表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
212/346

夢幻ノ夜の秘密捜査




 営業時間を目前にした賑やかな遊戯街の中を蘇芳は走りながら紅玉を探す。


(紅殿……っ、どこにいるんだっ!?)


蘇芳は酷く焦っていた。

 まさか紅玉に隠し事をしていたことがばれていたとは思わなかった。そして、まさか紅玉があんな事を言うなんて……。


(クソッ!!)


 焦れば焦る程、冷静さが失われていく。頭では分かっていても、紅玉にあんな事を言わせてしまった己が情けなくて、苛々が募っていく。

 深呼吸をして落ち着こうとしても、爪が食い込む程拳を握り締めてしまう。


「ん? 貴様、蘇芳か?」

「あっ、蘇芳さん。お疲れ様です」


 声をかけられ顔を上げれば、そこには己の遠い親戚である、漆黒混じりの灰色の髪と瞳を持つ砕条(さいじょう)と、輝くような黄色の髪に黒混じりの紺色の瞳を持つ星矢(せいや)がいた。

 正直挨拶する余裕もないが、礼儀として蘇芳は一応返事をする。


「お疲れ様……」

「蘇芳! ここで会ったが百年目! 俺と勝負を」

「そんな暇などない!!」

「す、すまん……」


 砕条がつい謝罪してしまう程、蘇芳の形相は相当なものだった。

 挨拶もそこそこに走り去っていく蘇芳を星矢が首を傾げて見送っていた。




(なんて間が悪い!)


 砕条に八つ当たりしながら蘇芳は走り続ける。


「よう、蘇芳じゃねぇか」

「蘇芳先輩、お疲れ様です」

「って蘇芳はーん、どこ行くん?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのは轟と天海と美月。

 そしてもう一人、髪の一部を銀色に染めた漆黒の髪と千歳緑の瞳を持つ天海の姉の諷花(ふうか)もいた。しかも車いすではなく、杖を付いて歩いている。驚異的な回復に驚きだ。


 しかし、それよりも朔月隊の三名がここにいるということの方が蘇芳にとっては重要だった。

 蘇芳は轟の方へと近づく。


「珍しいな、おめぇがここにいるなん――ぐえっ!?」

「今回は一体どういう任務だ!?」

「じまるじまる! ぐるじぃっ!」


 轟の胸座を掴んで持ち上げた蘇芳に、天海は慌てて駆け寄る。


「すっ、蘇芳先輩、落ち着いて!」


 一方で美月と諷花は傍観者だ。


「これが……っ! 男同士の生喧嘩……! この後殴り合いに……!?」

「諷ちゃん、そういう知識どこで手に入れてくるん?」

「美月! 見ていないで止めてくれっ!」


 天海が必死に叫ぶ中、遊戯街の夜営業が始まった。




*****




 カランと扉に掛けていた鐘を鳴らして、紅玉は扉を開けた。


「『夢幻ノ夜』開店でございます。今宵もたっぷり夢の一時をお楽しみください」


 開店を待ち望んでいた客達はぞろぞろと店の中へと入ってくる。


「ようこそ。何名様ですか? 三名様ですね。どうぞこちらに」


 笑顔で丁寧に対応しながら、紅玉はやってきた客達全員の行動を注意深く観察する。

 今のところ、怪しい動きをする人物はいないようだった。


 開店直後の混雑をあっという間に乗り切ると、紅玉は改めて客達を観察する。


(今のところ、個人客は全て世流ちゃん目当てのお客様で常連さんばかりのようですね)


 普段見掛けない客などいたら世流に合図するよう指示していたが、今のところそのような事もなかった。


(犯人が動くとすれば、もうそろそろだと思うのですが……)


 より一層警戒をする。


 カランカランッ――扉の鐘が鳴り響き、条件反射的に紅玉は入口へと向かう。石はまだ無い。


「いらっしゃいま……せ」


 紅玉は固まった。

 そして、客も固まった。客というか、友達だ。


「うわ~紅ちゃん、すっごく可愛いね~。蘇芳さんに怒られても僕し~らない」

「ふぅん、着飾ればなかなか美人じゃない」

「ゆ、幽吾さん……! あざみまで……!」


 まさか友人二人が今宵店を訪れるなど誰が想像できただろうか。

 ちなみに幽吾とあざみの他に、鷹臣もいる。どうやら仕事終わりの慰労に訪れたのだろうと紅玉は思うが。


(何故よりにもよって今日!?)


