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えるとれ 21

 この世界【アトニム】にいる人間には、妙に共通点が多い。

 それは姿形のみならず、考えていることや付随して行われることも含めてだ。


 そんな普通に生活している上では変哲もない事実が違和感となって感じられるようになったのは、ジェニが見知らぬ村で目を覚ましてから数年が経った後だった。

 そのきっかけが何だったのか。

 元を辿れば、実は村で目覚める瞬間がそうなのかもしれない。と今は思う。


 今からおよそ数百年前。

 目覚めると、ジェニという自分の名と仲間たちと共に森の中で焚き火を囲んで眠ったという記憶を境に、それ以降の記憶が失われていることに気づいた。

 

 なぜそんなことに気づいたかといえば、それは目覚めた場所が眠る時にいた場所と違っていたからだ。

 

 結論からいえば、それは村だった。

 正確には初めに見たものはおそらく自室であり、窓の外を眺めてそこが村だということを知った。

 村には適当な武器と防具、それから薬などが並ぶ旅道具店のテントが一つあるだけで他は全て民家のようだった。


 見知らぬ村だということはすぐにわかる。

 小さな村なのにそこを歩く村人にも見覚えがないし、だからここは少なくとも自分が来たことのない場所だということだけは確かだと思った。


 寝ぼけて移動したのだろうか、とそんな馬鹿げたことも考えたが、森にいた自分がこんな草原の中の村に、しかも知らない場所に運良く到着して、しかも普通にベッドに眠っていたなんて考えられない。

 だから、偶然なんてあるはずがない。


 そういう思いがあったからか、すぐに村の中に仲間たちの姿を探したが見つからず。

 次に探したのが、身に着けていた装備と荷物だった。


 遺跡で拾ったお気に入りのフランベルジュ。

 多くの野獣のコンセキがこびり付いたおかげで、打ち直し刃を研ぐ度に固く切れ味を増していったあれを失ったことを思い出すと、今でも時々悔やしい気持ちになる。


 だが、結局装備も道具も見つからず。

 と、そこで新たに気づいたのは、自身が見覚えのない衣服を着ていたことだ。

 これに気づいたことで、寝込みを野盗に襲われて身ぐるみを剥がされて奴隷にされたのかもしれないという可能性は消えた。

   

 自分で歩いたわけでもなく、誰かに連れてこられたわけでもない。   

 森の中でもなく、草原にいる。

 一時は混乱したはずだが、それでもこの時にはすでに気持ちは落ち着いていた。

 

 ああ、ここからまた"やり直し"なのか。とそんな漠然とした思いが浮かんだ。


 仲間を見つけなければならない、装備を整えなければならない。

 そう自然と浮かぶやり直しの思いは、つまり村から出ていくことを意味していた。

  

 当然、物々交換に用いれるような高価値の鉱石もコンセキも持っていないので、自室にあるものをほぼ全て差し出し、鈍ら一本とあとは応急処置に効く薬と道具と交換した。

 そういえば、自室には旅に使えるような鞄がなかったので、それは一枚しか無い毛布を縫って代用したはずだ。


 旅支度を終え、ひと眠りして目が覚めたら夜でも村を発つつもりだった。

 そうして毛布が無くなって薄い布一枚が敷かれているだけのベッドに寝込んでまどろむのを待っていると、ふと大事なことを思い出した。


 自分の名や目覚めた場所なんて当たり前のことがわかっていなかったから、失念していたのだろう。

 村を出るとは決めていたものの、どこへ向かうのかは決まっていなかったのだ。


 とはいえ、ここは【アトニム】だ。

 一度村を出て、自分の位置さえわかればどうにでもなると思えた。


 それからまどろみが訪れて、だからもしかすると案外疲れていたのかもしれない。

 再び目が覚めた時、これが夢で森の中で仲間の元であればいいと思った。

 しかしその願いこそが儚い夢だった。


 目が覚めても殺風景になった自室に自分はいて、だからじゃないが、これはきっと夢じゃないってことが本当に理解できた。


 薄っすらとした失望感を抱きつつ、村を出た。

 その時また、ふと思ったのだ。


 忘れていたのは、ここに至るまでの経緯だけでなく、村で目覚める前に自分が何をしようとしていたのかもだった。

 自分は何かの途中だった。

 それはおそらくだが、"使命"と呼べるような何かだった気がしている。

 

