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 買い物を済ませた二人は荷物を置きに部屋に一度戻り、荷物の整理を済ませると再び街の雑踏へと紛れ込み、ぶらぶらと歩き始める。

 傍目には当てもなく、暇をもてあまして散歩をしているような足取りで、二人は人通りの少ない道を歩き、ある程度部屋から離れると裏路地へと入る。

 そこでフィーはフルトを抱きかかえると、身体能力強化を起動し、人気の無い路地裏を駆けていく。

 路地が途切れ通りへとぶつかるとフルトを下ろし再び路地にぶつかるまで歩いて移動。路地に入ると再び式を起動し、二人は街を駆けていく。

 目的地はフィーが依然利用していた仕事用の家屋だ。

 普通に歩けば徒歩なら七時間はかかる距離だが、魔法使いの力をもってすれば一時間かからない程度には短縮できる。

 フィーはできれば一人で出かけたい所であったが、その間、フルトを一人にして浚われては目も当てられない。

 このような無茶な移動フルトの体には相当な負担をかけているだろうが、それでも離れるわけにはいかない。

 四六時中一緒に居ることが互いの安全を確かなものにするのだから。

 路地から路地へ、建物から建物へ、身を隠し、時にショートカットを繰り返し、目的地が見えてくる。

 体はしんどいはずなのにフルトはこの日課の往復を散歩のように楽しんでいるようで、それだけが幸いであった。

 フィーはフルトの手を引きながらいつものように鍵を開けて中に入る。

 真っ直ぐな廊下の先と、右手に木製のドア、迷いなく右手のドアを開けて内部を確認するが奥の棚の上においてある時計の指す時刻に変化はない。

 ほこりの積もり方や入り口の様子をみても誰か他の人間が最近ここを訪れた様子はみられない、師匠にあえるのはいったいいつになるのか。


「どうですか……?」

「すまなイ……他の手段ヲ考えナけれバならないカモしれナイ」


 既に四日空振りして、無駄にしてしまっている。サバト、とやらがいつまで上で騒いでいてくれるかはわからない。もしかしたら今すぐにでも撤退を開始する可能性も否定できない。

 そうして騒ぎが収まればすぐにでも下層に騎士団の手配がしかれ、下手をすればあの機密魔法隊とやらも出てくる可能性も否定はできない。

 速めに手を打たねばならない。

 いつもの癖で噛んでいた親指の爪が割れる。


「そんなに深刻にならないでください。もう四日も見つかってないわけですし、もしかしたらもう諦めちゃったのかもしれませんし、今みたいに生活してれば大丈夫かもです」

「アァ、ソウだな今のまま生活デキタラ……」


 フルトに励まされるほど酷い顔をしていたのかと、フィーは肩の力を抜いてフルトの頭を撫でる。

 たしかに今の生活が続いたらそれはどれだけ幸せなことだろう、だがそんなことはありえない、明日、明後日、下手したら今すぐにでもこの生活が終わりを告げてもおかしくは無いのだ。

 明日、もう一度だけ確認をとったら諦めよう。それでだめなようなら、他の手をうつしかない。

 フィーはそう決めるとフルトの手をとってその建物を出る。

 時刻は十二時前、下層がもっとも明るくなる時間帯。それでも辺りは薄暗く、人影は見えない。

 この辺りは二人が現在拠点としている場所と比べると治安が悪く、あまり人がよりつかない。そういう場所でなければフィーは仕事をできなかったのだから、しかたのないことだが、あまりフルトをつれて歩きたい場所ではなかった。

 フィーはその手をぎゅっと握りなおして、少し開けた建物の間の道を通り抜けようとして、その輝きに気づく。

 正面、視界の端、他より少し背の高い住居を縦に三つ積み上げたような建物の上、そこで見間違うはずも無い青い光が煌いた。

 その色合い、どんなに遠くとも間違えることは無い。式の起動時にエーテルが放つ青い光。

 フィーはとっさに三つの式を起動する。風読みの魔法が青い光の見えた方向から何らかの物体が飛来してくるのを教えてくれる。それを受けて身体能力強化で加速された体が動く、フルトの体を抱きかかえ、後ろに向かって跳躍、中にういた体を風で押してさらに距離を稼ぐ。

