本当の狙い
※注意※
未遂で終わりますが、主人公に対する暴行表現があります。
閲覧御注意ください。
「俺の狙いは遊戯管理部じゃない。お前だ、〈能無し〉」
「……は?」
鷹臣は紅玉の身体を掴むと、その場へ押し倒し、上へ圧し掛かった。
両腕も両脚も押さえられ、挙句もがこうとしても身体に上手く力が入らず紅玉は身動きが取れなくなってしまう。
そんな紅玉の様子を見ながら、鷹臣はニタリと歪んだ笑みを浮かべる。
「お前にずっと興味があった。三年前の例の誘拐事件で身も心もブッ壊れて、中央本部の誰もが見捨てようとした被害者達を、完璧という程までに救ったにもかかわらず、その手柄を中央本部に奪われたって言うのに、お前は被害者達を黙って見送りながらこう言ったな……」
鷹臣はそう言いながら三年前の事を思い出す――。
後に「聖女」と呼ばれるようになる真珠に連れられて、世流達は去っていく。瞳を潤ませながら、笑顔で、「ありがとう」と叫んで手を振って。
紅玉はそれをただ黙って見送った。優しく微笑んで手を振り返しながら。
これは強制解任だ――世流達の世話役からの。
仕方ないのだ――中央本部の上層部の命令だから。
そして、手柄は全て真珠のものとなるだろう――〈能無し〉に名誉を与えるわけにはいかないのだから。
「……お前もよくもまあこんな任を受けたな。損な役回りでしかないって言うのに」
中央本部はあの誘拐事件の被害者達の扱いに酷く頭を悩ませていた。
諸悪の根源である丑村は別事件で死んでしまった為、責任の行き場が無くなってしまった。
だから、面倒事と責任を同時に〈能無し〉に押し付けたのだ。被害者達の世話役を命じて。
もし被害者達の治療に失敗しても〈能無し〉に責任を取らせればいいし、仮に治療に成功しても手柄を〈能無し〉から取り上げれば良い――それだけなのだから。
少し考えれば〈能無し〉が損をするなんて分かりきっているのに……。
「引き受けるべきだと思いましたので」
凛とした声に鷹臣は思わず〈能無し〉を――紅玉を見た。
彼女はその時、笑いながら泣いていた。
「少しでも心を救ってあげられたのなら、良かった……」
その言葉に、その涙に、その微笑みに、鷹臣は惹かれた――。
「泣きながら笑って言ったお前にずっと惹かれているんだ……損得関係無しに誰かの為に身を粉にして働き笑うお前のその綺麗な心を、ぐっちゃぐちゃに! 踏み潰して汚してやりたくて堪らねえんだよぉっ!!」
鷹臣の恍惚とした邪悪な笑顔に、紅玉は背筋が凍り付く。
「こんな感覚初めてなんだよ……! 何度女を抱いても満たされなかった。ユキにも似たような感覚を感じたけど……所詮は男だったせいか、あんまり満たされなかったからな」
鷹臣は紅玉の白い前掛けを掴むと、乱暴に引き千切った。
布が破れる派手な音に紅玉は目を見開いてしまう。
鷹臣は楽しそうに笑いながら、今度は着物の襟を掴むと乱暴に割り開く。
