序章 虹霓国
龍に見守られし国、虹霓国。
葦が茂り、稲穂が瑞々しく育った、小国ながら平穏で豊かな国である。
建国の王の宝玉は翡翠。今も神器として大切に祀られている。
王の下、諸侯は忠誠を誓い粛々と頭を垂れる。
長閑な国であった。
その長閑さは主に、虹霓国建国以来の名家——通称「六家」によって支えられていた。
菖蒲、縹、蘇芳、藤黄、月白、黒鳶。
それぞれの当主は王に次ぐ力を持ち、虹霓国のため、日々尽くしていた。
その平穏を、ある報せが揺るがした。
「まさか菖蒲の中将が身罷られるとは」
菖蒲家当主である菖蒲楝が急死したのだ。
「御子も五つになられたばかりというのに」
「跡目を継ぐには聊か幼過ぎますな」
壮年の王は目元を抑える。
「菖蒲の中将は我が腹心の友であった。惜しい男を亡くしてしまった」
三十を幾許か過ぎたばかりの、まさに男盛りであったというのに。
流行り病に罹り呆気なく、あまりに呆気なく菖蒲楝は此の世を去った。
「残された二人が哀れでならないよ」
後に残されたのは奥方と幼子。菖蒲中将の奥方は王の従姉妹にあたる。
「これからの我が国を支えてくれる、柱の一つだったというのに」
「——然して主上、新菖蒲家当主は藤波君でありましょうか。それとも?」
王は頭を振った。
「藤波は如何にも幼すぎる。それ故に、弟の瓊花が継ぐのが相応しいと思っている。初霜を娶り新菖蒲家当主として務めて貰いたかったのだが……」
夫を亡くした妻が夫の兄弟に嫁ぐのはよくある話だ。
「——だが、と仰せられますと?」
「本人たちに固辞されてしまった。初霜も再婚の意思は無いそうだ。……そのくらいならば、いっそ尼になるとさえ」
上達部は肩を落として溜息を吐いた。
「気性の激しい御方でありますからな」
「瓊花の方も、藤波の成人までの中継ぎであればよし、さもなくば……」
言葉を途中で止め、王は口を噤んだ。噤んだが、うっかり零れ落ちた本音が転がる。
「どうしてあの一家はああも頑固なんだ。——面倒くさい」
ごほんと咳払いが入った。
「主上、お言葉が」
「ああ、うん。そうだな」
「瓊花殿も兄君の楝殿を慕って居られた。無理もありますまい」