 フィーの先ほどまでいた場所に激しい音と共に突き立つのは氷の槍。

 数多のそれは地を砕き深々と露出した地面に突き立っていた。

 魔法使いの、襲撃。

 恐れていた事態の到来。

 冷静に、息を吐いてフィーは視線を巡らせる。周囲に他に人影は無い。騎士団に通報される恐れはないと考えていい。

 相手が魔法を行使してきた以上、その所属は限られる、機密魔法隊か、別勢力か。

 どちらにしろ、今大きな力をここに裂く余裕は無いはずだ、増援はないと見ていい、ならば逃げるよりも襲撃者を発見し、殲滅するのが得策。

 視線を攻撃の飛んできた方向へ向ける。


「フルト、戦闘にナルかもしれナイ、イツでも逃げれるヨう、私の位置だけハ把握しておいテ」

「はい……」


 腕の中で震えるその体を一度ぎゅっと抱き閉めると、フィーは体を離し、周囲の空気を読み始める。が、その必要もなく、すぐに目の前に一人の男がゆっくりと歩いて現れた。

 真っ白なローブに身を包むその男はガッチリとした体躯をしており、その屈強な体の上にのっかった頭は反対に半端な長さの髪に、モノクルと学者のような風情である。

 だがその男の容姿の中、フィーが気にしたのはたった一点、モノクルの下の赤い瞳だけだ。魔法使いの外見など何の意味も持たない。


「魔法使い……」

「えぇ、貴方と同じ魔法使いでありますよ、フィー様」


 ゆったりとした優しい声で男はフィーの名前を呼んだ。

 名前を知られているということは男は多少なりともフィーの情報を握っているという事だ、いったいどこまでの情報をもっているのかはわからないが、目的はフィーではなくフルトであろうことは間違いない。

 フィーは左目の包帯を手早く外すと、左右の手にナイフを取り、戦闘態勢をとる。

 すると、男は慌てて左右に首を振りながら両手を頭の高さにあげた。


「すみません、先ほどの無礼な態度をとってしまった事をお許しください。ちょっとしたテストのようなものだったのです」

「テスと……?」

「左様です、本日はフィー様、フルト様、お二方にお話があって訪れたのです」


 男の言葉にフィーはナイフを収め、一応話を聞く体勢を取る。


「ご理解いただけたようで何よりです。ワタシは魔法使いの地位向上に努める組織、サバトに所属するリューグと申します」


 リューグは名乗ると握手を求めるように手を出しだすが、フィーは胡乱な瞳でそれを見つめているだけだ。男は気まずそうに手を引っ込める。

 警戒していた第三勢力からの接触ということでフィーの体には自然と力が篭っている。はっきりとした組織としての目的は見えないが、こうしてフィーの前に現れたということは、恐らくどこかからフルトの情報を得てきたのだろう。あるとすれば、君主の邸宅か。そう考えればここ数日の奴らの奇怪な行動の説明も付く。


「先ほども名乗ったとおり、我々は魔法使いの地位向上を願う組織です。フィーさんも感じたことがあるでしょう、我々魔法使いの扱いがあまりにも不等であると。普通の人間達よりすぐれ、このエリアに貢献しているというのに、過去のいわれの無い罪を理由に差別され、迫害され、時には石を投げられ、暴力を振るわれ、中にはそれで死んでいった仲間達も数多くいます。我々はそんな仲間達を救うべく、日夜騎士団と戦いを繰り広げているのです」

「アマリ成果は出て居ないようダガ?」

「手厳しいお言葉です。確かに未だはっきりとした成果は出せていませんが、少しずつ同士は増えております。そうして更なる躍進のため、お二方の力を貸していただきたいのです」


