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第65節 鈴木緋音の場合(終)

 誰かの役に立つことができない。


 そう気づいた次の日からは自分でもいうのもあれですが、ひどい状態でした。

 軽いけがであれば自分を直すこともしませんでしたし、多分生きる気力がなくなっていたんだと思います。


 そんな状態が一週間ほど続いて、私は今の状況に耐えられなくなりました。

 もっと誰かの役に立てるところに行きたい。自分の価値を証明できるところに行きたい。


 ……いえ、こんなのはただの後付けの理由にすぎません。

 ただこの場から、惨めな自分から逃げ出したくて仕方がなかったんです。


 そう思い始めてから行動は早かったです。

 その日の昼にいつも通り音緒ちゃんの攻撃を耐え忍んで、皆と一緒に食堂でご飯を食べて、普段通り自室にこもって、そして深夜まで私は起きたままでいました。


 誰かに悟られては意味がないから。きっと今の私が逃げ出そうとして、それがばれれば一瞬で殺されてしまうだろうから。

 それだけは避けなければなりませんでした。


 そして深夜、さすがに慣れてきたといっても毎日何かに襲われて戦い続けているので、眠るのは早かったです。

 誰も起きていない時間帯を見計らって自室から抜け出しました。


 荷物自体は制服しかなかったですし、その制服の回収もまだされていなかったので、着の身着のまま出ることができました。


「どこかおでかけですか?」


 心臓がひゅっと何かに掴まれる思いでした。

 廊下を歩いているとあのカエル顔のメイドに見つかってしまったんです。


「ちょ、ちょっと眠れなくて歩こうかなと……まずかったですか?」

「……いえ、でも城の外には出ませんように。外は危ないですから」


 話してみれば見た目が異形だというだけで、ここの魔物たちはずいぶんと理性があるように思えました。


 それでも目の前にいきなり現れたらびっくりするほかありません。

 何とか言い逃れできた私は、大分訝しげな眼で見られていた気はしましたが……とにかく食堂の奥の調理場にある裏口から城を出ることができました。


「どうしよう……」


 城を出たはいいものの、まだ城壁が待ち構えていますしこれを抜けるには正面を通り抜けなければいけませんし、それを抜けたとしても森を抜けて安全な場所まで行かなければいけません。


 それにこんな魔物だらけの世界で自分のようなものに安全な場所があるのか、それすらわかりませんでした。


「とにかく歩かないと」

「君もフィーコーから離れてしまうのかい?」


 いざ意を決して城門の方へ向かおうとしたその時でした。


 本日2度目の人との遭遇。

 でもそれは先程までとは全く違い、声をかけられた瞬間にとてつもない圧迫感に襲われ、私は声がした方に振り返ることすらできませんでした。


 殺される。純粋にそう思いました。


「まあ君はここでいるよりも外に行く方が成長するのかもしれない」


 振り返ることもうなずくことも許されず、その場を動くことができませんでした。

 でもいつまで待っても死の瞬間が訪れる気配がありません。


「私はとめない。でも君にこの森を抜けられる覚悟があるかな?」

「は……い……」


 何とか絞り出すように言えたのがこの二文字。

 姿は見えなかったけれど私はこの感覚を知っていました。


 一日目に姿を見せて、私たちに力を与えたあの異様な存在感を放つ何者か。

 それがいま私の背後に立っている。そう直感しました。


「ほう、私と会話をするか。なかなかに素晴らしい。……おっと、見送りの子が来たようだ。ふむ、あの子も承認欲求が高いらしい。私は失礼するとしよう」


 唐突に圧迫感が消えたと同時に、激しい足音が近づいてきました。


「あんた私がかまってあげてるっていうのに、何逃げようとしてるのよ!」


 それは音緒ちゃんの声でした。

 その声が耳に入ると同時に私は走り出しました。


 捕まったら殺される。

 元同級生に対してこんなことを思うのはおかしいかもしれませんが、直感的にそう悟ってしまったのです。


 私の直感は間違っておらず、後ろから激しい氷の刃が迫ってきていました。

 それは私の腕や横腹をかすりましたが、そんな痛みなんてそのころにはもう慣れていたので、気にせずただただ走りました。


 城門はなぜか開いていてそれすらもなぜか気にとられている余裕はなく、走り続けました。


「いつか絶対に殺してやるから待ってなさい!!」


 音緒ちゃんがなぜそんなに私に執着するのかわかりませんでしたが、確かに背後からそんな怒号が聞こえ、それ以降私を折ってくる足音はありませんでした。


 足を止めたときには、気づけば私は森の中で一人立ち尽くしていました。


 真っ暗な森の中でたった一人。あの時周りで戦っていた同級生は誰もいない。

 私一人でこの森を抜けなければならない。


 もちろん不安もありましたが、それよりは安堵感の方が強かったように思えます。

 やっとあんな惨めな思いをしなくて済む。


 そう考えて笑ってすらいたかもしれません。


『ケケケケケケ』


 でも魔物が大量にいるこの森でそんなことを考える余地など、立ち止まっている余裕なんてあるはずがありませんでした。


 気づけば周りには複数のゴブリンに囲まれていて、一方的に攻撃をされていました。


「『オートヒール』」


 そこからはただ必死に走り続けました。


「『ヒール』」


 攻撃されても足を止めることなく、ただ必死に足を動かしました。

 疲労で何度も転びましたが、私の回復魔法があれば関係ない。直せる。

 ただその一心で走り続けました。


「『ヒール』」 


 周りが白みだし日が昇り始めたころ、私の体力は限界を超えていて、魔力量も底を尽きかけていて、ろくな回復ができていない状態になっていました。

 それでも走り続けましたが、いつまでたっても森に終わりが見えませんでした。


 そして私の目の前に現れた大きな扉。


 それは転移初日に出くわした魔物であの光を操る同級生が一刀両断した扉の魔物でした。


「なに……通して……」


 ここで足を止めれば私は走れなくなる。


「『オートヒール』」


 全身がよろめきかけましたが、何とか倒れずに魔法をかけました。

 扉が動く様子はありません。


 これならよけられる。そう思い扉の横を通過しようとしました。

 十分に距離はとっていたはずです。それなのに私は突然の無重力感におそわれ、気づいたときには地面に顔をつけていました。


「うっ……」


 扉の魔物の方に目を向けると、さっきまで固く閉じられていたその扉はいつの間にか大きく開いて、大きな闇がその姿を見せていました。


「嫌……」


 私の体は引きずられるようにその扉の闇に引き寄せられていきます。


 手を地面にこすりつけ、何とか抵抗しようとしましたがそんな力も私には残っていませんでしたし、私の筋力では到底抵抗できないほどの吸引力を、その魔物は持ち合わせていました。


 そして私はあっけなく魔物の扉の中に吸い込まれ、一瞬意識が飛びました。


 次に地面にたたきつけられ目が覚めたとき、先程までの日が昇っているのに薄暗いそんな森の中ではなく、暖かい日差しが差し込む先程よりも格段に明るい森の中にいました。


「にげ……なきゃ……」


 今思えばあの扉の魔物はどこかに転移させて味方を分断させる、そんな能力を持っていたのかもしれません。


 私は転移された場所からアウリント国のリンアの森に転移させられたのだと思います。


 でもその時の私にそんな思考力があるわけもなく、ただただ魔物から逃げなければという考えでいっぱいでした。


 そして開けた場所に出たら、グラフォス君がいて、その時初めて普通の人を見てものすごく安心しました。


 あとはグラフォス君が知っている通りです。


 これが私がここにいる理由で、ここにたどり着いた経緯です。


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