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真っ直ぐに踏み込んだ先、男の式から氷の槍が放たれる。
氷の槍を打ち出すだけの単純な魔法はしかし、氷という、イメージを伴わない物体を打ち出す魔法、イメージ力による干渉に左右されないそれは、全てを避けきるか打ち落とすしか防ぐ方法が無い。
フィーはその両手の手に握るナイフと、魔法で強化された体を使い、正面の氷槍三本を砕き、空いた隙間に体をすべりこませ距離を詰める。
男はそれをみて立て続けに氷の槍を放つ。その数はざっと三十本を超える。どれもがフィーの頭ほどの長さのある鋭い円錐状であり、どこかに命中すればただではすまないだろう。
シメーレと名乗るわりに、その式の精度と錬度は非常に高い。フィーが魔法使いになってから今までの時間を全て氷属性の魔法だけにつぎ込んだとしても、ここまでの事はできないはずだ。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
襲い来る氷槍を再び、両手のナイフで打ち落としながら前進。
槍の軌道から体を逸らし、避け切れない数本をこちらも風の槍を展開して砕く。風量調整によって道を広げ、その開いた道を全速で駆け抜ける、その先は男の背後。
走ってきた勢いのまま地を蹴り、体を縦に回す。
ブーツの鉄板にエーテルを流し、重量を増したそれた男の脳天に叩きつける、豪快な踵落とし。
――勝っタ。
白銀鎧の男には遅れを取ったがフィーのシメーレとしての戦い方はこういった純粋な魔法使いに対してはめっぽう強い。
そのはずだった。
勝利を確信したフィーのその足に、しかし、男の頭を潰す感触は訪れない。
リューグの体がそれまでの動きとは全く別物のように速くなる。
その加速率はざっとフィーの二倍ほど。
男は一歩右に体を避けて、振り返る勢いのままフィーの鳩尾に重い蹴りを放つ。
フィーの驚愕に見開かれた顔が、一瞬で苦悶の顔に変わる。
その蹴りはフィーの華奢な体に深々と突き刺さり、軽いその体を吹き飛ばす。
フィーの口内に広がる、血と、酸っぱい胃酸の味。だがそれを気にしている余裕も無い程の痛み。
魔法の力を使えた所で魔法使いたちの体は結局人間のそれでしかない。
悲鳴を上げるのだけは何とかこらえ、吹き飛ばされた体をなんとか風の力で建て直し、体に響くのを承知でフィーは一歩飛ぶ。追撃を警戒したその冷静な行動。しかし、フィーの予測した氷槍による追撃はない。
理由はわからないが、助かった事は間違いない。
骨が何本かもっていかれたのか、鈍痛が体を支配している。荒い息を繰り返しながらリューグを睨みつける。
先ほどのあの動きは完全に人の動きではなかった、身体能力強化による補助を受けているのは間違いない、だがその錬度はフィーのそれよりも圧倒的に高かった。
白銀鎧の男、クロイスのものほどではないにしろ、十倍近い加速。
本当にシメーレなのかと疑いたくなる両魔法の錬度。
どちらも十年、二十年で到達できる域ではない。特に氷魔法。
男の年齢は四十ほどに見えるが、あの男の氷魔法の錬度は少なく見積もっても三十年はないとたどり着けそうにない。男が魔法使いになったのが十代になる前だったとしても、あの身体能力強化の錬度には説明が付かない。
フルトのようにそれこそ生まれついての魔法使いであればわからないでもないが、リューグのモノクルの下の瞳は赤い。
