提案
極楽寺さんの知らせに涼と瑠姫の間に緊張が走る。二人の顔が強張ったのをみて極楽寺さんは続ける。
「まぁ当然の反応だね。私も今朝、仕事仲間から連絡をもらってビックリしたよ。」
「一体誰が…?」
「南城賢介って隷血だそうだよ。私は聞いたことのない隷血だけどね。」
「南城…賢介?」
瑠姫は怪訝そうに名前を復唱する。
「え?知らないの?」
「知らないのかい?どういうことだい?」
「ええ。そんな名前の隷血は知りません。本当に青血なのですよね?」
「間違いないよ。血まみれになって倒れているところを路地裏で見つかったみたいでね。全身青かったってさ。」
「ペンキかなんかで青くなってたとかじゃなくて?」
「まあそれは私も思ったけど、司法解剖の結果で断定されたんだよ。それが分かったんで、涼にメールしたのさ。」
「そうだったんですか…。」
極楽寺さんがとってきた情報だ。青血でまず間違いはないだろう。っていうか司法解剖の結果を知ってるってロイヤルにも情報源があるのか?
伊織と同じくらい長い付き合いだが、いまだに底が知れない。
まぁそれはおいておいて、主血が把握していない隷血、いわゆる孤血が未だにいるだなんて。
孤血は星降りの夜から1年間、ロイヤルが発足するまでの間に大量発生したcolorsのことである。
主血の血のみに存在する染色細胞が発見されて間も無く、その効力に魅了された国家、研究機関、大企業などのありとあらゆる組織がそれを欲した。
提供の見返りとして差し出された報酬は莫大なものであったと聞いているが、賢明な主血たちはそれを悉く断ったという。ただ一人、黒血の主血を除いては。
黒血の主血である東司は莫大な報酬と引き換えに大量の血液を渡した。そして、その時手に入れた資金を元手に今の組織を創り上げたと聞いている。そして、今は黒血たちに手を焼いていてるのだから、世話はない。
それはそれとして、主血の血を手にした各機関は独自に研究を重ねた。あらゆる研究を経て、次から次へと新しい発見が成されたが、そんな平和な話は長くは続かなかった。
しばらくしてから、各機関での不祥事が相次いだのだ。内容は、主血の血液の不正使用や外部流出だった。
主血の血にはなにか強力な魔力があると言われている。それは効力とは別の、もっと人間の根源に働きかけてくるようなものだ。
その魔力に魅入られた研究者たちは自らに血を投与した。colorsという人外の能力を持つことに憧れたのだろう。また他の者は、その破格の価値に釣られて売ることを選んだ。
連日、メディアに不祥事を取り上げられて倒産に追い込まれた研究機関や関係会社の数は数え切れない。
そんな中、国の公的機関にも疑惑が浮上した。当時の首相は最後の最後まで適正な扱いをしたと声明をだし続けたが、それは限りなく黒に近いグレーだった。
そんなことが起きた結果として生まれたのが孤血だった。主血たちの預かり知らぬ場所で生まれたcolorsたち。彼らは決して社会貢献などすることはなく、犯罪に手を染め、人々を苦しめた。
だが、そういった孤血たちは一過性のものだった。ある者はロイヤルに、ある者は同じ黒血に粛清されていった。
組織を持たない孤血たちは多勢に無勢、長くは保たなかった。
そんなわけで孤血が今も存在しているというのはにわかには信じがたい話である。黒血ならともかく、青血ならなおさらだ。
「その、瑠姫は昔自分の血を提供したりしたの?」
「ええ、ありますよ。」
瑠姫はあっさりと認める。
意外ではあったが、瑠姫の様子を見るとそんなに驚くことでもないのかもしれない。
「当時はメディアがうるさかったので、頑なに提供を拒んでいる体を取り繕っていましたが、実際はそうではなかったのですよ。やはり国の組織と言われてしまえば、こちらとしても協力を拒むことは難しいんです。
言い訳をするつもりはありませんが、緑と黄色も協力したと聞いています。彼らもやはりロイヤルを創るのに苦労したでしょうから。
提供先については、当時の私なりにはしっかりと調べたつもりでしたが、幾つかの機関は残念ながら偽物でした。
なので、私の孤血がいても不思議はありません。
ですが…」
淡々と話していた瑠姫はここで言葉を切り、腑に落ちないといった面持ちになる。
