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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
214/346

誘拐事件の隠された真実

※注意※

直接描写はありませんが、暴行表現があります。

苦手な方は閲覧御注意ください。




 その空間は神力で作られたものとは思えないほどしっかりとした畳の部屋だった。大人二人入ってもまだ余裕があるほど広さもある。部屋の隅には酒と灰皿と香炉、そして木箱が置いてあった。


(この方の異能……肇様と同じ系統の異能ですが、人が入れるほどの空間を創り上げるとは……なかなか強い神力の持ち主のようですわね)


 鷹臣の銀を主とした美しい色合い髪と、銀の光を宿した不思議な色合いの瞳を見つめながら思う。

 すると鷹臣は部屋の隅に置いてあった酒を注いで紅玉に差し出した。


「まあ飲んで気を楽にしろよ」

「いえ、結構です」

「ふっ……警戒されてるな」

「当然です。貴方がこの石を所持している時点で、貴方への不信感は計り知れませんので」

「ああそう」


 鷹臣は酒を一飲みすると、煙草に火を付けて吹かす。


(……この部屋、随分煙臭いと思ったら煙草のせいですわね……)


 不快な臭いに紅玉は思わず眉を顰めた。


「さて、何を聞きたい?」

「貴方はこの石が何かご存知ですよね?」


 紅玉がそう言って見せつけたのは、一斤染の丸い石だ。世流の記憶の欠片である。


「ああ。遊戯管理部主任である世流が誘拐された末に受けた行為の一部始終の記憶の石だ」


 随分とあっさり答えるものだと、少し不審に思いながらも紅玉は更に聞き出す。


「でしたら、これがどうやって世流から奪われた事もご存知ですよね?」

「かつての遊戯管理部……娯楽管理部部長の丑村の異能『記憶操作』によって取り出されたものだ」


 鷹臣は中央本部の人間だ。知っていて当然だと紅玉は思う。

 それよりも先に確認すべき事がある。


「まだ持っている石がありますよね?」

「ああ、まだたくさんある」

「貴方が持っている石を全て出しなさい」

「…………もし拒めば?」


 紅玉は即座に武器珠から脇差を取り出し、鷹臣の首元に突き付けた。


「多少強引な手段を用いても、その石を奪います」


 鷹臣は「ハハッ!」と声を上げて笑った。


「いいぜ、全部持っていけよ」


 鷹臣は部屋の隅に置いてあった木箱を指差した。

 紅玉は脇差を突き付け警戒したまま木箱を取る――隣に置いてある香炉から独特な香りが漂う事にも気に留めず、紅玉はすぐに木箱の中を確認した。


 中に入っていたのは、全て一斤染の石ばかりだった。

 紅玉は驚きに目を見開きつつも、努めて冷静に聞いた。


「…………これで全部ですか?」

「ああ、それで全部だ。嘘じゃない」


 一斤染……つまりこの箱に入っている者は世流の記憶で間違いない。しかし、凪沙達の記憶の石が全く無かった。


(一体どういうこと……!?)


 そんな紅玉に気付いたのか、鷹臣がニッと笑って言った。


「イイこと教えてやるよ。例の誘拐事件で丑村に拐かされたのは確かに四人だが、実際に暴行を受け続けていたのは世流だけだ」

「……え?」

「女達に手を出そうとすると、噛み付いて威嚇していたらしいぜ。まあ、あんな成りでも男だったわけだな。拐かされたあわれな女達を守る為に、その身一つでおっさんどもの欲望を受け続けたってことだ」

「っ!!」


 それはあまりにも衝撃的な証言だった。


 何故ならば、他ならぬ世流自身がその事で悔いていたのだから。




「……でも、一番赦せないのはワタシよっ! 何で……何でワタシ、みんなを守れなかったの……!? ワタシ一人が苦しみを全部背負っていれば……みんなを苦しめることなかったのに……っ!」




 涙を零し、音が鳴るほど歯を食い縛っていた世流の姿を思い出す。


(何故、世流ちゃんはその事を忘れているの……?)


 その疑問はすぐに解けた。


(丑村の異能の「記憶操作」は人の記憶を消す事と奪う事ができるもの……奪う事ができるのなら、つまり……!)


 ハッとした紅玉を見て、鷹臣はニッと笑ってまた言った。


「丑村はホントとんでもないゲスでさ。苦労して手に入れたお気に入りの『玩具』が勝手に逃げないように、世流を嬲った記憶の一部を女達に植え付けて、身体を汚されたと思い込ませて、逃げる意思すらも殺いでたって訳さ」


 つまり、だ――。


「……凪沙ちゃん達のあの記憶も、全て世流ちゃんの記憶……?」

「良かったな。女達の方は綺麗な身体のままだよ」

「……っ……良く、ないです……っ!」


 そんな事を知る由もない凪沙達は、自分達の身体が汚されたものだと思い込んでいた。女性にとって身体を嬲られる事など心の死そのものだ。


(自らの命を絶とうと思う程、酷く病んでしまったというのに……っ!!)