晒しで巻かれた胸部と肩と首が露わになってしまい、最悪の予感に恐怖で紅玉は震えた。
「あ……や……っ!」
身を捩ろうとしても、手も脚も押さえられている上に力が入らない。
「この空間は俺以外誰にも干渉ができない。つまり助けも来ない。俺とお前だけの二人きり」
鷹臣の言葉に紅玉は絶望する。
そんな紅玉を鷹臣は舌嘗めずりをして見下ろした。
「さあ存分に楽しませてくれよ!」
「っ! いやああっ!!」
着物の裾が無理矢理開かれ、気持ち悪い掌が足を撫でた。
「やめてぇっ!! 離してぇっ!!」
「そうだ! 泣いて叫んで喘げ! その声すらもそそられる……っ!」
その声が耳の近くで聞こえたと思った瞬間、生温かくぬめりのある感触が首筋を這った。
「ひっ!? いやぁっ!! やめてぇっ!!」
肌が一気に粟立つ。
気持ち悪い。怖い。嫌だ。気持ち悪い。怖い。怖い。
涙がじわりと溢れてくる。
「離してぇっ!! いやっ!! いやあっ!!」
確実に身体に力が入らないはずなのに、予想以上に抵抗してくる紅玉に、鷹臣はますますニタリと笑う。
「ああいいな! 存分に抵抗してみろ! そして、絶望しろっ!!」
鷹臣は必死に抵抗する紅玉の両手首を片手で掴むと、引き千切った前掛けの紐で縛り上げる。
両足を鷹臣に圧し掛かられ、両手首は拘束され、紅玉は完全に抵抗の術を失い、愕然としてしまった。
「い、いやっ……!」
怖い、怖い、怖い怖い怖い、怖くて堪らない。
「やっ……いやあっ!!」
首を激しく振って身を捩ろうとする度に、涙が溢れて止まらない。
鷹臣はそんな紅玉の晒しで巻かれている胸部をニタリと見つめる。
「お前、随分とイイモンを持っていたんだな」
そうして辰登が手にしたのは、紅玉の脇差だ。
「動くなよ。身体に傷がつくぞ」
ザクリ――刃が晒しを切り裂いていく。
「やっ、いやぁっ……!」
怖い怖い怖い怖い。
「すお、さまぁっ……!」
「ああいいなっ! 泣いて助けを呼べよ! 誰も来やしないけどな!」
ザクリ――もう半分程切り裂かれてしまっている。
「いやぁっ! やめてぇっ……!」
「ああそうだよっ! その顔が見たかったんだよぉっ!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「蘇芳様ぁっ……!」
涙が止まらない。止められない。
こんな事なら、意地を張らないで蘇芳の言う事を聞けば良かった……。
「蘇芳様ぁっ……!」
紅殿――っ!!
ああ、蘇芳の声まで聞こえてきてしまう。
ごめんなさい。ごめんなさい。意地を張ってごめんなさい。
謝りたい。謝りたい。
会いたい。会いたくて堪らない。
「蘇芳様ぁっ……!」
俺の名前を呼んでくれぇっ! 紅殿ぉっ!!
ザクリ――晒しが全て切り裂かれようとした瞬間、紅玉は無我夢中で叫んでいた。
「助けて梅五郎様ああああっ!!」
紅玉の右小指の契約の紋章が赤く光った瞬間、術式が発動しその勢いで鷹臣は吹き飛ばされる――!
