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 ――だいたいこれで全部そろったかの。


 下層の中央通り、教会の鎮座するE―5付近に広がる広大な市場はこの下層でもっとも、活気のある場所だ。人通りが多く、混雑した場所ではあるのだが、教会の膝元であるこのブロクッデは争いごとはほとんどおきない。

 問題を起こせばすぐさま騎士団が駆けつけてくるからだ。

 羊皮紙を手にクルークは皮袋の中身を覗きこみながら確認する。ナイフと銃弾は木箱に入れて皮袋の底。ポーション製造用の細々とした材料類を余裕を持って、それに英気を養うために少し豪華な食材とフルトが気にしていたという林檎。

 しばらく入荷予定のない最後の一個というぼったくり価格の値段の林檎を交渉という名の脅しで半値ほどまで値引きして手に入れた輝かしい戦利品。

 それでも十分高価ではあるのだが、これでいったいフルトがどんな料理を作るのかが楽しみだった。

 案外単に剥いて食べるだけ、なんてこともありえるが、それはそれで構わない。景気付けにはちょうどいいだろう。

 交渉に夢中になっている間に結構な時間を使ってしまっていた。急いで戻らないと、弟子達を心配させてしまう。

 人通りの多い道でも路地を一つ二つ曲がればすぐに人気のない下層らしい路地裏が広がっている。

 そういう道をあえて選びながら、クルークは進んでいく。

 さすがにこう人の多い場所でポーションに頼った移動を堂々とみせるわけにもいかない。かといって普通に歩いていたのでは家に帰り着く頃には真夜中になってしまう。

 一時間ほどそうして人の目に着くを避けて走って行けば、辺りは先ほどまでとはまったく違う閑散とした街並みへと変わる。

 こういったエリアの造りはどこも大体似通っている。

 物流の関係上、もっとも交通の集中するエリア中央付近に教会を設け整備を進める事で、貴族連中や教会の力を示す。

 出来ることならそのままこの中央に他の層への移動経路を確保したいとエリアを収める君主や総司教は思っているだろうが、魔法使いの力を持ってしてもその様な便利な道は作れない。

 そのために岩壁沿いの区画に線路をひいて、列車による貨物運搬を利用している。

 物資の集まるその付近もやはり多少の賑わいを見せるわけだが、その辺りから遠ざかれば今度はどんどんと寂れて行く。

 特定の場所にだけ力を注げば、そうして均衡が崩れるのも当然の事。

 そんな風に寂れたブロックでは往々にして、毎日のようにいざこざが起きている。

 クルークが周囲を路地から顔を出し、周囲を伺い、人の目がない事を確認して、他の路地へと飛び込もうと足を踏み出したところで、クルークはその肩を叩かれた。

 瞬間、その腕を取ろうとクルークの指が伸び、触れたその冷たさに、伸ばした手を引き戻しながら、身をまわして、その正体を視界に納める。

 いつの間にか背後に立っていたのは、細やかな文様の彫られら、白銀色の鎧。


 ――こいつは、まさか。


 クルークの脳裏によぎるのは、フィーから聞かされていた魔法機密隊と名乗った白銀鎧の男。クロイス・エハル。

 フィーの隠れ家で、落石に飲まれたと聞いていたが。

 傷一つない輝く鎧は音も無く優雅に礼をすると、クルークにまっすぐに向き合いくぐもった男の声を発する。


「カルデラエリア機密魔法隊所属、クロイス・エハル。君主の命により、貴女を探していた、クルーク殿」


 崩落に巻き込まれて傷一つない鎧、加えて中の男にもダメージはなかったのか、その動きにおかしなところは見られない。化け物と弟子が語った意味を目の辺りにしながらクルークは息を呑む。


