21 シスターの依頼
「わたしエイルといいます冒険者ギルドの教会でシスターをしてます!」
鉄砲水の勢いでシスター・エイルは切り出した。
どうも、この子は距離感がバグっているらしい。
俺の肋骨から数ミリのところで雪庇のような張り出しが揺れている。
雪庇と違うのは、温かい点と柔らかい点だ。
触れれば指が沈み込み、天にも昇る気持ちだろう。
しかし、それは法が許さない。
そのくせ、向こうからツン、ツンと当たってくる。
面食らって一歩引くと、エイルは二歩踏み込んできた。
剣士か、こいつは。
俺は口臭を気にして鼻呼吸に変えた。
すると、フローラルな香りがした。
俺はもう一歩引く。
さらに二歩詰められた。
こやつ、やりおる……。
「あー、教会というと、あれか?」
視線の逃げ場を求めて俺は冒険者ギルドのほうに目をやる。
コンパクトなパルテノン神殿みたいなギルドの横に、こじんまりとした教会が建つ。
半分砂に埋もれたそのさまは遺跡のようでもある。
この世界では、冒険者ギルドと教会が並んで建っているのが普通だ。
冒険者はよく死ぬ。
サクッと葬式をあげられる好立地というわけである。
前世なら、パチ屋と換金所の関係に似ているだろうか。
「わたしの父はあそこで司祭をしているんです。その父が、もう3日も帰ってこなくて……」
「帰ってこないってどこからよ?」
腕組みしたネコカが割り込んでくる。
質問というより詰問調なのがネコカらしい。
「塔のダンジョンからです」
エイルの揺れる目が空を見上げる。
いつの間にか、夕日は真っ黒な巨塔に呑み込まれていた。
ダンジョン帰りの冒険者たちであふれかえる東区には巨大な影が伸び、一足先に夜が来たようでもあった。
「父は武僧なんです。腕が立つので、塔に殉じられた冒険者さんのお墓にお祈りを捧げに行くのはもっぱら父の役目でした」
「そういえば、ダンジョン内にたまに墓石があったな」
《調べる》をすると、遺品もといアイテムをゲットできる。
ポーションの空瓶や使いかけの砥石なんかが大半だが、たまに掘り出し物が出てきたりもする。
「墓荒らし」
とネコカが小声で刺してくる。
失敬な。
……。
…………失敬な。
「その神父さんを捜し出してほしいってことね」
「はい。いつもはその日のうちに帰ってくるんです。3日も帰らないなんて、きっと何かあったに違いないんです!」
「もう死んでるっつの!」
心ない冒険者の罵声が飛んでくる。
俺も飛ばした。
忍者の《投擲術》で小石を、高速で。
「ハギャア!?」
処理完了――。
砂漠の町じゃ小石は地味に貴重だ。
後で拾っておこう。
「で、現実的にどうなのよ?」
ネコカが憚りもなくそんなことを訊いてくる。
要するに、まだ生きていると思うか、という問いかけだ。
俺はうーん、と空を見上げてうなる。
地上の町はもう夜の色をしていたが、塔に夕日を遮られた空にはまだ青が残されていた。
「《モンク》は攻撃と治癒に加えて除霊までできる万能職だ。生存能力は高いほうだな」
「ほんとですか!?」
エイルの顔にパッと明かりが灯った。
「ただ、殺生を忌避するという教義上の理由から、《麻痺》とか《気絶》とかを付与する非殺傷技がメインなんだ。火力は高くない。対処能力には限界があるってわけだ」
「そんな……」
さっきついた明かりがもう消えた。
俺は自分の口を殴った。
砂の味がした。
「普通に救助依頼を出すんじゃダメなの?」
ネコカが出来の悪い嫁をいびる感じで言う。
「捜索願のことですか? でしたら、冒険者ギルドに出しました。でも、こんなの意味ないよ、とギルド職員の方に言われてしまって」
「っ? ……どういうことよ」
「それは俺から説明しよう」
元・捜索対象者の俺が解説役を買って出る。
『オベ4』には、もともと《救助依頼》という依頼種別があった。
読んで字のごとく、冒険者にレスキューを依頼するのだ。
しかし、この世界に救助依頼はない。
なくなった、というのが正解だが。
「だから、どういうことよ?」
俺の知ったかぶりが鼻についたらしい。
ネコカはイカ耳だ。
「狂言誘拐が多発したんだよ」
人をさらってダンジョンに置き去りにする。
あるいは、冒険者を襲撃して遭難させる。
そんな黒いビジネスが横行した。
その結果、救助依頼は廃止。
捜索願という無報酬クエストに置き換わったというわけだ。
「ふーん。ゲーム世界のおキレイな設定は現実の悪意に負けたのね」
「性善説で建てた家には悪人が住み着くもんだ」
人は血肉が詰まった、デカくて重い皮袋だ。
不平も言えば、不満も漏らす。
報酬がないなら、そんなものをわざわざ拾って持ち帰ったりしない。
それより空いているポケットに魔石を2、3個ねじ込んで帰るほうがお得だ。
よって、捜索願の評価はこうなる。
――こんなの意味ないよ?
