悪役王妃と料理人
王妃様の前に置くと、王妃様は両脇のナイフとフォークを使って、慣れた手つきで一口切り取り、口へ運んだ。
しっかりと噛んで味わった後に、ふわっと口元を綻ばす。
「バターのコクとオレンジの爽やかな酸味が口に広がって美味しいわ。ほのかな苦味はオレンジの皮だけではなく、焦がした砂糖からも感じ取れる。ブランデーの余韻も鼻腔をくすぐって心地良いわ。目の前で燃えるデザートなんて、面白くてとっても素敵」
上機嫌でそう告げた王妃様は、あっという間にクレープシュゼットを完食してしまった。
反応から見てお気に召していただけたようで、ホッと一安心する。
日本でもそうだけど、やはりライブパフォーマンスのあるメニューは人気が高い。
クリームブリュレも、ガスバーナーがあればもっと派手に魅せることができるが、こればかりは仕方ない。
「あなた、とても気に入ったわ。新しくて美味しいデザートを作る、という噂は本当だったようね。流行の始まりが市民街からなのは、気に入らないけども」
美しく微笑まれ、接客用のスマイルと会釈を返す。後半は聞かなかったことにしよう。
「ありがとうございます。メインは料理の方ですが、そう言っていただけて光栄です」
「あら、あなた菓子職人ではないの?」
「そちらも作るというだけで、パティシエではありません」
「デザートでこれほどなら、あなたの作る料理も気になるわね」
いくつかの会話を交わしたとき、唐突に記憶が蘇る。
ーー思い出した!
どこかで見たことがあると思ったら、野村さんのやっていたゲームに出てくる「悪役王妃」にそっくりだ。
え? どういうこと? あれってゲームで、現実ではないはず。
頭の中で野村さんが『アデル王妃って言うんですけど〜』と雑談する記憶が蘇ってくる。
ツゥ……と汗を垂らしながら、恐る恐る名前を聞いた。
「ロアナディアに住んでいてわたくしの名前を知らないなんて驚きだわ。まあ見たところ異国の者でしょうし、最近この国に流れ着いた方?」
「……まあそんなところです」
「でしたら教えて差し上げる。人に名を問う時は、自ら名乗るのが礼儀ではなくて?」
「……おっしゃる通りです。大変失礼いたしました。私は藤野遥子と申します。名がヨウコ、姓がフジノです」
「あら、隣国でも聞き馴染みのない音ね。よほど遠い国から流れ着いたのかしら」
やばい、このままだと不審者扱いされるかもしれない。
そう焦っていたが、王妃様は特に追及せず、たおやかに微笑んだ。
「わたくしはロアナディア王国の王妃、アデル・ヴィクトワール・ド・ベルモン」
その名前を聞き、脳内がいよいよ混乱する。
野村さんに聞いた話だと、主人公はトラックに跳ねられて異世界転移をしたと言っていた。
私はただ路地裏を通っただけだが、あんなとんでもない設定が現実に起きたとでも言うのだろうか?
そもそもなぜ私なのだろう。ゲームをやったことがないから、どんなストーリーなのかはあらすじぐらいしか知らない。
野村さんが説明していた気がするが、細かい部分は覚えていないし。
私よりも野村さんが異世界転移?した方が良かったのでは?
そんなことをグルグルと考えていたが、問いの答えは見つからない。
「親しき者にしかアデルと呼ぶのは許していないの。王妃、もしくはヴィクトワールとお呼びなさい」
「はい、そのようにいたします」
とりあえず、自分の混乱は一度胸にしまい、今現実に起きている状況を見よう。ここが現実かも定かではなくなってきたが……。
忘れないように、何度も心の中で「ヴィクトワール王妃」と唱える。
すると、王妃様は思いもよらないことを言ってきた。
「あなた、わたくしの専属料理人になりなさい」
ピシリと動きが固まる。
それはつまり「王妃専属料理人」という意味だ。
天皇の料理番に等しい重責のある提案ーーもはや命令に、顔が青冷める。
これは断っても良いのだろうか。
断った瞬間に首を刎ねられないだろうか。
こんなことになるのなら、野村さんにもっと王妃様の性格とかを聞いておくべきだった。
「ーーわ、私は素性の知れぬ異国の、取るに足りない料理人です。王妃様の専属など、とてもではありませんが務まりません……」
「あら、驚いた。断る方がいらっしゃるのね」
クリームブリュレを作ってから、早く女将さんの家に帰りたい。
「困ったわあ」
王妃様が華奢な手をわざとらしく頬に当てて、小首をかしげる。
「命令、に聞こえなかったのかしら?」




