第一話 終幕
地方の弾く三味線の低音が、座敷の畳を微かに震わせた。
雪乃が最初の一歩を踏み出した瞬間、お茶屋の空気の密度が、ふっと変わった。
白粉を施し、髪を先笄に結い上げ、重厚な黒紋付きの引き摺りをまとった姿は乱れ一つなかった。
襟替えを明日に控えた雪乃の襟元は、すでに深く裏返り、眩いほどの白さが覗いている。
その縁に、ほんの申し訳程度に残された細い赤色が、何かに対する名残のように、どこか切なくきらめいていた。
しなやかに伸びる白い腕、滑らかに開かれる扇、ため息のように落とされる肩。
ふと流された涼やかな視線ひとつに、見守る者たちの胸は、言いようのない熱い塊で満たされていった。
紅を差した唇が、かすかに開き、結ばれ、また静かに閉じた。
ただそれだけの所作から、満開の桜が零れ落ちるような、圧倒的な華やぎが放たれていた。
地唄の余韻が消え去ると同時に、雪乃は美しく裾を捌き、畳の上に三つ指をついた。
その丁寧な一礼の終わりを惜しむように、座敷を埋めた旦那衆から、割れんばかりの拍手と深い嘆息が湧き起こった。
深く頭を下げた雪乃の背中からは、少女のあどけなさが、夜の闇に溶けるように消え去ろうとしていた。
羽根駒の視線は、吸い寄せられるように、雪乃の綺麗に揃えられた指先へと落ちた。
その指先はもう震えていなかった。
その晩、羽根駒は松一のお母さんの部屋を訪ねた。
「旦那様に伝えておくれやす。
『うちにおふくを結わせてくれはれ』と。」
そう言った羽根駒に、お母さんは眼鏡を取って、
「へぇ。」
とだけ返した。
舞妓探偵一話 終




