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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
211/346

秘密捜査準備中




 ここは遊戯街――神子も神も使命を忘れ、一時の夢に酔いしれる場所――。

 その遊戯街の一番人気店こと「夢幻ノ夜」に紅玉はいた。


「実は今日うっちゃんとさっちゃんにお休みしてもらっているの。だから犯人探しのついでに手伝ってもらえて助かるわ~」

「……あの、世流ちゃん……石を置いた犯人を見つける為にお店の店員さんに成り済ますのは構わないんですが……」


 紅玉は己の格好を見下ろした。


 芍薬の花が描かれた華やかな薄紅色の着物と真っ白な飾り布付きの前掛けを身に纏い、髪もふわりと巻かれ色っぽく花の飾りも添えられ、顔も化粧を施され、どこからどう見ても見事な「夢幻ノ夜」の美しい女給である。


「これは少々着飾りすぎなのでは……?」

「いいじゃなーい! 紅ちゃんは素材がいいんだからおめかししないとダメっ!」


 世流の言葉に着付けをした遊戯管理部の女性職員達が激しく頷いていた。

 だが、紅玉はどうしても恥ずかしさの方が上回ってしまい、「うぅ……」と居心地悪そうにソワソワとしている。


 そんな紅玉に世流はきっぱりと言う。


「紅ちゃん、ここは夢を売るお店! お客様に一時の夢を与えるんですもの。それ相応の服装でないと!」

「……なるほど……これが皆様の戦闘服なのですね……」


 紅玉は意を決した


「わかりました! 郷に入れば郷に従えですものね……精一杯頑張ります!」

「そうよ! その意気よ!」


 しかし、そう言いつつも。


(あっさり信じちゃうこの子の無防備さが少し心配ね……)


 そんな事も思ってしまった。


 開店準備の為に出ていった女性職員達を見送ると、紅玉は世流を見て言った。


「ところで世流ちゃん、もう一度確認をしますが、現段階で発見された石は九個……その内、世流ちゃんのお店で発見されたのが五個。凪沙ちゃんのお店で二個。野薔薇ちゃんのお店で二個。発見された時間帯は、大体遊戯街が本格的に混み出す時間帯の前。そして初めて石が置かれ始めてから、毎晩石は置かれ続けている……で、間違いありませんか?」

「そうよ。発見したのはワタシも含めて全員遊戯管理部の関係者。発見された石も全部一斤染だったから、みんなワタシに届けてくれたの。幸い誰にも中の記憶を見られていないわ」

「……もしや石の発見場所は入口付近ではありませんか?」

「え、ええ……お会計口とか入口に置いてあるプレゼントボックスとかに置いてあったわ。どうしてわかったの?」

「……そうなると、やはり……」


 紅玉は少しの間深く思案すると、はっきりと言った。


「犯人が石を置いた時間帯は、恐らく遊戯街の営業開始直後だと思います。営業開始直後は開店待ちのお客様をご案内しなくてはいけませんし、なかなかの人混みなので、職員達の目が全体的に行き届きにくいです。一方のお客様もお店に入りたい一心ですから周囲に意識を向ける余裕などありません」

「た、確かに……」


 心当たりが多く、納得してしまう。


「そして、犯人はお店を利用していないと思います」

「はいっ!? 何で!?」

「石が見つかった場所はいずれも入口付近。お店を利用せずとも石を置いて立ち去れば、痕跡を残すこともありません。凪沙ちゃんのお店も野薔薇ちゃんのお店も複数人で利用される方が多く、個人客は却って目立ちますし」

