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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第四章 最古の恐怖
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五十四話 油断



 その背丈、雲よりも高く天の国ににも届かんほど。

 たった一歩で大地を震え上がらせ、その拳一つで山が谷へと変わる。

 寝息で城は吹き飛び、咳で街が更地へと変わる。

 揺れる黒髪、黒龍の如し。轟く雄叫び、鬼神の如し。

 いかなる大業物を持った世紀の大剣豪であってもその身に傷を刻み込むことは出来ず、西方の呪い師が放つ鉄兜をも溶かす炎をもっても煤一つつくことはない。

 ただその身に刻まれたのは破壊の因子。

 触れたもの全てを破壊し、いけとし生きるもの全ての天敵。

 あらゆるものを破壊しつくし、かのものはついに天の世界から神まで引っ張り出した。

 しかし、大陸の三分の一を海底に沈め、極北の海に風穴を開けてまでかのものは神の手から逃れた。

 彼のもの名は『ダイダラボッチ』。

 星と共に生まれ、星の意思と共に世界を滅ぼす具現化した恐怖である。




 ダイダラボッチはただひたすら歩き続ける。

 なぜ歩くのかはわからない。なぜ歩かなければならないのかわからない。

 自らが踏みしめた先になにがあるかもわからない。

 だが、歩かなければならない。

 まるで、マリオネットのようにただひたすら足を上げ、地面へと振り下ろす。

 誰かが頭に話しかける。

 あそこなら、お前の求めるものがあるだろう、と。

 お前の祖先が求めてやまなかったものがいるだろう、と。

 全てを破壊する暴力が求めたもの。

 全てを破壊するがゆえに欲したものそれは―――





          *




『大盾兵、展開終了でアリます!閣下!』


『ご苦労アルゼン。ベルゼの情報からでは既に人間たちも行動を開始している。骨の一本二本程度ならかまわん。全力で進行を阻止しろ』


『イエッサーでアリます!閣下の聖戦の邪魔をしようとするなど笑止千万!この命を持ってでも阻止して見せるでアリます』


 いつものような城の警備ではなく、久々大役であるためか若干興奮したアルゼンの声が頭に響く。

 

『こっちも準備万端だぜ親父殿』


『こちらもです。コーカサスも到着しました』


『術の展開も終了しました。いつでも大丈夫ですわ』


『・・・・・・準備・・・完了・・・』


 次々に準備完了の報告が頭の中へと届く。

 ふうっと小さく息をつく。

 今のところ、巨人ダイダラボッチの行動に変わりは無い。

 ただまっすぐ、どこを見ているかもわからぬ虚ろな瞳でこちら(黒曜城)へと歩みを進めている。

 ダイダラボッチが【楽園の蛇】の手によって復活したのなら、確実に何らかの細工は施されているはずである。

 そして、巨人の目的も確定的に(かみ)であるはずだ。

 だが、俺もむざむざそれを見ているわけではない。 

 

『神の力を舐めるなよ蛇』


 両手にかかる重みを確かめる。

 巨人のでかさは半端なものではない。

 あれだけの巨躯なら体重も半端なものではないはず、そしてその体重を支えるために筋肉骨格皮膚全てが強固な鎧となっているはずだ。

 むろん、強化の能力を使っているだろうが・・・それでも素の耐久力だけでも恐ろしいもののはずだ。

 そうでなくては、あのオーディン達が逃すなどということは考えられない。

 おそらく、生半可な武器では傷つけるどころか弾き返されてしまうだろう。

 だが、こいつならいけるはずだ。

 この、神々の中でも絶対的な緊急事態以外使用が固く禁じられた、この神器ならば。


『それではこれより―――作戦名『達磨落とし』を開始する。存分に力を振るえ、眷属よ』


『『『『『『イエス・マイロード!!!』』』』』』




          *




 巨人の動きは確かにのろい、しかしその巨躯が故に歩幅も恐ろしく長い。

 その一歩は遅くても、たった一歩で五百メートル以上を踏破するのだ。

 ダイダラボッチは既に死霊平原へと差し掛かっていた。

 後一歩で死霊平原へと踏み込む、そこでダイダラボッチの身に異変が起こった。

 右足の太腿部分・・・まるで蝿がぶつかったかのような小さな痛みが走った。

 

