【01】おもんない男
【内容とか読まなくてもいいんで、ブクマとポイントだけお願いします!】
つい、タップの指先が止まってしまった。
スマホの画面に流れてきた、大手SNSアプリ『イックス』の投稿には、現在進行形でいくつもの反応がついていく。
「……」
廊下で立ち止まり、スマホを見つめる。
高校二年生にして身長180センチ近い少年……イゼルは、思わず苦笑を浮かべた。
(メルルさん、また荒れそうなポストばら撒いてる)
元々のポストは、界隈でよく見かける『小説の読み合い企画』のものだった。
自分の作品を読んでもらいたい作者が、作品のウェブURLを貼り付けて、ちょっとした宣伝を添えている。
しかしあそこまで露骨に『ポイントください』と書き込む作者はまずいない。
大抵の場合、投稿しているサイトの利用規約に引っかかるからだ。
ランキングに浮上しても、不正に獲得したポイントだと発覚した場合、作品だけでなく作者のアカウントまで削除されかねない危険を孕んでいる。
だから普通はそんなことを、やらない。
でも、だからこそ……後先を考えない。
刹那的なこの投稿は。
一瞬で散って消える花火のように、数多のポストの中でも鮮烈に輝いていた。
(これもまた、ひとつの『面白い』かたちなのかなぁ……)
少なくとも数字は嘘をつかない。
実際、このポストを投稿した〈メルル〉というユーザーの返信には——
【ポイント乞食消えろ】
【作者の面汚し】
【品性を疑う】
【作品が可哀想ですよ?】
——などなど。
批判的な意見が、次々と寄せられていた。
だがフォロワー数は、日を追うごとに伸びている。
良くも悪くも、界隈で注目されているのだ。
一年以上もポストを繰り返しているのに、一向に数字が伸びないイゼルとは大違いである。
「はぁ……」
放課後。
当番だった教室の掃除を終えて下駄箱へと向かう少年の嘆息が、日差しが翳り始めた学校の廊下に転がっていく。
そのときだった。
「……イゼルってさぁ、ぶっちゃけおもんないよな」
たまたま通りがかった教室から、自分の名前が聴こえてきた。
(……なんだよ、またか)
最初にその言葉を聞いたのはいつだったのか。
もう、覚えてすらいない。
足を止めたイゼルは、声が漏れている教室を覗き込んだ。
さわさわと、カーテンが揺れている。
顔だけは知っている同級生たちが、机を囲んで談笑していた。
「わかるー」
「反論できない正論を叩きつけられる側の気持ちが、わっかんねぇーんだろうなぁ」
「頭がいい奴と、話がおもろい奴は違うっていう典型だよ」
「あー、なんであんなクソおもんない奴が、ピアちゃんの幼馴染なんだよ! 納得いかねー!」
散々な言われようだった。
しかしイゼルは、その場から動かない。
問い詰めようとしても、こういう人間たちに限って、面と向かって話をしようとすればすぐに逃げることを知っているからだ。
それでまた後で、陰口を叩かれる。
キリがない。
いい加減に学んだ。
(……ふん、いいさ。別にキミたちに『面白い』なんて、思われなくても)
そもそも彼らの言う『面白い』には、色んな要素が混じっている。
見た目。
普段の交友関係。
クラスでの立ち位置。
酷いときなど、相手が男か女か。
周りに知っている人がいるか、いないかなど。
極論、全く同じ人間が同じ言葉を発しても。
彼らにとっての『面白い』は変化する。
流動的で、刹那的な評価だった。
(そんなものに、価値はない)
安定しない。
正解がない。
気持ちが……悪い。
様々な『不純物』で揺れる解答に、イゼルは価値を見出していなかった。
だけどそうやって『面白くない』と貼り付けられた一方的な評価にも、納得がいっていない。
だから……もしも。
そういった『不純物の影響が少ない場所』でなら、自分という『面白さ』が、正確に評価されるのではないかと考えた。
「……」
静かにその場を離れて、下駄箱を目指す。
途中でスマホを取り出し、ウェブ小説投稿サイトを確認。
マイページのPV数や通知を眺めて、小さく肩を落とした。
(また……伸びてない。通知もない)
すでに、一年以上も前から。
イゼルは数字がすぐに反映されるウェブサイトで、自分の面白さを証明しようと、小説の投稿を続けていた。
いくつかの作品を投稿して、その全てを完結させた。
試せることは手当たり次第に試してみた。
長期休暇を利用した毎日投稿は勿論のこと。
PVの伸びを狙った、一日に複数回の投稿。
投稿サイトごとの傾向分析。
流行っているジャンルの統計調査。
人気が出るタグを選んで、内容にも反映させた。
それでもPVは……伸びなかった。
感想はおろか。
読者が面白いと思った作品に投じる星評価や。
気になった作品につけるブックマークなど。
各作品につき、二桁の前半にも届かない。
たまに応援スタンプが、ポチリとつけられる程度である。
それでも弱小作者からすれば飛び上がるほどに嬉しいのだが、これでは自分が『面白い』人間だという証明には、遠く及ばなかった。
いや、むしろ……
(……い、いやいや! まだ途中だから! 結果は出てないから!)
