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 シメーレと名乗った事からしてリューグの策略。

 最初から相手はシメーレなどではない。単純に二人の魔法使いがいたというだけの事。

 他者の身体能力を強化する魔法使いと、氷の魔法をつかう魔法使いの二人がいただけ。

 屋上を降りた先、両の拳を握り締め、こちらを見据えるリューグの顔には怒りの感情がみてとれる。


「シメーレよりモ、よっぽどな半端モノダナ」

「黙れ、シメーレ! 貴様のような雑種に何が分かる!」

「少なくトモ、私は、私ガお前ヨリ強いのヲ、知ってイル」

「吼えるな小娘! 我が同胞の仇! その身を八つ裂きにしてもまだたりぬわ!」


 叫びと共に男は氷の蛇と、槍を立て続けに放つ。

 だが、氷の蛇はフィーに絡み付いた瞬間霧散する。


「自分の身を守る力ガ消えた今、恐怖がスグ傍に在る気持ちハ、ドウダ?」


 氷の槍をいなし、フィーの体は加速する。

 見据えるのは、目の前の男だけ。

 身体能力強化を失った今、その体には、フィーの攻撃を避けきるすべは無い。

 放たれたナイフを、氷の盾で防ぎ、隙間を掻い潜るように狙いを付けた風の刃が男の腕を落とす。

 痛みにのた打ち回る男。

 その口から声が漏れるより先に、フィーがその喉に手をかけ、力を込める。


「少シ、情報ガ欲しイ。喋ル気があるなら、残った手で合図をシロ」


 その言葉を受けてもリューグは動こうとしない。


「ソノ想い、忠義ニハ、敵ナガラ、敬服スル……」


 せめて苦しまぬようにとフィーが腕に力を入れようと下、その時、


「できればその手を離して貰えると嬉しいんだけどな」


 振り返って、フィーは唇を噛んだ。

 視線の先にはフルトの腕を後ろに捻り上げる白髪の青年の姿。目の前の男と同じ白いローブに、細い目の奥の赤い輝き。

 三人目、油断していた。

 フルトを無理やり歩かせながらその青年は近づいてくる。


「フルト」

「ごめんなさい、フィーさん……」


 すまなそうに謝るフルトにフィーは首を振って、貴方は悪くないと伝える。

 警戒を怠った自分にただただ苛立ちを覚える

 だが、今悔やんでも仕方ない、今はフルトを助けることが何よりも先決だ。


「とりあえずリューグを解放してもらえるかな? 同士の命を無駄にしたくないんだ」


 青年の言葉にフィーは仕方なくその体を下ろす。無様に地面に落下した男は激しく咳き込むが、フィーの意識の中にもうその男の事は無かった、ただ静かに目の前の青年だけを見つめている。


「ありがとう。リューグ、自分の力で帰れるかい?」


 青年の言葉にリューグは頷くと、腕の止血だけを済ませてゆっくりと歩き去っていく。

 その姿がやがて見えなくなると青年はゆっくりと口を開く。


「いやぁ、強いね本当に。あの二人を退けるなんて思ってもみなかったよ。どうだい? あらためてうちの組織に入る気はないかな?」


 へらへらとしまりのない顔で青年は笑いながら、フルトの手をさらに捻り上げる。苦悶に歪むフルトの顔。それを見て、フィーは強く両の拳を握り締める。


「断っタラ?」

「そうだね、まずはこのこの腕を折って、もう一度聞いてみようかな。それでもダメならもう一本の腕、次は、右足、その次は左足かな。それでもダメだったら、仕方ないから君の事は諦めて、力ずくで君を排除させてもらうよ。本当は同士を殺したくはないんだけどさ」


 青年の腕の中でフルトが顔を青くしながら震える、それでも彼女は、気丈にフィーの顔を見つめて、大丈夫だと、涙を瞳にためながら訴えてくる。

 自分の不甲斐なさを呪いながら、フィーは青年を睨みつける。


「ゲスガ……」

「なんと呼ばれようが構わないよ。それが仲間達のためになるならね。大体君だって似たようなものだろう? 生き残るために今までに同じような事を何度もしてきたはずだ、違うかい? 魔法使いってのはそういう道を歩まざるをえない運命なのさ」


 フィーは否定できなかった。

 実際、仕事でフルトと同じ位の歳の子供や、それよりももっと幼い子供を手にかけた事だってある。


「それで、どうする? 大人しく仲間になってくれると嬉しいんだけどな」


 青年の楽しそうな声。

 苛立ちを抑えるように、深呼吸して、体の調子を確認する。

 全身大小様々な傷により出血している、内臓もやられているかもしれない。エーテルも恐らく半分以上消費している、戦い続ければすぐに底をつくだろう。装備は、ナイフが残り五本に、銃弾が六発。

 満身創痍。

 目の前の青年がどんな魔法使いであれ、まともにやりあえば勝ち目のない状況なのは明白だ。

 それでも、それでも退けない。

 退く気もない。

 フルトを守ると決めたから。迷いはない。


「フルトを傷つけルナ、直接決着をツケヨウ」

「ボクが人質を取らないとでも?」

「貴様の掲げる理想ガ、手負イのシメーレ一人に対シテ、幼子の人質を取らネバ成就できぬ陳腐なモノだというのナラ、そうスルがイイ。変わりニ貴様の脳天ヲ、綺麗に撃ち抜いてやロウ」