「な、なんてこと……!」


 世流は、犯人は客のいずれかだと思っていた。

 せめて憎き犯人から飲食代接待代をがっぽりせしめていたのならこの怒りも少し晴れる……! と思い込んでいただけに、まさかの推理に悲しみしかない。


「きっと犯人は今宵も石を置きに訪れると思います。そこで、犯人をこの『夢幻ノ夜』に誘き寄せましょう」

「ええっ!? そんなことができるの!?」


 驚いてしまう世流に紅玉は頷く。


「簡単な話です。凪沙ちゃんと野薔薇ちゃんのお店の入口に常に職員一人を配置して見張りを付けておけばよいのです。そうすれば、犯人は凪沙ちゃんのお店と野薔薇ちゃんのお店には石を置きません。そうすれば犯人は世流ちゃんのお店に石を置きに来るしかありません」

「な、なるほど……でも、うまくいくかしら……他の違うお店とかに置いちゃう可能性とかは……」


 世流の疑念は尤もだろう。しかし、紅玉には確信があった。


「……恐らく犯人は……世流ちゃん達が誘拐事件の被害者だと知っている人物です」


 その一言に世流は全身が凍り付いてしまう。

 この神域に、世流達があの誘拐事件の被害者だと知る人物は限りなく少ない。知っているのは中央本部の人間、若しくは世流達の地獄の日々を知る人物……あるいは記憶の石の中身を見てしまった悪意を持つ人間だろう。


「犯人の目的が何かは検討がつきませんが……置くなら間違いなく世流ちゃんのお店になるでしょう」

「……そう……なるほどね……」


 どうやら犯人は人の神経を逆撫でするのが上手いらしい。


(一体何が目的なの!? ワタシ達が何をしたって言うの!? ワタシ達は、ただ平穏に幸せに生きてゆきたいだけなのに!!)


 怒りに、憎しみに――身体が震える。


 そんな世流の震える手に紅玉がそっと触れた。


「……世流ちゃん、今日は無理されずお休みされては? 犯人の非道な行為のせいで世流ちゃんの心は激しく傷ついています。わたくし、その犯人と世流ちゃんが近づくのすら赦せません」

「紅ちゃん…………」

「犯人なら、わたくしが必ず見つけて捕まえてみせます。ですから……」


 紅玉の気遣いがとても嬉しい。あの地獄の日々は思い出したくもないが、こんな素敵な友人と巡り会えた事は間違いなく人生の幸福であると世流は思う。

 だが――。


「大丈夫よ。ワタシがお店に立たないと逆に犯人に怪しまれちゃうでしょ? これも、犯人を捕まえるためよ」

「…………どうか、無理はなさらないでくださいね?」


 心配そうな紅玉に、世流は精一杯微笑んでみせた。


「早速、凪沙ちゃんと野薔薇ちゃんのお店に見張りの件、お願いしておくわ」

「よろしくお願いします」


 すると、小さな風を巻き起こして、ひよりが現れる。


『ぴよぴよっ! スオウからデンレイです』

「…………」


 伝令相手の名前が出た瞬間、紅玉は言葉を失った。


「ちょっと、バレるの早くない?」

「…………帰ったら紫様にお仕置きをしないと駄目なようですね」


 腹部に回し蹴りしようか、顔面に拳骨しようか迷いながら伝令を取る。


「はい、紅玉で――」

『紅殿!! 遊戯街にヘルプとはどういうことだっ!?』


 案の定、蘇芳の怒鳴り声が響き渡った。


「蘇芳様、これには深い事情がございまして。戻りましたら報告致しますので」

『今どこだ!? どの店にいる!?』

「戻りましたら報告します」

『また無茶をするつもりだろう!? 何故俺に隠す!? 約束しただろう!?』

「…………」


 そう約束をした。指切りまでして約束をした。

 無茶をしない。無茶をするなら蘇芳を真っ先に呼ぶと。

 忘れていない。忘れてなどいない。その約束を。


(……でも……っ!)


