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「ッチ……」


 男の繰り出す速く重い横薙ぎの一撃を飛び退って回避。整備もろくに行き届いていない道路には砂利や小石が転がっていて足を取られる。万が一こけようものならその一瞬で体の一部がもっていかれる。

 地に足がつくと同時、再び強く地を蹴って後方へと転がる。振りぬいた勢いのまま繰り出された地から救い上げるような男の切り上げが空間を薙ぐ。

 呆然と立っていれば体が縦に半分になっていただろう。

 クルークは敵の攻撃を回避するのだけでも精一杯だが、ポーションによる二倍程度の加速率でそれほど攻撃をいなしいる事のほうが、驚きに値する。

 フィーのように身体能力強化を使えるわけでもなければ風による回避の支援もなく敵の攻撃を回避し続けられるのは、長年の経験によって培ってきた勘のおかげだ。

 敵の攻撃を視認してからではこの身体能力の差では避けきることは出来ない。

 この戦いの中、クルークが目の前に勝っているのはまさにその経験という一点以外には何もない。

 勝つも負けるもすべてそれが握っている。

 細い細い綱渡り。一手でも読み違えれば奈落の底へ叩き落とされる。

 男の構えから、視線の向く先、鎧の稼動域、剣の重さ、それだけ出なく、目に見えるもの、耳に届く音、肌で感じる空気の震え、感じる物すべてを総動員して次の手を予測する。

 地を転がって砂埃を巻き上げながらはねるように立ち上がり、見据えれば、敵の手が一瞬止まっている。苦し紛れに両の手の薬瓶を放つと、男はそれをなんなく回避しそのままの勢いで、突きを繰り出す。

 最短距離を真っ直ぐに貫くその必殺の一撃を身を捻って回避を試みるが、視認してからでは間に合わない。わき腹を浅く切り裂かれ、血が吹き出る。

 かすめただけの一撃で簡単に体がよろめく出鱈目な力。

 痛みをこらえるよりも先に、体のバランスを取るのに足に力を込める。傷口がさらに痛みを訴えるが構ってはいられない。

 なんとか踏ん張ってこける事だけは免れるが、隙をさらしたことには変わりない。

 次の一撃に備えるように、気を張りなおすが男は動かない。

 見れば男は片手を大剣から離し、その手を握りこむようにして何かを確認している。その動きはどこかぎこちない。

 その行動にクルークは口の端を吊り上げて笑みを形作る。男の足元には、先ほど男が回避して、地に落ちて割れた、中身のない薬瓶が二つ。


「貴様、なんだ、これは……何をした……?」


 男の困惑する声。傍目には男に何が起きているのかまったくわからない。


「いかに体を鍛えようが、その体を鎧で守ろうが、呼吸だけは止められまいよ」


 クルークが放ち男が避けた薬瓶に入っていたのは、液体ではなく、気体。

 錬術により作成されたその気体は、一度体内に取り込めば、その体の内のエーテルの流れを阻害し、かき乱す。

 一般人がその気体を吸えば、エーテルの流れが滞り、酷い吐き気や頭痛、眩暈や熱といった様々な症状を引き起こす。

 ある程度体内のエーテルを調整できる魔法使いとて、体調を崩すことはなくとも魔法の行使においては本来どおりの力を出しきる事などできなくなる。

 もともと身体能力強化は体内のエーテルを利用する魔法であるため他の魔法使いに比べれば被害は小さいが、それでも出力は普段の半分近くまで落ち込む。

 当然クルークも近くにいた以上その影響を受けるのだが、もとよりクルークの魔法は実践で敵に通用するほどの錬度をもってはい。最初から戦いはポーション任せでありエーテルを使う必要はない。


