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真実の理(しんじつのことわり)  作者: きゆ
第1章 近視
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第9話 準備

◆第9話 準備


― 2024年9月23(月曜日・祝日)  新宿区 延天堂大学病院 ―


 「じゃぁ結婚指輪はこれで決定だね」

 青年は彼女の方に傾けていたスマートフォン上でサッとブライダルジュエリーサイトからメモ帳アプリへと切り替え、指輪の型番や金額、それから販売店の住所を慣れた手つきでコピペして控えた。


 「すごい……! さすがエンジニアさんだね」

 彼女は少し驚いた表情でそう言った。


 「うん、まぁこういうのは慣れてるからね」

 青年は少し照れ臭そうに微笑みながらそう言った。


 「でも、お店に一人で指輪取りに行かせてしまってごめんなさいね。本当は私も一緒に行きたかったんだけど……」

 彼女は少しばかり申し訳なさそうに眉をひそめた。


 「いや、全然大丈夫だよ!それに、むしろ実物を当日初めて幸に見せることになるから、何かサプライズ感があっていいなって思ってるよ!」

 聡は明朗な表情でそう言った。そしてそれに呼応する形で幸の顔も明るくなった。


「よし、じゃぁ次は挙式の衣装を何にするか決めようか! もし少し休憩いれたほうがよければ言ってね」

聡は手早くウェディングドレスのサイトを検索し、スマートフォンを幸に手渡した。


 ――先週の月曜日に幸が入院して以来、聡は休・祝日は毎日彼女の病室へ足を運んだ。

 そして平日の仕事終わりには、結婚式に関する情報を一生懸命収集し、極力彼女に負担をかけないようにと、必要な準備や段取りなどを彼なりに整理し始めていた。


 二人にはあまり時間がなかった――。と言うのも、日々病状が悪化し、体力が失われていく彼女の様を目の当たりにして、なるべく彼女が元気で綺麗なうちに結婚式を挙げたいと、聡はそう強く思った。また、幸の方も明確にそう伝えられたわけではないが、彼のこの急ピッチでの結婚式への準備の意図をそう組み取っていた。

 ――10月14日月曜日、祝日。友引、恩日、大明日、神吉日。その日に結婚式を挙げることが決まった。


 「僕らが式を挙げるところは、チャペルだから、会場の雰囲気は洋式な感じだね」

 「そうね……。チャペルだとやっぱりウェディングドレスが一般的なのかしら」

 彼女はどこか浮かない顔でそう言った。

 

 「うーん、まぁ一般的にはウェディングドレスを着てバージンロードを歩く花嫁姿をイメージする人が多い気がするけど、最近はチャペルでも和装人前式を行えるところとかもあるみたいだよ。僕らの式場も人前式であれば『和装可』って書いてあった気がする」

ほらっ、と幸の見ているスマートフォン上の画面を軽く指でスワイプし、式場の案内が記載されたページを開いた。

 

 彼女の目が少しだけ明るく見開いた。

 

 「チャペルで和装なんてできるんだ……! すごい、聡くんそんなことまで調べてくれたんだね」

 その瞳は少しだけ潤っていた。


 「うん、一応ね。でも幸の実家、花形家は由緒正しい家だし、何となくお義父さん、お義母さんからも和のイメージを感じたから、そっちの線もありだな、と思ってね」


 「ふふっ……。聡くんは本当にすごいね」

 彼女は微かに笑った。

 

 「それに幸、前、浴衣借りて夏祭り行った時にすごく嬉しそうにしてたから、和服が好きなのかなって思ってね」


 ――なんでもお見通しなんだね。彼女はそう言った。


◇◆◇◇◆◇


 窓の外に目をやると空はオレンジ色に染まっていた。この部屋から見る夕焼けはなんて綺麗なんだろう――。

 しかし、青年にとってはこの眺望(ちょうぼう)がどこか皮肉めいたものに感じられた。同時に、この夕空を病室から毎日眺める患者の方々の心境に思いをはせると、途端に胸が苦しくなった。


 「あ、もうそろそろ面会終了の時間だね。今日も色々と話せてよかったよ。また次の土日に来るね」

 「今日もありがとう」

 彼女はいつものように、別れ際の寂しい気持ちを悟られまいとする、からっとした声色でそう言った。だが、その瞳だけはどうしようもない悲しみを隠しきれていなかった。


 「またすぐに会えるから。帰ったらRINE(ライン)もするからね」

 そう言うと聡は彼女を優しく抱きしめた。

 

 「うん……」

 彼女は小さな声でそう言った――。


▼▽▼▽▼▽▼


― 2024年9月28(土曜日)  新宿区 延天堂大学病院 ―


 「お邪魔します」聡は扉のドアを軽くノックすると、いつも通りの時刻に幸の病室へ入った。

 