「ぐあっ!?」
壁に叩きつけられ、そのまま畳の上に崩れ落ちた鷹臣は痛みで動けなくなる。
一方の紅玉は力の入らない身体をふわりと抱き締められていて目を見開いてしまう。
「良かった……!」
「っ!」
「声が届いて……名を呼んでくれて……!」
その声を聞き間違えるはずが無かった。その身体の大きさもぬくもりも香りも、己が求めてやまなかった人のものだったのだから。
「す、おうさまぁ……っ!」
凛々しい眉を不安げに下げて自分を労わるような優しい金色の瞳と鮮やかな蘇芳色の髪を見た瞬間、安堵と嬉しさで紅玉は更に涙を溢れさせてしまっていた。
「蘇芳様っ……蘇芳様ぁっ……!」
泣きじゃくる紅玉の身体を抱き寄せ、宥めるように撫で擦っていた蘇芳だったが、その時初めて紅玉の惨状に気付いてしまった。
着物は肩が露わになる程割り開かれ、裾も太腿が見える程乱されている。挙句、胸部に巻いている晒しはほとんど切り裂かれ、一目で紅玉がどんな目に遭っていたか想像できてしまった。
蘇芳は着ていた上着を紅玉に着せると――赤黒い殺気を一気撒き散らした。
その瞬間、鷹臣は呼吸ができなくなってしまい、もがき苦しみ出す。
「貴様……何をした?」
鷹臣は答える事ができない。恐怖と苦しさで腰が抜け、瞳から涙が溢れて止まらなくなっていた。
蘇芳はそんな鷹臣へ一気に近づくと、首を掴み、畳へと叩き付けた。
「紅殿に何をしたぁっ!?」
首を握り潰す勢いで力を込めていくと、鷹臣がバタバタと足を暴れさせる。
このままでは鷹臣が死んでしまう――しかし、蘇芳は目の前が真っ赤になる程、我を忘れて怒り狂っていた。
「八つ裂きにして殺してやるっ!!」
蘇芳は鷹臣の腕を掴んだ。
骨が軋む音に鷹臣が声にならない悲鳴を上げる。
そうして鷹臣の腕を引き千切ろうとした瞬間だった。
軽い衝撃を背に感じて振り向けば、紅玉が蘇芳の背中にしがみ付いて必死に首を振っていた。
「蘇芳様、だめっ……」
「……紅殿、離せ……殺す……こいつは絶対に殺してやる」
「だめっ……! 蘇芳様、だめですっ……! こんな人の為に、罪を背負わないで……っ!」
その瞬間、蘇芳は一気に目が覚めた。そして、狼狽えてしまう。
(俺は、今、人を殺そうとした……? 本気で、人を……っ……! 紅殿の、目の前で、人を殺そうとした……っ……!)
己の恐ろしい本性に蘇芳は愕然とし、弾かれるように鷹臣の首から手を離していた。
首の拘束から解放された鷹臣は、噎せるように息を吹き返す。しかし、未だ起き上がれないようだった。
蘇芳は恐る恐る己の手を見る――その手は、酷く震えていた。
(紅殿が止めてくれなかったら、俺は……この男を間違いなく殺していた……!)
そんな蘇芳の震える手に紅玉が縋り付いた。
神経毒で身体が上手く動かないのだろう。縋りついた瞬間、蘇芳の方へ倒れ込んでしまった。
しかし、それでも紅玉は蘇芳の手を離さない。小刻みに身体を震わせてボロボロと涙を零し続ける。
「こ、怖かった……怖かった、です……」
紡がれる言葉に蘇芳は衝撃を受けてしまっていた。
(ああ……どう足掻いても、俺は恐ろしいただの化け物でしかないのだな……)
頭で分かっていても、それが当然だと思っていても――胸に走るのは突き刺すような痛み。
「怖かったですっ……! よっ、世流ちゃんがっ、あ、あんなっ、怖い目に遭っていたなんてっ……!」
「え……」
「うっ、動けなくてっ……こっ、怖くてっ……きっ、気持ち悪くてっ……!」
「っ!」
蘇芳は初めて紅玉が何を怖いと言っているのか理解した――。
「蘇芳様っ、蘇芳様ぁっ! 怖かった……っ……怖かったですっ!」
蘇芳は堪らず紅玉を抱き締めていた。身体の震えが直接伝わり、紅玉がどれ程怖い思いをしたのかを悟る。
服が涙で濡れる事も厭わず、蘇芳は紅玉の身体の震えが止まるまで強く抱き締めながら、頭を撫で続けていた。
<おまけ:お世話係に差し入れを>※少し修正しています
