差し指を突き出して言い放つ。


「いつかあなたをギャフンと言わせてやるんだから! 覚えてなさいよ! 鈴太郎!」


 それは出会った頃から言われ続けてきた言葉。

 葉月が自分を認めてくれているという何よりもの証の言葉。


 優秀な葉月にこの言葉を言われる度、嬉しくて、鈴太郎は自然と笑ってしまう。


「はいっ!」

「きぃ~~~~! 殴りたい! その笑顔!」




 そんな関係がいつまでも続くと思っていた……思っていた。


 だから、いつかその時が来たら、自分の想いを告げようと思っていたのに……いたのに……。







 あなたはもう僕の手の届かない場所へ逝ってしまった……。





<おまけ:美登里を追い掛けて>


 鈴木にとって彼女は同じ予備校に通う同学年の少女だった。

 自分同様眼鏡をかけていて、真剣に先生の話を聞く事ができる優等生。

 成績も予備校内で上位。それこそ常時一位の己と唯一争う事ができる存在だ。


 故にいつしか好敵手として見られるようになっていた。


 光栄だった。嬉しかった。


 自分で言うのもなんだが、鈴木は非常に見た目が地味だ。地味が故に存在すら忘れ去られる事が多くて、小学校の卒業式の時なんて六年間同じ学級だった同級生に「あんた誰?」とまで言われた事もある。


 その事を彼女に話したら――。


「その女子は記憶力が残念なだけだから気にしない方がいいわよ」


 そう言ってくれて、やっぱり嬉しくて堪らなくて。




 だから、勉強をより一層頑張った。頑張る事ができた。

 頑張れば頑張る程、彼女が認めてくれるから。必死に追いかけてくれるから。

 頑張った。無我夢中で頑張った。


 中学校は住んでいる地域の関係で彼女と一緒に通えなかった。

 高校は志望校が男子校だったので一緒に通うなど不可能だった。


 だけど、大学は彼女の志望大学と同じにした。

 そして、彼女を驚かせたくて、自分の志望大学を内緒にしたまま同じ大学を受験し、無事合格した。勿論彼女も。


 嬉しくて、ワクワクしながら大学の門をくぐった。


(これでやっと美登里さんと同じ場所に通える……!)







 しかし、くぐった先に――美登里はいなかった。

 代わりにいたのは、彼女と一緒に合格していた彼女の幼馴染。


「……美登里ちゃん……神子に選ばれましたの。大学合格発表の後」

「え……?」

「だから……大学には通えませんの……神子様だから」

「……………………」


 呆然とするしかなかった。

 ワクワクと高鳴っていた気持ちが一気に萎んでいくのが分かった。


(ああ……そうか……僕は……)


 自分の気持ちに今更気付いても、もう遅い。

 美登里は手の届かない存在となってしまったのだから。


 ほろほろと涙を零す鈴木に彼女の幼馴染が言った。


「鈴木さん。もし、将来の進路をまだ決めていませんのでしたら……神域管理庁への就職を目指してみてはいかがでしょう?」

「……神域、管理庁……?」


 その名は鈴木もよく知っている。

 大和皇国の首都にある神域と呼ばれる皇族所有の土地内にある神子と神の住む聖なる地。そして、神域管理庁はその土地で神子と神の為に働く政府管轄の機関だ。


 それを思い出した瞬間、鈴木はハッとした。


「美登里さんに、また会えるかもしれない……!?」


 その言葉に彼女は微笑んだ。


「わたくしもそこに就職を目指しておりますの。もしよろしければ一緒に頑張りましょう?」


 鈴木は涙を拭って、大きく頷いていた。


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