『全力でやってこれかよ!』


 ふと声が聞こえ視線を向ければ、小さな小さな、目を凝らさなければ見えないほど小さな緑色の飛蝗が太腿に飛びついていた。

 煩わしい、うっとおしい、不快、そう思い右手を飛蝗のいる太腿に振り下ろす。

 バンッ!と風圧で地面が吹き飛び派手に音が鳴るが、叩いた太腿と右手を見ても潰れた飛蝗はいなかった。

 逃げられた。数秒だけ思考し、そのことに気がついた。

 だが、ダイダラボッチは気にしないことにした。

 何をされたのかは理解できなかったが、それでも多少不快なだけだ、我慢すればいい。

 そんなことよりも、やらなければならないことが自分にはあると。

 再び歩みを進めると、今度は首元が妙に温かい。

 それに背後で何かが光っているのか、背中から小さく光が漏れ来ている。


『・・・大型惑星をも貫くレーザーでも無理ですか』

 

 首を捻り背後を見ると、今度は半身が妙に金属的な蝿がいた。

 さっきの飛蝗の仲間か、そう思いぐるりと体を回転させ空中に浮遊する蝿に裏拳を叩き込む。

 ぶんッと余波で森が吹き飛ぶ、しかし自らの手に手応えは残っていなかった。

 また逃げられた。

 微かに苛立ちを感じ、それを振り切るように体を回転させ歩みを進めようとする。

 今度は左足の小指が少しだけ温くなっていた。 

 うんざりした気持ちで見れば、そこには灰色の種火をつけた棒を振るう紅い甲虫がいた。

 足を振り上げ、振り下ろそうとすると右足の脛に飛蝗が飛びつき、その耳元に現れた蝿が喧しい物体をぶつけてくる。

 払おうとすれば別の蟲がへばり付き、潰そうとすれば逃げている。

 十数回それを繰り返したところで、プチンと何かが切れる音がした。

 いくらなんでも、巨人にとって限界であった。

 

【■■■■■■■■■■■■!!!!】


 スキルでもなんでもない、ただの咆哮が世界を揺さぶった。

 

 ほんの一瞬だけ、世界から音が消失した。


 悲鳴も笑い声も、心臓の鼓動の音さえもただの一声が塗りつぶす。

 咆哮と共に発生したのは膨大な衝撃波。

 大地が引き裂かれ、地底からはマグマが噴出し、泥の混じった地下水がマグマと混ざり合い真っ白な煙を吐き出す。

 生物などは生存すら超えて存在すらできない。木も草も、恐怖すらも知らずただ花の上を飛んでいた虫も、全て等しくたった一回の咆哮だけで息絶えた。

 全てが死に絶えた真なる意味での死の大地にて、ようやく巨人は下手人を見つける。

 背を向け全速力で逃げる緑色の蟲・・・飛蝗だ。

 先ほどまでの俊敏さはどこにいったのか、左右にふらつきながら飛蝗は大地を駆けている。

 この程度なら、もはや手を出すまでも無い。 

 巨人はそう思い、ただ前へと足を上げた。

 ―――踏み潰す。それが、巨人の思考の結果であった。

 未だのろのろと足元を走っている飛蝗へ足を振り下ろす・・・そこで巨人は気がついた。

 いつの間にか、自らの目前に別の蟲が飛んでいた。

 真っ黒な体躯に、揺らすのは三本の尾。

 下は蠍でありながら、上は人のような体をした真っ黒な蟲。

 頭と思わしき部分に開いた八つの穴から紅色の炎が漏れ、正面にはその身よりも大きな紅色の筒を構えている。

 ―――ほら、いただろう?アレがお前の求めるものだよ。

 頭の中の声が、語りかけてくる。  

 もはや、飛蝗など巨人の頭の中には欠片も無かった。


『ガアアアアアアアアアア!!!』


 歓喜の雄たけびを上げ、巨人は走る。

 振りかぶった拳は轟っ!と唸り、黒い蟲へと迫る。

 巨人の行動は、意識無意識問わず全て一撃必殺である。

 咆哮で天変地異を引き起こし、歩くだけで大地を更地へと変える。

 その巨人が自らの意思を持って全力で放たれた一撃、それはまさしく滅びの一撃に相応しいものであった。

 巨人の全力が篭められた拳は正確に蟲を狙い・・・振り切られた。

 しかし、巨人の拳には手応えは無かった。  

 あの蟲も、自らの求めるハードルには届かなかったのか。

 巨人は落胆した・・・その瞬間、自らの足元から思わず目を細めてしまいそうになるほどの光が飛び出した。

 全てを燃やし尽くすかのように、煌々と燃え盛る炎のように真紅に輝く光の馬が。




          *



 