 間が悪いとはまさにこの事。


「普段からそうすればいいのに。紅、素材はいいんだし、胸もおっきいんだからさ」

「部長、それはセクハラでーす」

「うっさい、影」

「ゆ、幽吾さん、訳は今度お話ししますので、蘇芳様にはどうか……!」

「やった~! 一果ちゃんのトコのチョコレートパフェ~!」


 幽吾の言葉を訳せば、「その代わりに奢ってもらおう」である。


「はい、わかりました」


 紅玉は素直に頷く他なかった。


「それでは、三名様ご案内いたします」


 そうしてあざみ達を席へ案内し終えた時だった。


 カランカランッ――再び扉の鐘が鳴り響いた。石はまだ無いようだ。


「いらっしゃいま……せ」


 紅玉は再び固まった。

 そして、客もまた固まった。客というか、知り合いだ。


 神域警備部坤区第三部隊所属の砕条と星矢――蘇芳の遠い親戚である。


 星矢は紅玉の姿を見た瞬間、全てを悟った。


「……蘇芳さんの鬼の形相の意味はこれか……」

「貴様、十の御社の補佐役ではないか? こんなところで何をしている?」


 一方で砕条は気付きもしなかったが。


「いらっしゃいませ! 二名様ご案内いたしますー!」

「お、おい、背中を押すな!」

「ここは黙って見なかったフリが正解ですよ、砕条」


 そうして砕条達を席へ案内し終えると。


 カランカランッ――またまた扉の鐘が鳴り響く。石は無かった。


「いらっしゃいま……せ」


 紅玉はまたまた固まった。

 そして、客もまたまた固まった。客というか、友達だ。


「紅ちゃん、メイドさんや~ん! めっちゃかわええな!」

「あらっ! これがメイドさん? 初めてメイドさんを見ちゃった! 可愛いっ!うふふっ」


 美月と諷花が興奮する一方で、天海は頭を抱えて悟る。


「……こういうことか……」

「…………」


 そして、轟は眉を顰めて紅玉をじっと観察するだけだ。


(何でよりにもよってこんな時に知り合いが同じお店に殺到するのっ!?)


 あまりの間の悪さと運の悪さに紅玉は頭を抱えたくなった。


「ああっ! おめぇ、紅かっ!?」

「四名様ご案内いたしまーすっ!」


 相も変わらず観察力の悪い轟を引き摺るように紅玉は席へと案内する。


「天海君、あれが潜入調査ってやつなの? 太腿に暗器仕込んでいるんでしょ?」

「……姉さん、そういう知識は一体どこから?」




 さて、店はほぼ満席の状態となった。ついでに知り合いもいっぱいだ。

 しかし、怪しい動きをする人物も怪しい人物がやってくる様子もない。


(今日は現れないのでしょうか……?)


 読みが外れたことも視野に入れつつ、紅玉は注文の品を各卓へと配膳していく。


「お待たせしました。生ビール三つです」

「わーい! 生ぁ!」


 酒好きの幽吾が喜んで麦酒を手に取った。

 紅玉が他のつまみなども卓の上へと置いていると、幽吾が唐突に尋ねてきた。


「ところで右京君と左京君は?」

「本日はお休みです」

「ああそうだったの。残念だったね、お嬢ちゃま。目当ての美少年双子君はお休みだってさ~」

「影の詰めが甘いせいでしょ。知り合いならちゃんと事前に出勤日くらい聞いておきなさいよ」


 あざみは麦酒を飲みながら呆れた顔をする。

 一方で紅玉は驚きが隠せない。まさか右京と左京に用があったのがあざみだとは思わなかったからだ。


「あざみ……貴女、右京君と左京君に何をするつもりで?」

「ちょっと! 人を犯罪者みたいな目で見ないでよ! 美少年双子と聞いて、見ないわけにはいかないでしょ!」

「そういうところ、相変わらずですわね……」


 あざみは大学時代から非常に面食いであったと思い出した。あざみが過去に交際していた男子学生達はみな器量の好い人達ばかりだったから。そして、器量の好い人物の噂を聞きつければ、直接会いに行くほどの行動力の持ち主であった事も。


