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 予想していた痛みは中々襲ってこない。

 あるいはもう死んでしまっているのだろうか。

 死んだらなにもなくなってしまうのだと思っていたのに、意識は残るのだろうか。それはそれで、ぞっとする話しだけど。

 フィーが目を見開くと、シュテーネンは動きを止めて出てきた部屋の中の闇をじっと見つめていた。

 青年の気まぐれによってどうやらまだ抵抗出来る時間を与えられたらしい。

 しかし、もう装備も、エーテルも何も残っていない。

 青年が一体何を見つめているのか。

 フィーはそちらへと視線を向けて、シュテーネンと同じようにその光景に釘付けとなった。

 部屋の中は青白い光で照らされていた。

 光の線で描かれた幾何学模様の式が青い燐光を放って煌々と輝いている。

 そうしてその巨大な式の後ろに立っているフルトの指先には、式と同じ青い輝き。


「フルト……?」


 驚きに自然とフィーはその名前を呼んでいた。

 先ほどまで足が竦んで動けもしなかった少女とは思えない気丈な目つきでフルトはシュテーネンをにらみつけていた。


「フィーさんを離してください」


 だが、幼い少女にとってその異形はの敵は、やはり恐ろしいのか、声はかすれ、堪えてはいるが、微かに足も震えている。


「こんなマナのない状況でそんな大掛かりな魔法、どうやって起動するっていうんだい? 確かに君の召喚魔法は脅威ではあるが、こんな状況下では何の意味もない」

「マナは確かにないですけど……わたしにはエーテルがあります」


 その言葉にフィーとシュテーネンは同じように驚愕の表情を見せる。


「フルト、そんなコトをしてハ……」

「下手したら死ぬよ。それも魔法なんて発動せずに無駄死にになるかもしれない。そんな博打にかけるというのか君は?」


 フィーとシュテーネンの言葉には焦りの色がありありと浮かんでいた。


「それが、何だって言うんですか……? フィーさんはわたしの為にもう何度も命をかけてくれました。わたしは、わたしのこの命をもってフィーさんを助けられるなら、その道を選びます。この命はわたしの物。どう使うかは、わたしが決めます」


 式の輝きは徐々に強くなる。少しずつ注がれていくエーテルが本来マナを注ぐべき式を満たしていく。


「君の覚悟はわかった、だが、ボクを殺せると思うのかい君のその魔法で? それにボクは、人質をとっているんだよ?」


 喋りながらシュテーネンは持ち上げているフィーの体を盾にするように移動する。


「助けます、わたしが……いえ、助かるというのが正しいかもです。だって勇者様は負けません。そう言う風に昔から決まっています。そうして同じように、勇者様と精霊はセットなんです。昔からそう決まっています、とても頼りになる、精霊と」


 言葉と共にフルトはその体の中のエーテルを一気に式に注ぐ。部屋の中に青い光が溢れる。

 フィーを盾にしても無駄だと悟ったシュテーネンはフィーの体を廊下に投げ捨てると、魔法の発動を止めようとフルトへと向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。

 動かない体を地面に叩きつけられ、フィーは地面を転がる。

 そんな体でも、フルトを助けなければという強い思いにつき動かされて、フィーは地面を這うように進もうとして、青い光が爆発するよう式から広がる、余りのまぶしにさシュテーネンも足を止めているのが一瞬だけフィーの目にも映る。

 長い長い発光。

 それが終わって、フィーが恐る恐る目を開けると、体が幾分軽くなっていた。傷が癒えた訳ではない、だが、体中にエーテルが巡っているのがわかる。立ち上がろうとしたフィーの前に手が差し出される。