 綺麗に言葉を飾ってはいるが、結局の所、魔法の力を使って、貴族連中を押さえ込みたいと、このリューグの言葉は語っている。そうしてその道具にフルトの力が欲しいのだと。


「私達二人に一体何ガ出キル? シメーレとこの年端もイカナイ子に何ヲさせるツモリだ?」

 フィーは語気を荒げ男に言葉をぶつける。だが、リューグは静かな顔で淡々と返してくる。

「フィー様はシメーレですがお強い。何せ我々が手を焼くあの白銀鎧を退けたのですからね。お陰で上層でのかく乱もこうして上手くいっておりますし、何よりシメーレであろうと我々の同士であることにかわりはありません。何を隠そう、ワタシもシメーレなのですから」

「フルトは?」

「フルト様に関しては我々は既に情報を得ております。その歳にして、召喚魔法を扱う逸材だとね。

 少々訓練をして鍛えれば、組織一の魔法使いとしてご活躍いただけるのは間違いないと」

「ソウカ…」

「乗り気になっていただけましたか?」

「私一人に戦わせてフルトの力を利用しないというのなら乗ってもいい」


 リューグの顔から笑みが消え、その目つきが鋭くなる。

 結局のところ、貴族達も、サバトの魔法使いも、フルトを兵器として運用することしか考えていない。それはいったい奴隷と何が違うのか。


「それは、いただけませんね。フルト様の力は同士のために必要なものです。その力があれば騎士団など相手にもならない力。このエリアだけでなく各地に散らばる我々の仲間を数多く救うことができるでしょう。いわばフルト様は我々にとって勇者のようなもの。フルト様はわかっていただけますね?」


 男は喋りながら視線をフルトに向ける。その視線をうけた彼女はフィーの後ろに隠れるようにしながら応える。


「わ、わたしが、勇者……?」

「えぇ、そうです。貴方の力で憎き騎士団を叩き潰し、魔法使い達に自由を与えるのです」


 フルトはリューグのその熱に押されるように一歩下がりながらも、しっかりと視線をあげて、口を開く。


「えっと、難しいことはよくわかりませんけど……わたしにはそんなことはできませんし……たとえできたとしてもそんな力でねじ伏せるような事をしてしまったら、今よりもっと魔法使いは恐れられて、魔法使いは悪者だって言われちゃうんじゃないでしょうか……? だからちゃんと、話し合いで解決しないといけないとおもうんです」


 少女のその純粋な言葉に、男は天を仰ぎ、そうして長いため息を吐いた。


「生温い、生温いのですよそれでは! 話し合いでどうにかなるのであれば、我々は今このような迫害を受けていないはずです。奴らにも同じ苦痛を、同じ扱いを受けさせて、ようやく対等の立場となり話し合うことができるのです!」


 怒鳴り散らす男にフルトは一歩下がり、かわりにフィーが前に出た。


「ソノたメにフルトを利用するのカ? それデ、何が変わル? 貴様らガしようトしている事ハ貴族連中と一緒ダ。フルトを、魔法使いを戦いの道具としテ、奴隷トしテ使っテ……やりたいナラ、私達に関係のナイところデ、やってクレ」


 フィーの言葉に、男は拳を強く握り締め、その顔を睨みつける。フィーはその視線を真正面から受け止めて、睨み返す。


「どうやら交渉決裂のようですね」

「そのようダ」


 二人は互いに一歩間合いを取り、


「では力ずくで」


 男の式が輝く。


「できルものナラ」


 言葉と共にフィーの周りにも式が三つ、同時に展開され、輝きを放つ。


「フルト、下がっテ。教えたとおリ、身ヲ守っテ」

「はい」


 フィーの言葉にフルトは手の中の銀色の板を強く握ってエーテルを流し込む。

 するとその体の周りを淡い光が包んだかと思うとその姿が虚空へと掻き消える。

 マナかエーテルが供給されている間、一時的に空間を断絶させる隔離の刻印。

 本人はその場から動けるわけではないので一時しのぎでしかないし、強力なイメージ力の干渉を受ければくずれてしまうが、時間を稼ぐ分には十分。

 フィーはフルトの安全を確保できた事を確認すると、長く、細く息を吐いて、地を蹴った。

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