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バグズ・ノート  作者: 御山 良歩
第三章 百年後の世界
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四十七話 皇国滅亡

 皇国首都の中央。

 立ち並ぶ白の塔の中で最も高く大きい塔の最上階。

 薄暗い部屋の中で、ひっそりとした十の息が聞こえる。

 飾られた装飾は一級を超えた特級品ばかり、光が少ない室内にはそれすら必要がないと言わんばかりに金銀財宝が光り輝いている。

 いつもならば、陽気とまでは言わないがそれなりに明るく陰湿な笑みが絶えることの無い部屋ではあったが、今日ばかりはその笑みも影に潜めていた。

 むしろ、焦りばかりが浮かんだ追い詰められた表情をしていた。

 だがそれも、無理は無い。

 パリンと、机の中央に飾られていた赤と茶が混じった宝石が砕けた。


「・・・四装・爆槌が死んだようだな」


 それは、自分達を守護する最後の砦が死んだ音であった。

 テーブルで砕けているのは全部で四つの宝石、その全てが砕け散っていた。


「どうなっているのだ!?」


 一人の肥満体型の老人が、机を強打し叫んだ。


「四装などと名乗っておきながら、何を死んでいるのだあの役立たず共!」


「そう当たるな。叫んでも事態は好転しない」


「これを叫ばずにいられるかっ!」


 痩せぎすの老人がそれを諌めるが、肥満体型の老人は更に顔を赤らめ激昂する。


「我らの都が、神の使徒を騙る化け物共に落とされかけているのだぞ!後六体残っておるが、四装以上の者は一体しかおらん以上、この場所にもいつ来るかわからん!もしや、我らの―――」


「―――少々騒がしいなあ」


 しかし、肥満体型の老人の声は、一人の青年によって止められた。

 老人の半分も生きていなさそうなほど若い青年、だがその一声で部屋中の音が消え去った。

 それもそのはず、青年はこの皇国の最高権力者。


「きょ、教皇様・・・」


「もはや、何を叫ぼうが無意味だよ。そんなことににエネルギーを使うのは実に非合理的、もっと有意義に使ったほうがいい」


「・・・ならば、教皇様にはなにか考えがおありで?」


「まずは、ここから撤退するしか道はないね。もっとも・・・」


 ―――それもできそうにないけど。

 ドンッ!と、一つしかない部屋の出入り口である扉が蒸発(・・)した。

 一瞬にして燃え尽きたことにより発生した衝撃波が波打つように空気を震わせ、塵と埃が宙を舞う。

 そして、あふれ出たのは黒の炎と、異形の蟲。

 永久不滅、暴力の化身、黒太陽を司る者―――魔神。 


『よくわかったな』


「それだけ、馬鹿みたいな魔力を垂れ流されればイヤというほどわかってしまうさ」


 ムーはポイッと手に持っていたものを机の上に投げる。

 カランと軽い音を立てて、教皇の目前に転がったのは二十五枚の大きな金属板。

 それが表すことに老人達は驚愕し、教皇はただ一人興味深そうに目を細める。


『湖国に二十人、下で五人、各門にて四人・・・全員で三十人なら残る一人、いや人形なら人でなく体で数えるべきであったか?まあいい。降伏しろ、これ以上の抵抗は無意味だ』


 ムーの体から黒い炎が噴出し、包囲するように教皇含む全員を囲んだ。

 逃げ場は無い。しかし教皇の顔に焦りの表情は浮かばない。


「無意味?いや違うね、全てのことに意味はあるさ」


 教皇は、右手を小さく挙げる。

 それが合図であった。

 それは(・・・)テーブルを踏みしめ、一筋の銀の煌きがムーの首元に迫る。

 ムーは、それに対し人差し指を立てる。

 ギャリンと金属が擦れあう音が響き、それが(・・・)姿を現した。

 モノクロで彩られた道化師のお面をつけた、紺色のコートで全身を覆う男。

 神罰騎士団最後の一人―――団長。


『人でありながら人ならざる膂力、この世界ではありえないほどの技術によって作られた装備の数々、そして最後に禁忌の領域たる魂の改変・・・隠す気は毛頭ないのだろう、なあ』


―――異界人よ。


 教皇の口が、弧を描くように歪んだ。


「そうさ、私は異界人、この世界に生まれたものではなく別の世界に生を受け、この世界へ降り立った旅人さ。世界移動は実に苦労したよ」


『当たり前だ。簡単であれば、神界の存在意義がなくなる』


「し、神界?異界人?い、いったい何の話を・・・?」


『黙ってろ』

 