「へえ~、部長、面食いなんですか?」

「イケメンが嫌いな女がこの世のどこにいるのよ?」


 こちらもなかなか器量の好い鷹臣があざみにニッと笑いかける。


「俺、部長になら一回付き合ってあげてもいいですよ」

「残念でした~。選り好みはするんで~」

「俺、巧いですよ?」


 実に品の無い会話の内容に、紅玉は思わず笑みを引き攣らせてしまう。


「すみませーーん」

「はあい!」


 あざみ達の卓から離れ、向かった先は美月達の卓だった。


「御注文でしょうか?」

「えっと、唐揚げとたこわさと出汁巻き卵と……」


 美月が注文していく品を次々と注文票に書いていく。


「んで、飲み物が」

「お、俺は麦茶」

「私も麦茶ね」

「俺様は、生だっ!」

「…………」


 天海は酒が苦手だから分かる。諷花は最悪だった状況より回復したとはいえ余命宣告されている身だ。酒を控えるのも分かる。

 しかし、轟、酒に非常に弱いくせに酒を注文するとは何事だ? 酔っ払った轟の世話を誰がすると思っているのだ? ――と紅玉は思ってしまう。こっそり注文をすり替えてやろうかとも思うが、素直に言われた品を書いた。


「ウチ、カシスオレンジ!」


 最初、紅玉は「んっ?」と思ったが、ハッとなって気がついた。


「美月ちゃん、先月お誕生日でしたね……!」

「えへへ、せや! 二十歳なったで!」

「先月はいろいろバタバタしていて忙しかったから、今日みんなで予定を合わせて誕生日会を開く事にしたんだ」


 天海の説明で紅玉は思い出す。

 美月の誕生日の頃と言えば、二十の御社事件があったり、箝口令で皇族神子と対峙したりで忙しく、うっかり忘れてしまっていた。


「申し訳ありません……わたくしはあんなに盛大にお祝いしてもらったのに……」

「ええよええよ。気にせんといて」


 そうは言っても大切な友人で後輩の誕生日だ。何か贈り物をしたいと紅玉は思う。


「すみません!」

「はあい!」


 美月達の卓から離れ、次に向かったのは砕条達の卓だ。


「御注文ですか?」

「十の神子の補佐役、俺と付き合ってもらおう!」

「あら~、まだ続いていましたの? その話」


 呆れながら思い出すはこちらも先月の話である。

 蘇芳に何が何でも勝ちたい砕条が何故か紅玉を出しに蘇芳に勝負に挑んだのだ。


 結局その時は飲み競べ勝負をして、酒の弱い砕条の惨敗だったのだが、まさかその話が未だに続いているなど紅玉は想像もしていなかった。


「蘇芳に勝つ為に俺は貴様をモノにしなければならない! 俺の女になってもらおう!」

「……星矢様、こちらのお客様にお酒を飲ませてもよろしいですか?」

「ごめんなさい、紅玉さん。砕条を何としてでも止めさせますのでそれだけは勘弁してください」


 砕条の介抱に余程苦労をしたのだろう。星矢は深々と頭を下げていた。


 すると、そこへ――。


「はあい、いらっしゃいませ~~」


 蝶の模様が入った美しい着物を身に纏った世流がやってきた。


「んもう、お客様、駄目ですよ。お店の店員さんを無理矢理口説くのは禁止ですぅ! これは遊戯街のお・き・て!」

「うむ……そうだったな。失礼した」


 流石は真面目一辺倒一族の血を引く砕条だ。あっさり引いてくれた事に紅玉も星矢もほっとしてしまった。


「うふふっ、素直でイイ人にはワタシがお相手してあ・げ・る」

「いや結構。俺に男色趣味は無い」

「……おいごるあ、人の厚意を足蹴にしやがって」

「すみません! すみません! ほんっとすみません!」


 真面目一辺倒故に真っ直ぐな物言いの砕条に世流の接客は通じないようだ。星矢が平謝り状態である。


 カランカランッ――新しい客の来訪を告げる鐘が鳴り、紅玉は急いで駆け付ける。石は無い。


