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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第四章
210/346

弟との面会




 ここは神域管理庁現世管理棟――大鳥居をくぐる前の場所だ。

 神域への出入りを管理、現世の情報を神域へ伝達、現世に住む人間との面会の申請や場所提供など請け負う中央本部管轄の部署である。


 その受付にて、髪と瞳の色が漆黒に戻った文が書類を提出する。


「面会の予約をしていた神域商業部艮区配属の文です」

「はい、お疲れ様です。面会室参番で面会者の方がすでにお待ちです。どうぞお進みください」


 受付職員の許可を貰い、面会室へと進む文を蘇芳も追い掛ける。

 その蘇芳の髪と瞳も漆黒だ。


「……すっごい違和感」

「ははは……よく言われる」


 やがて面会室の参番の扉の前に辿り着き、文は扉を叩いてから中に入る。


「よう! アキ! 久しぶりだな!」


 中で待っていた人物が立ち上がり、文に近づく。

 あの文が珍しく表情を和らげたので、蘇芳は仲が良いのだと察した。


「久しぶり。元気?」

「まあ、ボチボチな。そっちは?」

「まあまあだね」


 文と話すその男性を蘇芳は見つめる。

 細長いつり目が印象的で「どちらにも似ていない」と思った。


「それで、こちらが蘇芳さん。紅さんの先輩」


 文の紹介を受けて、蘇芳は頭を下げる。


「初めまして、蘇芳です」

「ああ、あなたが! 初めまして」


 男性も頭を下げる。


千石鉄斗(せんごくてつと)です。姉と妹がいつもお世話になっております」


 その男性は紅玉の弟であり水晶の弟。姉妹二人の話にもよく出てくる「てっちゃん」その人である。


「良かったら、コレ皆さんで食べてください!」


 鉄斗から差し出された土産を受け取りながら蘇芳は頭を下げる。


「お気遣い感謝します」

「まあとりあえず、座って話せば」


 文の一言を機に三人はようやっと応接室の長椅子に腰を落ち着けた。

 徐に会話を始めたのは鉄斗だ。


「蘇芳さんはいつから姉貴と一緒に働いているんですか?」

「紅殿が新入職の頃からです。研修の担当が自分でしたので」

「そんな前から世話になっていたんですね……! 姉貴、あまり仕事の事は話してくれないから」

「神域管理庁の仕事は機密も多いですからな」

「そっか~……いや、それにしても姉貴も妹も本ッ当にお世話になっているようで!」


 深々と頭を下げる鉄斗に蘇芳は恐縮してしまう。


「いや、紅殿は大変優秀な職員です。むしろこちらが助けてもらっている程で」

「そう言ってもらえると……だけど、姉貴、無茶して迷惑かけてないですか?」


 流石は弟である。実に鋭い。思わず言葉に詰まってしまう。


「……そ、そうですな……仕事熱心なのはいいことなのですが……」

「あれは熱心じゃなくて中毒。最早病気の一種だよ。もっとはっきり叱った方がいいよ」


 文の辛辣な指摘に蘇芳は「ははは」と乾いた笑いしか出てこない。


「すみません! 姉貴、昔っからなんでもかんでも過剰に頑張りすぎるところがあって!」

(あれは昔からだったのか!?)


 どうりで何度注意しても直らないはずだ。


「鉄斗殿、紅殿のことはこれからも俺が責任を持って無茶をしないように注意をさせて頂きます」

「助かります。姉貴の事これからもよろしくお願いします」

「あと神子……妹君のことも」

「あ~~……あいつワガママだから皆さんに迷惑かけていますよね?」


 鉄斗はそう言うものの、程度は子どもの可愛いものだと蘇芳は思っている。


「それについてはご心配なく。紅殿もいますので、我々に迷惑がかかったと思った事がありません」

「まあ、相変わらずな感じだよ」


 文も同意して頷く。


「あと、ショータロー……えっと、妹は悪いモンを惹き寄せる体質で昔っから身体弱くて……なんで、これからもいろいろ迷惑かけると思いますけど、姉貴共々よろしくお願いします」