「わたくしが誘拐事件の被害者達の世話係に、ですか?」
中央本部人事課の男性職員から与えられた任務に紅玉は思わず目を剥いた。
「ふざけるな」
低い声で怒りを露わにしたのは隣に立つ蘇芳だ。
「要は面倒事の押し付けだろう」
「う~~ん……まあ、そういうことだよね~~」
笑いながら言った男性職員を見て思わず、中央本部の職員にしては随分と飄々としているなと思ってしまった。
しかし、そんなことより大事なのは――。
「わたくし、引き受けさせて頂きます」
「紅殿!?」
紅玉の迷いのない返答に驚いてしまう蘇芳だったが、紅玉の意思は変わらなかった。
紅玉が被害者達の世話係に任について約二週間後、蘇芳は被害者達が過ごしている十九の御社へとやってきた。
神子が不在の御社には鍵が掛けられていないが、強力な術式が掛けられており、術式に許可された者しか立ち入れない仕組みとなっている。
勿論、蘇芳は許可されている人間なのですんなりと入る事ができる。
そうして屋敷の方を目指しながら、蘇芳はここ二週間の事を思い出す。
この二週間、毎日様子を見に行ったり差し入れを入れたりをしていたが、世話係の任は想像以上に過酷だったようで、紅玉が疲弊していく様子は見るに耐えられなかった。
しかし、それでも紅玉は世話役としての任を立派に果たす為に奮闘した。そんな彼女の努力の甲斐もあり、被害者達の心は少しずつ癒えていった。
今では屋敷の中からたくさんの笑い声が聞こえてくる。
「蘇芳様」
「紅殿」
ここ毎日同じ時間に蘇芳が訪れる事を把握していた紅玉は蘇芳が声をかけるより先に屋敷の玄関からひょっこりと顔を覗かせていた。
一方で蘇芳は、紅玉の顔色が大分良さそうでほっとする。ほんの少し前は寝不足で目の下に隈を作る事なんてざらだったから。
「経過はどうだ?」
「皆さん、大分元気になられて、家事のほとんどをやって頂いてしまって、逆にわたくしの方がやる事が無いので困ってしまう程なのですよ」
そう言いながら紅玉は困ったように笑う。
「葉月ちゃんと鈴太郎さんの方は皆さんの記憶を戻す為の術を必死に作ってくださっています。そちらももう少しで完成するはずです」
「……そうか」
本当はもっと近くで紅玉の力になってあげたいと思う。
だが、蘇芳は見た目が非常に恐ろしいものであると自覚をしている。
(俺がここにいては、被害者達が怖がってしまうだろうから……)
ただでさえ、男性というものに恐怖心があるのだ。必要以上の接触はしない方が良いと思っている。
少しの歯痒さを覚えながら、蘇芳は持っていたそれを紅玉に差し出す。
「今日の差し入れだ。皆で食べてくれ」
「いつもいつもありがとうございます。あっ、プリン……!」
紅玉の目が嬉しそうに輝いたのを見て、蘇芳は思わず頬が綻んでしまう。
(可愛いな……)
あまりに可愛くて――紅玉の頭に手を乗せたのは、ほぼ無意識であった。
ポンポンと二回優しく叩けば、紅玉の髪が非常に滑らかであるのが感触ですぐに分かって、撫でれば良かったなぁと思ってしまう。
「それでは、俺はこれで。また明日」
あまり長居をすると被害者達の誰かに見られてしまうと思った蘇芳は、少し急ぎつつ静かに戸を閉めた。
そうして御社の門を目指しながら、最後に見た紅玉の顔を思い出す。
(…………少し、失礼な事をしてしまっただろうか…………)
林檎のように真っ赤に頬を染めた紅玉が目をまんまるに見開いて己を見てくる姿は……。
(…………可愛かった、な)
そう思った瞬間、顔が熱くなり、胸が高鳴っていく。
だけど、不快には感じない……むしろ……。
(幸せだな……)
そんな事を思いながら、御社の門を通り抜けた。
※補足※
鈴太郎はその存在感の無さで、男性でありながら立ち入りを許されているすごい存在。
鈴「それって褒めているんですか!? 貶しているんですか!?」
葉「褒めてるのよ。わあ~鈴太郎すご~い(棒読み)」
鈴「葉月さん絶対褒めてないぃぃっ!!」