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豪商の末っ子は、窮地に立つか。  作者: デンノー


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間章1 豪商の末っ子は、聞いていない急転直下に首をひねる。1

間章四話、同日投稿します。


 デミストニアの大通りは、連日連夜町一番の賑わいを見せ、大通りに面する建物は隙間などもったいないといわんばかりに外壁同士をくっつけたところが多い。

 それは通りに並ぶ建物の中で、一番間口(まぐち)の狭いゼクラット書店も同じだった。


 そして、ゼクラット書店の一階には扉の向こうから大通りの喧騒が届く。だが、店内の客は誰一人動こうともしなかった。

 そもそも彼ら五人の立ち位置は、書店に入って来てから変わっていない。

 カウンターで店番をするマイケルは頬杖をついたまま、そんな彼らをぼんやり眺めていた。

 ゆったりした店の雰囲気は昼間というのに薄暗く、カウンターの奥の方からツカツカと歩く音がマイケルと本を物色している客の耳に聞こえた。


「こら! マイケル!」


「すみません!」


 ちょうどカウンターの近くで止まった足音の後、大きな声で注意を受けたマイケルは咄嗟に頭を手で押えて返事をした。

 力関係はマイケルよりも、彼を注意した女性――アンナ――の方が上で、彼はただ怒るだけの彼女に「へへ」と笑った。

 その態度にアンナはどうしたらと頭を掻いては、「ふう」と息を深く吐くと、調子良く笑う彼の肩に振り上げた手を羽虫に振り下ろすように、一縷(いちる)の迷いもなく叩き付ける。


「もう! ファビオ君が商会に行ったからってサボっていいことにはならないんだよ! しっかり働きな!」


「痛いよぉ。アンナさぁん」


「このカウンターに座る重みだからね! しっかり接客してくれたらそれでいいの!」


「えぇ、全然来ないけど!?」


 マイケルの言葉が今日一番の大きな声で書店に響く。アンナの叱責よりも五人の胸に響く。

 物色だけしている彼らは、暇つぶしに本の立ち読みをしているだけで、朝から昼まで動いてすらいない。

 そのことを自覚していたようで、静かな書店内で響くマイケルの一言に行き場のない焦りが生まれた。




「あーあ、みんな帰っちゃった」


「マイケルが余計なこと言うからだけどね」


 結局、彼らの焦りは書店から出ていくことで治まった。

 一気に人のいない書店で軽口を言う二人は、閑散とした売り場に力なく笑った。

 賑わう外の空気感とは、扉一枚で隔たれた書店の人気(ひとけ)のない乾いた空気にアンナはマイケルの肩を優しく叩く。


「じゃあ、店番変わるわ。マイケルは版画機の掃除でもしておいて」


「アンナさんもできますよね?」


「だから?」


「……いえ、なんでもないです」


 マイケルとアンナの力関係は、日を追うごとにアンナの方が上になっていく。

 その一因として、日に日に大きくなるアンナの腹が、その力関係の理由のひとつでもあった。


「ファビオ君、早く帰ってこないかな?」


「知らないわよ。ほら、行った行った」


 カウンターの椅子から立たされたマイケルは、肩を落として版画機の置いてある部屋に向かう。

 インクの匂いが染みついた部屋の扉の前で、マイケルは鼻をひくつかせながら、深くため息をついた。






 立ち読み客がいなくなって、途端に暇になったゼクラット書店のことなどファビオは知らない。

 ただ、彼はライフアリー商会の三階の一角にある会議室で一人、椅子に浅く腰掛けたまま自分を呼び出した男を律儀に待っているだけだ。


「何なの? 来いって連絡しといてそっちが全然こないじゃん」


 律儀にしては、なかなかの悪態をつくファビオはくすんだ金髪を掻く。彼の表情から、イライラとした雰囲気すら隠すことなく座っている。

 ただ、彼も悪態をつく相手を選んでいるだけで、取引相手や目上の人間にはそんな言葉は吐かない。故に、ザノアールがファビオを商会の会議室に呼びつけたことと、待ち時間の長さに苛ついているだけだった。


「いやぁ、待たせたな。おお、ケイドリンから戻ってきても元気そうだな」


 会議室の扉が開いた途端にファビオへ声をかける彼を見て、立ち上がる彼はようやくお出ましかと言わず「……ほどほどに元気ですよ」と返した。

 黒の長髪を首元で括った馬の尾のような髪型と、ファビオと同じ赤い目のザノアールは、ケイドリンで遭った時とは違い、険しさで眉間のシワが深く刻まれていたあの時の顔は年相応のシワだけしか残っていない。

 緊張もなく、力も籠っていない顔をファビオに晒していた。


「そうか。元気であるのが一番の仕事だからな。良いことだ。最後の最後にケイドリンで流行り病にかかった誰かさんのせいで魔道車を廃車にすることになったが」


 軽口にしては心を抉る話題を話す彼を見るファビオは、咳払いをしてから言う。


「でも、大事な晩餐会の最後を酔っ払って眠りこける人がいたようですよ。僕、そんなの初めて見ました」


「……そんな馬鹿なことをしている奴がいたとはな」


 ファビオは、あんたのことだけどな。と心の内に吐き捨てる。バツの悪い顔になったザノアールは、「まいったな」と頭を掻いて、ちょうどファビオが座っていた椅子の対面に、広い会議室の扉側の端に陣取った。

