悪役令嬢、実力を隠して
エリーたちは特に襲撃を受けることもなく船から下り、サッド公爵の領地へと向かった。
彼の領地は内陸のため、移動には馬車を使用する。
ゴトゴトと揺られて数時間。
エリーたちは彼の領地へと到着した。
「……うぅん。何か、微妙」
「アシルド。気持ちは分かるけど、そういうことは素直に言っちゃいけないよ。こういうときには、時代を感じさせる街だね。とか、言えば良いんだ」
「なるほど。勉強になります。バリアルお兄様!」
エリーの兄弟たちが、家族の乗る馬車でかなり失礼な会話を繰り広げる。
2人の会話にもあるように、確かにサッド公爵家の領地はあまり発展しているとは言えなかった。
エリーたちを招待するところがそうなのだから、そこから離れた場所にある地方などはかなり荒れていることが容易に予想できた。
これだけで、エリーたちの期待は大幅に低下。
というか、1人以外は期待していなかった。
エリー以外の全員は。
そう。
エリーは期待しているのだ。
ーーパーティー中も私の暗殺をするのよね。暗殺方法に良いモノが見られることを期待しましょう。
数日前までは頭を抱えていたのにもかかわらずこの様子。
そんな余裕を感じさせる中パーティーは始まっていき、
「それでは、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
さすがに最初から暗殺が始まることはない。
まずは、アシルドの紹介が行われる。
「皆、聞いてくれ。今回、我がハアピ家の次男がいることを公表したいと思う!」
会場がザワついた。
完全にハアピ家のもの以外予想していないことであったから。
参加者の視線は完全に父親が集めていた。
こうなれば、独壇場である。
「アシルド。来なさい」
「はい」
父親がアシルドを呼ぶ。
アシルドは、緊張した顔持ちで父親の元まで歩いた。
「皆様初めまして。私、ハアピ家次男のアシルドでございます」
アシルドが震える声で挨拶をしていく。
ーー頑張るのよ!今日はいろんな家から人が集まってるし、他の場所にもアシルドの存在のことは伝わるはず!ここでの評価が今後につながってくるわ。
そんなエールをひっそりと送っていれば無難にアシルドの挨拶が終わった。
父親はアシルドを家族の元へ帰させて、貴族たちに呼びかける。
「我が家も、コレで安泰と言って過言ではないだろう。アシルドのことを公表するのはここが初めてだから、何かあるなら行動は早くすることをお勧めするよ」
公表するのは初めて。
行動を早くすることをお勧め。
言葉には出していない真意を訳すと、縁談とか決まってないから。今なら成功する可能性があるよ。
と、言うことである。
だが、残念ながらほとんどの貴族は令嬢を連れてきていない。
なぜなら、エリーとの婚約を目的に、息子を連れてきているからである。
そのため、アシルドはあまり縁談で囲まれるようなことはない。
父親が一応配慮したのである。
ーーまあ、アシルドが囲まれないのは良いんだけど。
エリーはそう思いながら、周りを見回す。
エリーがどこを向いても、貴族の子息ばかり。
ーー私の方の縁談が多すぎるのよぉぉ!!!この子たちの親、私の暗殺計画に加わっている人も多いはずなんだけど!?
「どうだい。エリー嬢。これから僕と」
「いや。僕と共に」
「いやいや、やはりここは」
「いやいやいやいやいや」
「俺!俺と!!」
エリーの周りを貴族の子息が囲む。
それから、そのもの達にいろいろなことに誘われ続けた。
「ふふふっ」
エリーは頑張って笑みを浮かべた。
ここで怒鳴ってしまっては、自分の築き上げてきた信頼が下がりかねないのだから。
だから、怒鳴るのは心の中だけにとどめておいた。
ーー邪魔よ!顔が近い!しかも、口臭の手入れしていないじゃない!凄い息が臭いわ!最悪!!!早く!早く終わって!!
