57話・幸せの味
「いつかきみに話そうとは思っていたんだ。正確には親父さんにもね。でも、親父さんは僕の父と知り合いだったようだし、僕の素性はご存じだったみたいだ」
「私が聞いた話は本当のことなの?」
「僕がエベルー伯爵の子息かって事? ここに来るまではそうだね。でもそれには元がつく。僕は勘当された身なんだ。放蕩息子で父に呆れられ、妹を傷つけて泣かせた。今はただのアデマールだよ」
「勘当?」
その言葉を聞いてルルが涙目になった。
「どうしたの? ルル?」
「勘当だなんて酷い。家を追い出されたなら食べ物や暮らしにだって困ったでしょう?」
「君達、父子に救ってもらったよ。感謝している。君に泣かれると弱いんだよ。参ったな」
「だってアデマールが可哀相で……」
「そうされても仕方なかったんだよ。あの頃の僕は悪い奴だったし、屑な男だったから」
「アデマールがそんな悪い人には思えないわ」
ルルがわあっと泣き出し、アデマールは彼女の肩を抱こうとしたら胸元に顔を寄せられた。よしよしと
自分の為に泣いてくれる彼女の背を撫でながら、こういうのも悪くないなと思った。
「そんな家に帰る事はないわよ。ずっとうちにいて」
「勿論だよ」
「ふぇえ?」
「僕は勘当されたって言ったよ。もう行く所なんてない。きみが僕を引き受けてくれないなら他に行くしかないんだけど?」
「引き受けますから、どこにも行かないで……」
泣きながら言う彼女は、その言葉の意味が分かっているのかと思ったアデマールは言い直す事にした。
「じゃあ、ルル。僕と結婚してくれる?」
「ふぁ……、はい」
泣き顔から驚いた表情へと代わり、満面の笑みが浮かぶ。その笑みに満たされたアデマールは彼女の手を握りしめ言った。
「じゃあ、親父さんに報告に行こう」
「はい」
ハーラルの元へ戻る二人の足取りは軽かった。二人の仲を見守っていたハーラルは、これで孫の顔が見れると結婚報告を喜んでくれた。
程なくして二人は夫婦となり半年後、安心したようにハーラルは天国へと旅立った。ハーラルは心臓の病にやられていた。
五年前、彼が倒れた時に医師はもって数年の命だとアデマールに宣告した。その事をアデマールはハーラルに伝えなかったが、親父さんは何となく察していたのだろうとアデマールは思っている。
今日は妻となったルルの体調が優れなくて、病院に行っていた。帰ってきたルルは縋るような目を向けてくる。
「アデマール。報告があるの?」
「どうした?」
ハーラルを心の病で亡くしているだけにまさか、ルルにも何か思わしくない兆候が? と、考えてしまう。
「私ね、赤ちゃんが出来たの」
「赤ちゃん?」
「迷惑だった?」
良い報告とは思わなかっただけに驚いた。それをルルは望んでないものと受け取ったらしい。
「いや、嬉しいよ。きみのお腹に、ここに僕の子が?」
つい、ルルのお腹に手を伸ばしてしまう。
「男の子だろうか? 女の子だろうか? 男の子だといいな。女の子だと色々と心配しそうだ」
「やだ。アデマールったら気が早いわよ。産まれてもいないのに性別を気にするなんて」
「君に似た女の子なら可愛いだろうな。いや、男の子でも可愛いか。ヤッホー、赤ちゃん、ルルがママで僕がパパだよ。宜しくね」
「アデマールったら」
そう言いつつもルルも顔が綻んでいた。
そのうちアベーリャは王都では誰も知らない者はいない大店のパン屋になっていく。そこの夫婦は仲が良く、子沢山で毎日が笑いに満ちている。アベーリャのパンは幸せの味がすると評判だ。