 軽く息を息を吐いて座るその仕草はファビオとよく似ていた。


「……まあ久しぶりの水入らずだ。ゆっくりしてもいいぞ」


「いえ、結構な時間を待ったので大丈夫です」


 手持ちの資料も何も持っていないザノアールを見つつ、ファビオも座った。


「そういえば、雰囲気が変わりましたね」


「そうか? 最初からこんな感じだが?」


 この男は、ケイドリンでの一幕を覚えていないようだ。とファビオは目を据えた。

 険しさしか感じなかった半年前のことを思い出しながら声を出す。


「ご自身の胸に手を当ててみてください、僕と話した時のこと、覚えてませんか?」


「あぁ、あれのことか? 確かディオネ嬢も一緒だっただろ?」


 得意げに背もたれに体を預けるザノアールと、不満げに背もたれに寄りかかるファビオ。

 対照的な二人の心の持ちようだが、座る姿もよく似ている。


「一緒でしたよ。というか、それ今関係あります?」


 彼は対面するザノアールに話す。

 突き放すような物言いに、ザノアールは少し顔をしかめてこめかみを掻いた。


「ないな」


「だったら、本題に入って欲しいんですけど。ゼクラット書店も忙しいので」


 そう言ってザノアールに話を促すが、書店は閑散としている事をファビオは知らない。

 それを裏付けるように、ゼクラット書店の最近の売上は停滞していた。

 本の売り上げだけは、という話だが。

 版画機の収入や原版の収入など、ゼクラット書店は本以外の売り上げが大きくなり始めているので彼自身はそこまで気にしていない。ケイドリンで会った商会との縁が良い方向に向かっているのだ。


「まぁ、少し待ってくれ。ビクターも直に来る」


「ビクター兄さんも?」


 ザノアールは頷いた。その拍子に、都合良く会議室の扉が開いた。


「待たせて申し訳ない。カーラさんと話していて遅れました」


 手にたくさんの書類を持って現れたビクターは、最近見なかった目の下のクマを色濃くつけて部屋に入った。

 そして、扉近くの椅子に座っている二人を見る。

 どうしようもないなと言いたげに頭を振って、ザノアール後ろを歩いて進むビクターは、彼の隣の椅子を引いて言った。


「……仲が良いんですね。二人」


 どこか面倒くさげにビクターは持っていた書類を机に置くと、ドンッと書類の音が鳴った。

 ファビオは何の書類なのか気になったが、それよりもまずは。とファビオは腰掛けるビクターに言う。


「仲が良いって、僕は最初からここに座ってたんです。父さんが」


「いやいや、ファビオとの話し合いなんだからお前の近くにいないとダメだろ」


 ファビオの言い訳に被せるザノアール。彼の言い方にファビオはギョッとして目を開いてザノアールを凝視した。


「なんでもいいんですけど、少しは会議室を広く使って欲しいんですよ。こんな狭くつかうなら執務室で良かったじゃないですか」


 ビクターの言葉に、ザノアールは唸って「確かにな」と居心地を悪そうにした。

 目の前の二人の会話にファビオはザノアールから視線を外して、「いや、執務室なら他の人が来るんじゃ?」とビクターに言う。

 思ったことをそのまま口にする彼にビクターは「何だって良いよ。それで? どこまで話しました?」と腰を落ち着けたビクターはザノアールに聞いた。


「何も話してないぞ。世間話だけ」


「本当に?」


 ザノアールの言葉にビクターはファビオの方を向く。

 素知らぬ顔をしたファビオに彼は確認したいらしい。

 

「そうですね。父さんの言う通りですよ。それに、ビクター兄さんは遅れた感じでもないけど」


「どんな感じだよ」


「父さんが会議室に入ってきて直ぐでしたよ。兄さんが入ったの」


 ファビオはさっきまでの会議室での一幕を言った。

 腕を組んで彼の話を聞いたビクターはザノアールを見て「私より先に会議を抜けてどこ行ってたんです? 結構時間ありましたよね?」と聞く。


「え? あぁ、家に帰ってた」


「なんで?」


「なんでって、イレニアに会いに」


「いつでも会えるのに?」


「いつでもって、朝商会に来てから会ってなかったぞ」


「なんでそんな真剣に言えるんだよ。ただのサボリじゃねぇか」


 彼の話にビクターは口調を崩して頭を抱えた。

 ビクターに追い打ちをかけるように「サボリじゃないさ昼休憩と言ってくれ」と何故か自信満々で鼻高々にザノアールは言う。


「もう何でも良いよ。とりあえず時間もないからさ、早く進めるけどいいよね?」


 頭を振って、息を吐いたビクターは気を取り直してザノアールに言った。


「そうだな。いいぞ」


 ビクターの提案に頷いたザノアールは、座面からズレた自身の姿勢を直す。

 ようやく本題に入るのか。と蚊帳の外で展開していたビクターとザノアールの話にファビオが加わる。

 ただ、神妙そうな顔をする二人を前にして、彼はケイドリンの晩餐会でも緊張しなかった胸が脈打つように大きく聞こえた。


 何が本題なのか。それをファビオは知らない。

 ただ、色々と周りのお騒がせ達による出来事の後始末とか事情を話せとか言われるのかと身がまえる。

 背筋を伸ばす彼は、口を開こうとしない二人を見て眉間にシワを寄せた。


「それで? 本題はどっちが?」


 本題に入ろうとしただけで、そのきっかけもなにも話していない二人にファビオは聞いた。


 ファビオの言葉に「え? 父さんが言うんでしょ?」とビクターはザノアールの方を見れば、ザノアールも「ビクターが言うんじゃないのか?」と彼の方を見た。


「はい?」


「ん?」


 顔を見合わせる二人は一緒に首を傾げた。

 下手な三文芝居を見せられている気がしたファビオは、「どっちでもいいから」と二人に話す。

 本当に彼にとってはどっちが話しても変わらない。

 今の商会長と未来の商会長だというのに、まるで実家の居間で寛いでいる時のような緩さがあった。


 二人が言いたくなさそうに見合わせているのを見せられるファビオは、時間がかかりそうだな、と思いながら痒くもない頭を掻いた。


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