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聖女召喚  作者: ほむら
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禁断の召喚魔法

 アルゴニアと呼ばれる世界の中原の西部にあるグレシア王国の王都グラスチフ。

 王都の北部にある貴族街、その西外れにある瀟洒な館。

 代々王家に使える魔法使いを輩出した名門ブリタード家の館である。

 その館の裏に立つ古びた倉庫のような建物は、同家の魔法工房。

 夜空に半月のかかる今宵、薄暗い工房の中で床に描いた複雑な魔法陣の仕上げをしている若い男がいた。

 齢十六、やせた中背の体格に、ぼさぼさの髪は長く、不健康そうな肌に目だけはぎらぎらさせていた。

 彼の名はアルフォンス・ブリタード18歳、同家の次男、いや、今はただ一人残された同家の当主である。


 アルフォンスは魔術家の名門の次男として生まれ、幼少より魔法に高い才能を示し、王立魔法学院高等科の学年主席を3年連続で務めた。

 しかし、2年前に家長である父と跡取り息子の長男イリアスが揃ってダンジョン調査中に消息不明となり、王国の法により2年間の消息不明は公式に死亡扱いとなり、残されたアルフォンスが正式にブリタード家の後継者となった。

 しかし、父がいなくなった後、ブリタード家に父や兄名義の借金の証文を持った商人が次々と音じれ、見たところ正式な証文であったことから支払いに応じざるを得ず、さらに父と兄がいないことで王国からの俸給が入らず、ブリタード家の所領であった地方の小さな領地も管理不能として王家預かりとなり、出費ばかり増えて収入は途絶え、ブリタード家の資産は瞬く間に目減りしていった。

 そもそも、学生だったアルフォンスは、家計の内容を知らされていなかったし、長年仕えてくれていた高齢の執事が病気で倒れると、帳簿すらどこにあるか分からない有様であった。

 館にあった絵画や食器などを少しずつ売り払い、何とか食いつないできたが、とうとう資産も底をつきかけている。

 大勢いた家人も雇い続けるのが困難となって徐々に減って行き、ついに先月、最後の使用人であった年配のメイド長も暇を取り、それからは大きな館にある一人で生活している。

 何とか卒業を目指していた魔法学院も高額な学費が払いきれず、卒業を目前にして退学を余儀なくされた。

 そして、来春に資産税を納められなければ、唯一残されたこの家屋敷も失う危機に立たされている。

 そうなれば、家なし、金なし、職なしの浮浪者同然となる身の上だ。

 貴族の子弟から街のホームレスへの、絵に描いたような大転落である。

 由緒ある貴族であり、父や兄の失踪は事故であって落ち度もないのに、王家からも他の貴族からも救いの手は差し伸べられなかった。

 王家にしてみれば、数が増えすぎて領土の配分に困っている高級貴族の一つが片付けば領地を没収して王家の力を増やすことができるし、他の帰属にしてみれば国の高官ポストを奪い合うライバルが減ることは願ったり叶ったりである。

 もともと、貴族など表向きは社交的にふるまっているが、裏に回れば陰口ばかりで、すきあらば他人の足を引っ張ることしか考えていないような人種である。

 アルフォンスとて、そんな貴族の生まれであったから、周りに気を許してはいけないことは幼いことから教育されてきた。

 しかし、学生でまだ何の力もないアルフォンスには、ブリタード家の危機を一人で切り抜けるのは困難であった、まともな方法では。




 しかし、彼の瞳はまだ光を失っていない。

 数本の蝋燭によるわずかな明かりの中で、血走らせた目をらんらんと光らせ、チョークで一心不乱に魔法陣を書き上げていく。

 参照するは王立魔法学院付属図書館から無断拝借してきた、禁断の魔法が載っている門外不出の魔法書。

 学費未納となって追い出される直前、本好きな彼が務めていた学生図書委員長を務めていたアルフォンスは、図書館で作業中にたまたま少し開いていた図書館長室の扉の隙間から聞こえた話から図書館の書庫に強力な魔法について書かれた門外不出の魔法書があることを聞きつけ、図書館長の留守を見計らって図書館長室に忍び込み、無断で書庫のカギを持ち出して書庫の扉を開け、人気のない書庫の奥深く、学生ばかりか教授陣さえ立ち入ることを許されない秘蔵書を集めた特別書庫の中で、彼は噂の禁断の魔法書を見つけた。

