203 ベアトリス
Tips:〈神殺しの呪剣〉
とある異界からやって来た女神が《ハコステラ》を手に入れるため、創世の神々への殺意を具現化した短剣。
それは短剣の形をした「死」という概念そのものであり、理を同じくするモノは僅かに斬られただけでも等しく死を与えられたことだろう。
しかし、理を異とする《ハコステラ》の神々には単なる〈鋼の剣〉以下に他ならなかった。
癇癪を起こした異界の女神は腹癒せとして、この短剣を《ハコステラ》のどこかに投棄したのであった。
翌朝。
予定よりは少し遅れたが普段より早く起床した俺たちは、移動の準備を終えて何事も無く出立…とはならなかった。
客が来るのはある程度予想していたが、俺たちを訪ねて来たのは2組。
最初の来客は、俺たちがまだ移動の準備をしている時。
コンコン、ギィ…
「あの、ちょっと良いかしら?」
一応のノックの後、来客の女はこちらの返事を待たずにドアから顔を覗かせた。
「あっ…」
「…お?」
そして偶然ドアの近くにいた俺と、来客の女の目が合う。
「えっと…その、…おはよう?」
「あ、あぁ…おはよう。」
(誰だお前!?)
一先ず…といった感じに挨拶をされたので、俺もとりあえず挨拶を返しはした。
だが来客…ベアトリスのしおらしい態度を見て、俺は内心で大混乱に陥っていた。
「何だ?俺たちに留まるよう言うように言われて来たのか?」
確かにファムさん本人よりは効果的かもしれないが…以前ならともかく、今の俺にハニートラップは通用しない(キリッ!)
「違うわ…!
……いえ、似たようなものかもしれないけど…。」
一瞬俺に食って掛かろうとするも、すぐに勝ち気な態度を納めて自虐的なことを呟くベアトリス。
(…これがあの、高飛車ベアトリスなのか?)
どんな男の求婚も袖にしていたベアトリスがあれだけ手酷く…手酷く?
…まぁ、それは後でじっくり考えるとして。
事実、結婚を勧められただけで激怒するほど嫌悪していた俺にこの態度とは、昨晩ファムさんはベアトリスに何を言ったのだろう。
(似たようなこと、ねぇ…。)
父親に言われて俺たちの説得に来たわけでないのなら、この訪問はベアトリスの個人的な用事。
つまりギルドを通さない、直接依頼だと言える。
「…取り敢えず、話は聞こう。」
これはあくまで頼みを聞くだけであって、ベアトリスが美人だからハニートラップに屈したとかでは無いことを注意しておく。
「そう…、ボソッ(ありがと…。)」
「と、取り敢えず中に…!」
ほっとした様子で含羞みながらお礼の言葉を呟いたベアトリスに、俺は不意を打たれて挙動不審になりながら入室を促す。
以前もベアトリスにエロい視線を向けて激怒されたわけだが、今の態度は俺がベアトリスを女として見ていることが明らか様だった。
美人に鼻を伸ばすのは男の性で仕方ないことだとしても、以前と同じ失態を繰り返してしまうとは…!
「お邪魔するわ。よいしょ、っと…。」
しかし俺の不安を余所に、ベアトリスは特に怒るでもなく部屋に入ってくる。
その華奢な両手には、重そうな旅行鞄が。
それだけで大体の事情は察したが、色々と確認しなければならないこともある。
「それで?家出でもするのか?」
「………。
そうよ、…ここにはもう私の居場所は無いわ。」
暫しの沈黙の後、ベアトリスは絶望を滲ませてそう言った。
保護した際のベアトリスは服は土で汚れていたものの、他の女達のように犯されたような形跡は無かった。
灰髪男も言っていたように、ベアトリスには傷一つ付いていない筈…。
(…あぁ、そういえば…。)
ベアトリスの爺さんは街にある商会の次男坊だったらしく、その繋がりがあるからこそファムさん家が村の纏め役をしているわけだが…。
その商会との繋がりにより他の似たような村と比べて豊かな暮らしとなっていて、俺的には爺さんが暇潰しに教えていた読み書きなどが役に立っている。
(…まぁ、ハブにされていなかったら、俺も他の奴らみたいに遊びに夢中だったんだろうがな。)
俺以外の奴らは「貴族家との取引もある商会流の教育」などに見向きもしなかったが、当然ながら息子であるファムさんは爺さんの教育を受けて育った。
そして溺愛していた末娘を襲った今回の出来事は、本人は当然として…貴族的価値観の影響を受けたファムさんにも悲劇だったことだろう。
「このまま居続けても腫れ物扱いだし、変態の玩具や年寄りの後妻にされるくらいなら出て行ってやるわ…!」
…まぁ、腫れ物扱いに関しては「拐われただけ」のベアトリスに関しては時間が解決することだろう。
しかし拐われたという事実があるだけでも貴族的には致命傷…つまりファムさんにもう、ベアトリスに相手を選ばせるつもりは無い…ということらしい。
「だからお願い…。
街に連れて行ってくれるだけでも…っ!」
ファムさん同様に一部価値観が貴族的なベアトリスはまともな相手を望めないと考え、ならば家を出て街で一人暮らす方がマシというわけか…。
それに行き遅れだと言ってもベアトリスの美貌であれば、街の男を捕まえるくらいわけないだろう。
(ただ…これって、俺たちがベアトリスを拐ったってことにならないか?)
ここで普通なら面倒に巻き込まれぬよう、「悪く考えすぎだ」とベアトリスを諭し依頼を断るだろう。
しかしそう言って諭す側の俺には、そこまでの信用をファムさんに感じなくなっている。
「「「………。」」」
「………、?」
それに、いつの間にやら出立の準備の手を止めて、俺とベアトリスのやり取りを固唾を飲むように見ている3人。
ニーニャは3人が何故手を止めたのかが不思議なようだが、おそらく3人は望まぬ相手と縁を結ばされるということに思うところがあるのだろう…そうであったら冥利に尽きる。
それはともかく。
婚約者3人の無言の圧に負けたというのもあるが、俺自身も何とかしてやりたいと思う程に、ベアトリスは切実であった。
今更俺たちが諭そうにも考えは変わらないだろうし、ファムさんが誘拐だと騒いだところで冒険者は勿論のこと…憲兵も捜索に動くか怪しい。
…まぁ、動いたところで事実は「成人した女性が自らの意思で家を出た」それだけの話。
「分かった。
…ただその荷物、ついて来れそうか?」
「………、頑張るわ。」
こうしてここから俺たちの本拠まで。
1泊2日の短い旅路に、紅髪の家出娘が加わったのだった。
ペロッ…。
(これはっ…新メンバー!?)
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