三話め
めぐみがその話を聞いたのはしぶしぶと小さく絵を描いた翌日だった。太田がうるさいから主人公の顔だけ丸っこくデフォルメして描いた。
瀬戸には「似てない〜」と笑われたし、佐藤にも「まあ、味のある絵だよね」と言われた通り、上手くはない。一度でも描けば太田の気が済むと思っていた。
昼休みに隣のクラスに遊びに行ったクラスメイトが太田が隣の席の男子と交換日記を見て悪口を言っていたのを目撃したと教えてくれた。もちろん、めぐみと交わしている交換日記だ。めぐみの名前が聞こえて何かと訝しんだら、悪口が聞こえたらしい。
「下手くそだ」と嘲笑う男子と太田は楽しげに「そうだよねえ」と同意してたとか。
めぐみはすぐに隣のクラスに特攻した。昼休み終了の予鈴がなっているが、文句をいう時間は十分ある。
めぐみが太田の席に近づくと隣の男子はいなかった。めんどくさくなるからいなくて結構である。
「ねえ、太田さん。交換日記を隣の男子に見せて笑い物にしてたって聞いたんだけど、あんた、何してるの?」
「え、そんな、笑い物にしただなんて」
「へえー。ノート見せたのは確かなんだ。なんで勝手に見せてるの?
そもそも、わたしはやりたくないって言ったよね。キャラ描くのも嫌だって言ったのに、しつこく描け描けって言っておいて、こういう真似するんだあ?」
「え、違うよ。そんなつもりはなくて。あの、どうしても、見せてって言われて。仕方なくて」
「断ればいいじゃん。あんたはあんたが描いた絵をわたしが友達とキモいって馬鹿にしててもいいんだ?」
「そんな、ひどいよ。西野さん、そんなこと」
「そのひどいことしたの、あんたでしょ。わたしは勝手に人に見せたりしてないけど?」
狼狽える太田をめぐみはジロリと睨んだ。
瀬戸たちに見せたが、悪口は言ってない。被害者ヅラする太田にムカついたから、そのことは口をつぐむことにする。
「交換日記なんか、わたしはやりたくなかったんだから、他の相手を探しなよ。わたしはもうやめるから」
「西野さん、ひどいよ! ノートは勝手に見られたんだよ?」
「一緒に『下手くそだ』って笑ってたんでしょ。ひどいのはあんたのほうじゃない」
めぐみはうんざりとして頭を振った。これ以上、太田に付き合いたくはなかった。それに本鈴が鳴る前に教室に戻らないとまずい。
「交換日記したかったら、隣の男子とやれば? 性格悪くて、あんたとお似合いじゃん?」
めぐみは捨て台詞を吐いて教室に戻った。
「太田の隣って、金井だよ。サッカー部の」
瀬戸が教えてくれた。
めぐみと小学校が違うが、サッカー部で一年からレギュラー入りしてたと聞いたことがあって、名前だけは知っている相手だ。
「金井ってさあ、校庭で女子が遊んでるとこに必ずボール蹴ってきて、女子にとってもらってた。一々、うざかったよ、あいつ」
「へえー、そうなんだ」
「・・・その金井って、この前騒いでたヤツ?」
めぐみがクラスの中央に視線を向けた。
椅子に横座りして後ろの席の子とおしゃべりしているのは天野さおりだ。大人しい、というか、落ちついた性格で、何事にも淡々として動じない冷静沈着な女子だと、ついこの前までは思っていた。
写生会のちょっと前に、きゃあきゃあ騒いでいる女子がいて、珍しくうるさかった。天野と周囲の席の女子で、うるさいのは天野以外だ。
「さおちゃん、本当なの?」
「いつ、告白されたの? ねえ、それで昨日一緒に帰ってたの?」
「うん、あいつから付き合ってって言われたんだ」
どうやら、天野が男子生徒から告白されてお付き合いになったらしい。お隣のクラスの男子で、金井という名前が聞こえてきた。
天野はこういう話には興味がなさそうと思っていたから、騒がしい中心にいるのは珍しい。意外だな、とめぐみは眺めていた。
天野は鞄から編み棒と毛糸を取り出したかと思うと、編み物の本を机に広げた。本を見ながら、編み棒に指で作り目を作っている。
「あいつの誕生日が来週だから、セーターでもプレゼントしようと思って」
「やっるう! 手作りなんて彼女っぽいよね」
「彼女っぽいんじゃなくて、彼女でしょお?」
他の子にツッコまれて発言者はあはは〜と笑っているが、めぐみは「嘘でしょお?」と呟いていた。
「一週間でセーター編めるわけないじゃん。えー、無謀だわ〜」
「そうなの?」
「うん、前見ごろに後ろ見ごろ、両袖と四つもパーツ編んで縫い合わせなきゃだよ?