「ですが、どうしていまさら出てきたのかが分かりません。
青血の孤血として最後に確認されているのは、2年以上前です。それからは噂すら聞いていません。
それが、どうして今になって?」
瑠姫の疑問は当然だった。
孤血なんて言葉は少し忘れかけていたぐらいのものである。
今までずっと主血の血を大切に保管していたのだろうか?主血の血液中に存在する染色細胞は、体外に出ると途端にその維持が困難になる。
最新技術を使っても、その維持期間は2週間だと聞いているので、大切にとっておいたなんてことはまずあり得ない。
「んー…適合したと思ってたけど、2年くらい経ってから身体が限界を迎えたとか?」
「それは考えづらいですね。
血液を注入してから適合し終えるまでの時間には、たしかに個人差がありますが最長でも18時間です。適合し終えた段階で、染色細胞は赤血球との融合を終えていますから、それより後に身体を傷つけることはあり得ないでしょう。」
18時間…適合するまでは身体中の細胞が染色細胞に対抗するために激痛を伴うらしいが、想像しただけで身震いする。涼自身は気を失っている間に血液を注入され、かつ、すぐに適合したらしいので痛みは一切経験していない。
「じゃあ、えーと、最近血液を提供したりは?」
ここで瑠姫は涼が口にした疑問に答えずに、じぃーとこちらを見ている。
「え?なに?」
涼は瑠姫の責めるような視線の意味がわからずにたじろぐが、少し遅れて理解する。
「あ、その件はすいませんでした。
でも、大丈夫!俺がもらったものじゃないから。」
そう言って涼はジャケットのポケットから小箱を取り出す。中には先日、瑠姫から無断で頂戴した血が入っている。
「なんだい、それは。瑠姫ちゃんから貰ったのかい?」
極楽寺さんが少なからず驚きの声をあげる。いくら極楽寺さんでも主血の血をこうして見るのは初めてなのだろう。
「へえー。主血のは初めて見るね。隷血のよりも綺麗に見えるのは気のせいかね。それに…なんだか妙に惹きつけられるのが怖いね。」
極楽寺さんはまじまじと注射器に入った血を眺めて、箱に戻す。
「んで、なんでこれを持ってきたんだい?まさか私に打つつもりじゃないだろ?」
「うん、まあね。極楽寺さん、これをオークションに出して欲しいんだ。」
涼の提案に極楽寺さんの目は見開かれ、そのあと険しい表情へと変わっていく。
「涼、アンタ…本気かい?」
「うん。この血の染色細胞が持つのはせいぜいあと10日。たしか9日後にオークションが開催されるはずだったよね?」
9日後…染色細胞が持つ日にちであると同時に涼にとってはもう一つ都合の良い理由があった。
それは負傷している左腕とアバラも治っている頃合いだということだ。
「ああ。今回はなんでも隷血の血が何種類か出るってんでいつもより参加者が多いらしいけど…これには敵わないねえ。」
「じゃあそういうことでお願いしてもいいかな?」
極楽寺さんはすぐには答えず、タバコを取り出して火を付ける。何度か煙を出し入れしてから、低い声で尋ねる。
「伊織には言ったのかい?」
その言葉に涼はビクッとする。伊織にはオークションのことはもちろん、瑠姫の血を持っていることすら話してはいない。
伊織の情報網は伊達ではない。オークションに青血の主血の血液が出品されることをすぐに聞きつけるだろう。そうなれば、誰が出品者かだなんて、伊織にはピンとくるに違いないのだ。
涼がそんな勝手なことをしたと分かれば、一体どれほど怒るか想像できない。というか想像したくない。
「今回のことは秘密でお願いします。」
涼は頭を下げて改めてお願いする。
極楽寺さんはハァーと、ため息と一緒に煙を吐き出す。
「仕方ないねぇ。けど、どうせバレるよ?そうなってもあたしは知らないからね。」
「はい、ありがとうございます。」
涼と極楽寺さんのやりとりを黙って見ていた瑠姫はカウンターから離れてトイレの方へと消えた。
ずっと黙っていたが怒っていたのだろうか?まあ瑠姫の血をダシにしているのに、目的も言わなかったしなぁ。
「そういや涼、あんたタバコは辞めたのかい?」
「え?」
最初聞かれたことがわからずに、涼はアホみたいな声をあげる。