 それは先日紅玉から聞いた話と似たような内容だった。

 そして、それこそ今回の面会の一番の理由だ。


「……鉄斗殿、今回貴方をお呼びしたのはその件なのです」

「え?」

「先日、妹君が酷く取り乱されまして。紅殿曰く過去のトラウマが原因とのことなのですが、一体何があったのか詳しくお聞かせ頂けないかと」

「……過去のトラウマ?」

「妹君が三歳の頃、悪いモノに襲われたと聞きました。貴方も怪我をしたと伺いました」


 その言葉にピンと来たのは、鉄斗ではなく文の方だった。


「あの時の話じゃない? なんか政府が実施した『神力測定検査』をやっていた時の」

「ああっ! あの時か! そうだそうだ! 思い出した! 確かあの時、姉貴が検査対象で、中学校まで俺とショータローで迎えに行った日だ!」

「『神力測定検査』!」


 その検査の事を蘇芳は思い出す。その当時すでに蘇芳は神域管理庁に就職をしていたから覚えていたが、言われるまですっかり忘れていた。


 今から十一年前の事だ。当時就任していた神子の二割が高齢で、数年経てば神子の仕事が勤まらないだろうという事が危惧され、政府の特別許可を貰い、神域管理庁が実施した「神力測定検査」。若い世代から神子になれる逸材を見つけたいという目的だった。ただでさえ、その当時から神子は見つかりにくくなっていたのだから。

 しかし、試験的に検査を実施した直後、世間からの賛否両論が相次いだ。神子になれる程の神力を持つ人間と持たない人間との間で対立や苛めが横行してしまったからである。結果、それ以降検査をする事が無くなってしまった。


「紅殿はあれを受けていたのか……」

「紅さんだけじゃないよ。俺の姉さんも。勿論、前神子である海さん、葉月さん、清佳さん……藤紫さんもね」

「そうだったのか……」


 だとすれば、神子になれる逸材が五人も見つかったと神域管理庁では騒ぎになって当然だが、蘇芳はそんなこと聞いた覚えが無かったので少し疑問に思う。


「で、その検査会場だった中学校で襲われたんですよ」

「……えっ!?」


 まさかの現場に蘇芳は驚いてしまう。


「背後から急にガツンとやられて俺が気を失っている間にショータロー随分と怖い目にあったらしくて……あの後からショータローの夜泣きが酷くなって、すげぇ大変だった……」

「夜泣きって……赤ちゃんじゃあるまいし」

「ホントに夜泣き! 姉貴呼んで一日中ギャン泣きするから大変だったんだぞ!」

「ああ、そう言えば、あの当時しばらく紅さんにべったりだったよね。登校の時まで抱きついて離れなかったのは流石に俺も驚いた」


 幼馴染同士の二人が昔を思い出して速さのある会話を繰り広げていく。


「……でも、真面目な話、あの時ありささん達が駆けつけてくれなかったら、マジでショータロー連れ去られていたからヤバかった……」


 鉄斗の若干暗い表情を見るに、余程の事だったのだろう。

 今でも尚、水晶の心に傷を作り、その恐怖が蘇って泣き叫んでしまうのだから。


「そういや、アキの姉ちゃんにも世話になったな」

「姉さんはお前の事も心配していたよ。頭から血を流して倒れたんだから」

「んな大袈裟な」

「頭から血を流して意識無くせば大袈裟にしていいから! まったく姉も姉なら弟も弟だよ!」

「あ、あはははは……」


 怒ったように言った文の言葉に、蘇芳は初めて紅玉と鉄斗は姉弟なのだなぁと思ってしまった。


「……あの日の事はさ、ぶっちゃけすげぇショータローに悪いって思ってんだ。一番怖い目に遭ったのはショータローだからさ」


 苦笑いを浮かべる鉄斗に、蘇芳は紅玉も同じ顔をしていた事を思い出す。


「姉貴もあの時のこと未だに悔やんでいるみたいでさ……ちゃんと守ってあげられなかったって……」

「頭から血を流した鉄を見て卒倒したんだっけ? それ聞いて、俺も驚いたけど、あの紅さんも流石に弟の一大事に取り乱したんだろうね」

「…………」


 鉄斗と文の会話を聞きながら、蘇芳は深く考え込んでいた。


(……「神力測定検査」……つまりあの当時中学校の敷地内は……)


 もう少しで手掛かりの糸が繋がりそうだ――蘇芳は思う。


「ところでその時の話を聞いて何を?」


 鉄斗にそう問われ、蘇芳は一呼吸を置いて言った。


「妹君のトラウマを少しでも払拭できればと思ったのですが……例えば元凶の姿形がわかれば、自分はそれに似たようなモノを寄せ付けないように守ることができますから。紅殿も随分と憂いていたので」