 一果の慟哭が、凪沙の涙が、野薔薇の怒鳴り声が、亜季乃の悪夢が――全て偽りの記憶によるもの。

 世流の激しい後悔は――する必要の無かったもの。


 衝撃とも言える真実に、紅玉は悔しくて堪らない。


(世流ちゃん……っ……! 貴方が身を呈してまで守ろうとしたものを、わたくしは守れなかった……っ! 気づいてあげられなかった……っ! あんなに、あんなに傍にいたのに……っ!)




 非道な悪意によって身も心も完膚なきまで破壊され、生きる屍となってしまった世流達の世話を中央本部から命じられたのは〈能無し〉である紅玉だ。


 自ら命を絶とうとして刃物を持ち出す一果や、物や人や自分自身すらも傷つけ当たり散らす野薔薇に酷く手を焼いた。

 夜も悪夢に魘され、泣いて眠れない亜季乃に一晩中寄り添った。

 全く動かず食事も口にしようとしない凪沙に少しずつ食事を与えたりもした。

 後悔に苛まれ、ずっと自分自身を責め続ける世流の手を握って、ただひたすら貴方は悪くない、悪くない……そう言い続けた。


 そうすることしかできなかった。それしかできなかった。

 もっと、もっと、してあげられること、いっぱい、たくさんあっただろうに……皆に生きて欲しくて、死んで欲しくなくて、ただただ目の前の事を必死にやる事しかできなくて……できなくて……。




(わたくし……っ……本当に役立たずです……っ!)


 あの事件のせいで彼女達の一生は大きく狂わされてしまったのだ。

 それは永遠に変える事などできない。

 今更、真実が分かったとしても。


(無能な自分自身に腹が立ちます……っ!!)







「例え貴女が貴女を卑下しようが貶そうが、貴女は俺の誇りだ。だから、胸を張れ」







 蘇芳の声が頭の中で響いた瞬間、紅玉はハッと我に返り、拳を握り締める。


(……そうです……まだ、やるべき事があるでしょう! しっかりなさい!)


 紅玉は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。




 そして、その瞬間、気付いてしまった――違和感に――。


 紅玉は恐る恐る鷹臣を見た。


(……何故この人は、事件についてこんなに詳しいの……?)


 暴行を受けていたのは世流だけだったとか、凪沙達に世流の記憶を植え付けていたとか――あまりにも詳し過ぎるのだ。それはまるで事件の当事者の一人であったかのように……。


(いいえ、そんなはずは……! だって丑村の共犯者は全員、三年前に一人残らず捕まえたはず! 幽吾さんがその身柄を預かって、裁きを下しているはず! でも……っ……)


 違和感が、嫌な予感が、拭えない。脇差を握る手に汗が滲む。


「他に何か聞きたい事があるんじゃないのか?」


 一方の鷹臣は楽しそうにニッと笑って煙草を吹かすばかりだ。


(何故こんなにも余裕なの……? 共犯者ではないから……? でも、この人は丑村の悪事をあまりに知り過ぎている……まるで目の前で見たかのように……でも、共犯者として彼の名前は挙がらなかったはず……)


 しかし、紅玉はハッとなって思い出す。

 丑村の共犯者を捕まえる要因となったのは、世流の記憶と証言だった。世流は一人残らず自分を嬲った男達を覚えていたのだ。

 そして、その証言で鷹臣の顔も名も挙がらなかった。


(まさか世流ちゃんは、この男を覚えていない……!?)


 同時に思い出すのは葉月の言葉……。




「抜き取られた記憶の方は復元が難しいわ。記憶そのものが頭の中にないんじゃどうにもならない。消された記憶が戻っても、一部の記憶は曖昧のままだと思うわ」




 その予感に心臓が酷く緊張してドクリと音を立てる。

 そして、紅玉は横目で木箱に入った一斤染の石を見て、視線を再び鷹臣に戻す。

 鷹臣は楽しそうにニヤリと笑うだけだ。


 紅玉は鷹臣に脇差を突き付け、一斤染の石を一つ取り、中を覗く――。




 その瞬間、頭の中に記憶が流れ込んできた。




「うあっ!! ああっ!! いやあっ!! やめでえっ!!」


 泣き叫ぶ世流の声が響く。激しく視界が揺れている。ボタボタと零れ落ちているのは世流の涙か。

 視界が大きく動き、壁に身体を押し付けられる。


「あぐぅっ、いっ、いだいっ!! やだあっ!! もおやめでぇっ!!」


 苦しげに泣き喚く世流に、胸が締め付けられる。

 すると、次の瞬間、視界が反転する。


 そうして世流が見たものが頭の中に流れ込んだ。


 それは鷹臣の楽しそうな歪んだ笑顔だった――。




 身の毛が弥立つような嫌悪感に紅玉は石を放り投げていた。

 石は転がり、鷹臣の足元へと転がった。


 鷹臣がニッと笑った瞬間、紅玉は全身粟立っていた。


「貴方も……共犯者だったのですね……!」

「まさか自分で見て確かめると思わなかったな……」


 鷹臣は足元に転がってきた石を拾うと紅玉に見せつける。


「お友達が犯されている記憶をさぁ」


 そう言って鷹臣は女性に好かれそうな整った顔を歪めて笑った。それはまさに下衆の笑みだ。


「これらの石は全て、俺が世流を嬲った時の記憶の石だ。丑村に命じて俺に関する記憶は全部抜き取ってもらっていたからな。おかげ様で三年前の一斉検挙から逃れられたってわけだ」


