悪役令嬢 漁村だ
「エリー。朝食が終わったら私の部屋に来なさい」
「分かりましたわ。お父様」
毒の加護を得て、メアリーが専属メイドとなった次の日、エリーはまた父親に呼び出しを食らった。
素速く朝食を食べ、父親について行く。
その後ろには、今までと違い専属メイドのメアリーの姿が。
しかも、それだけでなく、兄も一緒に付いてきている。
「入りなさい。……って、バリアル?お前は呼んでいないぞ」
どうやら兄は勝手に付いてきたようだ。
父親の言葉に、兄は真剣な顔で返した。
「僕も領地の管理については学びたいです!」
「なるほど。なら、話を聞くだけだぞ。お前は、エリーに助けを求められない限り口出しをしてはいけない。いいな?」
「はい!」
どうやら、今回の話は領地の話らしい。
エリーは、どんな産業を活性させるかで思考を巡らせる。
「さて、まずは。エリーに任せる領地を伝えよう」
1度思考を止め、父親の言葉に集中する。
「エリーに渡すのは、漁村、ガリタッドだ」
ーーぎょ、漁村!!!やったぁぁぁ!!!!
エリーは港がある町と言うことで、テンションが最高潮になる。
「……あの。そんな町、聞き覚えがないんですが」
ハイテンションなエリーに対し、兄は暗いトーンで言った。
どうやら、エリーが任される漁村はあまり有名な場所ではないらしい。
まあ、幼い子供に有名な都市を任せることはあり得ないから、当然と言えば当然。
ーー別に小さくても良い。クラウンと同じく、その漁村も大きくしてあげるわ!
「バリアル。ここは私とエリーの場だ。君が意見を言うのはエリーが助けを求めたときだけと言っただろう」
「なっ!?……はい。すみません」
兄は怒られた。
エリーは、父親が怒ると怖いと言うことを感じ取っていたため、冷酷な父親の姿を見て、姿勢を正す。
「ふむ。分かりましたわ。地図などがあれば見せていただきたいのですが。できれば、地図だけじゃなくて税の状況なども」
「……これだ。色々と書いてある」
「ありがとうございます」
エリーは父親から紙を受け取る。
そこには、税の徴収状況などの経済状況や、開拓状況などが書いてあった。
見たところ、完全な赤字である。
支出に対する収入が少ない。
少ないどころではない、少なすぎる。
支出が収入の7倍以上。
「何がこんなに支出を……。え?」
エリーがあるところで目をとめる。
支出の半分以上の額が描いてある欄が空白なのだ
「あの。お父様。この空白は?」
「……賄賂だ。村長への」
エリーは天を仰いだ。
ーー賄賂の金額多すぎないかしら!?
「あの。村長さんはどういった方なのかしら?」
「村長か?村長は、遊ぶのが好きな人だよ」
ーーつまり、賄賂とは村長が遊ぶためのお金って事!?
頭が痛くなる話だった。
「この村長は、どういった経緯で村長になったのですか?」
エリーは選考理由を尋ねる。
ただ、尋ねたものの、エリーにはなんとなく予想できた。
「村長は、前村長の子供がなるモノだよ。貴族と同じで、家系によるモノ」
「そ、そうですかぁ。この賄賂って、カットしてもよろしいのかしら?」
エリーは父親の目を見て尋ねる。
もし、村長との繋がりが重要だというのであれば、賄賂を送らないわけには、
「ああ。カットして良いぞ」
「ああ。やはりダメで、……はぇ?良いんですか?」
エリーは目を見開いて驚く。
まさか、村長との繋がりを斬って良いとは思わなかった。
「本来の予定では、その村は潰すつもりだったからな。賄賂を要求する割に、全く結果を出さない。村長を消すわけにも行かなかったから、景気の良くないその村は消してしまおうと思っていたんだよ」
どうやら父親は、村を取り潰すつもりだったようだ。
ーーん。ちょっと待って。それ、私に使えない場所を渡したって事!?
