29 デザートはヤキモチ!?
「でも、驚いたよ。意外と歩けるんだな、チユって」
3人と1匹で焚き火を囲んで夕食を楽しむ。
若干1名楽しんでない奴もいるがな。
「シスターとなった折、父に連れられてダンジョンに入りましたから。少しだけですけど。これでも経験者なんですっ!」
チユが胸を張る。
プレート同士の衝突でヒマラヤ山脈ができるよりも遥かに心躍る造山運動だった。
「ヒィロポリスの聖職者ってオベリスクを信仰しているんだよな」
「はい。神の御柱だと信じています。翼を持たない人間が天の楽園へと至る唯一の手段。それこそが、この黒の塔なのだと」
この世界の貴人は塔葬を好む。
なるべく高いところに祀られたがる。
第100層の階層主なんて、この国の王様だったりする。
今はまだご存命だと思うが。
「歩いて行ける天国だなんて素敵だこと」
ネコカがあからさまにフン、と鼻を鳴らした。
彼女はいろんなものを嫌っているが、中でも神は一等嫌いらしい。
俺は好きだ。
なんかカッコイイ。
でも、宗教は嫌いだ。
人間の手垢の臭いがする。
「不思議ですね。夕日があんなに下に見えますよ。雲も近いですねー」
変になりかけた空気を、チユが無邪気な声で立て直しにかかる。
俺も乗った。
「もっと高層にいけば真横にオーロラが見えるぞ」
「なんで砂漠にオーロラが出るのよ。このへん、赤道付近でしょ」
「ええいネコカよ、いらんことを考えるな。ロマンとはただそこにある理想を言うのだ」
「というか、この塔、宇宙まで続いているのね」
「第50階層あたりから空がだんだん黒くなるな。空の青は大気の色だからな。黒は宇宙の色。そういえば、エベレストの頂上から空を見ると、黒く見えるらしい」
どうして第50階層のことなんて知っているんですか、というチユの無垢な問いを、
「ニャアアー」
と俺は猫の鳴きマネではぐらかした。
「空気もない。水もない。草や花も。暗黒と極寒と無音の世界が天国だなんて笑えるわね」
「その点、地獄はいいよな。賑やかそうだし」
ネコカがまた毒を吐くので、俺はすかさずおどけて解毒にかかる。
「ワンチャン蜘蛛の糸、垂れてくるしな」
「生前に蜘蛛を助けることが条件だけれどね」
俺の不断の努力もあり、ディナーの空気自体は悪いものではない。
だが、チユの器からスープが減ることはなかった。
「お父さんが心配で喉を通らないか?」
「はい。こうしている今も、この塔のどこかで、おとぉたまがお腹を空かせているかと思うと……」
「今、おとぉたまって言った?」
俺・ネコカ・スマホ。
総勢8つの目がチユに注がれる。
夕日が気前よく戻って来たかのようにチユの顔は赤色灯と化した。
「い、言ってないれしゅ……」
「噛んだ」
「噛みました////」
可愛いので、よし。
「どうでもいいけど、聖職者って肉食べてもいいの? 殺生は忌避するのに」
ネコカが切り損なった肉を魔爪でバシュッと切りつつ、横目でチユをうかがう。
設定のほころびを突いてやった、って顔だ。
うまく言い逃れしてみせなさいよノンプ、って顔でもある。
「教会では、塔の恵みをすべて清いものと考えています。……でも、どうなんでしょう。わたしはよくわからなくなってきました」
チユは世界に一輪しかない花のような、切なげな顔でうつむいた。
「父が帰って来なかった日、わたしは教会に相談に行ったんです。父を助けてくださいって。でも、誰も助けてくれませんでした。この塔で死ねることは、聖職者にとってとても名誉なことだからです」
立派に殉教できてよかったね、――か。
トラウマものだな。
「わたしは神の教えと塔の奇跡を信じます。でも、教会のことはもう……」
「………」
「…………………」
「……」
そして、静寂。
食器の音どころか、風のうなりすら鳴りを潜めてしまった。
今度こそ変な空気だ。
ネコカがバツの悪そうな顔で目を走らせ、話題を探す。
大鍋に目を止め、
「なによ。まだ残っているじゃない。貴重な食糧よ。残すべきではないわ」
とか言い出した。
「いえ、材料はまだたくさんありますから無理に食べなくてもいいですよ」
「ダメよ。ああもう、こんなに残して。エントロピーが増大しちゃう……」
なんだそれは。
フードロスを削減しようってスローガンか?
ネコカは大鍋を逆さにして自分の器に綺麗さっぱり流し込んだ。
そして、ひと口、頬張り……。
その顔は絶句と驚愕に歪む。
「おいしいだろ。チユの料理は」
「は、ってなに? 私の手料理が嫌ならもうずっとチユを食べていればいいんだわ」
「チユを食べてどうする?」
「知らない!」
ネコカは昭和の漫画キャラみたいなイカリ肩、ガニ股、シャクレ顔で焚き火の輪を離れていった。
「うちのネコカがすまんな」
「いいえ。ネコカさんはわたしのことが嫌いだから辛く当たるわけではないと思います。きっとケンゾーさんのことが大切だからですよ」
チユは孫が可愛いおばあちゃんの微笑みだ。
年季の入った理解者感がある。
「ネコカさん、わたしと二人でいるときは普通に接してくれるんです。魔物が出ると身を挺してかばってくださいますし。でも、わたしがケンゾーさんと話していると、不安そうな顔をされていて。つまり、ヤキモチだと思います」
「そんな可愛いタマか?」
「女の子はみんな可愛いタマなんですよ」
そもそもタマってなんだろう、と思った。
頭?
魂?
「ケンゾーさんもいけないんですよ。女の子は比べられることを嫌うんですから。何事も横並びが大事なんです」
「だから、女子って廊下を横一列で歩くのか」
「わたしは早く寝ますので、どうかネコカさんと話をしてあげてください。――ところで、ケンゾーさん」
チユはお尻を浮かせて俺の隣に下ろした。
肉感のある体が、ゆさっ、と音を立てた気がする。
俺を覗き込む幼げな顔。
修道帽から白い髪が少しこぼれていた。
ごくり……。
「タマってなんでしょう?」
「なんだろうな……」
俺もわからん。
用件はそれだけらしい。
チユは寝床の準備を始めてしまった。
食後のドキドキデザートはないってよ。
「寂しいね、スマホ」
「ニャアーン」
「おしゃかニョーン」