「ありがとうございます。だけど、俺、気ぃ失っていたので、元凶の姿とか見てないんですよね……ありささんやアキの姉ちゃんなら見ていたのかもしれないですけど……お役に立てず、申し訳ない……!」

「いえいえ。どうかお気になさらずに」


 しかし、今の鉄斗の言葉でハッキリとした。


(……つまり水晶殿を襲った元凶を見ているのは紅殿の幼馴染五人だけ……そして、襲ったのは恐らく……)


 蘇芳の確信は更に強いものへなっていく――。


「……ところで話ってそれだけですか?」

「……はい?」


 別の事を考え込んでいたせいで、鉄斗の言葉を咄嗟に理解できず蘇芳は首を傾げる。


「姉貴には内緒にして欲しい話ってことだから、てっきり姉貴を嫁にくださいって話かと」

「はいっ!?」


 まさかの鉄斗の予想に蘇芳は動揺が隠せない。


「……何で親より先に弟に許可を貰うわけ?」

「いや、まずは弟妹を味方に付けてっていう作戦かと。まあうちの両親の場合、ウェルカムだけど」

「てっ、鉄斗殿! はっ、話が飛躍しすぎかと!」


 神域最強よ。声が引き攣っているぞ。


「え? 俺、蘇芳さんは姉貴の事が好きだって聞いてますけど?」

「……報告してますけど」

「文殿っ!?」


 こんな身近にとんでもない報告をしている存在がいたものだと蘇芳は愕然とする。


「姉貴も蘇芳さんの事好きっぽいし、てっきりもう付き合っているもんだと」

「毎度イチャついているけど、一応付き合ってないよ」

「お前らもう付き合っちまえよってやつ?」

「それそれ」

「んんんんっ!!」


 幼馴染同士の速度の速い会話に、蘇芳の心の柔い部分が突かれて非常に居た堪れない気持ちだ。


「蘇芳さん! くれぐれも姉貴の事よろしくお願いしますよ!」

「いや、あの、その……!」

「……それとも、姉貴みたいな女を嫁に貰うのは嫌ですか?」

「いやっ! そんなことはないっ! 紅殿は非の打ち所がないとても素晴らしい女性だ! じ、自分には勿体ない程で……」


 蘇芳は瞬間、己がとんでもなく恥ずかしい事を言っていると自覚し、顔を真っ赤にさせてしまう。

 そんな蘇芳を見て、鉄斗にも照れがうつってしまった。そんな鉄斗を文が睨む。


「年上をあまりからかわない」

「す、すんません……」

「い、いや、こちらこそ……」


 すると、鉄斗は蘇芳を見て安心したように笑った。


「でも、俺、蘇芳さんなら姉を任せられると確信しました。姉は、その……昔っからあんまり人から評価されなかったから……」

「……え?」


 蘇芳は少し切なげに笑っている鉄斗を見た。


「それは、一体どういう意味だろうか?」

「…………」


 鉄斗は少し言い辛そうに、ゆっくりと語り出す。


「……姉の周り、すげぇ人間ばっかで……ありささんは名のある剣術流派の娘さんで、男顔負けの腕っぷしの強さと人並み外れた身体能力を持っていて、スポーツの成績は抜群に良かった。美登里さんは頭脳明晰で常に学年トップにいて教師からすげぇ認められていて、千花さんは舞踊界の天才でその道の流派の家元が唸る程の実力だしおまけにすげぇ美人。アキの姉ちゃんの果穂さんは歌留多界じゃその名を知らない者はいない将来を期待された若き女王だし、灯さんは将棋界と囲碁界を渡り歩く両刀遣いの異端児」


 「凄いでしょう? わたくしの自慢の幼馴染なのです!」――紅玉が嬉しそうにそう語ってくれた事があったのを思い出す。


「一方で姉は、そんな凄い幼馴染に囲まれているにもかかわらず、特別秀でた能力も見た目も至って普通のただの残念な女……って言われ続けてきたんです」

「っ!?」


 その言葉に瞬時に怒気を膨らませるが、文に睨まれ冷静さを取り戻すと、話の続きに耳を傾けた。


「視点を変えれば姉だってすごいのに……ありささんがライバルと認めたのは姉ただ一人だけだし、学年トップでなくても姉の成績も常に学年トップクラスだったし、舞踊もできるし、歌留多もできるし、囲碁も将棋もできるのに……姉はいつも誰かと比較されて、大した事が無い、能が無いって……」