エリーは嗅覚を鈍らせるスキルが欲しくなった。
だが、いくら加護によってスキルが取得しやすくなっているからと言って、これだけでは手に入ることはできなかった。
だが幸いなことに、そうして数十分耐え続けていると救いの手は差し伸べられて、
「キャアアァァァァ!!!!????」
会場で絶叫が響いた。
エリーが悲鳴のした方向を見るとそこには、
「動くな!動いたらぶっ殺す!!!」
黒い服をまとい、顔を隠したモノたちが見えた。
エリーは、自分のことを殺しに来たモノたちだと推測する。
ーーナイスタイミング!やっと臭い責めと顔面責めから解放されるわ!
エリーはかなり喜んでいた。
自分への暗殺者に喜べるなど相当縁談相手達がきつかったことがわかるだろう。
「女はテーブル側に。男は絵画側に移動しろ!」
黒ずく目が指示する。
すると、数名が怯えたような表情でその指示に従った。
最初の指示に従うモノが現れると、後は次々と従うモノが出てくる。
ーー従順にさせるため、協力者が動いてるのね。
エリーは最初に動いた協力者であろうモノたちを見ながら、自分も目立たないように動く。
それから、会場にいる護衛たちの方へ目を向けた。
「ぐあっ!」
護衛たちはあっさり敗北。
ーーよわぁ。護衛、よわぁ。
こうなるともう守ってくれる存在はいなくなってしまうわけだが、
「何のつもりだ!」
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
貴族たちはひるむことなく、黒ずくめたちに抗議の声を上げる。
脅すよう言葉をかけるモノもいたが、黒ずくめたちは無反応だった。
ーーバックに公爵家がいるわけだし。下の方の貴族とかどうでも良いわよねぇ。
エリーは、男女で別れさせられた会場内で思う。
「うるさいな。1人ぐらい片付けて黙らせるか」
「っ!?」
黒ずくめの1人が剣を抜く。
それで、貴族たちは顔を青くした。
その表情を見て気分を良くしたのか、軽い足取りでそのまま貴族に近づいていく。
そこで、黒ずくめたちの視線が男性側に移った。
もしかすると事前に男性側の誰かを痛めつけることを計画に入れていたのかもしれない。
だがそうであるとしたらその計画は大きなミスであり、
ーー今!チャンスね!!
エリーは音を立てないようにしながら直線的に駆け出す。
走りながらエリーはスカートの中のナイフを抜き、近くの黒ずくめに突き刺した。
初撃は、走りながら空振りさせておくのを忘れない。
初撃が強化されるスキルなんて発動したら頑張って手加減しても強さを隠し切れないのだから。
直後ブシュッ!と、血が吹き出て、エリーのドレスを染める。
だが、エリーはそんなことを気にせず、そのまま次のモノに狙いを定めた。
まだ、黒ずくめたちには気づかれていない。
ブシャブシャッ!
並んでいた2人を刺し殺す。
そこまでで、黒ずくめの1人がエリーに気づいた。
他のモノたちが気づくように声を上げようとして、
バシュッ!
「っ、ゴボッ!」
声ではなく血を出した。
その首には、ナイフが突き刺さっていた。
4人の殺害に成功したが、相手が油断していたのはそこまで。
黒ずくめたちは、数人がエリーに剣を構えていた。
それ以外は、貴族たちに駆け出す。
人質を取るつもりだった。
が、全員ナイフが後頭部に刺さり死亡する。
「背中を向けたら、危ないですわよ」
余裕の笑みを浮かべるエリー。
しかし、敵はひるむ様子を見せない。
「おのれぇ!!」
黒ずくめのモノたちは、3人でエリーの前に立ち塞がった。
そして、その3人に隠れるようにして他のメンバーが貴族たちに向かう。
エリーが3人に切りかかるものの、
キンッ!という音と共に剣をはじかれる。
「くっ!邪魔ですわ!!」
エリーも、3人を倒すのは難しい。
いや、実際は簡単なのだが、人目があるので難しいと言った方が正しいだろう。
ということで、
カンッ!と音が響き、
「あっ!」
エリーの剣がはじかれた。