 「今日も来てくれてありがとう」

 彼女はそう言うと、聡の右手に()がっているポリ袋に目をやった。


 「果物、買ってきたよ。白血病の患者さんが安全に食べられるのは、皮の厚い果物と聞いたから、ミカンを買ってきたよ。後、幸が好きな桃もね! こっちのほうは十分に殺菌処理されてる缶詰のものを買ってきたよ」

 

 聡はポリ袋を少しだけ持ち上げて見せた。そうして彼女の病床へゆっくりと歩いてきた。

 「わぁ、ありがとう!」


 彼女の喜んでくれる顔を見るだけで、すごく幸せな気分になった。


 「んっ……?」

 聡は何かに気が付いたようにテーブルの上に飾られているフラワーアレンジメントに目をやった。


 「この花、すごくきれいだね。しかも先週のものと色が変わってる! お義母さんが持ってきてくれてるの?」


 彼女の視線は一瞬だけ泳いだ。


 「うん……。そんなところ。それより、お父さんとお母さんに『和装』で人前式を行うことを伝えたら、最初はびっくりしてたけど、オリジナリティがあっていいじゃないか、和洋折衷だ、って喜んでくれたの!」


「そっか、お義父さんとお義母さん喜んでくださったんだね。それは何よりだよ」


 聡はいつもと少しだけ違う彼女との会話の流れに一抹の違和感を覚えた。そうして、何を思ったか再度机に近い距離でフラワーアレンジメントを横目で見た。

 

 すると花の後ろには、隠れるようにメッセージカードが横たわっているのが見えた。

 彼はゆっくりと顔の向きを少しだけ変え、メッセージカードの中身を一瞬だけ凝視した。


 『お見舞い 黒川雅也』


 ――カードには確かにそう書かれていた。

 

 青年はなぜかとても『恐ろしい』気持ちになった。否、青年にはこの時の感情を正確に表せる言葉を持ち合わせていなかった。青年の手は少しだけ震えていた。そうして彼女と一緒に食べようと思っていた果物への食欲が一瞬にして失われるのを感じた。


 「聡くん、大丈夫?顔色悪そうだけど……」

 「あ、あぁ、大丈夫だよ、ごめんね」

 青年が平静を取り繕うために発することができた言葉はこれが精いっぱいだった。

 

 お見舞いに来られている患者に心配されるなんて何てだらしない男なんだ――。

 聡は拳を握りしめた。そうして、

 「幸、愛してるよ……。僕は君の夫だ」

 と言った。


 「どうしたの、急に?」幸は少しだけ心配さを含んだきょとんとした表情を浮かべていた。 

 

 「自分でもわからない……。でも、どうしようもなく言いたくなったんだ」


 「そう……。ありがとう。うん、私は聡くんの妻だよ。そして私たちは再来週に結婚式を挙げる夫婦だよ」

 青年は手の震えが治まり始めたことに気づいた。


 「ありがとう。それじゃぁ、果物食べようか」

 聡は徐に果物と缶詰を袋から取り出した――。


▼▽▼▽▼▽▼


 聡は結婚式に必要な準備を着々と進めた。

 結婚指輪の用意、衣装決め、それから人前式や披露宴の段取りや当日のタイムスケジュールも頭を捻らせて考えた。もちろん、式場への見学へも一人で行き、ブライダルスタッフの方の説明の内容を一生懸命メモした。

 後は誰を招待するか、か――。

 

 結婚式が2週間後に控えている状況で、これから旧友等を招待しようという気はさらさら起こらなかった。また、彼女の状況を考えると、親戚ですら呼ぶべきかどうか判断に悩んだ。が、幸の病期については親戚皆が知っているとお義父さんから聞いていたため、最終的には近縁である親族のみを結婚式へ招待する方針に決まった。

 そうして聡は、同僚で親しい間柄の太田と三浦にRINE(ライン)で翌月結婚式を挙げることを報告した。


『太田先輩、三浦

 お疲れ様です。

 私事で恐縮ですが、この度、以前からお付き合いさせていただいている彼女と入籍し、来月結婚式を挙げることになりました。

 予算の関係など、諸々事情があり、式は身内だけで執り行う親族婚とさせていただくことになりました。

 彼女との縁が結ばれることになったのも、太田先輩と三浦のアドバイスやサポートのおかげです。本当に感謝しています。

 お二人に晴れ姿を見ていただけないのは大変残念ですが、自分の中でしっかりと思い出に残る式にしたいと考えています。

 突然のご報告で失礼しました。

 それではまた来週、職場でよろしくお願いいたします』


 二人の既読はすぐについた。だが、その日中に彼らのどちらからも返信はなかった――。

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