 それは、今の紅玉を取り巻く現状と同じだった。

 神力が無いというそれだけの理由で、〈能無し〉だ、不幸を招く存在だと蔑まれ続け、誰よりもすごい功績を残しているのに、その一切が認められていない……。


(まさか、昔からそんな評価されていなかったなんて……)


 蘇芳は愕然とした。

 確かに紅玉の幼馴染達は素晴らしき才能を持つ存在だろう。


 しかし、そんな大好きな彼女達と比較され、そんな仕打ちを受け続けていたのなら……。


(……紅殿が己への評価が異常に低いのはそのせいだったのか……)


 鉄斗は話を続ける。


「それでも姉は笑って言うんです。自慢の幼馴染だって……」

「…………」


 まさしく、蘇芳は同じ言葉を何度も聞いてきた。


「姉はいつだって自分のことより人の事ばっかで心配になります。昔っから、俺やショータローの心配ばっかだし、就職の事だって結局自分の為じゃなく人の為だし……そうやって人の事ばっかり優先して……いつか、いつか姉が……自分の命をかけてしまうんじゃないかって……なんかすごく心配で……」

「……っ……!」


 蘇芳もまた、鉄斗と同じ気持ちだった。


(あぁ……鉄斗殿……貴方は本当に良き弟君だ……)


 鉄斗は背筋を真っ直ぐ伸ばすと、細長いつり上がった漆黒の瞳で蘇芳を真っ直ぐ見つめた。


「蘇芳さん……姉の事、どうか大切にしてください。俺の、俺達の大切な姉なんです。お願いします」


 きっちりとした深々とした辞儀に、この姿勢の良さも姉にそっくりだなと蘇芳は思う。


「はい、必ずや」


 蘇芳は力強くも穏やかな声でそう答えた。




*****




「只今戻った」


 十の御社に帰ると、出迎えたのは紫だった。


「蘇芳くん、おかえり。ご飯にする? お風呂にする? それとも~~」

「紅殿は?」

「わ~い、華麗なる無視……えっと、紅ちゃんなら急遽出掛けたよ」

「……出掛けた?」


 蘇芳が一気に眼光を鋭くさせたので、紫はビクリと身体を硬直させてしまう。


「水晶殿を置いて? 急遽? 一体何の用で? どちらに?」

「蘇芳くん! 落ち着いて落ち着いて! 僕は無罪だっ!」


 殺気を漂わせる蘇芳に紫はすっかり戦意喪失である。


「ぼっ、僕は、一応止めたんだよ!? そんなところにヘルプなんて行った日には絶対蘇芳くんが怒るからって!」

「ほぉ、ヘルプ」


 紫は思わず口走ってしまった己の口を手で押さえた。

 しかし、時はもうすでに遅い。


「どちらにヘルプに行ったんだ?」

「え、えっと……口止めするよう、頼まれているんだけどぉ……」


 蘇芳はイラッとして、思わず握り拳を作りながら低い声で言った。


「……どちらに?」

「わっ、わかった! 言うよ! 言うから! 遊戯街だよっ!!」

「っ!!??」


 紫の口から飛び出した場所は、とんでもない場所であった。




 嫌な予感に駆られた蘇芳は堪らず御社を飛び出していた。





<おまけ:僕は一応ちゃんと止めています>


紅「これから遊戯街のヘルプに行って参りますので、御社の事はよろしくお願いしますね」

空「おっす!」

鞠「オマカセヨー!」

紫「紅ちゃん、僕は反対でーす。後で蘇芳くんに怒られると思いまーす」

世「う~~ん……やっぱりそうよね~……でも、ごめんなさい。内緒にして」

紫「はいはい、わかっていますよ。僕は一応止めましたって言う大義名分を果たしたかっただけだから。これで万が一蘇芳くんにバレても僕が怒られる心配は無い!」

紅「言っておきますが、万が一にでも蘇芳様に話せば、どうなるか……わかっていますよね?(絶対零度の微笑み)」

紫「ひぃっ! 黙って蘇芳くんの仁王からのお説教を受けるか、正直に話して紅ちゃんの弾丸のような折檻を受けるか……駄目だ! どっちも嫌過ぎるっ!!」

紅「ではいってきまーす」

世「紅ちゃん、お借りしまーす」

空・鞠「「いってらっしゃーい!」」

紫「ああっ! ええと……僕は! ちゃんと! 止めたからねーーーーっ!!」


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