召喚されたのは?
アルフォンスは、自ら召喚した魔物が人語を話したことで喜び興奮した。
低級な魔物の大半は人語を解さないので、人語を話す魔物は高位の魔物の可能性が高いのだ。
高位の魔物の中には人語ではなく思念を直接投影して意思を通じるものもいるそうだが、扱いが相当難しいという。
やはり、使役するなら命令しやすい人語を解する魔物が一番だ。
見た目が若い女であることには驚いたが、顔が人型なら獣人か魔人の可能性が高いだろう。
魔人は扱いが難しいと言われているので、できれば使役しやすい獣人が良いとアルフォンスは思った。
この魔物は、顔の部分に毛が生えておらず肌がつるつるしており、色が白く、目は二つ、鼻は一つ、口は一つで、見た目は人間にそっくりだ。
獣人か、まさか聖霊種か?それとも、悪魔種が人型に変身しているのか?
顔は人にそっくりだが、体の輪郭はだぼっとした修道服のような服装のせいでわからず、魔物の種類を判断する決め手がない。
というか、こいつが着ているのは本当に修道服ではないか?
よく教会の修道女が着ている、黒のローブに、ウィンプルと呼ばれる頭髪から耳や首筋までをすっぽり覆って隠す白色の頭巾、その上に下地が白、上地が黒のベールをかぶっている。
まるで本物のの修道女のようではないか。
しかし、魔物のの中には悪魔司祭や骸骨神父などといった宗教者の格好をしたものもいるというから、その類かもしれない。
いずれにしろ、早く支配下に置く必要がある。
隷属魔法が完成しなければ、魔物が召喚者を襲う可能性もあるのだ。
隷属魔法の発動には、対象となる魔物の名前、魔名が必要である。
召喚者が魔物を魔名で読んで隷属を命じれば召喚魔法は完成する。
アルフォンスは、早く魔物から魔名を聞き出して契約魔法を完成させようと逸った。
「お前の魔名を名乗れ。」
「え? あなたは誰? ここはどこですか? 」
返事の仕方からして人間並みの知能があるようだ。
しかし、今は急いで魔名を聞き出さなければならない。
「答えてやるから、まずお前の魔名を名乗るのだ!」
「マナ? 何のことですか? あれ? 私…………え? あなたはどなたですか? こ、ここはどこですか? ほかのシスターはどこにいらっしゃるのですか? 」
アルフォンスは一向に魔名を答えようとしない魔物にいら立ちを募らせつつ、いぶかしげに魔物の顔らしき部分をのぞき込んだ。
何かおかしい。
魔法書には、魔物がこのような反応をするとは書かれていなかった。
隷属の首輪の魔法により、召喚者が魔名を問えば、魔物は通常はすぐに答えると書いてあった。
召喚したての魔物は意識がはっきりしない状態になるので、いきなり召喚者に逆らうことはなく、問われるままに魔名を答えるはずだったのだ。
ところが、この魔物はアルフォンスの質問に答えず、逆にアルフォンスに質問しようとしている。
それはまずい。
隷属の魔法が完成する前に自らが強制的に召喚され、さらに強制的に隷属させられようとしていることを知れば、当然反抗してくるだろう。
高位の魔物を呼び出したはずであるから、当然、アルフォンス自身よりも力が強い魔物のはずなので、逆らいだしたらアルフォンスには無理やり従わせることができず、隷属の魔法で滅するほかなくなる。
そうなれば、これまでの苦労や消費した高価な大量の魔石が全部無駄になる。
アルフォンスは、焦ってさらに魔物に命令を重ねた。
召喚した魔物のレベルが高ければ隷属魔法に抵抗する場合があるらしいが、隷属魔法は強力なので、魔力を込めて強く命ずれば従うはずだ。
アルフォンスは、自らの声に魔力を込め、強い口調で魔物に命じた。
「隷属の契約に従い、汝の魔名を明かせ! 従わねば隷属魔法により汝の首にはめた首輪が締まり、奪命の罰が下されるぞ! 早く魔名を名乗るんだ!」
アルフォンスが厳しい口調でその魔物に命じると、魔物は自らの首にはめられた首輪に気付いたようだ。
魔物の首筋は白い頭巾でおおわれており見えないが、そこに隷属の首輪がはまっているはずである。
魔物は首のあたりを手で触り、そこに首輪があることに気付いたようだ。
「え?どうしてこんな首輪がはめられているのですか? わたくしは王立修道院の修道女です。なぜこのような非道なことをなさるのですか?あなたは一体どなたですか?」
「え? 」
アルフォンスは茫然とした。
どういうことだ?
修道院の修道女?
王立修道院というのは聞いたことがないが、教会の機関か?
こいつは魔物ではなく、人だというのか?
魔物が召喚されたのではないのか?