ベストでも無理そうなのに、初心者がセーターとか。それを一週間でなんて、間に合わないって」
「にしのん、詳しいじゃん?」
瀬戸が揶揄うような顔をしていた。めぐみは肩をすくめた。
「小学校で編み物クラブに入ってた。マフラー編んだけど、一週間でなんてできなかったよ」
本当は手芸クラブに入りたかったのだが、大人気で定員オーバーになった。あぶれた者は空いているクラブから選ばなければならない。
めぐみは体を動かすのは苦手だったから、運動系クラブはなしだ。文化系クラブを狙って人気のなかった編み物クラブにした。母の趣味が手芸で編み棒など道具を持っていたし、わからなくなったら教えてもらえると思ったのだ。
一人一作品は仕上げて、クラブ発表で展示すると言われて、何を作るか色々と調べた。その時にセーターは無理そうだとなって、単純に一直線に編んでいけばいいかとマフラーにした。クラブの時間だけで編んでいたが、完成には一月程かかっている。
天野の手元を見ると、何度もやり直していてまだ一段目もできていない。編み物初心者だと一目でわかる。
「一週間でなんてできないって、わからないのかな?」
「彼女アピールがしたいんでない?」
「そうかもねえ」
瀬戸が皮肉げに天野のほうを見ていた。佐藤も納得したように頷く。
めぐみは呆れた目で不器用に編み棒と指を動かす天野を眺めていた。
「結局、セーターは無理だったよね」
「休み時間にしか編んでなかったもん。十センチもなかったでしょ、あれ」
佐藤の言葉にめぐみが答えると、瀬戸が天野のほうを見やった。
天野は休み時間ごとに編み棒を動かしていたが、それ以外には時間をかけていなかった。天野の周りの女子もだんだんときゃあきゃあ騒がなくなって、逆に「それ、間に合うの?」と心配するくらいだった。
金井の誕生日が過ぎて、一人の女子が「セーターどうなったの?」と恐る恐る尋ねたら、予想を外さない返事があった。
「あ、うん。間に合わなかったから、渡さなかった」
「そうなんだあ・・・」
「・・・へえー、まあ時間がなかったからねえ」
「でも、こういうのは気持ちが大事だから」
はあっ? と思ったのは、その会話が聞こえた全員だったに違いない。天野の周りはなんとも言えない雰囲気になっていた。
耳に入っためぐみたちも呆れた顔が隠せない。
「それは気持ちがこもっている物に対して言うセリフだと思うんだけどねえ〜。休み時間だけの気持ちって何?」
めぐみがぼそっと呟くと、瀬戸も笑いそうな顔になっている。
「てっきり、編んでるとこ見せておいて、買った物でもプレゼントするかと思ったよ」
「カモフラージュが杜撰すぎない? 全然、編んでなかったし、嘘だってすぐバレるっしょ?」
佐藤もバカじゃないの? と言いたげだ。
めぐみの天野さおりに対する人物像は下方修正された。思っていたよりもミーハーで独りよがりな性格かもしれない、と。
あれから、天野付近がうるさくなることはなかった。彼氏彼女の単語も聞こえてこない。
「結局、天野と金井ってどうなってるの?」
「さあ? 全然、話を聞かないから、別れたんじゃない?」
「はやっ!」
瀬戸がケラケラと笑った。めぐみも皮肉な笑みを浮かべる。
「金井がフリーならちょうどいいわ。太田とこのまま付き合って、ラブラブな交換日記でも交わせばいいんだよ」
めぐみは交換日記はこれで終了したと思っていた。
変人エンカウント1・天野さおり
変人レベル1
「こいつ、ちょっと変だな」くらいだが、「ちょっと」が積み重なっていくと、ウザさが増す。レベル2に移行して、関わり合いになりたくなる。
変人エンカウント2・金井
変人レベル3
目立ちたがりでウザい。ちょっかいかける女子も性悪で趣味が悪い。面倒事から逃げる危機回避能力だけは高い。関わり合いになると、面倒くさそうなヤツ。