 そしてその魔法書をこっそり自宅に持ち帰り、寝る間も惜しんで研究し、何カ月もかけて工房の床に書き綴ったその魔法陣が、ようやく今夜完成しようとしているのである。

 夜も更けたころ、魔法陣の呪文や模様に間違いないことを確認し終わった彼は、立ち上がってふうっと大きく息を吐いた。

 ついに完成した。

 後は、魔石を使って魔法陣に魔力を注ぎ込めば発動するはずだ。

 これほどの魔法陣を発動させるなら、体調を万全に整えて次の晩にでも臨むべきであることは彼にもよく分かっている。

 しかし、完成した今、興奮のさなかにある彼には、体調が整うまで待つという選択肢はなかった。

 はやる気持ちを抑えて一息つくのが精一杯であった。


「ふふふふ、やっと完成したぞ。ざまあみろ。これで、これで……………。」


 狂気にも見えるゆがんだ笑みを浮かべて、アルフォンスはぶつぶつとつぶやいた。

 この何か月か、悔しさを糧にほとんど誰とも会わずに浸食を惜しんで魔法陣の研究に打ち込んできた。

 溜まりにたまった激情を何とか抑え、アルフォンスは、今一度、魔法陣発動の準備が揃っているか確認した。

 先祖から受け継がれてきたブリタード家秘蔵の様々な魔石が入った魔石袋、ブリタード家当主が代々使ってきた由緒ある魔法の杖、そして今回、魔道具の闇商人に大金を支払って特別に用意した魔道具の首輪。


 準備が整っていることを確認すると、アルフォンスは魔石を必要なだけ魔法陣の所定の位置に置き、禁断の魔法書を片手に持ち、呪文の詠唱を開始した。

 家名がかかっているのだ、絶対に失敗は許されない。

 魔法陣の1回の発動に貴重な魔石を多数費消しなければならず、何度も繰り返し行えるものではない。

 詠唱は数ページにわたり続いた。

 高度な魔法陣の詠唱としても異例の長さだ。

 薄暗い工房にアルフォンスの詠唱する声が響き渡る。

 今は狂人のような有様とはいえ、魔法使いの名門の後嗣にして、王立魔法学院に在学中は秀才の名をほしいままにしたアルフォンスの詠唱は力強く、揺らぎなく、呪文の一文一文の意味を正確にとらえて魔石から放出された魔力を魔法陣にいきわたらせていく。