 そのために仲間と共に旅をしていたはずだ。

 きっと重要なことなのに、どうしてかそれは今も思い出せない。


 とにかく。当時自分は、だったら、とそこから先の旅に俄然気合が入っていたと思う。


 使命を見つけ、それを達成するんだ。

 今思えば、当時のその感覚は、突然過去から逸脱したわけのわからない事態から自分を救ってくれる唯一の繋がりだったからだとわかる。


 使命があったということすら忘れてしまえば、もう自分はどこへ向かえばいいのかわからない。

 淡々と生きているだけのどこか虚ろなあの村人たちと同じく、自分もあの村でつまらない生活を惰性のように続けていたかもしれないからだ。


 それが絶対に嫌だと思うのは、他の何も関係なく自身の性格からくるものだろう。

 だからきっと、何か使命という不思議な記憶の欠片は現実逃避のために必要な永久不滅の栄養だ。


 そう考えてみれば、逃げるのが得意なのは自分の本質ともいえよう。

 覚醒アリアスに生じる特別な力のように、プライアである自分には人間的本質という部分にどれだけ自分が変わってもあり続けるものがある。


 本意でないことからの逃走。

 逃げる先に求める探究心。

 背後にはなく前にしかない、そういうことをいつだって求めている。


 だから、たとえラプチャして見えた未来が振り返りたくなるようなものだったとしても、必ず逃げ道を見出すつもりだ。

 立ちはだかる壁の隙間を縫って、いくらでも前へ突き進めることを知っている。


 村から出てみると、そこは一面の鮮やかな草原だった。

 そういう意味で見慣れたものだったし、おかげでここが輪の外側のどこかだということがわかった。


 そこならば、名もなき村がいくつも発見されている。

 自分の身に何が起きたにせよ、その村の一つに自分は移動したのだ。


 だったら戻れる。

 ここが【アトニム】だとわかっていたはずなのに、半端に記憶を失ってここを別世界のように感じていた自分が可笑しく感じられた。


 まったく、どうしてやり直しなんて後ろ向きなことを考えたりしたのか。

 使命に続きまた一つ希望の光を取り戻し、草原を越えて街道を見つけ、【アーハイム】に辿り着くのまでは十日ほどだったと思う。


 道中手に入れた野獣の素材とコンセキを売って宿を取り、そこを拠点に輪の内側で張り合える程度の装備を整えるまでに数ヶ月。

 もしかすると輪の内側で仲間が待っている可能性を考え、こっちで仲間は作らなかった。


 自分で言うのもなんだが、全てがまるで手慣れたことのようだった。  

 この事実を、何度も繰り返している、と感じられるようになったのは次か、またその次の頃だったか。


 単独で輪の内側に入り、この"記憶のある目覚め"から一度目の死を迎える。


 それは、街から近い【小心者の拠点】に辿り着く前の出来事だった。

 縄張り繋ぎが上手く行かず道に迷って、その時おそらく初めて独りということの恐怖を知ったように思う。

 おかしな目覚めにも冷静でいられた自分が、輪の内側という現実においてあっさりと混乱し、生命を奪われる結果となったのだ。


 そしてその時の記憶は、不思議なことに次の目覚めにも引き継がれる。


 見知らぬ部屋で目覚め、そこが見知らぬ村で。

 真っ先に過ったのは、またか、という思い。

 

 何が、またか、なのか考えて、自分が目覚める前に死んだことを思い出した。

 だったら前回もそうだったはず、とまで考えた。

 ちなみに、時点では痛みや苦しみなど死の具体的な感覚はなかったはずだ。

 だから平然と、死ぬと村で目覚めるという事実を処理していた。

 

 次いでおよそ反射的に浮かぶやり直しの思い。


 それが前回の謎だったが、今答えは得られたわけだ。

 自分は死ぬと村で目覚め、装備一式と荷物を失う。

 そんな大事なことを前略にして、前回の自分は目覚めていた。


 そういう不思議なことを理解して、ここを二回目の人生と考えるようになった。


 そしてその二回目の人生は、前回漠然と使命と考えていた何かの答えを探すのを忘れて、前回やり残した仲間との再会に尽くすように行動した。

 

 今回は見つけた街が【ディーズベルグ】だったから、質の良い装備と道具を揃えるのは簡単だったように思う。

 また、前回の失敗を糧に今度はポロトロスで見つけた幼獣人の仲間一人を連れて輪の内側に入り、【小心者の拠点】まではなんとか到達。

 しかし、次の中継地点には辿り着けず、また野獣に殺された。


 三度目に村で目覚めて、またか、という思いは死を含めて完璧に近い形で思い出された。

 ここでも死の具体的な感覚はまだなかったが、当時の悔しさは覚えていた。

 

 目的は変わらず。今度はもっと手練の仲間を集うのだと、パーティーを作るのに数年を掛けたが、二つ目の中継地点を越え三つ目の中継地点に辿り着く直前、"波打つ草原"に囚われそこを抜け出せず。

 一人、また一人と土中や空からの捕食者に襲われて死んでいく仲間たちをよそに取り残され、最後は自ら生命を絶った。


 そして四度目。

 昔の仲間のことすら忘れ、目的は三つ目の中継地点に辿り着くことになっていた。

 戦士中心のパーティーでは輪の内側の中盤にすら至らないことを知っていたため、その回は輪の内側に詳しい学者を取り入れることにした。


 しかし学者を旅に連れて行くというのは簡単なことではなく。

 文字と街に運び込まれる情報だけで分析を進めたい彼らの中で、実際に自分の目で確かめたいという強い意志を持った者を探すのにはかなり苦労した。


 そうしてやっと見つけた仲間にできる学者も、実戦が足らず。

 妖鳥人の女だった学者の彼女を鍛えるのに十年余り使ったと思う。

 その間に同行を約束していた戦士の仲間は去っていき、結局一人で彼女を鍛え上げることになるのだが、彼女は十年経っても戦闘技術が輪の内側でやっていけるほどにまでは上がらず。