 最初のベルゼとグラスとコーカサスは陽動、そして誘導である。

 手傷を負わせることは考えていない。なるべく、負傷しないよう巨人の周りを飛び交えとだけ命令した。

 突然の咆哮は予想外であったが・・・作戦は成功した。

 ベルゼとグラスに夢中になっていたおかげで、チャージは既に完了している。

 後は簡単だ、アゲハの力―――すなわち氷による錯覚を利用し、俺の位置を錯覚させる。

 そして巨人が踏み込んだとき、神器を解放する。

 そう、かの有名なハンムラビ法典にも記された、目には目を、歯に歯を・・・


『原初の魔物には原初の魔物を・・・!!!』


 二十連螺旋封印を全て開放し、【過剰燃焼】による強化を最大限まで高める。

 更に、その強化された力で一本の筒を握りつぶすつもりでがっしりと握りこんだ。

 六角形の紅色で塗りつぶされた筒―――【灼砲《天穿つ朱き閃光(クリムゾンユニコーン)》】を。

 今すぐ出せと言わんばかりにガタガタと音を立て震える筒を力任せに抱え込み、照準を定める。

 あれだけの巨体だ。この距離ならば目をつぶってもあてられる。

 だが、この世界で巨人に死んでもらっては困るのだ。

 よって俺が狙うのは足、四肢の一本程度ならあの巨人は死なないはず。


『穿て!』


 そして俺は、クリムゾンユニコーンを解放した。

 筒の中から現れたのは、一匹の一角馬(ユニコーン)だ。

 伝説に謳われる汚れなき純白の体躯ではなく、数多の生物を殺戮したことで血に染まったような真紅の体躯を持つ、原初世界より生まれ、神々にすら牙をむいた伝説の悪獣。

 充血した目から赤い涙が垂れ、嘶きは荒々しく轟く。

 全ての生命に憎悪を燃やす一角馬は目前に佇む敵―――巨人へと一直線に駆ける。

 その時間はあまりにも短かった。

 筒から閃光が放たれた、そう脳が認識した瞬間一角馬は巨人へと衝突していた。

 もはや目を閉じても失明しそうなほどの極光が世界を照らす。

 閃光と同時にあがる、甲高い世界の悲鳴。

 俺はそれが収まるのを待つ。

 ここまで来てしまえば、もはや俺に出来ることはない。

 ユニコーンの爆発は、空間そのものを抉り取るほどの威力を持つ。 

 それを直撃した巨人は無事であるはずが無い。どれほどの耐久を持とうと、空間ごと抉られれば巨人はひとたまりも無い。

 後は、足を吹き飛ばした巨人をどう足止めするかどうか・・・そこまで考えていたところで、背筋に悪寒が走った。

 逃げろ、そう叫ぶ本能に従い、【神風縮破】を発動し、その場から離脱した。

 その判断は、正解であった。

 俺が離脱した瞬間―――巨大な足が一瞬前まで俺がいた場所を踏み潰した。

 隕石でも落ちたのかと思うほどの破壊が巻き起こる。

 まだ動くことが出来るほど体力が残っていたのか、そう思っていたが土煙が晴れた先の光景はその予想を裏切るものであった。


『・・・無傷だと!?』


 いや違う。確かに巨人の脛辺りに、赤い線が一本走っている。

 だが、それだけしかないのだ。

 世界が悲鳴を上げる規模の爆発を受け、それだけしか損傷していないのだ。


『あの爆風を避けた・・・いや直撃のはずだ。その上で、あれだけしか損傷していない・・・最低でもスキル発動なしの素の俺並みの耐久力・・・くそが!!』


 予想外、想定外の事態。いや俺の考えが甘かったというべきか。

 とにかく、巨人の耐久を軽く見すぎていたためほぼ全ての作戦が覆ってしまった。

 俺が持つ神器の中でも最高火力を誇る【灼砲《天穿つ朱き閃光(クリムゾンユニコーン)》】でもあれだ、他の神器では絶望的だろう。

 とりあえず、撤退だ。俺たちの仕事は時間稼ぎ、巨人討伐ではない。


『ベルゼ、通達だ。全員下げろ。アルゼンは兵だけそのままでっ・・・』