あるいは、あの男が類稀なる魔法の才を授かって生まれてきた男なのか。
たしかに、強い、強いが、勝てない相手ではない。
白銀鎧の男のようにこいつは鉄壁ではない。
エーテルの消費も恐らくそれほど差がないはずだ。
ならば勝ち筋はいかようにでもある。
両手からナイフを放ちながら一歩後ずさる。
リューグは易々とナイフをかわすと、フィーへとめがけて走りこんでくる。だが、距離はまだ開いたまま。
けん制するように放った風の槍に、男は怯む。
だが魔法事態は霧散しダメージを与えるには至らない。やはりシメーレであるフィーの魔法は魔法使いに対しての直接攻撃としては使えない。
舌打ちをするまもなく、リューグが式を展開する。
再び氷槍を警戒しフィーは飛びすすさるが、槍は飛んでこない。変わりに着地したその足元に絡み付くように、氷の蛇が足を這い上がる、そうして蛇が触れた部分から徐々に凍りつき、地面に足を縫い止められる。
――バカナ。
物理的な魔法ではない。
リューグのイメージ力がフィーのイメージ力を超えて、その足を凍りつかせた。
体の末端、微々たる干渉ではあるが、魔法を通されるということ事態が、驚きに値する。
シメーレでそのようなイメージ力を持つものなど、聞いた事も無い。
今このタイミングで再び槍を放たれれば、避ける手段はない。
どこまで、被害をへらせるか。
考えながらフィーは両手に再びナイフを握り、迎撃の体勢をとるが、飛んできたのは槍ではなく、男の体。
予想外の行動ではあるが、氷槍より遅いそれであれば、時間はある。
足元の氷を風の刃で砕き、男の真っ直ぐに繰り出された腕を、ナイフで受ける。
しかし、リューグはその拳が傷つくのも構わず、フィーのガードを無理やりこじ開け、真っ直ぐに拳を放った勢いのまま、フィーの頬を殴り飛ばす。
頭が揺れる。
再び衝撃に体が飛ぶ、意識が飛びそうになるのを懸命に繋ぎとめ、右に飛んで位置をかえる。
追撃に迫り来る男にナイフを投げるか、やはりこれも回避。
リューグの突き出した拳を左に避け、そのまま回り込みながら、体を沈ませて、足払い。
それを飛んで避けられるのは、フィーの計算の内。
以下に巨体であろうと、地の付かない足ではその体勢を支えられない。
突風によって体を軽く押してやるだけで、そのバランスはあっさりと崩れる。
そのまま倒れこみそうになる男の首元に手を突きいれようとして、すぐさまバックステップ。
氷槍の群れが再び地面に穴を穿つ。
そうして、二人は、再び最初の位置に戻って向きあう。
「流石ですフィー様、しかし、もう実力差ははっきりとわかってたいただけたのではないでしょうか?」
「チェックまデ詰めれテおいてよく言ウ」
だが、リューグの言葉どおり、実力でいえばフィーの方が劣っているのは間違いなかった。
フィーの魔法はリューグに通らないのに対して、リューグの魔法はフィーに通る。
身体能力強化の錬度についても、男のほうが圧倒的に上。
普通に考えれば勝てる目はないはずだが、フィーはリューグの動きになにか、妙な引っ掛かりを感じていた。
そこにつけいる隙があるかもしれない。
試して、見ルカ?
再び、フィーはけん制にナイフを放ち、さらに回避先を塞ぐように風の刃を四枚、敵に向けて放つ。
放ったナイフはリューグの展開した式から現れた氷の盾に防がれ、風の刃も同じように盾に弾かれて、消えた。
やはり、妙な違和感。
なぜ、避け、無効化できる攻撃をエーテルを消費して受けた?