 そして、言葉と表情を失った。


「よう、紅ちゃーん。おいたんはお客さんだぞぉ? お客さん相手にはとびきりのスマイルだろう?」


 そこにいたのは間違いなく己の知人――少々ボサボサの赤銅色の髪と無精髭とやや太めの眉と金色の瞳を持つ八の神子こと金剛(こんごう)だった。


 そう、神子である。神子。


「金剛様……神子様が一人で来店ってどういうことですか? 肇様は? せめてお付きの神様は?」

「毎日毎日、神子の仕事、書類仕事、神子の仕事、書類仕事をしていたらさ~、おいたんも我慢ならなくてよ~。皆の目を盗んで飲みに来ちまった、でへへっ」

「ご自分が神子ということをお忘れですか!? 金剛様!!」


 思わず接客中の身という事を忘れ、怒鳴ってしまう。


「大丈夫大丈夫~! パッと飲んで、さっと帰るから」


 金剛様に限って、パッと飲んで帰れるはずがない。絶対ない。


「はい、一名様ごあんなーい!」

「金剛様……!」


 金剛は紅玉の案内も待たずにずんずんと店に奥へと入っていく。


 すると、その途中で鷹臣とすれ違った。


「お客様、どちらに?」

「ちょっと一服」


 鷹臣はそう言って煙草の箱を見せつける。


「いってらっしゃいませ」


 鷹臣に挨拶をすると、紅玉は再び金剛を追う。


 カランカランッ――背後で鷹臣が出ていく鐘の音が鳴り響いた。


 一方で金剛は勝手知っているという感じで個人客用の台に迷わず座る。


「世流ちゃーん! いつもの頼むー!」

「はあいっ」


 そのやり取りに紅玉は愕然としてしまう。


「いつものって、金剛様このお店の常連ですか……!?」

「ええ。結構な頻度で来てくださるわよ、一人で」

「……世流ちゃん、今後は是非注意してくださいまし」

「大丈夫大丈夫!」


 金剛はこれでもあくまで神子なのだ。何かあってからでは遅い。

 そんな事を思っていると――。


「肇さんに来ましたよ~って、いつも連絡網で報告しているし」

「それなら安心しました」


 流石は世流であると、紅玉は感心する。


「うん、おいたんにとっては衝撃案件なんですけど?」


 目を盗んでまで一人できた意味が全くないではないか――そんな事を思っていた時だった。


 カランカランッ――扉の鐘が鳴り響いたと同時に大きな足音が近づいてくる。


「うちの飲んだくれ神子が来ていると聞いて!」

「げげっ! 肇!」


 現れたのはまさに今名前の挙がった肇その人だった。


「あら、思ったより早かったですね」

「世流さんから連絡をもらう前にすでに遊戯街を目指していたからね」

(そうですよね……ここまで常習ですと、報告をもらう前に分かりますよね)


 いっそ遊戯街で待ち伏せした方が早いとも思う程だ。


 すると、肇は金剛の襟首を掴んで低い声で言った。


「神子……酒が絡むと本当に君は馬鹿なのかい?」

「は、はじめぇ……!」

「ここではお店の迷惑になるからね。さあ外で折檻の時間だよ」

「は、肇、おいたんもね、神子以前に、普通のお酒大好きなおいたんなだけであって……」

「問答無用!」


 カランカランッ――肇と金剛が出ていく鐘の音が鳴り響いた。


(流石は肇様……と言いたいところですが、こう何度も補佐役の目を盗める金剛様も最早凄いとしか……)


 そんな事を思いながら、ふと会計台の上を見た瞬間、紅玉は目を剥いてしまった。


(いつの間にっ!?)


 そこにあったのは間違いなく一斤染の石だ。

 犯人が近くにいる――焦燥に駆られそうになりながらも、至って冷静に状況を思い返していく。


(金剛様を迎えに出た時点ではなかったはず……つまり金剛様が来店された後に誰かが……?)