エリーは宙に浮かぶ剣を目で追って、
「お兄様!」
「分かっているさ!!」
後をバリアルに託した。
バリアルにもそのことは伝わったようで、素速くバリアルは、はじかれた剣を掴んで駆ける。
「はぁぁぁ!!!!」
バリアルは黒ずくめの1人に斬りかかる。
バリアルの剣の腕は、英才教育を受けてきたので高い。
それこそ、その辺りの盗賊くらいなら余裕で倒せる。
黒ずくめは一瞬で、首が胴体とさよならした。
「くそっ!コイツを押さえるぞ!!」
「あぁ!面倒くせぇ!!!」
貴族を狙っていた黒ずくめたちは、バリアルに殺されることを警戒して立ち止まった。
バリアルの相手は5人。
「くっ!数が多い!!」
「ふひゃひゃ!人数差で押し込んでやるぜぇ!!」
いくらバリアルが強いからと言って、まだ子供。
流石に5人相手はきつかった。
が、それ故に黒ずくめたちは油断していた。
そのため、背後からエリーが投げたモノに気づかない。
「えっ!?」
「うわっ!??」
コロコロッ。
バリアルの足下に、投げられたモノが転がる。
「コレは!」
バリアルは目を見開く。
彼の目に映るのは、赤く染まった丸いモノ。
人の首だった。
「ひぃぃ!!!」
「ぎょえぇぇぇぇ!!!????」
貴族たちから悲鳴が上がる。
バリアルもつられそうになったが、無理矢理気持ちを押し込め、隙だらけの敵に向かって駆ける。
「はぁぁ!!!」
バリアルは気合いを込めて剣を振り、2人の首を飛ばした。
残りの3人も、まだ正常な状態に戻っておらず、すぐに殺せた。
「よし!」
バリアルは殺し終わって、勝利をかみしめた。
それから、エリーの方を向いて、
「あっ!エリー!今助けるよ!!」
まだ、エリーの方は終わっていなかった。
首を投げる余裕はあったものの、3人の相手は相変わらず続けざるをえなかったのである。
だが剣の腕前では勝っている(ことになっている)助っ人が加勢すれば、
「………ふぅ」
「終わり、ましたわね」
エリーたちは最後の黒ずくめを打ち倒し、その場にへたり込んだ。
だが、エリーは先に行動を行う。
近くにあったテーブルクロスをとり、倒した黒ずくめの1人に近づく。
その様子を、バリアルは不思議そうに眺めた。
「一応、1人だけ生かしておきましたわ。拷問を行うなら、この方にでもやって下さいまし」
そう言いながら、エリーはテーブルクロスで黒ずくめの1人の腕を縛る。
その様子を見ていたサッド公爵が、ガクンと膝を折った。
その様子は、さながら恐怖から解放されたことの安心感からのように見えた。
だが、そんなこと彼が考えるわけがない。
実際は、エリーを殺せなくて絶望しているのだ。
護衛が出てくるならまだしも、エリーとバリアルだけで片付けられてしまったから。
「閣下。お具合でも悪いのですか?」
膝をついたサッド公爵に、エリーが優しく微笑みかける。
その姿が、サッド公爵からは絶望の象徴に見えたのであった。
恐怖により侯爵は黙ってしまったが、幸いなことにそれを気にする人間は少ない。
代わりに、
「エリー君。バリアル君。助かったよ」
「2人とも。ありがとう」
「お礼に、我が家でパーティーを開かせて貰うよ。是非来てくれ!」
「あっ我が家でも!」
「私の家でもパーティーを!」
貴族たちが、エリーとバリアルにお礼を言ってきた。
お礼を言ってきたはずなのだが、途中からパーティーに招く方が盛んになっているのは貴族らしさが滲み出ていた。
「パーティーの話はありがたいですが、先にドレスを着替えてきてもよろしいでしょうか?」
エリーはドレスに付いた血を見ながら言う。
そうすると、貴族たちは離れてくれた。
エリーはそのまま着替えに行こうかと思ったが、主催者にも話を通しておいた方が良いと思い、サッド公爵の方に向かった。
サッド公爵は、まだどこか虚ろな目をしている。
「閣下。着替えてきてもよろしいでしょうか?」
「え?あ、ああ。構わない」
公爵の許可が出たので、部屋から出ようとすると、
「ねえ。後で話せる?」