いやいや、召喚魔法で召喚されるのは魔獣や獣人といった魔物だけであり、人が召喚されることなどありえないはずだ。
それとも、召喚魔法に失敗したのか?
しかし、魔法陣の術式は完璧だったはずだ。
秀才と呼ばれた自分が精魂込めて描いた魔法陣だ、何度も見直しており、ミスはなかったはずだ。
なのに、なんでこいつは修道女などと名乗っているのだ?
アルフォンスは混乱した。
「お前は何者だ! 正体を現せ! 」
「え? 今申し上げたとおり王立修道院の修道女です。失礼ですが、ここはどちらですか?私、いつの間にこのようなところに……… 」
「何を言っている。お前は魔物だな? 種族は何だ? なぜ人の振りをしている? 」
アルフォンスは焦ってそいつを問い詰めた。
「は? 私が魔物? なぜそのようなことをおっしゃるのですか? 今申し上げたとおり私は王立修道院の修道女です。ついさっきまで同僚の修道女とともに王立修道院で今宵の見回り当番をしていたところです。教会には神のご加護がありますが、まれに場所柄をわきまえない盗人が迷い込んでくることもございますでしょ? 念のため、修道女で当番を組んで教会内の見回り当番をしているのでございますのよ。それで………その……それがいつの間にこのようなところに………?」
「王立修道院というのは何だ? 」
「まあ、ご存じありませんか?王都のみならず、王国一、いえ、修道院としては世界一と言われていますのよ。いえ、もちろん傲慢はいけませんよね。でも、信仰心の篤い女性の心のよりどころと言われていますわ。もしや、あなたはどこか田舎の方から出ていらっしゃったのですか? いえ、決して馬鹿にしているのではございませんのよ? ただ、王都にお住まいの方で王立修道院を知らないとおっしゃる方にお会いするのは本当に珍しいものですから………。」
「 ………、俺はこの王都グラスチフで生まれ育った貴族だ。ヲレク教のグラスチフ正教会ならよく知っているが、修道院が王都にあるというのは聞いたことがないぞ?本当にこの王都にあるのか? 」
「はい! 王立修道院は伝統のある由緒正しき修道院です! それよりも、グラスチフ正教会とおっしゃいましたか? 王都にある教会は、オレク教の神聖マグカルタ教会ですよ?グラスチフ正教会という呼び方は聞いたことがありませんが。それに、王都もグラスチフですよね?」
「うん? 何を言っている? 神聖マグカルタ教会? それこそ聞いたことがないぞ?いったいどこの国の教会のことを言っているのだ。」
「もちろん、このハルゲニア王国の教会ですわ。」
「はあ? ハルゲニア王国? そんな国は聞いたことがないぞ? ここはグレシア王国だ。いったいお前はどこから来たのだ。」
「グレシア王国ですか? 私もそのような国は聞いたことがありませんが。いえ、私が世間知らずなだけかもしれませんね。でも、ここがそのグレシア王国だとおっしゃるのですか? 私はずっとハルゲニア王国で生まれ育ちましたし、国から出たことなど一度もないのですが。」
アルフォンスは混乱した。
魔物を呼び出すはずの魔法陣で呼び出されたのが修道女などということがありうるのだろうか?
いや、召喚魔法で呼び出せるのは獣人や魔人などの魔物だけだと聞いている。
グレシア王立魔法学院の授業でもそう習った。
召喚魔法は魔界から魔物を呼び出す魔法であり、魔界にはそもそも人はいないのだから、人が呼び出されるはずはないのだ。
こいつの言っている国名や王都名も聞いたことがない。
アルフォンスがうろたえ、焦った。
まずい、このまま魔名を聞き出せないと隷属契約できない。
こいつが本当は何者であるのかまだ分からないが、とにかく急いで隷属契約を結ばなければ!