 ゆらゆらと左右に揺れていたムーの尾が、一瞬だけブレる。

 次の瞬間には、風船が弾けるような音を立て老人の首から上が消し飛んだ。

 悲鳴を上げようとして、それを必死に飲み込む音が小さく鳴った。

 少しでも物音を立てれば死ぬ、彼らはそう理解していた。 


『いかんな、あまりにも気が立ちすぎて力加減を間違えてしまった。賢明な行動を頼むよ』


「はっはっは、実に面白い冗談だね。頭を狙っておいてそれはないんじゃないかな?」


『俺が狙ったのは肩だよ、異界人』


「そう、でもね。異界人異界人と芸の無い呼び方はやめてくれないかい?」


『そうか、ならばこう言った方がいいか?』


 教皇の後ろにある、旗を指差す。

 特級品ばかりが並べられた豪奢な部屋の中で、一つだけ浮いているボロボロの旗。

 腐った林檎に咥える双頭の蛇が描かれた旗。

 この絵は、神界でも特別な意味を持つ絵だ。もちろんそれは・・・


『―――魂干渉の第一人者【楽園の蛇】』


 決していい意味ではないが。


『お前らのせいで、わざわざ特例が作られたぐらいだ。あっち(神界)では必ず知る名前だぞ。よかったな』


「人気者は辛いねえ。でもね、我々はただ人類の限界に挑みたかっただけなんだよ。神ともあろうものが、自分の力を超えるのが怖いからって自由と可能性を剥奪するのは随分と器が小さいんじゃないかな?」 

『勝手に自滅するだけなら俺達は干渉しない。ただ世界に害しか与えないのだから、消したまでだ』


「それで、わざわざ我々を世界ごと殺したのかい?」


『毒の入った料理から、毒だけを取り除くのは不可能だ。貴様らの技術はあまりにも拡散しすぎていた。俺達も世界を消すのはリスクが大きい、しかしそれをやるしか方法は無かったんだよ。もっとも・・・一番消したかったお前らが生きてるんだからあまり意味はなかったかもしれないがな』


「一応あれだけでも、大半は死んだ。生き残った同志も両手で足りるほど、更にいうと今生き残れているのは私だけ。だけどね、彼らの遺志は無駄にはしない。我々の世界(楽園)を奪い去った神に復讐を、驕り高ぶる神々を殺し尽すまで、我々の復讐は終わらない。第一の実験は終了した。それじゃあね魔神、次のイベントを楽しみにしていてくれ」


『逃がすと思うか?』


 【最上位魂魄武具生成】で投槍を生み出し、四本の腕で投擲する。


「そんなもので捕まるとでも?」


 投槍は教皇の胸を貫いた。

 違う、教皇の胸を通過した。

 ぽっかりと空いた穴は、確実に即死必須の致命傷、だが血は一滴たりとも流れ出ない。


『・・・ちっ、幻か』


「一体どれだけ我々が、海千山千の神々と鬼ごっこをしてきたと思っているのかな?たかが生まれて千年も生きてない新神に負けるほど我々は愚かじゃない。次は魔神、君の墓場で会おう」


『上等だ。貴様は転生などさせん。魔神()が直々に、地獄の最果てに叩き込んでやる』


「はっはっは・・・楽しみにしておくよ」 


 笑い声を残して、教皇は部屋から消えていった。

 残ったのは、恐怖に震える老人達。

 ジロッと、ムーは老人達に視線を向ける。


「わ、私達は何も知らない!全て、あの教皇に命令されただけだ!」


「そ、そうだ!私は何もやってない!」


 矛先が自分達に向けられたと理解して口々から飛び出るのは、自らの擁護の言葉と教皇への誹謗中傷。

 彼らは勘違いしていた。

 はあ、とムーはため息を一つついた。


『貴様らがやったかどうか、もしくは知っているかどうかは関係ない。知っている可能性がある、それだけで有罪(ギルティー)だ』


 燃え盛る黒炎の右手に現れたのは、一冊の本。

 毎度お馴染みの【禁魔導】によって出現したオーディン製魔導書の一つ。

 だが、今回は【不完全魔導理論】ほど甘くも優しくもない。

 あれとは比較にならないほど、邪悪なオーラを発している。

 立ち上る紫煙は花びらのような形に整えられ、空気に溶けていく。

 訝しげにそれを見ていた老人達は、一斉に喉を押さえ呻き声を上げ始めた。

 そう、本から漏れ出ているのは瘴気、読むまでも無くあるだけで空間を蝕み犯す毒書。


『光栄に思え。貴様らが崇拝する神であろうと、滅多に使われることの無い魔術だ』


―――大地に垂れる一滴の緋雫。


 喉を押さえ音無き声を上げる老人達。

 謝罪の言葉も、救済の言葉も、怨嗟の言葉ももはや届かない。


―――盲目の愛を奏でる愚者よ、破滅主義の賢者よ。


 紫煙は渦巻き、テーブルの中央に一つのゲートを作り上げた。

 