 紅玉はついカッとなってしまった。


「蘇芳様だってわたくしに隠し事していらっしゃるじゃないっ!」


 伝令から蘇芳の息を呑む音が聞こえた。


 ああ、やっぱりそうだった。そうだとわかっていながらも、一度溢れ出した思いと言葉が止まらない。


「わたくしが、一人で抱え込まないでってお願いしても、大事なことは隠さないでって言っても、蘇芳様は平気で嘘を吐くじゃありませんのっ!!」

『っ、それは……っ!』


 ああ違う。こんな風に責めたいわけじゃないのに――棘のある言葉しか浮かんでこない。


「蘇芳様の過保護! 嘘吐き! 浮気者っ!! 真面目一辺倒なら一途に灯ちゃんだけの事を想い続けなさいっ!!」


 そして、紅玉は一方的に伝令を終了させてしまった。


「……ひより、蘇芳様からの伝令を全面拒否して」

『ぴよ……』


 ひよりが悲しげな顔をしているように見えて、紅玉はひよりの頭を指で撫でてやる。


「あ、あの……紅ちゃん……?」

「ああ、ごめんなさい、世流ちゃん。怒鳴ってしまって……」

「蘇芳さんと何かあったの?」

「…………」


 心配そうに己を見つめる世流に、紅玉は微笑んでみせる。


「そうですね……これはわたくしの意地の問題なので、どうかお気になさらないで」

「でも……」

「それよりも、蘇芳様に捕まる前に早々に犯人を検挙しなくてはなりませんわ」


 紅玉があまりにも困ったように笑うから、そして己にもあまり余裕がないから、世流はそれ以上の追及ができなかった。


「……なんかごめんなさい、紅ちゃん」

「いえいえ」


 紅玉は前掛けの紐をきつく縛り、頬を叩いて気合いを入れ直す。


「勝負は営業開始から一時間。必ず石を置いた憎き犯人を捕まえましょう」

「ええっ!」


 せっかく手にしたこの幸せを奪わせはしない――強い決意を胸に世流は力強く頷いた。




*****




 一方その頃、世流に休暇を命じられた右京と左京は、卯の門広場にある神域医務部総合病院に来ていた。

 ここに勤める焔に用事があったからだ。




「世流さんの様子がおかしい?」


 調合に使用する薬液の入った瓶を棚から出しながら焔は言った。


「はい。ここ最近、心ここに在らずだったり、何かに警戒されていたり」

「本日のお休みだって突然命じられたものですから、何か隠しているのではないかと」


 二人が世流を心配しているという事は良く分かった。


「……それで、どうして私の所に?」

「もしかして、昔の遊戯街で起きた事件に関係しているのではないかと思いまして」

「焔様は確かその事件をご存知だと思いまして尋ねて参りました」


 双子の言葉に焔はピタリと手を止めてしまった。


「……そうか……二人はあの事件の詳細を知らないんだな」

「はい……何か善からぬ事件があったのは知っているのですが……」

「世流様も他の皆様も決して教えようとしてくれませんので……」

「そうだな……私もそうするよ」


 焔は薬瓶を持って台の上に置くと、右京と左京の向かい側に座る。


「君達はしっかり者のように見えて未成年だ。我々大人からしたら守るべき存在だ。君達のように綺麗な心を持つ子達にあまり聞かせたくない話があるんだよ。わかってくれ」


 焔の言葉に右京も左京も悲しげな顔をする。


「焔様が言いたい事も、世流様のお気持ちも分からないわけではありません」

「ですが、僕らを育ててくださった世流様のお力になれない事が悔しくて堪らないのです」


 ああ、なんて……。


(なんて優しい子達なのだろう……)