 挙げ句、訓練中に輪の外側でシシに殺されてしまった。


 それを失敗と考え、次に妖鳥人ではなく幼獣人の学者を仲間にしようとしてまた数年。

 ようやく仲間にした幼獣人の学者は、戦闘技術の上達こそみられたものの、結局【小心者の拠点】から少し先に進んだだけで一人はぐれ、そのまま【小心者の拠点】には返ってこなかった。


 それで懲りた。

 学者は諦めて自分でなんとかしようと次の中継地点へ向かい、そして同じく"波打つ草原"に囚われ、仲間を失い。

 命からがらそこから抜け出したものの、"波打つ草原"の迷路を出た頃には食糧も薬も手当ての道具も使い果たしており、結局は餓死か毒か何かで死んだ。


 そうして五度目の人生がやってくる。

 またか、と目覚め、目的は変わらず。

 三つ目の中継地点を目指して奮闘し、そこにようやく辿り着いたものの、その先で見つけた遺跡の宝目当てに仲間に裏切られ、置き去りにされ。

 そこを守る野獣の生贄にされて死んだ。


 六度目も。

 七度目も。

 その後も。

 ろくな死に方をしていないと思う。


 大体そのあたりで死ぬことを恐れなくなり、以降は簡単に死んでいた。

 うっかり輪の外側で野獣に、うっかり崖から落ちて、うっかり毒を食って。

 そういうバカみたいな死に方を何度もやったはずだが、もう覚えてはいない。


 だから今もこの初めの四回を覚えているのは、初恋を忘れないようなものだろう。

 清純だった頃の自分、真に何かを追い求めていた忘れ難い自分の過去なのだから。


 しかし、そんな真面目な発想を持ちもしない当時は、いずれ失敗を失敗とも捉えなくなり、上質な成功よりも都度の失敗を訂正する作業のような人生が増えていった。

 何十、もしかしたら何百。生命を捨ててきた。


 いつしか死の具体的な感覚を思い出すようになり、その悍ましい痛みのせいで死ぬのが怖いというある種極端な感情に怯えるようになった。

 それから村にこもって彼らと同じように生活しようとしたこともあったが、性質上二ヶ月と持たず。

 結局旅に出ては何かしらがあって死んだ。


 だがそれを何度も繰り返す内、目覚めにはまたかという思いよりも先に、明日のことを考えるようになっていった。

 今日は生きている、きっと明日も生きている。ずっとだ。


 この時初めて、ただ生きているとどれだけ長い時間生きられるのか試そうという気になった。

 虚ろな村人たちのようにではなく、街で生活する瑞々しい彼らのように、いわゆる普通に生きることはどれくらいできるのだろうか。


 試した結果、周りの人々はただ生きているだけでもある日突然死んでいくことを知った。

 それがいつ自分に降り掛かってくるのかと不安を覚えたものだが、どうしてかその順はいつになっても自分には来なかった。


 ただ生きていても死なないのであれば、やはり旅に出る外死ぬ方法はないのか。

 その疑問が、費やす数十を越える年の鍛錬に結びつく。

 目的は、旅に出てどれだけ死なずにいられるか、となっていた。


 これでようやく戦士たちの気持ちが理解できたように思う。

 彼ら戦士たちは、ずっと死を恐れない勇敢な者たちなのだと思っていたが、実は死なないために鍛錬を続けていたのだろう。

 数百年を生きてやっとそんな簡単なことに気づいたのだ。

 

 当たっても砕けない強い経験を得るために、幾つもコンセキを食い、戦い、学び、鍛錬を続けていく。


 そうしていつしか、輪の内側を三つ目の中継地点まで彷徨けるほどの余裕を手に入れていた。

 人々からは"冒険人"なんて通り名まで付けられ、同行させてくれと声を掛けられるまで強くなった。


 だが、それでも。

 数十年しか生きられない彼らアトニム人の人生を丸ごと鍛錬に費やしてなお、勝てない相手が幾らもいたのだ。

 

 当時は自分の鍛錬不足と感じていたものだが、時間が経つと共に自分の成長が遅いわけではなく、彼らの成長が著しく早いのだということに気づいた。


 それまで耳にすることはあっても大して気にもしていなかった【否読の書】というものの存在。

 それも聞いたことがあったアリアスという特殊な人間が、【否読の書】という不可思議なものを読むことを今さら知った。


 と同時、随分長いこと生きてきたこの世界のことを何も知らなかったということを悟り。

 ついに世界を知ることが生きる目的となった。

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