エリーはいらないモノを押しつけられたという事実に気づき、肩を落とす。
だが、すぐにその瞳に熱い炎を燃やす。
そして、父親を見返すために頑張ろうと心に誓うのであった。
「さて、私はとりあえず、支出の大半を占める村長への賄賂のカットをしたいと思っておりますが、お兄様は何かご意見がありますか?」
一応エリーは兄に意見を聞いておく。
今まで、父親の指示に従ってずっと黙っていたので、流石にかわいそうだと思ったのだ。
「え?あっ。僕かい?僕は……特に、ないかな。僕にはよく分からないや」
そう言って、バリアルは寂しげに笑う。
だが、すぐに首を振って、笑みを浮かべた。
「でも、エリーは凄いね。僕には分からないことも、エリーには分かるんだ」
「いや。私も、たいしたことは分かりませんわ。とりあえず支出が大きな所を見ただけですし」
「いや。それでもだよ。僕には、まず何を見れば良いのかすら分からないからさ」
そう言うバリアルの言葉には、エリーへの尊敬が感じられる。
バリアルとしては、エリーは将来守るべき対象だった。
だが、現在、その思いが揺らぎ始めている。
もしかしたら、エリーは自分が守る必要など無いのでは、と思ったからだ。
バリアルから見た限り、エリーは自分よりも頭が良いし、貴族社会でも問題なく生きていけるはず。
だから、エリーをどの場面で守れるのか。
それが、バリアルには分からなくなったのだ。
「さて、それではバリアルは出て行ってくれ」
「はい?わ、分かりました」
首をかしげながらも、兄は大人しく出て行った。
扉が閉められるのを見てから、父親は口を開く。
「エリー。王族方と会う日程が決まったよ」
「……なるほど。いつでしょうか?」
どうやら、王族とお友達になる機会が決まったらしい。
エリーは、できるだけ事を荒立てないようにしようと誓う。
「明明後日だ」
「随分とすぐですね」
エリーは目を覆う。
思っていたより早い。
「因みに、毎週同じ曜日に行くから。心得ておけ」
「……はい。了解致しました」
エリーは喉から出そうになっているため息を飲み込み、頭を下げて部屋から出て行く。
そして、メアリーに指示を出す。
「漁村のガリタッド、だったかしら?1度視察をしたいから手配を頼むわ」
「承りました。すぐにご用意致します」
「エリーお嬢様。申し訳ございません」
メアリーが、深く頭を下げる。
エリーはそんなメアリーに手を振って、頭を上げるように言った。
「大丈夫よ。私の見通しが甘かったわ」
エリーが頼んだ、漁村、ガリタッドへの訪問がかなわなかったのだ。
まず、エリーは首都に居るのだから、漁村のような場所にすぐに行けるわけがなかった。
ーーでも、思ったより近いのね。
メアリーが聞いてきた話によって、エリーの管理する村は、エリーが予想していたより近い所にあることが分かった。
なんと、3時間ほどで行けるのだそうだ。
意外な速さである。
が、それには理由があった。
確かに、エリーの予想通り、首都に近いところに漁村はない。
普通に行こうとすれば、4日は掛かるらしい。
それを、普通じゃないようにできるのが、
転移の魔法である!
エリーの前世の世界にはなかった、チート。
転移を使用すれば、遠いところだってすぐに移動できるのだ。
「さて、じゃあ、午後の予定を変えないと行けないわね」
父親に話して、明日には領地に行けることになった。
明明後日には王族と会うので、なかなかハードな日程である。
でも、ハードな日程ではあるモノの、今日の予定はない。
今日は暇である。
「ん。あれは!」
今日の予定を決めようと、屋敷を歩いていると、ある人物を見つけた。
エリーはその人物に声をかける。
「キシィお母様」
「……あら。エリー」
キシィが冷たい目線でエリーを見下ろす。
そして、嫌らしい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、お勉強しましょうか。付いてきなさい」
エリーはキシィに静かについて行く。
キシィが部屋に入り、エリーはその部屋に、教えられた通りの入り方で入る。
「さて、お勉強を始めましょう」