試行錯誤。
実践結果の蓄積と、工夫改善。
そういった努力を地道に積み重ねていけば、いつか成果が出るはず。
出るはず……なのだ。
「……」
それなのに。
イゼルの足は、下駄箱で止まっていた。
校庭からは青春を謳歌する生徒たちの声が聴こえてくる。
創作活動に専念するため、高校は部活に所属していない帰宅部のイゼルには、縁のない世界だった。
「……ゼルくん、何してるの?」
そこに凛とした、爽やかな風が通り抜ける。
耳に馴染む声音に顔を上げれば、涼しげな美貌の少女……ピアが、感情味の薄い表情でイゼルを見つめていた。
「いや? 別に何も?」
咄嗟に嘘を吐いた。
まさか『今日も感想ゼロだったんで凹んでました』などと、迂闊に漏らす訳にいかない。
それは『面白い人』ではなく『痛い人』だ。
「……ふーん。そっ」
「ピアは部活中?」
「……うん。ランニング中」
「じゃあなんでここにいるの?」
「……ゼルくんの匂いがしたから」
「マジか……」
イゼルは自分の襟元を嗅いでみた。
季節は六月の下旬。
夏の暑さが滲み始めた季節である。
こうして幼馴染から指摘を受けるレベルの体臭を撒き散らしているとなると、早急に対策を講じなければならないだろう。
地味に焦るイゼルに、淡々とピアが語りかけた。
「……いや、半分嘘なんだけど?」
「半分は本当なんだ……」
「……ゼルくんの匂いなら、校内にいれば大体わかるから」
「ピアの前世は警察犬だったの?」
「……わんわん」
「……」
「……くぅ〜ん?」
相変わらず。
不思議な感性の少女である。
デフォルトが無表情で、声のトーンが変わらないので、本気なのか冗談なのか幼馴染でもわかりづらい。
これで学校では『クール系女子』などと評価されているのだから、やはり容姿を交えた人物評価は当てにならないと、持論の正しさを再確認してしまう。
「……ゼルくんは、もう帰るの?」
先程のやりとりなど、何もなかったかのように。
無表情のピアが、帰宅しようとするイゼルを……じーっ。
不満そうに見つめてきた。
「うん、そのつもりだけど」
「……待ってくれてても、いいんだよ?」
「なんで?」
「……」
イゼルはさっさと帰宅して、本日の筋トレと学校の課題を消化してから、創作時間に浸りたいのだ。
部活にまだ時間がかかる幼馴染を待つ理由が見当たらない。
彼女には昔から、こういうところがあった。
意味もなく他人……特にイゼルを、束縛したがる悪癖だ。
これで男女の恋愛感情があれば話は別なのだろうが、以前それを確認したら「……うるさい、馬鹿」と罵られて数日ほど避けられてしまったので、同じ愚を犯すことは二度としない。
「じゃあ部活、頑張ってね」
「……うん」
そっけないイゼルの反応が面白くなかったのか。
つん、と。
口先を尖らせた幼馴染の隣を通り過ぎ……
「……あ」
ふと、思い出した。
「そういえば来週末、試合でしょ? 応援行くけど、弁当の中身はいつものでいいの?」
「……うん、唐揚げとサラダはマスト。あとはゼルくんのオススメで」
「了解」
「……ありがと」
抑揚の乏しい、淡々とした声音。
形の良い目尻が、僅かに緩んでいた。
感情が読みにくいと評判な幼馴染であるが、イゼルが彼女と良好な関係を築けているのは、間違いない。
週末など、互いに時間が空いていれば、特に用事がなくても一緒に外出する。
予め知っていれば、試合の応援にだって行く。
頑張るピアのために弁当を用意することなど、息をするように当たり前の習慣だった。
少なくとも自分が『正しい』と思うことは、徹底的に貫き通す。
イゼルとはそういう少年だ。
「じゃあ部活、頑張ってね」
「……ん、がんばる」
やはり『食』は偉大である。
弁当で機嫌を回復させたらしいピアに見送られて、イゼルは学校を後にした。
ちなみにピアが『クール系美少女』とされている一方で……
イゼルが『天然ラブコメ野郎』と呼ばれていることを。
本人だけが、知らない。
⚫︎
そして、これより数十分後。
イゼルは自分の創作人生を大きく変える少女と、図らずも『遭遇』することとなる。
〈作者の呟き〉
というわけで、またクセの強そうな新作です。
そして本作は、実在の人物とは一切関係のないフィクションなので、予めご了承をば!




