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死霊のわたわた  作者: 塔之借名
第一章
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第二話 北の穴から②

 死霊術の儀式が行われてから更に三日が過ぎた頃。暗雲は今だ天を覆い、それはキスラの心にも新たな影を落としていた。


 あれから儀式で呼び出した死霊を全て調べ直したが、結局使い物になりそうなのはあのゲルまみれの光球一つきり。それも完璧な出来とは言いがたく、記憶に幾らかの混濁が見られる事が判明した。

 特に欠落が激しかったのは、自己に関しての記憶だ。日本という島国の生まれである事。「コウコウ」という教育施設に通う学生であった事。後は親しい者からは「シン」という名で呼ばれていたという事くらいしか分からなかったのである。



「一般常識とか、知識と呼べるものは結構覚えているんですけどね。家族の思い出とかはさっぱりです」


 それがまるで他人事であるかのようにシンは呟いた。


「記憶というものは種類事に分けられて頭の箱に収められている。恐らく片方の箱だけ壊れてしまったのだろう。あるいは、お前自身が思い出したくない事があってそれに封をしているか」


 キスラもそれを咎めることなく淡々と分析するのみだった。

 きっと死霊というものには付き物のトラブルなのだろう、とシンは当たりをつけたが、それにしてはキスラの様子はどうにもおかしかった。予想の範疇のトラブルにしては妙に気落ちしている。

 思い切ってその辺りの事情を訪ねてみると、キスラはため息を吐いた後にぼそぼそと歯切れ悪く語りだした。


「単純に戦力の問題だよ。本来ならこの儀式で死霊の軍勢を作り出す腹づもりだったからな。それが他の死霊は現状では使い物にならん。お前の次にマシなのでさえこの調子だ」

「やめてよぉ。マジ無理ぃ……」


 穴ぐらの中を目的も無く漂う光球を一つ、キスラは掴みとった。若い女の声のそれは、ふるふると震えながらキスラの行動に対して一応の意思が見受けられる反応を見せるが、やはり覇気はない。


「魂という存在はそれ自体が純粋な魔力の塊であり、魔力の行使には意思の力が必要だ。つまりお前たちの体は、自らの心の振れ幅によって力の大きさが決まる。だから不撓不屈の精神を持った英傑達の魂を素材に、と考えていたんだがな……」


 結果はコレだ、とキスラは心底つまらなそうにその手に掴んだ光球を指先でつついた。


「お前たちは一度アチラ側の世界で『終わり』を迎えた死者の魂だ。常人の精神というものは濃厚な『死』の邂逅に耐えられない。こうなるのはむしろ普通だな。お前が無事なのは死の瞬間の記憶も飛んでいるからだろう」


 シンもその考えには同意だった。記憶こそ無いが、自らが英傑に近い高潔な精神の持ち主だったとは到底思えなかったのだ。今こうして目の前の死霊術師に反抗もせず、穴ぐらの外に待ち受けているであろう冒険に心動かされることもなく、ただ流されるままにキスラと過ごしているのが良い証拠である。

 だが続いてキスラが発した言葉には男として承服しかねるものがあった。


「つまり現状戦力はお前一人で、それも限りなく0に近い1だ。お前は記憶が無いお陰で辛うじて動けているが、記憶が無い死霊は弱い。意志が弱いからな」

「記憶が無くとも意志の強弱とは無関係なのでは?」


 馬鹿にされたような気がして、シンは少し腹立たしげにそう返した。


「では聞くが、お前には戦う理由があるか? なんでも良い。元の場所に返せ、あるいは帰りたくない。体を元に戻したい。以前より強い体が欲しい。コチラ側の世界で栄光を掴みたい。そんな強い感情が胸の内に沸き起こってくるか?」

「……無いですね」

「そうとも。記憶が無いお前には、そうするだけの理由が無い。良い思い出も、悪い思い出も、記憶というものは行動の指針となり感情の源泉となる。私はそうして目的を持って行動を起こさんとする者と、その願いの成就を手助けする事を条件に使い魔の契約を交わすつもりだったのだ。中には死霊にした事に対して私を恨む者も居ただろうがね」


 キスラは沈痛な面持ちで目を伏せた。まるで巡礼の旅に出る聖者のようである。

 シンはそれに水を差さずには居られない性分だった。


「記憶が残っていたとしても、目的を持って毎日を生きるような御大層な人間は珍しいんじゃないですかね。なんだか僕のいた所は『何となく』でふわふわ生きてるような社会だった気がしますし」

