悪役令嬢、召喚について
「そんな組織が……」
イルデは考え込むようにして、視線を机に落とす。
そんなイルデに、エリーはさらなる情報を手渡した。
「そして、最後は提案なんですが、聖女を召喚しませんこと?」
「………は?聖女?」
エリーの提案を受け、イルデは口をぽかんと開けた。
全くエリーの言いたいことがわからない様子である。
聖女というのは、ゲームの主人公のこと。
主人公は、聖女という役割を与えられ、異世界から召喚されるのだ。
そして、その聖女を召喚するのが、教会の役割の1つである。
エリーとしては、その召喚を起こさせなければ危険にさらされることは無いと思ったのだが、実はそうでもないことをこの世界で暮らしていて分かったのだ。
聖女の役割は、聖なる結界を作って、魔族からの進攻から世界を守ること。
エリーには、その魔族たちを全て倒すことは厳しい。
だからこそ、聖女という存在はエリーにも必要なのだが、
「聖女は聖なる心を持つモノ。あなたが教会の危険性を伝えれば、協力してくれるはずですわ」
「………なるほど。聖女を利用するのか。考えておこう」
イルデは真剣な表情でそう言って、姿勢を正した。
エリーは、そのまま会談が終了すると思ったのだが、
「でも、僕はそれだけじゃ無いと思うんだよね。例えばそう、君の護衛とかなら、暗殺とかできるんじゃないかな?」
イルデが踏み込んできた。エリーに優秀な護衛がいることを知っている辺り、かなり情報収集をしてきたようだ。
エリーはできるだけすました顔をするよう心がけつつ、
「私の護衛はあなたに協力する気は無いと思いますわ。彼らが欲しいのは実績ですの。しかも、かなり目に見えた実績が。それをあなたは、用意できるんですの?暗殺なんて隠さなきゃいけない事柄では名前を売れませんのよ?」
エリーの問いかけに、イルデは顔をゆがめる。
その顔が、否定を物語っていた。
しかし諦めるわけではなく、
「そ、それだけじゃない!お前には、盗賊殺しの妖精がいるでしょ!アイツはどうなんだよ!」
エリーは返答に困る。
盗賊殺しの妖精は、エリーのことなのだから。
「あれは、私の部下ではないですわ。盗賊殺しは自分の意思で殺しているんですの」
嘘ではない。
嘘ではないが、だましている感じがするのは否めない。
だが下手なことは言えないため今はこういうしかないのも確か。
イルデの方も妖精の方の情報はあまり手に入れられていないようでそれ以上深く追求はできず、
「……そうか。じゃあ、お前の言うとおり、薬局に接触しつつ、召喚を煽ってみるとしよう」
「それが良いですわぁ。……あっ!あと、召喚は学園に入るときにやった方が良いと思いますわ。学園なら、他の教会のモノに邪魔されることはないはずです」
エリーはできるだけゲームと召喚の時期が合うように言っておく。
さすがにゲームのことなどは知らないためイルデはそんなエリーの思いには気づかず、言葉をそのまま受け取って納得した。
そして数秒思案した後、
「関わりたくないという割に色々手伝ってくれて助かったよ。また、来ても良いかな?」
イルデが期待するような目でエリーを見つめる。
ーーえっ!?これだけで味方認定されたの!?
「ダメですわ。今回こんなに情報を渡したのは、しばらく私と接触する必要をなくすためですの。あまり私たちの結びつきがあるように見せたくないですわ」
「……そ、そうかぁ。残念だなぁ」
イルデは肩を落とす。個人的な感情は抜きにしてもこのつながりは重要であるため、ここまでしっかりと断られてしまうのはきついだろう。
ただエリーはそんな様子を見てもなぐさめようとはせず、逆にこの少年を利用しようと考えた。
鬼である。悪魔である。
「教会を潰さないんであれば、また来ても良いですわよ」
「ハァ?潰さない?僕に諦めろって言うの?」
少し怒ったようなイルデ。
だがそんな怒りはものともせず、
「半分正解で、半分間違いですわ。私が言いたいのは、教会ほどの大きな組織なのですから潰すのはもったいないということですの…………ですから、イルデ様。教会を乗っ取りませんか?」
エリーはそう言って、黒い笑みを浮かべる。
イルデはエリーが何を考えているのか分からず、その笑みと隠された意図をただ恐れることしかできなかった。
そんな状態のイルデを落ち着かせることも落ち着くまで待つこともせず、席を立って会談の終わりを伝える。
終わりだという意思を見せつけられるともう引き留められるような材料を持たないためいるでも立ち上がるしかなく、
「それじゃあ、あの件。考えておいて下さいね」
「あ、ああ。考えて、おくよ」
エリーの言葉に、イルデは歯切れ悪く返事をする。
難しい表情のまま、イルデは教会のモノたちと共に帰って行った。
「お疲れ様ですエリー様。もう少しゆっくりした方が疲れないと思われますが、残念ながらお時間となってしまいました」
「あら。結構話し込んでしまったんですわね。お父様たちを心配させるわけにも行きませんし、急ぎましょうか」
専属メイドのメアリーがエリーに時間が無いことを告げ、エリーは急いで立ち上がる。
そのまま、メアリーと共に部屋を出て行った。
扉から出たところで、メアリーは視界に何か映ったような気がして振り返る。
だがそこには、誰もいない部屋が映っていただけだった。
ーーあれ?エリー様が座ってた椅子に、紙が置いてあった気がするんだけど。
気のせいだったのだと思いメアリーはすぐに視線を帰り道に戻す。
そんなメアリーは、エリーたちを見つめている少女に気づくことはなかった。
その少女の頭には獣のような耳が生えており、手には小さな紙が握られている。
「教会を調べるように、か。私が入るとしましょう」
少女はそう小さく呟き。姿を消した。
数時間後。エリーがイルデと話した日の夜、エリーはクラウンのアジトの1つに来ていた。
その目の前にいるのは、獣の耳をした少女、サードである。
「クラウン様に指示されたとおり、教会を少し探ってみました。そちらで見つかったのが、こちらの資料です」
サードが資料を渡してくる。
エリーはそれにざっと目を通した。
最初は適当に読んでいたが、途中に気になるところがありもう1度読み直す。
そうしていくうちにエリーの顔がだんだんと驚愕の色に染まってきた。
「何!?イルデは、洗脳されている?」
資料に書いてある子供、イルデに対する数種類の洗脳と、それに対する結果。
エリーはそれに1つ1つ、じっくり目を通していく。
「なぜあんな子供が教会の壊滅を望むのかと思ったら、仕組まれたことだったのか」
「はい。そして、その洗脳を行っているのはおそらく、」
そこまでサードは言って、軽く頷く。
ーーえ?何?そこで、あなたも分かりますよね。みたいな感じは困るんだけど!分からないわよ!
「……なるほどな。対応できるか?」
「はっ!もちろんです!!」
少し黙っていてもサードからは答えが出てこなかったので、エリーは丸投げすることしかできなかった。
ーーま、まあ、全てを私が知らなければならない必要は無いのよね。社長が全部知らないといけないとか言って、上司への報告が絶対になったら、社内のプロジェクトの進行は確実に遅くなるわ。サードたちも十分優秀だしその辺の知識は私よりもあるはずだから、おとなしく任せることにしましょう。