 鐘が鳴る度に注意深く観察をしていたから覚えている。


(ですが、今いるお客様で怪しい動きをした方はいません。ドアベルもあるから誰かがこっそりという可能性も少ないでしょうし……)


 金剛来店後にあの扉を開けてやってきたのは肇だけである。


(いえ、肇様であるはずがありませんわ。他にお店に入ってきた人は――……)


 そこまで考えて紅玉はハッとなって気がつく。

 入ってきた存在はいないが……。


 紅玉は石を握り締めて、努めて穏やかな声で世流に言った。


「世流ちゃん、ちょっとわたくし外に出ますね」

「はあい、いってらっしゃい」


 カランカランッ――鐘の音が鳴り響かせて、紅玉は店の外へと出た。


 そして、辺りを見回し、すぐにその存在を見つける。

 金剛来店後に一服すると言って店を出て行ったその人は、店と店の間の狭い路地で煙草を吹かしていた。


 中央本部人事課所属で、幽吾の先輩であり、現在はあざみの下で側近として働いている男だと紅玉は記憶している。

 そして、名前は――。


「鷹臣様」


 紅玉の呼び声に、鷹臣は焦った様子も無く煙草を吹かしている。

 そして、紅玉は鷹臣に一斤染の石を見せる。


「こちらの石は鷹臣様のものではありませんか?」

「…………」

「お忘れですよ」

「…………」


 しばらく黙っていた鷹臣だったが、ニッと笑って煙草を地面へと落とし、足で踏み潰した。

 その行為に紅玉は思わず顔を顰める。

 しかし、鷹臣は気にした様子も無く、笑ったまま言った。


「ここじゃ場所が悪い。場所を移そう」


 鷹臣はそう言いながら人気のない路地に手を翳す。

 瞬間現れたのは小さな襖だ。


(空間作成の異能ですね……)


 そんな事を思う紅玉の目の前で鷹臣は襖を開ける。その奥に見えるのは路地ではなく、部屋のようだった。


「来いよ。あんたの知りたいこと、全部話してやるからさ」

「…………」


 紅玉は瞬時に警戒をする。前掛けの隠しに仕舞ってある武器珠にそっと触れ、紅玉は意を決する。


 そして、紅玉は鷹臣とともに空間の中へと入っていった。

 襖が閉じられると、路地から襖は消えて無くなってしまう。




 その事に気付く者など誰もいなかった……。





<おまけ:お薬調合中>


「今現在、妊婦さんにも使用できる滋養強壮の薬を調合中なんだ」


 乳鉢で薬草を磨り潰しながら焔が右京と左京に説明した。


「詩先生のご依頼ですか?」

「一果様にでしょうか?」

「その通りだ」


 磨り潰した薬草を綿布に包み、きつく絞って汁を抽出していく。やがて溜まった薬草の汁を沸騰した鍋の中へ入れる。

 グツグツグツと煮立っているそれから、果てしなく強い草の匂いが漂ってくる。ついでに言えば、煮汁の色は深緑。


「よし完成だ」


 鍋を火から下ろすと、その煮汁が粘り気のあるドロドロの液体である事に双子は気付いた。そして、やっぱり強い草の匂いが漂う。


「そうして冷やしてでき上がったものがこれだ」


 焔が見せたのは保冷庫に入れておいた滋養強壮の薬の完成品だ。丁寧に三つの杯に入れてある。


「準備がよろしい事で……」

「それで、こちらをどうしろと……?」

「味見を頼む」


 予想通りの回答に双子は恐る恐る杯を手に取った。

 やっぱりどう足掻いても草臭い。


「では、いただこう」

「「い、いただきます……」」


 双子は意を決して一気に飲み干した――瞬間、後悔した。


(なんでしょう!? この口の中に残る粘着き感! 味も酷いですが何よりも臭いが酷い! 駄目だ! 飲み込むのが苦痛でしかない!)

(しかし、お薬の効果は覿面のようです……! 今なら神域一周一気に走れる気がします……!)


「……うーん……やはり不味いな……どうだったかな?」


 首を傾げる焔に、双子は正直に答える。


「効果はお見事です……ですが、味が酷いです」

「ついでに臭いも舌触りも喉越しも最悪です」

「やはりまだまだ改良の余地があるな……」


 焔は双子の意見を書き止めていく。


「ありがとう。参考になったよ」

「「どう、いたしまして……」」


 双子は口の中に残る不快感を拭い取るのに必死だ。


「次に試して欲しいのが……」

「えっ」

「まだあるのですか?」


 並べられていく緑色の何かが入った杯を見た瞬間、右京と左京はちょっと絶望した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