 フィーの言葉に青年は楽しそうに笑って、その細い目を見開いた。


「いいね、嫌いじゃないよそういう挑発。その体でどこまでできるのかな君は? 同士を手にかけるのは気が退けるけど、しかたないね」


 青年がフルトの体を離す。

 今すぐにでもフルトを助けにかけだしたい想いをフィーはぐっとこらえる。

 迂闊には動けない。こちらの手の内は全てばれているのに対して、相手の戦い方は全くの不明。

 リューグのような純粋な属性を扱う魔法使いなのか、白銀鎧のような身体能力強化なのか、はたまたそれ以外の魔法なのか。

 分からない、分からないが、全力を賭して戦うだけだ。

 空気が張り詰めていくのが分かる。

 描くのはボロボロでもなお、敵に打ち勝つ自分のイメージ。

 身体能力強化の効果か、いつもより自分の体が軽い。

 この土壇場で少し成長したのか、なんにしろ勝つ確率が少しでも上がったのなら、それは喜ばしいことだ。

 ぐっと足に力を込め、フィーは飛び出そうと体を傾けかけ、

 研ぎ澄まされた集中の元、フィーはその耳に効き覚えの在る場違いな足音を聞いた。

 最初は幻聴だと思った。

 こんなタイミングで懐かしいその足音が聞こえてくるなんて、都合がよすぎるから。

 だけれど、フィーが音を聞いて視線を向けた先、青年も同じ場所を見据えている。

 狭い路地の闇、そこから人影がゆっくりと進み出る。


「久方ぶりに街に下りてみれば弟子のピンチに出くわすとは……我ながらよく出来た師匠だとおもうのだがね?」


 細い路地から現れたその人物は、小柄な少女。フルトより背は高いが、フィーと比べると低い。

 体のサイズにあわない灰色のコートの裾をずるずると引きずりながら現れたその少女の出で立ちは、どうにもでたらめだ。ぼさぼさの赤毛、寒さを気にかけた様子もないサンダル、開いたコートから覗くのは、なぜか豪奢なワンピースドレス。そうしてその左の瞳はやはり、赤い。


「師匠……」

「感動の再開は後回しだ弟子よ。その前にこの目障りな若造を、片付けてしまってもいいのだろう?」


 軽い足取りでサンダルを鳴らしながら師匠はフィーと青年の間に立つ。


「まさか貴方の方に援軍があるとは、二対一とあっては流石に不利ですね」

「逃げるのなら別に構わんがね、その子は置いていけよ?」

「無論そのつもりですよ。流石にあなた方二人と貴族連中を相手にお荷物を抱えるのは得策ではない」


 青年の言葉に師匠は肩眉を浮かす。


「へぇ、この子そんなに貴重なのかい。フィー、後で詳しく話してくれるんだろうね?」


 師匠の言葉にフィーが素直に頷いて返す。


「というわけでこちとら師弟水入らずの大事な話があるんで、部外者は早い所すっこんでくれないかね」

「ええ、そうさせてもらいますよ。フィーさん、フルトさん、またお会いしましょう、その時には良いお返事を期待していますよ」


 青年はそう言うと、軽く手を振ってからすたすたと歩いて路地の闇へと溶けていった。

 周囲にもう敵の気配がないのをしっかりと確認するとフィーはフルトの元へと走る。一瞬でその体を抱きとめ、捕まれていた腕を優しく撫でる。


「ケガはナイか?」

「わたしは大丈夫です、それよりもフィーさんが」

「何、たいしたコトはナイ」


 そう言って笑うフィーの頭を師匠が思いっきりはたく。


「なぁにがたいしたことないだ、そんだけ出血して、エーテルだってもう限界近いだろう」

「フィーさん、そんな無理をしてたんですか?」

「マダ、余力はアル、全然――」


 大丈夫、と続ける前に、フルトにきつく抱きつかれて、全身に痛みが走る。だがそれ以上になんとかフィーを守りきれたのだという事実が嬉しくて、その頭を優しく撫でる。


「アマリ引っ付くと汚レル……」


 フィーの言葉を聞くそぶりもみせず、フルトはただその体を離すまいと、抱きついている。


「何があったかは知らないけど、懐かれてるわねぇ、あんた」


 呆れたように言う師匠にフィーは苦笑を返すことしか出来ない。


「驚いた、あんたそういう顔も出来たんだね……まぁ、積もる話はあとさ。軽く治療してやるから、終わったら早い所場所を移そう」


 師匠の言葉にフィーは頷いて、泣きそうになっているフルトを一度体から離す。


「師匠、クスリ、ありマスか?」

「治療するのになきゃどうしようもないだろう」


 そう言って師匠がコートのポケットを漁って、栓のされた小さな小瓶をとりだしてフィーに渡す。


「あんまり使いすぎるなよ、材料だってただじゃないんだ」


 言葉に頷きながらフィーは栓を外してビンを傾ける。

 中からとろりと溢れだした黄色い液体を指先に取ると傷口にそれを塗り広げていく。

 傷に薬が染みていく痛みに顔をしかめるが、その傷口は見る間に塞がっていく。

 それをみていたフルトが驚きの声を上げた。


「すごいですねこのお薬」

「我の魔法の賜物だしな、当然よ。まぁ、血は戻らんから応急処置にしかならんがな」


 自慢げに師匠が語っているうちにフィーの治療はあらかた終わる。体が軽くなったのを感じてフィーは小瓶を師匠へと返す。


「お陰デ二人トモ、抱えらレソウ」

「そうか、じゃあとりあえずJ―1に向かってくれ、道はそこからまた案内する」


 言葉を受けてフィーは頷いてフルトをいつものように抱え……少し考えてから、師匠を後ろに背負うことに決めた。


「師匠、少し重クなりましタカ?」

「余計な事は話しとらんでいいから、速くいけ弟子」


 再び頭をはたかれて、しかし、フィーの口元には昔を懐かしむ笑みが浮かんでいた。

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