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37 また明日


 塔を出ると、すでにヒィロポリスの街並みは茜色になっていた。

 この時間帯、砂の色がゴールドに見える。

 砂金のビーチを歩く気分に浸れるから、俺は割と好きだった。

 しかし、ゲームなら30分で終わりそうなクエストに所要2日はけしからん。

 その分、楽しめたし、教訓も得た。

 が、次は時短とか効率ってやつを突き詰めてみるべきだろう。


「ケンゾー殿、ネコカ殿、いかい世話になった」


 ガンケンが柔道家のような愚直さで坊主頭を差し出した。

 チユもシスターというより巫女っぽく低頭し、


「ケンゾーさんのおかげでおとぉたま……こほっこほ、お父さんも無事に帰って来られました! ネコカさんとも仲良くなれて、わたし嬉しかったです!」


「フン。別に仲良くなったつもりはないわ」


 とネコカは腕組みでデレる。

 道中、ソリが合わなさそうな二人がそれでも談笑しているさまは、傍目には微笑ましくもあった。

 そもそも、美少女とは見ているだけで微笑ましくなってくるものである。


「この大恩、どうお返しすればよいか」


 ガンケンの言葉に、俺はビッと耳をそばだてる。

 それはもう小銭の落ちる音を聞いた守銭奴のような反応っぷりだ。

 目なんてドルマークよ。


「しかし、ケンゾー殿は見返りなど求めぬ御仁。お返しなどと申すは、かえって無礼であろうか」


「いやいやいやいや……! いやいや、ヤイヤイヤイ! そこはほら! クエストに挑むモチベーションの8割は報酬だろ。で、二人はどんなクエスト達成報酬をくれるんだ?」


 俺は受け取る気満々でおわん型にした両手を差し出している。

 ガンケンとチユがあっけに取られて顔を見合わせたが、別にどう思われようと構わん。

 クレクレ。


「聖職者はお金をあまり持ちませんし、何もお支払いできるものはありません」


 チユは自分の胸に鼻先を突っ込もうとしているんじゃないかってくらい下を向いてしまった。


「何も金だけが報酬じゃないだろう」


 と俺は詰め寄る。

 ほぼ無意識のうちに両手はいやらしくワキワキしていた。


「まさか、貴殿。娘の……」


 ガンケンはそこで言葉を切る。

 岩石みたいな顔が溶岩風に熱を帯びていく。


「……だが、世話になったのも事実。娘の代わりに私が請け合おう」


 いや、どう考えても美少女シスターの代わりが溶岩ヅラの熊男に務まるとは思えない。

 こっちから願い下げだ。

 帰れ。


「ほら、何かあるだろ?」


 と俺は食い下がる。


「新しい別のクエストに派生したり、一見なんだかわからない謎の古道具を持て余していたり、さびついた秘密の鍵とか、暗号が記された薄汚い布とか、教会の地下の開かずの部屋の話とか、信者の謎めいた噂とか、教皇が実は宇宙人とか……」