アルフォンスは、魔物との隷属契約を成立させるため、残り僅かな自制心を総動員し、大きく深呼吸した。
吸って―、吐いてー、もっと吐いて―。
緊張する場面では大きく深呼吸、その時、吸った以上に吐くことが大事だと、父から教えられた。
何とか気持ちを落ち着けると、アルフォンスは何とか笑顔らしきものを顔に浮かべた。
ここは、相手に調子を合わせて名前を聞き出したほうがよさそうだ。
名前さえ聞き出せたらこっちのものだから。
相手が人間の振りをしているのなら、こちらもそのように扱ってやろう。
アルフォンスは、気を取り直して姿勢を正し、微笑みを浮かべながら右手を胸に当てて軽くお辞儀をながら、できるだけ声に親しみを込めて淑女に対するように改めて挨拶した。
「ああ、びっくりさせてごめんなさい。大丈夫、こう見えても僕は貴族であるブリタード家の次男で、王立魔法学院で学年主席なんだ。君の置かれている魔法的状況についてはこれからゆっくり説明するけど、決して危険はないし、君に危害を加えるつもりなんて全くないから安心して。それで、名前を知らないまま話をするのもなんだから、まずお互いの名前を名乗ろうか。初対面で名前を名乗るのは貴族として当然の礼儀だからね。僕の名前は、アルフォンス・ブリタードです。あなたの魔名を伺ってもよろしいですか。」
「はい? 魔名? 名前のことですか?私の名前なら、マリーラと申します」
「家名はあるかい? 」
「ありませんわ。平民の生まれです。」
しめた!アルフォンスは、ようやく魔物の魔名を聞き出せたことに喜び、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、魔物に杖を向けながら宣言した。
「汝、マリーラよ!隷属の契約に基づき、我に従い、我に忠誠を尽くせ!」
アルフォンスがそう唱えると、マリーラの頭巾の下の隷属の首輪がはまっている首筋辺りから魔法の光が輝きだした。
マリーラは苦しそうなうめき声をあげてうずくまった。
「うっ、かっ、く、苦しい! 首が締まる! いや、助けて! 」
「忠誠を尽くしますと答えるのだ! さすれば契約が完成し、苦しみはなくなる。しかし、答えないとどんどん首輪が締まり、しまいには首がちぎれてしまうぞ! さあ、早く答えよ! 」
「くっ、いや…………苦しい………………やめて、お願い………………やめてください…………言うことを聞ききますから………………」
「ならば早く答えよ、忠誠を誓うと!早くせねば手遅れになるぞ! 」
「くっ…………ちか、誓います。忠誠を…………誓います。」
マリーラがそう答えると、胸元の光が一瞬強くなったあと、直ぐにその光が消えた。
マリーラはその場にうずくまり、床に向かって「ごほ、ごほ」と苦しそうに咳をしていた。
「よし! やった! やったぞ! 上位の魔物を俺の僕にしてやった! フフ、フフハハハハ! 」
アルフォンスは、興奮して震えるこぶしを振り上げながら天井を見上げ、一人快哉を叫んだ。
今、王都にいる魔法使いの中に、上位の魔物を従えているものはわずかしかいない。
いずれも、名の知れた高位の魔法使いばかりだ。
そして、これから自分もそこに仲間入りするのだ!
これで傷ついた家名を修復し、都の花と謳われたブリタード家の名誉を回復することができる!
高位の魔物は、人間よりもはるかに強い魔法が使える。
これを従える魔法使いは、他の魔法使いが使えないような強力な魔法を使えるわけだ。
例えば、魔法学院学長コーネリア・ダスティンの従える聖霊アイバスは、博学にして、多種多様な上級の魔法を操る。
魔法省大臣オーガスタ・デブリンが従える象型の獣人ガルーダは、千人力万人力の偉丈夫で、あらゆる物理攻撃、魔法攻撃をはねのける強靭な体を持つ。
元王軍元帥にして、国老として王政に寄与するエルレ・カサンドラが従えるは地獄の王と言われる悪霊リッチ・ブラックモアラで、エレルガ元帥引退前の最後の戦場にてリッチを召喚した際には、敵味方の軍勢合計3万が混戦中であったボクヤ平原にリッチが暗黒魔法で地獄の軍勢を召喚し、敵味方区別なく無差別殺戮して辺り一面が血の池地獄と伝えられる。
その他、伝説のごとく語られる高位の魔物を召喚した魔物使いたちは、いずれも劣らぬ綺羅星であり、国家権力すら手出しができぬ高貴な魔法使いたちなのだ!
自らがそのような高貴な魔法使いになることに思いを巡らせていたアルフォンスは、気を取り直して魔物の正体を明らかにしようとした。
自分が召喚したこの魔物はいったい何者なのか?
