余命半年
「ワシの余命が半年だからだ」
先刻の病院にて医者も同じ調子でワシにそう告げた。
いつもと身体の調子が違うと思い、念のため病院に行ってみれば診断の結果は癌だった。かなり進行していて医者の見立てでは転移の可能性もあるらしい。積極的な治療は年齢的に望めないという話だった。
ただ、驚きはしたものの絶望はしなかった。来るべき時がついに来たか、とそう思った。六十五歳という年を考えれば、なにも珍しい話ではあるまい。
しばしの沈黙の後、夢野さんは「そうですか」とただ一言発した。
困らせたかと思ったが、夢野さんの表情は変わっておらず、なにを思っているかさっぱり読み取れない。
「それは、お気の毒でしたね。それで、夢はどうでしょうか?」
「は?」
「見たい夢ですよ。なにかありませんか? あ、ちなみにここで訊いている夢は眠るときに見る夢のことで……」
「…………」
こいつはなにを言っているんだ?
「あんた、ワシの話を聞いておらんかったのか?」
ワシが呆れながら言うと、夢野さんは「へ?」とおかしな声を出した。
「余命半年だと言っただろ」
「ええ、たしかにそう伺いました。しかし、夢はたとえ余命半年であっても生まれたての赤ちゃんであっても見るものですから、あまり関係ないのではないでしょうか?」
ワシは呆気にとられた。平気で余命半年を復唱するとは。普通は気を遣ってその話題はさけるものだろうに。
ワシは呆れるのを通り越して思わず笑ってしまった。
「あんた面白いやつだな」
「恐れ入ります」
夢野さんはそう言って頭を下げた。
「どうでしょう、石原さん。なにか思いつくものはありませんか?」
「そう言われてもな……」
正直、考えたこともなかった。自分の人生に未練や後悔はないのだ。今さら願いなど思いつかない。
「難しく考えなくてもいいんですよ。過去には楽しかった思い出を振り返る人もいましたから」
「思い出を振り返る?」
「ええ。その方は家族との思い出を振り返っていらっしゃいました」
「家族か……」
ワシが黙って考えていると、夢野さんが言った。
「初回は無料ですから気軽に考えてみてください」
「……初回無料? どういうことだ?」
ワシが訊くと、夢野さんは顎に手をやった。
「そうですね。順番にお話しましょう。まずは夢を見る流れについてご説明します」
夢野さんはそう言って、右側にある大きい棚から一枚の白紙とボールペンを取り出しテーブルに置いた。
「手順は簡単です。まず自分の名前、夢を見る日時、夢の内容の三つをこの紙に書きます。夢を見る日時は寝る時間と起きる時間でオッケーです。記入が終わったら紙を枕の下に置いて寝るだけです。そうすれば紙に書いた内容の夢を見ることができます」
夢野さんは流れるようにすらすらと説明した。
「名前と寝起きする日時と夢の内容か」
「はい。記入は原則こちらでしていただきますが、夢の内容がどうしても決まらない場合は持ち帰って記入してもかまいません。その場合は名前だけこの場で書いていただきます」
「さっき初回は無料と言ったな。これに金がかかるのか?」
「二回目以降はこの紙一枚三千円で取引しています」
夢野さんは紙を掲げて言った。
三千円。決して安くはない額だ。得難い経験と考えれば、むしろ破格の安値だと言う人もいるかもしれないが。
うーん、と唸りながら少し考えた後、ワシは言った。
「まあ、立ち寄ったのもなにかの縁だ。無料というならとりあえず一枚試してみよう。ただ夢の内容はまだ決まっておらんから、それは家で書かせてもらう」
「承知しました。では名前の記入だけお願いします」
夢野さんから渡されたボールペンを受け取り、ワシは紙の右下に自分の名前を書いた。石原吉三。
「紙は折ってもかまいません。破れないようにだけ注意してください」
ワシは背もたれにかけていたコートを着て、そのポケットに紙を二つ折りにして入れた。
いつの間にか夢野さんは扉を開けて見送りの準備をしていた。そしてワシが出入口の前に立つと、深々と頭を下げた。
「またのお越しをお待ちしております」
「ワシが金を払う価値があると判断したらな」
ワシがそう言ってニヤついて見せると、夢野さんは「手厳しいですね」と苦笑交じりに言った。