 ベルゼに次の指令を下そうとしたところ、俺は言葉を飲み込んでしまった 

 それは何故か?答えは巨人の足にあった。

 巨人の脛はその巨体ゆえに浅く見えるが、実際はかなりの肉が抉られている。

 その部分が、泡のようにぶくぶくと膨れ上がったのだ。

 最初は、傷の治癒によって細胞が異常増殖でもしているのかと思った、しかし、そんな生易しいものではなかった。

 傷口に現れたのは、無数の目であった。

 周りを無作為に見る目の大群は、やがて対になって傷口から零れ落ちていく。

 羽が生えた蛇、体の半分が口の鰐、捩れ曲がった角を持つ鬼、鋭利な牙を持った巨象・・・考え付く限り全ての怪物(モンスター)へと変わって。

 

『っ・・・全員に通達!各自東西南北に散り最終防衛ラインまで下がれ!!!』


 返事も待たずに、俺はそう叫ぶ。

 それは直感によるものであったが、決して間違ってなどはいなかった。

 次の瞬間―――怪物(モンスター)共は一斉に咆哮を上げ大地を駆け始めたのだから。   

 俺はオーディンの言葉を思い出した。 

 ダイダラボッチは巨人の始祖だ。

 つまり、全ての巨人伝説の始まりとも言うべき存在・・・それがダイダラボッチだ。

 そして、数ある巨人の伝説の中でも、世界各地でその名を変え語り継がれ伝説がある。


 その伝説こそあらゆる文明で語り継がれる伝説―――巨人の死骸から、世界が生まれたという伝説。


 それは広義的に見れば・・・世界の創造主ということを意味するのだ。

 甘かった。あまりにも甘すぎる楽観論で動きすぎていた。

 そう後悔するには時間はかからなかった。

 だが、今は後悔などしている場合ではない。すぐに対処をしなければ、本当に手遅れになってしまう 


『アルゼン!全兵を前進させろ!出し惜しみはするな!全ての兵隊を出せ!!!』


『りょ、了解でアリます!』


『全てを止めろと言わん、なるべく強大な怪物だけを狙って殺せ!ここまで来てしまった以上完全に被害を防ぐことは不可能だ!多少程度のの奴ならば人間たちのほうにも回せ!ベルゼ、知ってのとおり事態は最悪だ!援護要請を出せ!』


『かしこまりました』


 通信をつづけながらもスキルを発動し、可能な限り怪物たちを殲滅する。

 しかしその数はあまりにも多く、少なくない怪物が地平線へと消えていってしまう。

  

『原初の魔物を使っても僅かにしか傷つかず、なおかつ中途半端な攻撃は怪物を産み状況を悪化させる・・・はははっ、確かに理不尽。原初の魔物の恐ろしさ、ようやくわかったぜオーディン。恐ろしいものを復活させてくれたもんだ。だがな蛇、お前が敵に回してるのは俺だけではないということを忘れるなよ・・・!!!』


 恨み言を呟きながらも、神器を振るい、スキルを発動し、怪物たちを駆逐する。

 ここで俺は失念していた。

 まだ怪物たちの親玉・・・巨人がいたということを。

 いつの間にか快晴であったはずの空に黒い影が落ちていた。

 それは、人の形をしていた。

 それは―――空高く飛び上がっていた巨人であった。

 大気圏すら飛び越えたのではないかと言うほどの驚くべき跳躍力で空に跳んだ巨人は、ゆっくりと落ちてくる。

 拳を引き、その一撃に全体重を乗せて。

  

『しまッ・・・』 


 慌てて回避しようとするが、それはあまりにも空しき行為であった。

 天から落ちた拳は、―――大陸を叩き割り、魔神を潰した。



少し前というかかなり前と言いますか、「読書家になろう」というサイトでこの小説が紹介されているみたいです。

初めての紹介で作者感激。ありがとうございました。


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