 小さな少女の手。

 半分透き通った、不確かな輪郭のその手を掴み、フィーはゆっくりと立ち上がる。

 その少女はフルトによく似ていた。微笑む彼女とフルトの違いを上げるとすれば、彼女は手に剣を持っていた、昔話に出てくるような古風な剣。

 その彼女の後ろ、シュテーネンがこちらを睨み付けているのが見える。彼の足元に転がる、フルトの体は血の海に倒れ伏していた。

 あぁ、と、フィーの口から言葉にならない息が漏れる。


 ――そうか、私は、また。


 唇を強く噛む。

 そんなフィーをなだめるように、フルトによく似た少女は、フィーの体を強く抱きしめる。

 その暖かさに、涙がこぼれそうになるのを、フィーは必死に堪える。


 ――私はいつも、助けられてばかりだ。


 フルトは勇者だなんていってくれたけど、勇者だったならこんな風に大切なものを失ったりはしないだろう。


「ちょっとだけまずいかと思ったのに、そんなもの何の役にたつんだ。こんなことなら貴重な魔法使いを手にかけないほうがよかった! まぁ、君主と総司祭を殺せただけでも儲けものさ、あとは君を殺して、ボクはここからおさらばさせてもらうよ」


 シュテーネンは苛立たしげにそう吐き捨てるように言うと、フィーを目掛けて腕を伸ばす。

 だが、その攻撃がフィーに届くことはない。

 目前まで迫ったその攻撃は、全て、少女の手に握る剣によって目にも止まらぬ速さで切り落とされた。


「っな……!?」


 驚愕に目を見開いて、言葉につまるシュテーネンに向かって、一歩フィーが踏み出す。


「勝てるト思うのカ? フルトガ命を賭けて生み出しタ、コノ、勇者の精霊ニ。負けヲ知らない御伽噺の存在ニ」


 魔法とはイメージを具現化する力だ。

 召喚魔法はその本質にもっとも近いとされる、自分の想像するままのモノを世界に呼び出す魔法。

 御伽噺を信じる純真な子供が作り出したその精霊のイメージは絶対無敵。

 マナのないこの土地においても、一度召喚されてしまえばそれはもはや魔法と言う枷から解き放たれた存在としてそこにあり続ける。

 少女が振り返り、フィーに笑いかける。

 彼女は喋ることはない。

 ただ、フィーは、確かな繋がりを感じていた。


「そんなデタラメなことがあるか!」

「魔法ノ根源ヲ忘れたカ?」


 フィーは少女を従えるように踏み出す。

 シュテーネンはそれをうけて後ずさる。


「くそっ! 来るな! 化け物が!」


 四方八方、様々な角度から複数の腕が、獣の大きく開いた口が、フィーを目掛けて襲い来る。

 それらは全て目にも止まらない精霊の動きによって全て切り捨てられる。

 数多の攻撃の中を、悠々とフィーは歩いていく。


「ソコを退ケ、私ハもうお前ニ用はナイ。フルトを連れて帰ル」

「こんな死体を連れて帰るなんて、頭が狂ったかシメーレ」


 攻撃の手を休めないままシュテーネンは足元のフルトの体を乱暴に掴み上げるとフィーの目に見えるように高く掲げる。


「そんなに大事なのかこんなものが、だったらこいつを、盾に――」

「汚イ手デ、振れるナ」


 強くフィーが青年を睨むと。それを受けて精霊の振るう剣がフルトの体を掴んでいた腕を一瞬で切り落とす。すぐさまフィーは動いてその体が地面に落ちるより速く優しく抱き上げる。

 はじめて出会った日のように、体を抱え上げ、その顔を覗きこむ。

 フルトは満足そうな笑みを浮かべて、目を瞑っていた。

 まだ暖かい体を強く抱き閉めて、フィーは暗い通路をゆっくりと歩き出す。

 シュテーネンは近づいてくるフィーになお攻撃を続ける。


「邪魔ダ」


 言葉と共に精霊の剣がシュテーネンの首を切り飛ばし、あっけなく地面に頭が転がる。

 もはやそれは瑣末なことで、空っぽになったフィーの心にはなんの感情も浮かんではこなかった。

 そのままフィーは少女の精霊と共に、暗い闇の中へと消えていった。


 そうして、一人の少女を巡った戦いは、一人の勝者も出さないまま静かに幕を閉じた。

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