―――強欲なるものはその身に鮮紅の命を刻み付けろ


 ゲートより現れたのは、一抱えもある巨大な華。

 毒々しく、目に痛いほどの色彩は実に怪しく、そして美しい。

 だが見るものを吸い寄せるほど美しい華は、まだその蕾を開けてはいない。


―――無欲なるものはその身に苦痛を孕め。


 ゆっくりと、ゆっくりと、蕾は開いていく。

 

―――虚構なる世界を吊るし上げろ。


 老人達は、目が飛び出るぐらい瞼を開き、ぜいぜいと声を荒げる。

 不死の神々への懲罰として開発された魔術、それは陽と陰を、白と黒を反転させる魔術。

 不死がもっとも恐れる『退屈』に匹敵する猛毒。

 


―――世界よ『真悦を教えたまえ(ピュレー・ナルツ)



 快楽と苦痛を反転する魔術であった。




          *




 ―――皇国異変報告書。

 ある日を境目に突如として、皇国との通信が途切れた。

 それを不審に思った王国は、調査隊を派遣。

 しかし、三十人送って帰ってきたのはたった一人、それも王の前で報告を終えると糸が切れたように息絶えてしまった。

 『皇国の首都は壊滅状態、周辺には強力な魔物が徘徊しており探索は困難、至急大陸緊急会議の要請を』

 その報告を受け、王は国庫を開き、冒険者ギルドのSSランク冒険者【残影】に依頼。

 金貨五千枚という前代未聞の大報酬に【残影】は驚きながらも快く承諾。

 直ぐに、皇国へと向かった。

 十数日後、帰ってきた【残影】が持ち帰った情報は恐ろしいものであった。

『生存者ゼロ、精霊騎士団の死体は多数発見、襲撃者は魔蟲と思われる。

 また、神罰騎士団の死体は見られなかったが、各門の惨状を見て生存は絶望的である。

 魔蟲は皇国内を徘徊しており、中心へ向かうほど強力であり、最深部では【残影】の隠密すら見破りかけた個体が存在。

 続いての調査隊派遣は、よほどの大人数でない限り奨励しない』

 それだけ述べて、【残影】は去っていった。

 王国は、これを受け大陸緊急事態宣言を発令。

 直ぐに、各国の主要人物が集合した。

 緊急大陸会議にて、各国から送られた調査隊でも皇国の滅亡を確認。

 また、その首謀者らしきものも確認された。

 Sランク冒険者『銀色の疾風』のエルフからもたらされた情報から、皇国滅亡の首魁は漆黒の蟲人であること、そしてその拠点が死霊平原にあることが確認された。

 冒険者ギルドは、この漆黒の蟲人をEXランクの魔物と決定。

 討伐報酬は、その生ある限りの無限の資金提供、そして皇国が保有していた領土とした。

 だが、どれだけ会議が進もうと何故この蟲人が皇国を滅ぼしたかはわからなかった。

 皇国に常に狙われていた湖国は関係性を疑われたが、それならば森国も同じことであり、皇国には元々潜在的な敵が多かったということで納得された。


 そして、余談ではあるが【残影】の報告書には奇妙なものがいくつかあった。

 中心に向かうほど強力になる魔蟲であったが、何故か枢機卿と教皇の会議場には侵入しなかったらしい。

 それを奇妙に思った【残影】が【遠視】で確認したところ、そこに広がっていた光景は更に奇妙なもの、体の損傷が激しい死体ほど安らかな笑顔で死んでおり、逆に損傷が少ないほどまるで地獄の責め苦にあったかのような壮絶な表情で死んでいたらしい。

 部屋への突入も考えた【残影】であったが、あまりの魔蟲の多さに諦めたらしい。

 王国も多少奇妙に思ったが、大したことではないと表ざたにされず処分された。

 

 

これで皇国編終了。

皆さんの予想どうり、教皇様は異世界人です。

でも自力でトリップ、頑張ってるね。



この後はちょっとした設定集を上げるかもしれません。

あくまで予定ですよ。



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