23 斜め猫娘
第1階層《浮き火の石迷宮》――。
浮遊する燭台の、鮮やかなオレンジが巨大な石の通路を厳かに照らしている。
外がまだ日の出前だからだろう。
塔の中のほうが断然明るかった。
「夜は寒くて昼は暑い。砂漠の町よりココのほうが過ごしやすいな」
のんきな俺の声が響く。
「そういえば、一時期は浮浪者のたまり場になっていたわね。すぐいなくなったけど。アンデッドになっていたりして」
「それはないと思います」
ネコカの不謹慎発言をチユが言下に否定した。
「教会のほうで保護しましたので」
「へえ。教会ってちゃんと慈善活動もしているのね。馬鹿な信者用の大きな募金箱かと思っていたわ」
またしても不謹慎な言葉が反響する。
他人の飯と神を否定する奴が武器を手にしたとき、戦争が起こるのだ。
俺はなるべく明るい声で話柄を変えることにした。
「そういえば、ゲームじゃダンジョン内に住み着いた部族がいたな」
「それ、フラグかしら?」
「そうかも。でも、俺たちだって広義の意味ではダンジョン内に住んでいると言えるかもしれない」
「どうしてですか、ケンゾーさん?」
「これ、見てみろ」
俺は壁の石材に指を這わせた。
「この迷宮、どんなに崩れても、いつの間にか元に戻るんだ。ある意味、無限の採石場だな」
「石工さんたちはここから石を切り出すんですね」
「そして、町ができた」
「まさに迷宮都市って感じね」
不穏な話題が去ったところで、俺は今後の方針をすり合わせることにした。
「ある程度、捜索範囲を絞ろうと思う」
オベリスクの中は、外とは別世界だ。
どうも空間からして別個らしい。
内部構造は外見より遥かに広いものになっている。
大海原が広がる階層とか普通にあるからヤバイ。
「1・2・3階層は無視でいいだろう。ほかの冒険者も多い。ここで行き倒れていたら目撃情報が入っているはずだ。パンツ1枚落ちているだけで話題になるしな」
「まあ、ダンジョンに突然パンツが落ちていたら話題にしたくなるわよね。冒険者って下品だし」
「そうだ。よって、4層以降を捜そうと思う。参考までにチユ、チユパパは普段どの辺まで足を伸ばしているんだ?」
「以前、第10階層まで一人で行ったことがあると言っていました」
「となると、推定Lv.30ってところか。結構アグレッシブな坊さんだな」
苦笑しつつ、「この床石、罠だぞ」と俺は警告を促した。
ゲームならあえて踏んで一笑を誘うところだ。
馬鹿がいなくて寂しい。
「塔行といって、これ自体が修行でもあるんです」
「滝行みたいな感じか。なら、多少無茶はするかもな。それでも、4層5層あたりで足をすくわれるとは考え難い。第7階層あたりから捜索を始めるか」
「なんだか手馴れているわね、ケンゾー。少し感心しちゃった」
ネコカに感心されちゃった。
俺はフヒンと鼻を高くする。
「救助依頼はド定番クエだしな。文字通り何百件もこなした。俺ほどのベテランはそういない」
ゲームでは、の話だがな。
「自分の限界を超える的な意味で最悪11階層以高まで登ったパターンもありえるか」
「それはないわね」
とネコカが確信を持って言う。
「どうしてだ?」
「だって、第11階層はまだ解放されていないもの」
「それって第10階層が最前線ってことか?」
「そ」
いや、軽く衝撃なわけだが。
ナーフされたとはいえ、実力と知識を有するプレイヤーたちが業界を牽引している。
それが序盤の序盤――第10階層ごときでつまずいているなんて、そんなことがありえるのか?
ちなみに、マップを全部埋めてから次の層に行く派の俺でさえ、この数日で第8階層に到達した。
トップクランとやらはどこで油を売っているんだ?
「仕方ないのよ。ボス部屋に入る道が見つからないんだもの」
「ないとかあるのか。ないのにあるのか」
「ない、があるのよ」
「無の有」
「無の有ね」
無知の知みたいなものだろうか。
無知であることを知ったところで無いものは無いのだ。
「そういや、町の冒険者もみんな初期武器だったな……」
「ケンゾーって知識に偏りがあるわよね」
「ネタバレ防止で耳に蓋をしていたのが災いした」
「リアルの声に耳を塞ぐ者を愚者と呼ぶのよ」
「1周目から攻略本を見るような奴こそ愚者だ」
「人生は1周しかないの。リアルをゲームのように生きるのはやめなさい」
ネコカが少し不機嫌になった。
常日頃からだいたい不機嫌だが、仮面的な機嫌の悪さではなく、芯から来るものだ。
彼女は学校に通って授業を受けるがごとく、今この場にいるのだ。
予習復習大事!
授業中にゲームしない!
「あ、あの。げぇむってなんですか?」
先生、質問です、とばかりにチユが挙手した。
修道服の袖からこぼれる白い手首がたまらない。
「こっちの話よ。あなたには関係ないわ」
「そ、そうですか。すみません」
「…………」
「……」
「………………」
「ニャンニャー」
「ニューンぬ」
足音だけの重苦しい静寂をニャンコたちが癒やしてくれた。
ニャンコ最高だ。
「ネコカってハリネズミ型のコミュ障だよな。もう語尾をチクにしろよー」
俺は冗談をまじえつつ空気の改善を図る。
俺を電化製品にたとえれば、アロマ機能付きの空気清浄機だ。
「相手はノンプよ。人当たりを気にする必要があるのかしら。人でなしに」
「おい、人でなしはお前だ。それと語尾にチクをつけろ。この猫耳チクショーが」
アロマ、全然効果なし。
つか、アロマってなんだ?
「せめて角を立てないようにしてくれ」
ゲーマーは略語や記号といった超短文テキストだけでやり取りする。
すれ違いから喧嘩になることも多い。
だからこそ、日頃からリスペクトを忘れない。
具体的には、文末に「^^」をつけたりする。
「なら、あなたが説明すればいいじゃない。ゲェムのなんたるかを。好きなんでしょ、げ・え・む」
「好きじゃない。愛している」
よろしい。
俺にゲーム愛を語らせてみろ。
語り終えるのに軽く20分はかかるぞ。
多弁でない俺に言わせれば、これは相当長い。
般若心経くらい長い。
「俺の手本を見ておけ。――チユ、ゲェムっていうのはな」
次の瞬間、視界が警告画面で埋め尽くされた。
NPCにメタ発言すんなってビービー騒いでいる。
いつの時代も、本当の愛とは言葉にできないものなのだ。
しかたない。
先達にならい、月を綺麗にする手法を採用しよう。
「あー、チユ」
「はい」
「ゲェムというのはだな、俺の、あー、宗教みたいなものだな。お前とは信仰している神が違うんだ。うん」
「つまり、異端者よ。四つに割って薪の代わりにすべきだわ」
この猫女め。
今日はいつになくケンケンしている。
ご機嫌斜めだ。
船なら転覆待ったなしだ。
「チユ、引っかかれないように少し離れて歩こうな」
「あ、はい……」
俺がチユと並んで歩くと、ネコカがまたムスーッとする。
気難しいニャンコだ。