目の前にある灰皿はカラッポで、だから極楽寺さんがそんなことを言ったのか。
たしかに言われてみるとタバコをここ数日吸ってないことに気づく。今日も吸っていないどころかタバコすら持っていない。
「あーそういえば、吸ってないですね。」
最後に吸ったのはいつだったっけ?と思い出しながら曖昧に答える。
元々好きだったわけではないが、暇つぶしの一環で一日に数本吸うのが日課になっていたはずなのに…。
「話し相手が出来て、吸うヒマもないかい。」
極楽寺さんはタバコをくわえながら嬉しそうに言う。
なんだか今言われたことが妙に照れくさくて、瑠姫が戻ってくるとなんだか居心地が悪くなる。
涼は話題転換のために、今朝少し気になったことを聞いてみる。
「そういえば瑠姫はさ、白血の主血とかって知ってるの?」
「白血…ですか。
はっきり言ってなにも知りません。その主血も、隷血も、能力も。」
「え?なんにも知らないの?」
世間ではその存在と呼び名しか知られていない第6の血、白血であるが、主血であればなにか知っているのかと思ったのだが。
「ですが、一つだけ知っていることがあります。白血という名前をつけた人物です。」
「名前をつけた…?」
それは今言ったことと矛盾しないか?それぞれの血の呼び名を考えたのは各主血たちだと聞いている。白血の主血を知らないのであれば、その名をつけた者も知らないはずでは?
「あなたも知っていることでしょうが、それぞれの血に名前をつけたのは主血たちです。自分たちの血を最もよく現していると思う名を。
ですが、白血だけは違います。主血がいないので、他の主血がつけたのですよ。
そして、その主血はおそらくあなたのよく知る人ですよ。」
涼はその先に聞くであろう人物の名前を予想した。そして途端に聞くのが嫌になる。どうしてこんな質問をしてしまったのだろう?
「名をつけたのはロイヤル第2司令、黄血が主血、巽 京です。」
その頃、ロイヤル省庁内第2司令室の中にいる巽 京は無表情な顔に少し不機嫌な色を混ぜて、画面に向き合っていた。
画面の向こうには顔の前で手を組んだ凛とした表情の男、堂間 理人がいた。
「…聞いているのかい?」
京は答えない。この男の顔をこうして画面越しに見るのはもう何回目になるんだろうとぼんやり考える。きっと3桁はくだらないだろうが、もしかしたら4桁に突入しているかもしれない。いい加減見飽きているのに、職務上顔を合わせねばならないのが面倒だ。
画面の向こうで堂間はため息をついて、先ほどから繰り返している質問をもう一度繰り返す。
「今回の一連の不始末どう言い訳するつもりだ?」
京はまだ沈黙を守る。最初から京の話は言い訳だと決めつけているのが気に食わないのだ。いや、それは付き合いが長いからこそ分かっているのか。
「第一に捕縛したクロウクローへの無断拷問及び抹殺。
第二に一般施設への無断突入の決行。及びそれに付随する住民等への影響。
第三に捕縛対象である黒血たちの抹殺。
…たった1日でこれほどのことをしでかしたのは初めてだな。」
堂間は不思議なヤツだ。話している内容を文面にすると無機質かあるいは怒っているようなものなのに、その表情や雰囲気からは怒っている気配は一切しない。それでいて冷たいという感じもしないのだ。
「クロウクローへの尋問だが、あれはcolorsを捕まえた時はいつもしているだろう。一般施設への突入も急を要した。その結果はたしかに最高とまではいかなかったが、そんなに悪いものでもなかった。
近隣住民にも迷惑をかけたし、メディアは少し騒いでいるようだが、死んだのは黒血の組織の者だけで一般人には死傷者も出ていない。」
京はところどころを誤魔化しながら指摘された点を答えていく。
「クロウクローを死なせてしまったのは?」
京がわざと答えなかった部分を堂間は見逃さない。鋭く指摘してくる。
「それは…私の落度だ。」
京はしぶしぶ認める。だが、堂間の追及は止まない。
「今、尋問と言ったな?たしかに尋問は毎回必ずしているが拷問はしていない。
まぁ突入に急を要したのは認めよう。だが、黄血を総動員して省庁を無人状態にしたのは言語道断だ。もし、他で騒ぎが起きていたら、どう対処するつもりだったんだ?