 こんな子達を愛さない母親がいたなんて信じられない。


「その気持ちだけで世流さんは十分嬉しいはずだ。絶対」


 それでも憂いを消さない右京と左京の顔を見て、焔は困ってしまう。


「……本当にすまない……私も、あの事件の事は思い出したくないのが正直な気持ちなんだ……」


 言葉にするのも悍しく、激しく胸を掻き毟られ、業火のような怒りに心が支配されそうになってしまうから。


 いや、実際支配され……そして、人殺しの罪を永久に背負う事になった。


「知らなかった方が良い事だってこの世にはあるんだ。知ってしまったから……私は人を殺した」


 衝撃的な一言に右京と左京は何も言えなかった。


「嫌な事を思い出させてしまい、申し訳ありません」

「自分達の有益しか考えておりませんでした。軽率な行動を御赦しください」

「いやすまない。謝って欲しいわけじゃないんだ。ただ、理解してほしい。そして、これからもどうか黙っていて欲しい」

「…………」

「…………」


 悄然としてしまった二人を見て、焔は立ち上がる。


「新しいお茶を淹れよう」


 焔は薬缶を火にかけながら思い出す。三年前の事件の前の日を――己が人殺しに手を染めてしまった前の日に出会った人の事を。







 当時、まだ十九の神子だった焔は護衛の神を一人連れて坤区の参道町で散歩をしていた。

 すると、その時何かが倒れるような物音を聞いて、音のした路地を覗けば、そこに人が倒れていたのだ。


 驚いてしまったが、元々医師を志していた焔の行動は早かった。

 意識と呼吸と脈を確認する。顔色は酷く悪く、声掛けに反応が薄いが、命に別状はなさそうだった。

 ほっと安心しつつも、焔は気付いてしまった。


 その人が身に纏うのは襦袢のみで、しかも着付けが不十分で細長い手足と華奢な身体があられもなく露出して、挙句その肌蹴た場所から覗く肌にいくつもの内出血や傷痕がある事に……。


(この人は、一体どんな仕打ちを受けてきたんだ……!?)


 最悪の状況を予感しながら、焔は護衛の神に命じ――……。


「治療――……ます。御社へ――…………連絡――…………」


 すると、そこへ――……現れたのは――…………。




「――――――――」




 誰…………? 誰だった…………?







 オモい、ダせ……ない……………………。







 突き刺すような頭の痛みに焔は思わず頭部を押さえた。そして、その原因をすぐに思い出す。


(忌々しい「記憶操作」の異能め……! あの男に記憶を消されたという事が屈辱でしかない……っ!)


 その事実を思い出す度に、焔は己自身が憎くて堪らなくなる。火焔で焼き尽くしたくなる程に……。


(…………落ち着け…………落ち着くんだ…………)


 深く深く呼吸をする…………。


(あの日の事は忘れてしまった方がいい。人殺しの私と関わったなんて知ったら、きっと傷付くだろう……)


 己に言い聞かせるように焔は湯呑みに湯を注いでいく。ふわりと茶葉の香りが広がり、少し落ち着きを取り戻す。


(あの人はそれを知らなくて良い……永遠に……)





<おまけ:魅せたいよりも怖い>


 紅玉の着付けする事になった「夢幻ノ夜」の女性職員三名は果てしなく困っていた。


「どうする? 紅ちゃんの胸は潰しておくべき? 魅せるべき?」

「せっかくなら魅せたい」

「同じく魅せたい」

「激しく同感」


 同性であるからこそ、紅玉のそれは羨ましいくらい美しい事をこの女性職員達は知っている。普段晒しを巻いて潰している事自体非常に勿体ないと思う程なのだ。

 せっかくの着付けならば、その魅力を存分に引き出したいと思ってしまうのが遊戯街で勤める人間の性であろう。


 しかしながら――。


「だけど、蘇芳さんが怖い」

「神域最強が怖い」

「それも激しく同感……」


 未だ紅玉と恋仲になっていないというのに、紅玉の魅力を最大限に引き出した日には己の上着を紅玉に掛けて隠してしまった事もある人だ。

 間違いなく仁王の如き恐ろしい形相で怒られる事が必至である。


「早く付き合えって話よね……」

「いい加減にして欲しいわよね……」

「でも付き合い始めたら、もっと怖くなりそうね」

「「激しく同感」」




 そんなこんなで女性職員達は結局、己の命の安全を選択するのだった。


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