 やがて、呪文の最後の一文が唱えられ、工房に一瞬の静寂が訪れる。

 しかし、直ぐに魔法陣の上に魔力が集積し、魔力の波動が広がっていく。

 魔石の莫大な魔力が魔法陣の呪文に従ってコード化され、折り重なってきらめきながら空間をゆがめる。

 アルフォンスは瞬きも忘れて、魔法陣の上の魔力のきらめきが収束していく様を見守った。

 手に汗を握り、不安に激しく胸打つ鼓動を必死に抑え、起死回生をかけた乾坤一擲の大勝負の結果を見詰める。

 魔法陣の上の魔力のきらめきが最後に目をくらませるほどの光を放つと、何事もなかったようにその光も、波動も収まり、魔法陣自体も消失した。

 アルフォンスは、くらんだ目をつむって視力の回復を待ちつつも、魔法陣のあった場所の気配を探った。

 そこに何もなければ失敗である。

 アルフォンスは、そこに何かある、必ず気配があるはずだと自分に言い聞かせた。

 やがて、アルフォンスの視力が徐々に回復し、そこに、魔法陣のあった床の上にある黒い塊を目にした。

 アルフォンスはひとまず大きな安どの吐息をついた。

 空振りではなく、少なくとも何かを召喚したようだ。

 しかし、それが何であるかを確認しなければ、本当に成功したか否かは分からない。




 アルフォンスが行った禁断の魔法陣による魔法は、魔界から高位の魔物を召喚して自己の支配下に置く召喚魔法であった。

 通常の召喚魔法は、特に禁呪とされておらず、魔法使いならたいていが行っている。

 通常の召喚魔法で呼び出せるのは、召喚者よりも下位の低級な魔物だけである。

 そのほとんどは小型の魔獣や精霊で、力は弱く、賢くもなく、ろくに言葉も話せず、せいぜい雑用にしか使えない。

 それでも、術者の腕がよく、召喚した魔物をよく飼いならせれば、いろいろと使い道はあるので、結構な需要がある。

 アルフォンスも、そのような低級の魔物を召喚して使役している。


 しかし、今回、アルフォンスが使用した禁呪の魔法陣は、召喚者のレベルに関係なく上位の魔物を呼び寄せる危険な魔法であった。

 図書館の秘密の書庫にあったのは、この上位の魔物を呼び出せるという極めて有用性の高い、高レベルの魔法陣について書かれた魔法書であった。

 この魔法が禁呪とされたのは、そのような上位の魔物は力が強くて尊大であり、自分より弱い召喚者に従わず、暴走する危険性が高いからであろう。

 そのことは魔法書にも厳しい口調で警告されていた。

 上位の魔物を呼び出したはいいが、召喚者がその魔物に食われてしまい、その魔物が野に放たれてしまったなら、どのような恐ろしい害悪をまき散らすか分かったものではない。

 そのため、アルフォンスは魔法書の指示に従い、魔物を強制的に従わせる魔道具である魔法の首輪を用意した。

 魔法により対象物に合わせてその形状を変化させて装着させることが可能な魔法の首輪は、隷属契約により魔物に苦痛を与えることができ、主人の命令に逆らえなくさせることができるのだ。

 首輪の魔法は強力で、召喚者は呼び出した魔物に絶対的な苦痛を与えることができ、それでも魔物が従わないときには、その魔物を消滅させることができる。

 また、首輪をつけた魔物に従属を約束させ、隷属契約を結んだなら、その魔物は召喚者を主人と認め、絶対的な服従を誓い、主人を傷つけることができなくなる。

 そうなれば、召喚者は思うがままにその魔物を使役することができ、魔物の持つ高度な魔法や能力をわがものとして使うことができる。

 ただ、アルフォンスが呼び出した魔物が人の言葉の通じない魔物であったら隷属契約を結べず、使役は不可能となるので、直ちに首輪の魔法によりその魔物を滅するほかなく、それまでの努力も、使った魔石も、恐ろしく高額だった首輪も無駄になってしまうのだ。


 上位の魔物は高い知能を有し、人語を解するものも珍しくない。

 特に、人型に近い獣類型なら、まず会話が通じるはずである。

 ここまではうまくいった。

 図書館から禁書を持ち出すという罪を犯し、残された財産の中から大金を払って魔道具を買い入れ、大変な努力を払って魔法陣を完成さたのであるから、何としても成功させなければならない。


 召喚されたその魔物が意識を取り戻したらすぐに暴れだすかもしれない。

 上位の魔物が暴れだしたら、優秀と言ってもしょせん学生崩れのアルフォンスでは対処できない。

 アルフォンスは、そいつの正体を確かめようと、用意した魔道具の首輪を手にし、油断なく身構えてそれに近づいた。

 すると、床の上のその塊がかすかにふるえ、ゆっくりと立ち上がった。

 アルフォンスよりも少し小柄な人型の魔物である。

 アルフォンスは目を見開き、口角を少し上げた。

 よし、言葉が通じそうな魔物の召喚に成功したようだ。


 未だ魔物の正体を見極められていないが、それよりも先に魔道具の首輪で魔物が逆らえないようにしてしまわなければならない。

 アルフォンスは、魔道具の首輪を手にして一気に魔物に駆け寄った。

 そして、未だ意識が混濁した様子のその魔物の首あたりにその首輪を急いではめた。

 魔法の首輪を魔物の首辺りに叩きつければ、首輪にかかった魔法により一瞬で自動的に魔物の首に装着される。

 サイズも自動的に調整されるのだ。

 アルフォンスは、首輪が魔物の首に装着されるや、直ちに自らの魔力を首輪に流し込み、隷属契約の呪文を唱えた。


「汝を使役するはこのアルフォンス・ブリタードなり!汝、我に従いて、その魔名を明かせ!」


 もし、魔物が人語を解さなければ、この契約の呪文に答えられず、隷属契約は失敗し、魔物を首輪の魔法により消滅させなければならない。

 アルフォンスの中で期待と不安がせめぎあった。

 アルフォンスは、一歩、二歩と下がって魔物から距離を取りながら、ゆっくりと魔物の正面に回り込んだ。

 よく見ると、その魔物は、聖職者が着るような黒い修道服を着た、人型の魔物であった。

 頭部は純白の頭巾の上に修道服と同じ色の漆黒のベールをかぶって髪の毛を全部隠し、顔の部分のみがさらされている典型的な修道女の制服であった。

 腰の部分も絞られていないため、体の輪郭ははっきりしないが、アルフォンスより小柄でほっそりしていそうなのが見て取れた。

 ベールの下の顔は陰になってよく見えなかったが、丸みを帯びたあごの輪郭と真っ白な皮膚が窺われた。

 そして、魔物は一瞬その体をびくっとさせると、頭をあげて辺りを見回し、言葉をしゃべった。


「え?なに?ここはどこ?」


 きれいな、澄んだ若い女性の声であった。

 アルフォンスは、自分が召喚したその美しい、若い人型の魔物を茫然と見つめるのであった。



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