 衝撃的な告白に、紅玉は怒りを通り越して血の気が引いていく。鷹臣があまりにも楽しそうに笑っているから。


「俺、人より欲望が強いみたいでさ……学生の頃からいろんな女を手当たり次第に抱いてきた。この見た目のおかげで女には苦労しなかったしな。だけど、満たされる事は一度もなくて、そのせいで余計に悪化していったな。いろんな女を、いろんな方法で抱いた。同意の上だったり、無理矢理にだったり、複数対一だったり」


 楽しげに思い出を語るようなその声に、一瞬で紅玉は目の前のこの男を軽蔑した。


「でも、どうやっても結局満たされなかったな……中には訴えてくる女もいてめんどくせぇったら……」


 同じ人間とは思いたくもない程、非道な事をしてきたのだと思うと、激しい嫌悪感に襲われ、気持ち悪くなってしまう。


「ああ、ちなみに丑村の事は、誘拐事件の捜査をしていてたまたま偶然気付いたんだ。最初は命令通り捕まえて突き出すつもりだったけど、丑村が面白いこと言ってきてさ。それで丑村の事を黙っててやったんだ」

「……面白い、事?」


 絶対に面白くなどない――わかってはいても、真実を知る為に聞くしかなかった。


「丑村は醜い顔を歪めて汚く泣きながら言ったんだ。『ワタシの集めたコレクション達で好き勝手に遊んでいただいて構いません』ってさ。ほっんと下衆親父だったなぁ! ハハハッ!」


 真実は予想通り……いや予想以上に残酷だった。紅玉は愕然としてしまう。


「ま、悪かない見返りだったな。タダで発散できるし、めんどくさく訴えられることもない。記憶も抜き取ってもらえてバレる心配もない。しかも相手は、男だったから孕む心配もない」


 鷹臣は思い出す。初めて丑村に連れられて「玩具」を吟味させてもらっていた時の事を――。


 恐怖で涙しながら震える女性達を庇うように立ちはだかり、憎しみの籠った強い瞳で睨みつけてきた女性と見間違う程の美しい男――それが世流……当時「ユキ」と呼ばれていた存在だ。


 綺麗な顔だな、と思った。

 澄んだ瞳だな、と思った。

 美しい心だな、と思った。


 その全てをぐちゃぐちゃに踏み潰して汚してやりたい、と思った――。


「ユキには久しぶりにたっぷり楽しませてもらったなぁっ!」


 歪んだ鷹臣の笑いに、脇差を持つ手が怒りで震える。


「……貴方はっ……悪魔ですかっ!?」

「失礼だな。俺は人間だ。まあ人間こそ、この世で一番欲に塗れて汚い悪魔だと思うけどな」


 紅玉の怒りが頂点に達しようとした瞬間、脇差を持つ手が更に震え力が入らなくなる。


「えっ……!?」


 脇差を落とした挙句、目の前がぐらりと揺れ、その場に座り込んでしまう。


(何っ……これっ……!?)


 身体に思うように力が入らない。言う事が聞かない。動けない。


 そんな紅玉を見て、鷹臣はニタリと楽しそうに笑った。


「やっと効いてきたみたいだな」

「わ、わたくしには、神術の類いは効きません……っ! 何をしたのです……っ!?」

「その過信が油断を招いたようだな、〈能無し〉」


 鷹臣は煙草を灰皿に潰しながら言った。


「部屋に充満していた煙はただの煙じゃない。吸った人間の体から力を抜けさせる神経毒が含まれているんだよ」

「そっ、それでは、煙草を吸っている貴方も神経毒に侵されるはず……っ!」

「煙草じゃねぇよ」


 鷹臣はニッと笑って親指で部屋の隅を指した――未だに独特な香りを放っている香炉を。


「――っ!!」

「ちなみに俺は香炉の煙は吸っていない。異能で俺の周りだけ空間を切り離しているからな」


 鷹臣がパチンと指を鳴らせば、空間が変化し、香炉は消え、空間に充満していた香炉の煙も消えて無くなっていた。


「……ホント、まんまとうまくハマってくれたな」

「……え?」





※補足※

作中で使用されている神経毒は実際にある「燃やすと毒を発する植物」を参考に書いています。

世の中には毒性を持つ植物が結構当たり前のようにありますので、誤って口にしたり燃やしたりしないように気を付けてください。


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