いや現に起きたわけだ。アームストロングの一件が。」
堂間はここで一旦言葉を切る。
今回の目も当てられぬ不始末の数々の中で一番納得していないのがここなのだろう。
京はもちろん、京の後ろで話し合いに立ち会っている早乙女と殿元も身を強張らせる。
「京、キミは3日前に私に嘘の報告をしたね?クロウクローを倒し捕らえたのはロイヤルに所属する黄血だと。
だが、それは違う。捕まえたのはたしかにロイヤルかもしれないが、倒したのは別のcolorsだ。
昨日、アームストロングが目撃された都内のコンビニエンスストアである男が攻撃されているのを多くの人々が目撃している。」
堂間は京を見つめる。画面越しでもそのプレッシャーは十分に伝わってくる。京の口から言わせようとしているのは明白だ。嘘の報告を謝罪するならここしかないが、答える気はさらさらない。
「相変わらずの強情さだな。」
堂間はやれやれといった感じで組んでいた手を解いた。
「クロウクローもアームストロングもやったのは彼だろう?
結果的にロイヤルが二人を回収したが、それも彼のおかげだ。
どうして…いまさら登場するんだ?」
「それは私にも分からない。なんとか生きているのは知っているが。」
「調べないのか?キミが調べないのなら…」
「それは契約違反だぞ、堂間。」
京は堂間の言葉を強く切った。先ほどまでとは打って変わった口調だ。
二人はそれから少しの間黙ってお互いを見ていた。
「…わかった。
今回は比較的巻き込まれた感があるからな、大目にみよう。
だが、もし彼がこれから先、積極的にこちらに関与してくるということであれば、その時は約束を守ることは難しいぞ。」
少しばかり力強い口調で話し終えた堂間は回線を切った。
堂間の凛々しい顔を映していた画面は黒くなり、京の顔をぼんやりと映している。
約束か…。堂間は最後にたしかにそう言った。京にとってアレは契約の一つであったのだが、アイツはそんな風に受け取っていたのか。やはりアイツは不思議なヤツだ。
「司令。」
くるりと椅子を回転させて、後ろに控えていた二人の部下の顔をみる。声をかけてきた花代は心配そうな面持ちであるが、殿元は今回は自分の出番がなくて安心したのだろう、ホッとした顔つきをしている。
「まぁ予想よりも怒られなくて良かったな。」
「いや、そういう問題ではないでしょう。」
殿元が苦笑いをして応える。
「それよりも釘を刺されてしまいましたね。」
「たしかにそうだな。だが、アイツはどうして今さらこっちに関わってきたのだ?」
花代はあの男が話題に昇ると目に見えて機嫌を悪くする。そんなに接点はなかったはずなのだが、毛嫌いしているのか。
「それはわからんよ。考えても仕方のないことだしな。」
京は早乙女と殿元の会話を一蹴する。椅子に深々と背を預け、頬をついて窓の外に広がる青空を見上げる。
どうせまた中途半端なお人好しが災いしているのだろう。
そんなんだから、いつも一人だけ最後にツラい思いをすることになるのだ。
「その件に関しては、こちらはこちらでもう手は打ってある。まぁ、うまくいくかは未知数だがね。」
「「え?」」
二人は同時に驚きの声をあげる。
京の近くにいる二人だというのに、思い当たる節がない。
「あ、もしかして…!?」
殿元が思い当たったようだが、京はフッと笑っただけで口には出さない。
「ん?なんだ、殿元。わかったのか?教えろ。」
「いえ、副司令でしたら、ご自分で考えられては?」
「なに?上官に逆らうか?」
その後も二人はなんだかくだらないやりとりをしていたが、京はほっておいた。これは自分の仕事ではない。
そうだ、手は打った。まだ打ったばかりで効果は出ていないが、なんとなく上手くいく予感があった。
似た者同士の二人だ、なんだかんだで馬が合うだろう。