「そのゲーム脳、やめなさいよ。痛々しいから」


 ネコカが、ああやだやだ、と離れていく。

 なら、俺は近づく。


「ゲーム脳が痛々しい? ゲームという言葉を冠している時点で痛々しいわけがない」


「こいつはダメね。もう末期症状が出てるわ。スマホ、近づいちゃダメよ。スマホゲームになるわよ」


「了解ですニャ! ご主人!」


「よーかいニャ! ごすずん、にょ!」


「そうね。あいつはゲーミング妖怪だわ」


「ゲーミング妖怪? 悪くないな」


《ムノウ》と《ゲーミング妖怪》――。

 通り名にするならどちらがいいかと問われれば、余裕で後者だ。


「あの、こういうのはどうでしょう?」


 チユが恐る恐る手を挙げる。


「わたし、今日から3食、ケンゾーさんのお食事を作ります」


「いや、さすがに住み込みはちょっとな……」


「誰も住み込みだなんて言ってないじゃない。刺すわよ」


 ブスッ。

 俺はボケ役を自負している。

 ボケること自体に殺意を向けられちゃ商売あがったりだ。


「差し当たって、これから夕食などいかがでしょう。ケンゾーさんのお宅にうかがってもいいですか?」


「娘が男の家に……?」


 燃える岩みたいな巨漢がゴゴゴ……、と噴火寸前の火山さながらに空気を揺るがす。

 こっちにもユーモアを理解できない人種がいたよ。


「チユ、ありがたいんだが、今日くらい親子水入らずで過ごすといい」


 俺は模範解答みたいなことを言った。

 内心テンションダダ下がりだ。

 ゲームには常に労力に見合った報酬が用意されている。

 タダ働きや骨折り損は存在しない。

 やはり、ここはリアルということか。


「女の子が手料理作ってくれるってのよ? なんでガッカリしてんのよ。これだからゲーマーは」


「そもそも、ゲーマーは2食しか食べないからな。それもカップ麺。食べる時間がもったいないし」


「これだからゲーマーは」


 チユとガンケンは三拝九拝で慇懃に礼を言って帰路についた。

 その背中を見送って、俺たちも歩き出す。


「いいことをすると気持ちいいな」


「思ってもないこと言うんじゃないわよ。なんぴとも私の前では本心のみを述べなさい」


「報酬欲しかったなー。感謝とかいらん。あと、クエストクリアの表示と、パンパカパーって紙吹雪の演出が欲しかった。これだからリアルは」


 ひょっとすると、クエストという概念自体この世界にはないのかもしれない。

 ちょっと寂しい。


「今度、チユと服を見に行くの。彼女、修道服しか持っていないから楽しみだって言っていたわ」


「メイド服をプッシュしろ。猛プッシュだ。ネタ装備として防具屋にあるから。費用は全部俺が持つ。倍出してもいい」


「そんな卑猥なもの、プッシュしないわよ。押すどころか引かれるわ。金だけよこしなさい。倍よこしなさい」


 なんだかんだネコカはチユと仲良くなったらしい。

 NPCをあんなに毛嫌いしていたのに。


 でも、ネコカはこの世界への認識を変えたわけではないだろう。

 彼女は「服を見に行く」と言った。

「買いに行く」ではなく。

 些細な違いだが、実際ネコカは服を買わないと思う。

 この世界で買った服に意味なんてないからだ。

 必要最低限の装備品しか彼女は持たないだろう。

 限りある所持金を、この世界から脱するために最大限有効に運用するはずだ。

 甘いものも食べないし、綺麗なアクセも買わない。

 そんな人生が楽しいとは思えない。

 でも、そもそも、ここで起きるすべてのことが、ネコカにとっては「人生」ではないのだ。


「どうしたのよ? 急に深刻そうな顔しちゃって」


 ネコカは小さなヒップを突き出して、俺の鼻の穴を覗くように見上げてくる。


「今後の方針を考えていたんだ」


「え、ケンゾーが将来のことを考えていたの?」


「そうだ。考えていた。カタツムリが量子力学を考察するよりは現実的かつ生産的だろ?」


「どんぐりの背比べね。あなたのどんぐりはカタツムリより少し大きいわ」


「だろ。俺のどんぐりがこう言っている。まずはネコカのレベル上げに専念すべきだって。50レベになったら、第10階層のボスに挑もう」


「その前に第10階層のボス部屋に続くルートを探さなきゃならないわね」


 ネコカは面倒臭そうに言う。

 だが、俺は楽しい。

 やることがあるってのは素晴らしい。

 全クリして、「やること」をなくした瞬間、どんなゲームも急速に熱を失ってしまう。

 夢から覚めるみたいに。


 だから、俺は人生のようなゲームがしたい。

 やることが尽きないゲームを。

 永遠に遊べるゲームを。


 この世界は理想的だ。

 まさしく俺が望んだ世界。

 ネコカにも好きになってもらいたいところだが、彼女にはきっと残酷で無慈悲なデスゲームに見えていることだろう。


「……っ」


 だからこそ、俺は驚いた。

 ネコカが、履いていたブーツを急に蹴っ飛ばしたからだ。

 靴下も脱ぎ捨て、真っ白な素足を黄金の砂地に突っ込む。

 少し爪の尖った足の指が砂金を掴んで持ち上げる。

 さらさらと金のミストが舞った。


「まだ温かくて気持ちいいわ。地面っていいわよね。ここは私が目指すべきゴールから一番遠いところだけど、それでも安心するわ」


 デスゲーム中とは思えない屈託のない笑顔だった。


「ちなみに、その心は?」


「私、ここでの1日を現実との引き換えだとか思っていないわ。無駄だなんて思わない。ここでしかできないことも全力でやって、そのうえで元の世界に帰るつもりよ」


「そうか」


「そうなの!」


 俺はずっと遊園地にいたいタイプ。

 ネコカは遊園地を全力で味わい尽くして、最後には家に帰りたいタイプ。

 両者は致命的な相違点を抱えている。

 でも、共通点もある。

 遊園地が大好きってことだ。


 俺は嬉しい気分になって、思わず笑顔をこぼしてしまった。


「じゃあ、ネコカ。また明日。朝イチでオベリスク前に集合だ」


「ええ。また明日ね、ケンゾー」


 双頭の黒猫を頭に乗せて駆け去っていく軽やかな後ろ姿を、俺は見送った。

 そして、くるりと踵を返す。


「今夜は徹夜で『オベ4』だ!」


 寝るとか馬鹿のすることだ。

 賢者は黙ってゲーム、ゲーム。


 俺はスキップしながら再度、塔に飛び込むのだった。


これにて、完結です。

読んでくださった皆様、ありがとうございました。

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