そもそも風の刃にいたっては当たる軌道でも無かったはずだ。
考えながらフィーは左手に銃を抜いて、リューグの頭に狙いを付けて立て続けにトリガーを四度引く。
男はそれをやはり、盾で受ける。
それ自体は別にいい、白銀鎧の男も、銃弾に関しては避ける事をしなかった。
思考に意識を傾けすぎたか、再びフィーの足を氷の蛇が捕らえる。
すぐさま銃からナイフに持ち替えようとして、目の前に現れた氷槍の群れにそれを諦める。
右手に抜きなおしていたナイフで襲い来る槍の内の二本を砕く。
銃によって遠くの致命傷になりそうな槍を打ちぬき、風の槍と刃に、風量操作、全てを駆使して雪崩のように襲い来るそれらを迎撃する。足元の氷を砕き何とか斜線上から動く余裕ができた頃には、防ぎきれなかった槍が腕を、足を、体をかすめ、切り傷をいくつも作っていた。
なんとか致命傷は避けたが、エーテルの消費が激しい。血液の流出で体力ももっていかれている。
なぜこの攻撃を先ほど躊躇したのか。
そしてなぜ、今回は攻撃してきたのか。
不可解な攻撃、純粋な魔法使いと同等の魔法を使うシメーレ。
先ほどと、今の違い。
避けた場面、受けた場面。
フィーの中で一つの可能性が、組みあがる。
試す価値はある。
フィーが銃をしまい取り出したのは小さな銀板。
それをリューグに見せ付けるようにフィーは掲げる。
「コレが何カ分かるか……?」
「ただの、銀板でしょう。苦し紛れのブラフですか?」
「アァ、ソウだ、ただの銀板だが……この刻印が読み取れルカ?」
フィーが裏に返したその銀板の裏にはびっしりと走る複雑な線。それはあの白銀鎧のそれを思い起こさせる。
「でたらめな線にしかみえませんが」
「コレは、爆発のルーンを幾重にも刻んダ銀板ダ。範囲はソレ程広くナイが、至近で受けれバ、骨も残らナイ」
「ハッタリですな」
「試して見レバイイ」
フィーはその銀板を真っ直ぐに放る。
だが加速の刻印の刻まれていないそれは易々と避けられる速度。
だが、リューグはその銀板に向かって盾を張ったかと思うと、その周囲を囲むように盾を展開し、箱のような分厚い氷で銀板を覆ってしまう。
だがそれ以上何も起きることは無い。
「やはりハッタリ! 貴方にはもう手は残されていないようですね、これで終わらせて差し上げましょう!」
高笑いの後、リューグは周囲に氷槍を大量に展開する。その穂先は全て、フィーの方を向いている。
だが、フィーはニヤリと笑いを見せ、
「ソウだな、ハッタリだ。だが、ナラバなぜリスクを犯して、そんな受け方を、シタ?」
リューグが息を呑む。
「貴様の仕掛け、見破ったゾ」
言葉と共にフィーは地を蹴る。放たれた氷の槍が自分の体を傷つけるのも構わず、前へ。
致命傷になりえる槍だけを落とし、砕き、逸らし、リューグの前で、風の槍を、刃を、そしてナイフを放つ。
瞬間、リューグはそれら全てを防ぐ軌道に、氷の盾を張る。
「ヤハリ、ソコだナ?」
フィーは自らの放った弾幕のあとを追いかけるように地を蹴り、風の力を受けて、跳躍する。
一時的に加速されたその体は、宙へと浮き、男の張った氷の盾を足場に、さらに真っ直ぐに飛ぶ。
リューグの頭上を超え、向かうのは、最初にリューグが氷の槍を放ってきた建物。
後ろから、二倍近い速度で追いかけてくる男。
真っ直ぐに向かってくる的に、攻撃を当てるのは容易い。
宙で身を捻りながら、風でその体を加速。
前方に進みながら、後方を向き、銃に残っている弾丸を全て吐き出す。
たまらずリューグは足を止めて氷の盾を展開。足を止めたそこに、たたみかけるように突風を起こす。
その間に既に自分の体は建物の屋上。
「逃げろ、ファイク!」
リューグの叫び声、だが、遅い。
降りたった屋上の上、その端には真っ白なローブに身を包んだ、若い、女。
歳は恐らく、フィーと同じ程。
だが、そんなことはフィーにはどうでもよかった。
「さようナラ、臆病者」
無様に顔を恐怖に歪めて逃げ出そうとするその女に、フィーは容赦なく、ナイフを投げ放つ。
放たれたナイフは青色の燐光を放ち加速すると、女の首筋に突き立ちその命をあっさりと奪った。