「誰も助けてくれなくて、もうわたし、どうしていいか……」
エイルはしくしくと泣き出してしまった。
ネコカは無慈悲な目でそれを見下ろしている。
「つまり、こういうことかしら? その神父さんを見つけても私たちにはなんのメリットもない、と」
つまり、そうなるな。
だが、そこで話を終わらせては何も始まらない。
善意とは、無償であるとき、その価値を最大化する。
俺は意味ありげな目をスマホに向ける。
「メリットもないのに危険なダンジョンで命懸けの人助け。――おいスマホ、どう思う?」
「かっこいいですニャ! 冒険者の鑑ですニャ!」
「かこいいニャ! ぼけしゃ、かかみニャハ!」
愛猫たちがキラキラの魔眼を放つ。
それを肩口の至近距離から浴びたネコカはウッ、とうめいた。
そして、めちゃめちゃ俺を睨む。
余計なこと吹き込みやがって、と。
俺はエイルにウィンクをぱちり。
そぉら、今が攻め時だぞ、とアイコンタクトで伝えてやる。
あどけなく見える顔がコクコクと頷き、
「どうか! 父を助けてください!」
この世界にもお辞儀の文化があるようで、エイルは戦鎚みたいに頭を振り下ろした。
修道帽がぽーんと飛ぶ。
こぼれ出た真っ白な髪が砂を掃いて汚れる。
そこにエイルの本気が表れていた。
「これで断ったら悪者だな、ネコカ」
「あなた、すごい手際で外堀を埋めるわね」
火のような三白眼が再度俺を睨む。
俺はその目の奥に諦念を見て取った。
「ああもぉ! 仕方ないわねぇ! やればいいんでしょ、やれば!」
「ニャアア! さすがニャたくしのご主人ですニャ! ご主人こそ地の塩、世の光ですニャ!」
「おにゃか減ったニャに……」
アホのマーホが可愛い件はひとまず置いておこう。
「父を助けてくださるのですか!?」
「だから、そう言っているじゃない。で、あなたはどうするの? お願いするだけで、あとは人任せなのかしら?」
「そ、そんなことありません……!」
エイルは自分の大きな胸を叩き、燃えるような目をした。
「わたしも同行します! 戦闘ではお役に立てませんが、治癒術師としては中級位です!」
ネコカはこういう目が好きだと思う。
なんせ少年漫画を好む奴だ。
それはそうと、
「中級というと……」
「Lv.10くらいかしら」
「ざっk――」
「雑魚くないわよ。聞いてなかったの? 中級よ、中級。中くらいなの。ケンゾー基準だと全人類ザコになるから、その基準はそのへんの砂に埋めて踏み固めておきなさい」
そうしよう。
「あなたは治癒担当だから、チユタンね」
「へ?」
「通り名よ。チユと呼ばせてもらうわ。私のことはネコカと呼びなさい」
「よ、よろしくお願いします、ネコカさん!」
「こっちはケンゾー。だいたいこいつ一人でなんとかなるわ。人に化けたトロールの王か何かだと思いなさい」
ひどい言いぐさだ。
でも、だいたいあっている。
「ケンゾーさん」
エイル――もといチユが俺の手を取った。
遥かなる双丘の上に手を運び、涙をたたえた瞳で見上げて、
「ありがとうございます、助け舟をくださって。わたし、ケンゾーさんに出会えてよかったです」
なんて素直な子なんだ。
俺のヒロインはこっちだったか。
と思って手を握り返そうとすると、真横から毒ナイフみたいな視線が飛んできた。
ともかく、なんだ。
クエストの始まりだ。




