四十八話 断章―悲劇の始まり
それでは始まりました新章でございます。
どうぞ、長くなりますがよろしくお願いします。
―――あなたは、幸福ですか?
この質問は、胡散臭い宗教家がよくする質問だ。
幸福かどうかと曖昧な質問を問いかけ相手を混乱させ、自分の思いどうりに思考を誘導する。
それが彼らの手口だ。
だがしかし、この質問は胡散臭い詐欺師だけでなく企業の、それも社長がすることもある。
入社試験の面接時に、その社長は必ずこの質問をしたらしい。
社長の気まぐれではない、この質問に対する返答一つで合否が決まるといってもいい。
この質問の意味は、日ごろの周囲の人間からの支えを認識しているかどうかである。
幸福であると答えたなら、家族が自身を支えていることを感謝しており、不幸であると答えたのならば、そのことを認識していないと判断される。
だからこそ、である。
問いたならば、必ずこう返ってきたはずだ。
少女は幸福であった、と。
*
舞い散る火花に、飛び散る赤色の花。
空に広がる黒と大地に広がる白を背景に、白の鬼が暴れ狂う。
鬼に立ち塞がるのは、黒の鬼。
必死に白の鬼を封じ込めようとするが、理性を捨て自身の肉体の限界をも考えず繰り出される一撃に、黒の鬼は次々に吹き飛ばさていく。
白の鬼は全部で五体、対して黒の鬼は五十以上。
数の差では圧倒的であった、しかし、戦力差は絶望的であった。
白の鬼が腕を振るえば黒の鬼は赤い花を散らし、黒の鬼が拳を叩きつけようが白の鬼は倒れない。
しかし、これだけの絶望を見ても黒の鬼は逃げはしない。背を向けようとしない。
己が命を犠牲にしてでも、たった少しの時間でも稼ぐ。
そんな覚悟を感じさせるように、黒の鬼達は白の鬼に立ち向かう。
鬼と鬼が暴れ狂う戦場を背に、一匹の小さな鬼が走っていた。
白の鬼と戦う黒の鬼の混じった黒とは違い、一片の混じり気の無い墨色の髪をした鬼。
鬼は腰まである墨色の髪を風に遊ばせ、目標もなく走る。
遠く、遠く、この地獄から少しでも遠くへと。
墨色の鬼は理解できなかった。
何故、今まで友好的な関係を築いてきた白の鬼が襲ってきたのかを。
何故、正気を失っているのかを。
何故―――頭に奇怪な金属をつけているのかを。
小さな頭に納まった脳を限界まで捻ろうと、答えは出ない。
だが、それも意味の無いことであった。
答えは、自ら現れたのであったから。
「いやはや残念、ここまで堕ちているとは思わなかった。あれならまだ最初の検体のほうがましだ」
全身を白で覆った、妙に若々しい声をした老人が声をあげる。
墨色の鬼は悟った。あれが黒幕だと。
墨色の鬼は爪を伸ばし、一気に距離をつめて老人の喉下へ一閃する。
鬼の爪は、意外にも呆気なく老人の喉を突き刺した。
しかし、老人は何もなかったかのように笑っていた。
「おやおや、随分とお転婆な鬼がいるかと思ったら・・・これはいい、実にいいじゃないか。ここまで純粋な黒が残っていたのは嬉しい誤算だ。フェーズ2の主要検体は君にしよう」
明るく、朗らかな笑みで老人は優しく墨色の鬼の頭を撫でる。
墨色の鬼は、まるで背筋に冷たい氷を入れられたように錯覚した。
こいつはやばい、逃げないと、そう思考を走らせる。
恐怖で硬直した体に必死に逃げろと命令を下すが、逃げられない。爪が、外れない。
老人は笑顔のまま首元をはだける。
そこにあったのはしわがれた肌・・・でなく、冷たい印象をもたせる金属の塊であった。
鬼の爪は、金属の塊の隙間に挟まるように固定されていた。
「逃がす気は無いよ。でも安心してくれたまえ、君の命を脅かすつもりは無いし、全て無駄にするつもりは無い。ジョーカー、行ってきてくれ。これ以上やらせると、大事な実験材料に破損が出てしまう」
老人が命令すると、紺色で全身を覆う仮面の男が飛び出た。
それを見た墨色の鬼は、咄嗟の判断で自分の指を切り落とした。
言葉にならないほどの痛みが脳を貫き、とびでかけた悲鳴を必死にかみ殺す。
逃げなくては、それだけが鬼に残された唯一の思考。
だが、運命はそれを許さない。
バチッと空気が弾ける音と共に、墨色の鬼はいつのまにか大地に転がっていた。
「非殺傷用のスタンガンさ。大丈夫、死にはしないよ」
黒の鬼たちの悲鳴と怒号と共にバチッと再び破裂音が鳴り、墨色の鬼は暗闇に意識を落としていった。