「不可解な技だが……ちょうどいい錘だ」


 男は体内のエーテルの流れを調整しなおしたのかその動きにぎこちなさはなくなっている。


「その自信ごと、叩きつぶしてやるよ若造」


 再び構えを取り向き合う二人。

 男が動く。

 身体能力強化の作用が落ちたとはいえ、いまだその動きは速い。依然クルークとの速度差は三倍ほどはある。

 だが、それなら目で追って、回避が間に合う早さ。戦えるフィールドまで相手をおろしてしまえば勝機はある。

 こちらに向かい真っ直ぐに突っ込んでくる男に薬瓶をほうる。

 男は先ほどの事態を警戒し、大剣から片手を離し、その手で薬瓶を弾き飛ばそうとするが、瞬間、薬瓶が弾け男の目前で爆発する。

 しかし、巻き上がる粉塵と爆炎から飛び出してきた白銀の鎧には傷一つない。

 クルークの口から舌打ちが漏れるより速く、男のくりだした袈裟切りがクルークを襲う。

 鼻先をかすめる攻撃にひやりとしながら、男の足元に向けてさらに別の薬瓶を投擲。

 男はこれを回避しようと跳躍するが、それよりも早く、クルークが薬瓶に魔法による圧力をかけたことで、あっけなくガラス製の瓶は破裂し、その中身を男の鎧に撒き散らす。

 それは、フィーの四肢を地面に縫いつけたのと同じ、液体。

 今まさに地を蹴ろうとした男の足は地面に縫い付けられその動きを阻害する。


「さぁ、どこまで耐えられるかの?」


 両の手に三本ずつ構える薬瓶は先ほど使用した爆発のポーションと発火のポーション。

 それらをまとめて男に向けて放ってやる。

 男がそれらを打ち返そうと、腰だめに大剣をかまえて身構えるが、男の間合いに入るより速く、ポーションに着火。

 瞬間、熱と炎が光と音を上げて男を包み込む。

 それまで遠巻きに建物の中から事態を見守っていた住人達もその事態の異様さにようやく避難を始める。

 それほどの爆発を引き起こしても、それでも、鎧には傷一つない。発火のポーションによって、青い炎に焼かれる白銀の鎧はそれでもものともしないように、一歩を踏み出す。


 熱による攻撃も効かなとは、いったいどれだけの刻印を刻んであるんだ、あれは……!


 青い炎に包まれながら、男はゆっくりとした足取りから徐々に加速し、クルークへと迫る。

 とっさに投げた薬瓶を男は跳躍でまとめて回避。そのまま上段から大剣を振り下ろす。

 真正面からの攻撃であれば回避は容易い、右にステップを踏んで着地点に再び足を絡めとるためのポーションを投擲しようと構えたところで、腹に衝撃。

 大剣を地に突き刺した男はそのまま大剣を背に残すように疾走しながら引き抜き、その勢いのまま肩から腹にめり込むタックルを放っていた。

 予想外の攻撃に、回避の間に合わなかったクルークの軽い体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 肺の中の空気を全て搾り出され、体はごろごろと地を転がる。口の中いっぱいに広がる懐かしい血の味に、クルークの顔に狂気じみた笑みが浮かぶ。

 体を起こし、男を見れば先ほどのタックルをした位地で大剣を構えたまま微動だにしていない。


「地面に転がる相手を追撃する気はないってかい? なめられたもんだ」


 実際、それだけ戦闘能力に差があるのは事実だ。

 敵が強いのは話を聞いた時点で理解していた。だが、それでも予想を上回る。

 あの鎧の性能が何よりも誤算。

 先ほどの攻撃で、多少なりともダメージを与えられるのではないかと踏んでいたのだが、全くの無傷。加えて既に炎は消え、熱によるダメージも見えない。

 ありとあらゆる攻撃から装備者を守る絶対の防御。打撃、斬撃、魔法、銃弾、熱すらも通さない白銀の鎧。

 そしてその絶対の防御を盾に繰り出される、純粋な身体能力強化による攻撃。奇をてらわない、単純にして明快なそれは、それゆえに相対するものに付けいる隙を与えない。

 まさに化け物。

 だが、クルークとて、この数日の間に何もしてこなかったわけではない。

 この男の生存につていは謎ではあったが、鎧にスペアがないとも限らない。それにた対抗しうる手段の開発だけはしていた。

 だが実践に投入した事のないそれがいったいどれだけの効果を持つのかは、未知数。

 一抹の不安が残るが、もう手段はそれしか残されていない。

 あの刻印の鎧をどうにかしない限りは、この先はない。

 逃げることはできないし、逃げるつもりもない。

 逃げられたとして、再びこの化け物と相対しなければならいことは明白。

 ならばここで我がやらねばならん。


「大人しくあの少女を渡すというのなら、貴女もシメーレもこの機密魔法隊の一員として迎え入れその身の安全を確保し、最高の待遇を用意しよう」


 それはたしかに、いい提案だ。

 命が助かる上に貴族連中の下で安心して暮らせるわけだ。あまりにも破格な取引。

 クルークにもそれは当然わかる。

 しかし、それでもクルークは首を縦に振ろうとはしない。

 フルトを犠牲にして、そのような待遇を得たとして、我が弟子は果たして笑っていられるだろうか。

 そこに二人の笑顔がなければ、なんの価値も我には感じられない。


「何を寝ぼけた事を抜かしておる。なぜ勝てる勝負をわざわざ降りてそちらの要求を呑まねばならんのか。それとも、お主、負けるのが怖いか?」


 腹に受けた切り傷と、タックルによる痛みはまだ体を苛んでいる。

 だれがどうみても満身創痍のクルークの強がりにしか見えないだろう。


「師弟そろって口が減らぬのだな」

「師があってこその弟子だからのう」


 十メートルほどの距離を開けて、二人の視線がぶつかる。

 クルークが鼻で笑い、男はそれを見て、剣先を沈める。

 一瞬で距離を詰めた男の上段からの一撃がとっさに回避したクルークの足元を抉る。

 そのまま、地面にバネでも仕込まれていたのかと疑いたくなるような速度で大剣が跳ね上がりクルークの逃げる体を追いかける。その一撃をかがむように前に出る事で回避。そのまま放った薬瓶を、男が回りこむようにしてかわす。