「君主様がいったい我のような下層の人間に何の用があるというのかね?」


 相手がいったいどこまでこちらの事を探って来ているかはわからないが、何もしないよりはましだろうとクルークはとぼけてみせるが、


「貴女の弟子がエリアの存亡に関わる秘密を握って今も逃走している、貴女が弟子をかくまっていることも既にわかっている。大人しく弟子とその秘密を引き渡してもらいたい。とぼけるだけ貴女の罪が重くなるぞ」


 こちらの事情は筒抜けというわけか。

 だが、直接フィーとフルトのところへこいつを送りつけなかったところをみると、恐らくまだ家の場所はわれていない。この男をここで始末できれば作戦遂行において不安要素を一つつぶせる事になる。

 フィーの話を聞く限りでは、逃走を計ったところでこの男の身体能力強化から逃れることは出来ない。

 クルークはそれを理解して、戦うための姿勢を取る。


「罪とはいったいどんな罪なのかね? 弟子を、報われぬ少女を助けることが罪だと?」


 両の手に薬瓶を握り、荷物を降ろして体勢を低く。

 身体能力強化の差は歴然。

 クルークの扱える多重起動式は攻撃に使えるようなものではない。

 錬術で作られたポーションの数々は様々な効果を発揮するが、使用にはどうあっても体の動作を伴う。

 状況は圧倒的に不利。


「エリアへの反逆罪だ」


 白銀鎧もクルークに投降の意思がないと見ると、腰の大剣に手をかける。


「その少女はエリアの大きな発展に繋がる重要な魔法使いだ。下手に野放しにしてエリアに反旗を翻す団体や他のエリアに捉えられればこのエリアが不利益を被る可能性もある。その力を正しく運用できる組織がきちんと管理をすべきだ」


 男の言葉には正当性があった。エリアの中の住人に聞けば恐らく皆がそれを是とするだろう。だが、それでは、


「彼女の意思はどうなる?」

「エリアのためだ」


 クルークの熱のこもった口調に対して男の声は冷静そのもの。そこには揺るがぬ信念と決意が見て取れる。それでもクルークも退くつもりはなかった。彼女にも譲れないものがある。


「その大義のためにエリアの連中はどれだけの魔法使いを住民を食い物にしてきた? この下層の寂れた街のどこをみてエリアのためだという言葉を信じられる? 何時だって貴族連中は私利私欲の為にしか働かない。我らが我らのために戦うことの何が罪だというのだね」

「そうして魔法使いが自由に振舞った結果が今の地表であり、エリアでの扱いではないのか? 少しずつでもこうしてエリアのために戦っていくのが、いずれ魔法使いのためにも、エリアのためにもなるのではないか?」

「いずれなんて先の事を待っていられるほど、我等は悠長ではないのだよ。今、助けを求めるものがいるから助けるんだ」


 互いに掲げるものはどこまで行っても平行線であり決して交わることはない。互いにそれを認識し歩み寄る術がないとわかれば残る道は一つ。

 クルークの言葉を聞いて、白銀鎧の男、クロイスは腰の剣を手に、正眼に構える。


「よかろう、相容れぬ想いと抱くもの同士、その想いを力にこの鎧を砕いて見せよ」


 その傷一つない白銀の輝きは、エリアを守る騎士の姿を凝縮し、具現化したようにすら映る。

 魔法使いでありながら貴族達に力を認められ、同胞達に対抗する手段として据えられた男。

 魔法使いの立場をよくするため、立場を悪くする魔法使いを狩る、魔法使い殺し。

 強大な相手。

 だが、クルークとて負けられない。

 これから先、弟子の成長を見守るため。

 弟子に進むべき道を示すために、こんなところで負けるわけにはいかない。


「吼えるな若造。すぐに、ここより深い地の底へ送ってやる」


 狭い路地に空調の刻印の冷たい風が流れ込む。

 舞い上がる砂埃に一瞬空が眩む。

 睨み合う二人はそれを気に止める余裕もなく相手の出方を伺っている。


「いくぞ」


 クルークが言葉と共に踏み出す。二人の魔法使いの戦いが静かに幕をあけた。

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