表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

(2)出発

 高校の最寄駅まで、普通は徒歩で十分かかる。だが今日だけは、たった八分で改札まで到着してしまった。


「人少ないねー」


 閑散とした駅内を見渡しながら私が言うと、朝川は手提げをくるくる回しながら肩をすくめた。


「まだ二時間目が終わったばっかだもん。あーあ、今日はマフィンの日なのに」

「これからマフィンより美味しいもの食べられるよ」

「おお、じゃあ特役ってやつ?」


 結局使わずじまいのエプロンを二人で片手にぶら下げながら、運動靴で地面を踏み締める。他の荷物はスマホと財布と、女子に必須な小物だけだ。

 重い教科書は全部、つい数分前に机の上にばら撒いた。本当はエプロンも必要なかったのに、手放せないままここに来てしまった。


 私はいつもより軽い鞄を揺らしながら、ひょっこりと改札口の受付に顔を出した。


「すいませーん、これ!」


 胸ポケットからチケットをヒラヒラさせると、呑気に世間話をしていた駅員がにわかに慌ただしくなった。受付の窓へ飛び込んできた若い駅員は、顔色を悪くしながら私の手からチケットを受け取った。


「特別券だね。ちょっと待ってて。鏡は持ってる?」

「持ってまーす」

「じゃあこれを首にかけて。後ろの子は付き添い?」

「そうです」

「じゃあ君はこれ。ここに帰ってくるまで、絶対にこれは外さないこと。困ったときはそれを見せれば助けてもらえるから」


 説明が終わるや、私と朝川にそれぞれ別の色のネックストラップが渡された。私のストラップの紐はピンクの蛍光色で、ネームプレートの部分には小さな鏡が入っていた。朝川の方も黄緑色であること以外、ほとんど同じ作りのようだ。


「はい。これが『罹患者保険証』ね。二人ともここでネームプレートのところに入れて」


 汗をかく駅員の勢いに急かされて、私たちは言われた通りに銀色の保険証をネームプレートに入れた。サイズがぴっちりしすぎて、少し入れるのに手間取ってしまった。


「さぁ焦らないで、落ち着いて行くんだよ。東京駅への行き方は分かるかい?」

「大丈夫です。じゃあまたね、おにーさん」


 私は笑顔で駅員に手を振ると、いつもの定期券の代わりに罹患者保険証をICに当てた。


 ピピピピッと普段と違う電子音が聞こえる。一度改札を通ったら、翌日になるまで同じ改札を通ることはできない。私は数秒ためらってから、開け放たれた改札口を通り過ぎた。


 後ろでドアが閉まる。思わず振り返って改札の向こうを見てしまうが、見送りに来てくれている人は誰もいなかった。


 急に目元が熱くなる。


「佐久間、こっちこっち」

「うん」


 つい声が震えてしまう。


 私の小さな声に気づいた朝川は一瞬立ち止まると、俯きがちに私の手を強く引いた。ネイルでキラキラ光る朝川の爪が、私の手首に優しく食い込んでくる。

 これから一緒にいてくれるのはもう朝川しかいない。


 せめて改札を通る前に家族に会っておけばよかった。


 断固として前を向く朝川の後ろ姿を見つめながら、私は必死に涙をこらえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あかねちゃんもやっぱり心細いんですね…… 親友ちゃんも感染してるのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