「うっさいな、言うなよ。今良い雰囲気に浸ってるんだから。元の魂の選定自体に問題があったみたいだし、そんな事分かってるんだ」


 虚ろな瞳で遠くを見つめたかと思うと、キスラはがっくりと項垂れた。


「なぁ、何か無いのか。願い事とか生きる目的。かっこ良くなってキャーキャー言われたいとか、欲望のままに女を抱きたいとか……」

「思いっきり俗な事を聞きますね」

「だってそういうのが一番分かりやすいんだもん。それに折角私が一族の秘術で特別製の器を用意してやったのに、誰も使わないなんて勿体無いじゃないか。お前たちのその死を越えた『器』は、生物の枠を越えて何処までも強靭に進化していく可能性を秘めているんだ! ……多分。恐らく。成功してれば」


 キスラはいつの間にか部屋の隅へ移動し、膝を抱えながらどんよりといじけている。そして時折チラチラとわざとらしくシンの居る方を覗き見ては、何かを期待するような熱い視線を投げかけてきていた。なまじ顔が整っている分、いじらしいのだか、いやらしいのだか判別がつきにくい。

 しかしそんなキスラのあざといアピールを目の当たりにしてもシンの心はすぐには動かなかった。強くなったからといってどうなるというのか。特にやりたい事も無いシンには、そんな感想ぐらいしか湧いてこない。


 だが一方で、それとは別にキスラの力になってやりたいという気持ちもどこかにあった。召喚された時も、死霊術の儀式を受けた時も、シンは自分の事を呼びかける声を聞いており、それに答えたが故に今ここにこうして第二の生を受けたのだ考えている。

 それが事実だったのならば、やはり自分は死にたくなかったのだ。死んで終わりにしたくなかったのだ。そんな確信にも似た思いがシンの中にはあった。

 そうであるのならばわざわざ死の淵から自分を救い上げてくれた魔女に礼の一つもしてやらねば男が廃るというものである。


「……まぁ確かに強くなるというのは男の浪漫かもしれませんね」


 だからシンは気づけばそんな事を口走っていた。


「だよな! やっぱり男ってそういうの好きだもんな! いや、良いぞ。みなまで言わんでも分かっている!」


 キスラは目を細めてシンを見やり、カラカラと笑った。


「さっきも言ったように、その器は我が一族が始祖の代から脈々と受け継いで発展させてきた死霊術の集大成だ。血肉を喰らい、他者の命を取り込む事で強くなっていく」

「強くなりたければどんどん戦えいうわけですか」

「その通り。その為にはただ相手を狩りの獲物として殺すだけでは駄目だ。同格や己以上の猛者を相手に挑み、追い詰め、罠に嵌める! その死の間際の慟哭や感情のうねりこそが最高のスパイスとなる」

「つまり戦い方によって獲物の栄養にプラスαが加点されると」

「お前は中々飲み込みが良い!」


 キスラの説明は黒魔術や呪術の儀式めいていて如何にも血生臭い。だが現代日本で娯楽の海に塗れて生きてきたシンは、それをゲームでモンスターを倒して経験値や素材を得るようなものかと楽観的に捉えていた。そしてそんな気楽な様子はキスラからすれば好意的なものに写ったようだ。


「そうして取り込んだ餌食の種類や、お前自身の嗜好によって肉体は変化する。死者の魔導師リッチになれば世界中の魔術師達の尊敬の眼差しを独り占め! 夜の貴族ヴァンパイアになればナウなナオンにもモテモテ! いや、ひょっとしたら全ての死者を束ね、ドラゴンですらひれ伏すという不死王(ノーライフ・キング)にすらなれる……かも! 得られる報酬は貴方の努力次第!」


 日頃そんな薄気味悪い会話を素面で交わせる相手がいなかったのか、キスラのテンションは有頂天だった。説明にも無駄に熱が入り、いつの間にやら怪しいセールストークと化している。


「未経験優遇! 完全成果制! ゼロから初められる覇道の一歩!」

「えーと、ホントにそんな上手くいきますかね?」

「それはもう、貴方の頑張り次第で!」


 ズイズイと無遠慮に顔を近づけるキスラ。それにシンは気後れして後ずさりをするばかり。異端の魔女はいつもとは別の意味で引かれていた。それでもべらべらとキスラのトークは止まらない。

 いつまでも終わる事の無いブラック企業の謳い文句の羅列を聞いて、シンは安い同情で盛大に道を踏み外したかと早くも後悔し始めていた。

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