最終話 青い炎
「先生、すみません。わざわざ、面会時間を延長して下さって」
弐区の母親の入院する精神病気、その廊下に望海と担当医の姿があった。
「望海さんのご活躍は看護師からも良く聞いていますから。特別に処置させて頂きました。お母様の容体ですが、入院当初よりは大分落ち着いて来ています。ただ、会話は難しいようで。食事も点滴でどうにかという状態ですね」
「確かに、母は入院前。ヒステリックというか自分の感情がコントロール出来なくてパニックになっていたように思えました。父がいた頃は私達姉弟の仲を取り持ってくれて。「お母さんはそう言ってるけど、本当はこう言いたいんだよ」と母の本音のような物を口にしてくれていました」
「そうですか。正直な話、私は勿論。看護師にも距離を置かれている状態で。未だにそうなったキッカケが掴めない状態なんです。申し訳ありません。早期回復をと思ったのですが」
そう言いながら立ち止まり、医師は頭を下げる。
その様子を見て、望海は慌てて頭を上げるように促した。
「そんな!私は先生方にお任せしている身ですから文句を言えた立場にありません。いつも、ありがとうございます。実は母の実家の方に最近お会い出来まして。生い立ちを聞いた事があるんです。かなり特殊な家だったようで、そこで不遇の扱いを受けていたと。また後で本人にも話そうと思うんですが、大変な思いをして私達を産んで育ててくれた。その思いを伝えたいと思います」
「分かりました。では、私はこれで。何かありましたらナースコールを押してください」
その言葉に望海は頷き、お見舞い用の季節の花が咲いた小さな鉢植え持ち母親の病室に向かった。
「お母さん、久しぶり。中々、お見舞いに来れなくてごめんね。新しい花、持って来たら飾っておくね。香りも良いんだよ」
「...」
母親は反対側の窓の方を見つめるようにベットに横向きで寝ているようだった。
返答してくれないのはいつもの事。いつも通りの作業をしていると突然、口を開いた。
「娘って言うのは大変ね。こんな母親の面倒も見ないといけないなんて。圭太もそう。もう、来なくていいわ。あの子にもそう伝えて頂戴」
「...ごめんね?迷惑だった?」
「いいえ。こんな価値のない私に優しくしても仕方ないでしょう?ほら、貴女。運び屋やってるんですって?先生から聞いたわ、依頼人を届けた方がお金になるし。功績にもなるでしょう」
そのあと、母親が仰向けになると乱れた黒髪に炎は炎でも赤でなくそれよりも熱い青い炎を持つ瞳が此方を見つめてくる。望海は久しぶりに母親の顔をまともに見た気がした。
「もう、素直じゃないな。お母さんは。...分かってるよ。こうなって、1番嫌な思いをしているのはお母さんだって。ごめんね、富士宮咲耶さんって知ってる?従姉妹なんだよね?私、その人から色々聞いちゃって。お母さんが実家で酷い事をされてたって」
「...そうね。学校にも行かせてもらえなかったし。ずっと、この眼が嫌いだった。青い炎なんて富士宮家には誰1人としていなかったわ。だから、私が生まれた時。母親は父親に他の男の子を産んだって疑いをかけられて捨てられたのよ。それからはずっと年老いた使用人や庭師が私の事を育ててくれていたわ」
「...そっか。あのね、お父さんから聞いたの。お母さん、凄い女学院に憧れてたって。だから私、第一志望で受験して受かって...結構、何も言ってもらえなかったけど。ちょっとはお母さんの願いを叶えられたのかなってそう思ってた」
「余計なお世話よ。学費だって馬鹿にならないんだから。貴女は私じゃない。それで?文句を言いに来たの?そうでしょうね、授業参観に行ったって自慢出来るような母親でもないし。悪かったわね、嫌な母親の娘に産んで」
「違うよ!お母さん、もうやめて!そう言いたい訳じゃないの!私は嬉しかったんだよ、お母さんの娘でいられて。圭太だってそう思ってる。お母さんが素直じゃない。素直になれないのは皆知ってる!お父さんも良く分かってた!」
そう言われると母親は黙りこくってしまう。
そのあと、青い炎に透き通る海のような瞳が合わさった。
「お母さんは誰よりも努力家で、私たちの習い事とか稽古にも付き合ってくれた。自分と同じ道を通らないようにちゃんと教育を施してくれた。それに、運び屋としての血をちゃんと私達に伝えてくれた。これ以上に立派な事ってある?私でも出来ない事をお母さんはしてくれたんだよ!」
「...それは私が忌々しい富士宮の血を引くからで、私の功績じゃないわ。全部家の力よ」
「それで良いじゃん!お母さんが富士宮家出身って言う事も含めて全部自分なんだよ。お願いだから、私に厳しい事を言っても良いから。どうか、自分の事は卑下しないで。貴女は私の大切なお母さんなんだから」
泣きながら望海は母親の手を握ると、彼女の瞳の炎が揺らぎ涙が流れる。
「...違う。違うのよ。本当はそんな事を言いたいんじゃないの。望海、覚えてる?女学院の入学式、圭太と日付が被って貴女1人で行かせてしまったの」
その言葉に望海はしっかりと頷いた。
別の学校で双子と言う事もあり、母親は時間を分けてそれぞれの入学式に参加する事になったのだ。
「とてもね、誇らしかったのよ。新入生代表として答辞を読み上げる貴女の姿。他のどの生徒よりも、輝いて見えた。あの人もね、七五三が限界だって言ってたけど本当はずっと貴女達の側にいたかったでしょうね。貴女達はあの人の忘形見。私達の希望なの」
「うん!お母さん、私は皆んなの希望だよ。勿論、お母さんの希望でもあるからね」
そう言うと母親は望海の頬を優しく撫で、微笑んでいた。
「もう、入院して一、二年になってしまったわね。ちゃんとご飯食べてる?家の事は全部私がやってたから、貴女に家事を教えた事もなかったし」
「大丈夫、心配しないで。圭太もいるし、東屋の人達とか運び屋の仲間とか、スポンサーの斑鳩様とか色んな人に支えてもらったから。でもね、私にはお母さんが必要だよ。本音を言うと早く退院して家に戻って来て欲しい。圭太も今は家にいないし、不安な事も沢山あって」
「そうね、貴女1人に全てを背を負わせてしまった。出来るだけ早く家に戻れるように私も頑張るから。いつもお見舞いに来てくれてありがとう。望海、貴女は私の自慢の娘です」
「うん...うん!ありがとう、お母さん」
そのあと、母親は彼女を抱き寄せ頭を撫でた。
望海は子供のように母親にしがみつき、震えながら涙を流していた。
ハンカチで涙を拭いながらも、ホッとした様子で帰路に着く望海の元に更なる試練が発生した。
自宅の表札の下に設置されている郵便受けから新聞を取り出そうとした時、それに紛れて黒い封筒が落ちたのを見つけた。
宛先にはそれぞれ「東望海様」「東圭太様」と書かれていた。
「...なにこれ?」
彼女はそれを手に取ると、何かカードのような硬い紙が入っている事に気づく。
どうやら、運び屋達の試練はまだ終わりを告げられないようだ。
「鉄壁の運び屋 肆ノ式 ー秘密倶楽部と財閥の標的ー」終