先ほどから聞いたことのない修道院の修道女を名乗り、確かに修道服らしい服装をしているが、魔物の修道女など聞いたことがないし、召喚魔法で人が召喚されるなどということも聞いたことがない。
いや、魔物の中には見た目をかわいらしくして魔法使いを油断させる狡猾な種族もいるという。
早く正体を見極めることが肝要だ。
「わが従魔マリーラよ! お前の出自と能力をつまびらかにせよ!」
「ですから、先ほど申し上げたとおり王立修道院の修道女ですけど」
「そんなはずはない! ただの修道女が召喚魔法で召喚されるはずがない!」
「そうですか、本当は一般の方に明かしてはいけないことになっているのですけど、ただの修道女でないとバレているのなら、仕方ありませんね」
「んん! やはり高位の魔物か!」
「違います! こほん、わたくしは王立修道院の修道女にして、その中から数々の修業を経て選ばれた、聖女候補なのです!」
「はあ? 何をわけのわからないことを言っている! いい加減嘘をつくのをやめて、本当の正体を明かせ! 隷属の契約に基づいて命ず! われの命に従いて、お前の出自と能力を明かせ!」
隷属魔法の効果が発動し、マリーラの首輪が光、マリーラののど元を締め付けた。
「ぐ、痛、痛い、苦しい、やめて、お願い、止めてください!」
「ならば早く出自と能力を明かせ!命令に従うまでその体にありとあらゆる苦痛がもたらされるぞ! お前はもう隷属の魔法に縛られているのだ。主人である俺に命令に従わなければ首輪の魔力により死ぬまで苦しめられることになるのだ! 俺は魔物に対して容赦はしないぞ!馬鹿みたいに抵抗していないで、素直に言うことを聞いた方がお前のためだぞ!」
「ひっ、ひどい。なんでこんなひどい目に合わすのですか。やめて下さい!私は嘘は言っていません!本当に王立修道院の修道女で、聖女候補として修業中の者です。信じてください。お願いですから、今すぐ首輪を外してください!」
アルフォンスは、マリーラの話を聞いて、ますます訳が分からなくなった。
隷属契約の魔法がかけられているのだから、マリーラが嘘をつき続けられるはずはない。
高位の魔物なら多少の抵抗へできるらしいが、首輪が与える苦痛は絶大であり、契約上の主人からの命令に逆らい続けることはできないはずなのだ。
そうなると、マリーラが言っていることは本当のことなのか?
確かにマリーラは魔物に見えないし、話しぶりも普通の女の子らしく、高位の魔物が持つ独特の迫力を感じさせない。
しかし、マリーラの言う国名や地名は聞いたことがないし、聖女というのも聞いたことがなかった。
そういえば、おとぎ話には魔物と戦う聖者や聖女が出てきていたっけ?
しかし、現代の教会に聖女という制度はないはずだ。
本当に魔物ではないのか?知性があり、流暢に言葉を話をし、見た目にも人と変わらないのから魔獣ということはないだろうが、もしかしてしっぽの生えた獣人や魔人という可能性はあるのか?
しかし、魔界に教会や修道院があるというのもおかしな話だ。
思い悩んでいたアルフォンスは、自らの疑問に答えを出すために、マリーラにしっぽが生えているかどうかを確かめようと思い、マリーラらが着ている修道服の裾に手を伸ばして言った。
「お前、その修道服を脱いでお尻を見せて………………」
「キャー!」 パシッン!!
アルフォンスは、顔を真っ赤にしたマリーラから平手打ちを受けた!
「な、何をするんですか! あ、あなた、私の服を脱がして何しようと?い、嫌!そんなことのために私を! ひっ! 来ないで! 変態! 近寄らないでください! キャー! 助けてー! キャー! 神様―!」
マリーラは、涙目になりながら後じさり、大声で悲鳴を上げ続けた。
アルフォンスは、マリーラからなじられてすっかり動転してしまった。
「わ、分かった、分かったから、触らないから、修道服は脱がなくていいから!」
アルフォンスは、決してやましいことをするつもりはなかったのだが、自分のしようとしたことをよく考えてみると、恥ずかしくなってしまった。
マリーラの言っていることは理解できないところもあるが、先ほどからの話しぶりや見た目からするとやはり魔物ではなく人を召喚してしまったようだと思った。
ということは、同年代の女の子に服を脱いでお尻を見せろと言ってしまったことになるわけだ。
しかも、あらためてマリーラを人として見ると、大変整った顔立ちをしており、立ち居振る舞いも言葉遣いも上品で、まさに修道女然とした清楚感があった。
そんな相手に、自分はお尻を見せてくれと言ってしまったのか?
アルフォンスは、女の子とデートもしたことがなく、手もつないだこともなく、同年代の女の子のお尻を見る機会などなかったし、脱がそうとしたことも一度もない。
同年代の男子学生の中には、女とやったことを自慢話にする奴もいたが、勉学一筋でやってきたアルフォンスにとって女性は遠くから眺めるものでしかなかった。
魔法学院は男女共学だが、女の魔法使いは大抵がプライドが高く、女性経験のないアルフォンスには話しかけるのも難しい存在だったのだ。
いっそデーモンでも召喚できてたらよかったのだ。
醜いデーモンは恐ろしいが、その手の魔物を召喚した時の話の持って行き方は、魔法書に書いてあった。厳しい交渉にはなるが、召喚されたデーモン族が現世で望むものが何かは分かっており、それを交渉材料にして話をすればよかったのだ。それなら、アルフォンスにも何とか対処できたはずだ。
しかし、魔法書には、召喚した見目麗しい若い女の従え方については書いておらず、アルフォンスは途方に暮れるしかなかった。




