50話・彼女の昔の男
彼女ティアは美人で非常に魅惑的な女性だ。目が離せないのに彼女が側にいると、心臓がドキドキして堪らない。
それから数日後、その思いが大きくなってどうしようもなくなった時に、「ねぇ、しないの?」と、抱きつかれて誘惑に抗えずお誘いに乗ってしまった。
でもそれがきっかけで二人は深い仲となり、フェリックスはエベルー家の人々には秘密の恋人を持つ事となった。
そんなある日のこと。王宮で開かれたエドバルト王太子殿下と、義妹のアリーズの正式な婚約発表も兼ねたパーティで、彼はふたりが広間の中央で他の貴族の子息や子女らに交じって楽しくダンスをするのを見守っていた。
すると視界の端に白金が見えたような気がして、そちらを注目すれば装った姿のティアが、広間の窓から外へと抜け出して行くのが見えた。
気になって後をつければ彼女は誰かと会う約束をしていたようだ。王宮の庭の東屋で先に来ていた者と抱擁しあい、ふたりで並んで腰を下ろしていた。
今晩は満月で周囲をてらてらと青白い光が差している。その月明かりに照らされたふたりは幻想的でフェリックスは妬けた。
盗み聞きするつもりはなかったが、彼女が誰に会っているのか気になってしまい、茂みに隠れて様子を伺えば相手の声音から彼女が会っているのは男性と分かった。それもどこかで聞いたような声だ。
その相手となにやら彼女は揉めていた。
「わたしはその気はないわ」
「ティア。きみのことを忘れられなかった。戻ってきて欲しいんだ。あの子の為にも。頼む。この通りだ」
「嫌よ。もう沢山よ。あなた方の事情に振り回されるのは。面倒くさいしね」
男はティアの前で懇願し膝を付いていた。それを彼女は軽く拒んだ。
「それに今のわたしには欲情する相手がいるからあなたにはこれっぽっちも食指が向かないわ」
「誰なんだい? きみのお眼鏡に叶った幸運な男は?」
「そこにいるわ。フェリックス。隠れて見ていたのでしょう? 出てきて」
隠れて様子を伺っていたのはティアにはバレバレだったようだ。それにしても自分のことを欲情する相手だなんて野生的な物言いだと思いながらも、ふたりの前に進み出てフェリックスは瞠目した。
「へっ。陛下」
ティアと揉めていたのはこの国の一番の権力者である国王陛下だった。そんな事とは思いもしなかったフェリックスは驚いた。
「どうして?」
「余も驚いた。ティアのお相手がそなただったとはな……」
陛下と顔を見合わせ気まずいものを感じる。ティアと陛下の話からふたりは過去深い仲だったと知れる。陛下は王妃さま一途だと思っていたが、どうもティアのことを忘れられなかったと言ってたあたりからして未練があるようだ。
どう言葉を繋ごうかと思っているフェリックスを前にして、陛下は苦笑いを浮かべた。
「そうか。余はお邪魔虫になっていたようだ。ティアに嫌われる前に退散しよう」
「陛下」
「余は……今夜は誰にも会ってはおらぬ。そなた達にも会ってはおらぬ。ただ酔いに任せて庭に出ただけだ」
陛下が王宮に向けて顔を上げると、タイミングよく王宮のバルコニーから王妃が「陛下。そこにいらっしゃいますの?」と、声をかけてくる。
「ああ。酔い覚ましに外に出ただけだ。すぐに戻る」
そう言って陛下はティアの側から離れ、フェリックスとすれ違いざまに肩をポンポンと叩いた。
「きみは若い。余はきみが羨ましいよ」
そう言って陛下は王宮の舞踏会が開かれている広間へと戻って行った。