 それによって稼いだ時間で体勢を立て直し、再び向き合う。

 体の急激な動きにボロボロの体が悲鳴を上げる。

 対して男の鎧は白銀に輝くまま。全くの無傷。

 長引くほどに不利になるのはクルークのほうだ。

 最初のエーテルの流れを滞らせる気体の効果時間も限られている。

 ポーションの数だって、無限ではない。既に半分以上の数を消費してしまっている。

 もう一度どうにかあの足を止めて、総攻撃を仕掛けるしかない。

 この戦いの中、ついにクルークが先に打って出る。

 ポーションをもたず真っ直ぐに向かってくるその姿に、男は警戒の色を強くする。

 それも当然、鎧という防御のおかげで男は今こうして戦えているが、本来なら足を止められたあの時点で男は間違いなく死んでいただろう。

 それほどの実力を持った相手の不可思議な挙動を警戒するなというのが無理な話し。

 男からみればゆったりとした速度でクルークは男へと肉薄する。

 どうみても隙だらけにしかみえないが、男は油断せずにクルークの出方を伺う。

 剣の間合いに入ってもクルークはその歩みを止めない。男も迂闊に剣を振るうことをためらう。

 そのままクルークはその男の懐へともぐりこみ、放つのは何の変哲もない、ただの蹴り。

 奇怪な行動に男は戸惑いながらも、念には念を入れてその攻撃を回避する。が、それで何が起きるわけでもない、やはり何の変哲もないただの蹴り。

 クルークはそのまま蹴り足を引き戻さず、体を回して軸足を浮かせて体を回すようにもう一度蹴り。

 やはりこれも難なく回避され、それでもなおクルークは体術による攻撃を繰り返す。

 そんな攻防が何度か続けば、男のほうもその攻撃がブラフでしかないと、気づく。

 クルークが放つ後ろ回し蹴りをかわして大剣を握る手に力を込める。

 次の一撃に合わせて終わらせる。

 男のその考えを知ってか知らずか、クルークは男の腕を取ろうと前に踏み込む、そこで、男は前に一歩踏み出して、クルークの顔に笑みが浮かぶのをみて、飛び退ろうとするが、既に遅い。

 クルークが手を取ろうと伸ばした右腕を思い切り振り下ろすと、その袖から、薬瓶が飛び出し、男の足元に向かって飛んでいく。退くことも適わないと悟った男は退こうとした半端な体勢から腕の力で大剣を右から振りぬく。

 その軌道はクルークの頭を切り裂く軌道。盾も武器も持たないクルークにその攻撃を防ぐ手段はない。そのままでは回避はどうあっても間に合わない。

 クルークは頭を下げながらその刃の下をくぐろうとするのに対して、男は手首を捻りさらに軌道を低く下げようとして、手ごたえを感じる。まだ頭に到達するには早い。

 クルークはその大剣を掲げた生身の左腕で受けていた。

 だが当然、受けきれるわけもない。

 刃が肉に沈み込む感覚。

 重量による衝撃によって腕がひしゃげる、しかし、刻印によって研ぎ澄まされた刃によって断たれるその断面は真っ直ぐに整う。理解しがたい痛みがクルークの脳内を焼き尽くす。

 一瞬のはずの光景はしかし、受ける側にすれば、長い苦痛の時間となる。

 肉を断ち、骨へ到達した刃は減速しながらも骨すらも容易く切り砕いていく。そうして骨を抜けて、反対側の肉にまで到達すれば、あとはバターを切るより容易く、刃は腕を切り落とす。

 狂いそうな痛みの中、それでもクルークは声をあげることなく、唇の端を吊り上げる。

 腕に阻まれた大剣は幾分か速度を減じて、クルークの体勢は既にその下を掻い潜る位地。同時に、クルークの投げはなったポーションが男の足元に落ちて、その中身を撒き散らして、男の足を地に絡めとる。

 血の吹き出る左腕をかばいながら男の間合いの外に踏み出して、クルークは声を上げて狂った様に笑う。

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