第一話 一節
羽根駒と華宮耶は*舞妓達の列の端で、声を落として囁きあう。
「羽根駒さん*姉さん。またどす。」
そう囁く華宮耶。
上半身ごと身を乗り出して、目は好奇心で輝いている。
対して羽根駒は背筋をピンと伸ばしたまま、視線だけを列に空いた一人分の隙間に投げる。
「しっ。お稽古に集中せなあかんえ。」
「まだ始まっておへんがな。」
「あきまへん。こうしてお師匠はんをお待ちする時間もお稽古どす。」
きょろきょろとあたりを見渡す華宮耶を、羽根駒が嗜める。
時刻は稽古開始直前。
座布団は埃一つなく、お茶はまだ湯気を立てている。
水屋のそばに控えていた年長の舞妓が、列を見渡しつつ、「もう始めてよろしおすか?」と問う。
その瞬間、音を抑えきれずに障子が開いた。
最後の一人が身を滑らすように入ってくる。
雪乃である。
必死に整えようとしてはいるが、急いで来た気配は拭えない。
*おふくに結われた髷から、後れ毛が一筋、うなじに張り付いていた。
「揃いました。」
雪乃と同じ*置屋の舞妓が、ほっと胸を撫で下ろすように言った。
先ほどの年長の舞妓が、一つ頷いて水屋に声をかける。
「お師匠はん。揃いおした。」
雪乃もいつもであれば、誰よりも早く来て稽古場の準備を率先して行う側である。
しかし、時々こうしてギリギリになることがあった。
「ほら、やっぱり決まって水曜日どす。
寝坊やおへん。
屋形はいつも通りの時間に出てるいう話やさかい。
どこで何をしてはるんやろ。」
華宮耶が唇だけを動かして言う。
「しっ。」
そう言った羽根駒の視線もまた、雪乃に注がれていた。
舞妓/芸妓=舞妓は芸妓になる前の修業段階。芸妓は舞・唄・三味線などの芸で客をもてなす。
姉さん/妹筋=花街における先輩・後輩関係を表す呼称。血縁とは限らない。
おふく=舞妓が経験を積んでから結う、落ち着いた形の髪型。
屋形(置屋)=芸舞妓が所属し、舞妓たちが共同生活を送る家。衣装や仕事の管理も担う。




